「リナリー、大丈夫ですか」  
「ん、何が?」  
 
 今日もアクマ退治から黒の教団へと戻ってきたアレンとリナリーの2人。  
多数のレベル2のアクマ勢相手にかなり苦戦するも、何とか当初の目的であった  
イノセンスの回収に成功、ヘブラスカの元に届けた帰路、アレンがリナリーの異変に気づく。  
 
「何か、歩幅がいつもと違う感じがしますけど…」  
「そんなことないよ」  
「…」  
 
 アレン・ウォーカーは意外にも洞察力に優れていた。  
リナリー・リーの微妙な脚の動きのぎこちなさや、歩く際の歩幅が  
黒の教団に戻って来た時から普段と違うように見え、それを口にする。  
 いや、或いはアクマの魂を救済した後から既に変化はあったのかもしれない。  
 
「ホントに大丈夫だって」  
「でも一応は救護班に診てもらった方が」  
「心配性ねぇ、アレンくんは。ちょっと疲れてるだけ…ッ」  
「リ、リナリー!?」  
 
 隣一緒に歩いていたはずのリナリーの身体がフラつき、アレンに傾いた。。  
どう見ても疲れという風には見えず、とっさにアレンの肩を掴んで身体を震わせている。  
 これは明らかに単なる過労、ということだけでは説明がつかない。  
 
***  
 
「もぅ、どうして黙ってたんです?」  
「…ごめんなさい」  
 
 コムイに見つかると余計に騒ぎが大きくなるため、  
取り敢えずはリナリーの部屋ではなくアレンの部屋へ。  
 部屋へ行く途中、彼女はずっとアレンの団服を掴んで離さなかった。  
 
「どの辺が痛い?」  
「踵と…膝と…腿の辺り」  
 
 リナリーは負傷していた。  
外面から見れば傷は全く確認できなかったが、  
どうも今回のイノセンス回収の際に対決したアクマとの戦いの最中、  
大事な脚を痛めてしまったらしい。  
 ただでさえ彼女のイノセンス【黒い靴(ダークブーツ)】は  
脚を基調とした技を駆使するため、その疲労は最も脚に負担となって現れるというのに。  
 
「今回のアクマ、身体がすごく硬くて…少し、頑張りすぎちゃったかな」  
「エクソシストって言っても人間なんですから無理は禁物ですよ」  
 
 徐にリナリーの脚を取り、負傷箇所をチェックし始めるアレン。  
彼の唐突な行動に一瞬ながら眼をパチクリさせたリナリーだが、  
慌てる素振りも見せずに大人しく彼の診断に身を委ねることにする。  
 
「イノセンス、外してもらっていいでしょうか?」  
「あ、う、うん」  
 
 普段はニーソックスとして機能している  
【黒い靴(ダークブーツ)】を外し、リナリーの美脚が顕になる。  
 とてもアクマを蹴り飛ばし、粉砕する凶器とは思えない少女のそれ。  
が、現在はニーソックスに隠れていた部分が赤く腫れ、とても痛々しく見えた。  
 
「うわ、すごい腫れてますよ…よくここまで我慢しましたね」  
「救護室とか行くと、兄さんが煩いし…」  
「だからって僕にまで隠す、っていうのはどういう両分なんですか?」  
「…」  
 
 彼女の言う通り、踵と膝と腿の部分にそれぞれ腫れが見受けられる。  
恐らくはイノセンスでアクマを連続して蹴りつけた際、その余剰エネルギーを  
完全に放出することができず、それがリナリーの脚部にとばっちりを受けさせた様だった。  
   
「クロス師匠が作った軟膏で良ければ、使いますか?」  
「あ、そんなのあるんだ」  
「昔から生傷の絶えない人でしたから」  
 
 あまりクロス元帥のことは思い出したくないのか  
アレンの口元は軽く引き攣り、薄い苦笑いさえ浮かべていた。  
 彼は昔から人使いというか弟子使いが荒かったため、  
《生傷が絶えない》というのは実はアレン自身にも当てはまる。  
 無論、かつて育ての親の元で旅芸人として働いていた頃だって  
芸の練習中に失敗して打身やら捻挫やら打撲やら骨折やら…思い出すだけで古傷が痛くなってきそう。  
 
「軟膏を塗った上からシップを貼ってれば、大抵1〜2日で良くなりますよ」  
「へぇ、効き目早いね」  
「て言うか、これの特許とって売り出せば…借金にも困らなかったんですけどねぇ」  
「あはは。そういうことには頭が回らない人なのね、クロス元帥って」  
 
「まず踵から塗りますよ」  
「んっ…あ、そこっ…痛い…」  
「(かわいい…)」  
 
 まず右手の手袋を外し、適量の軟膏を指で掬って  
リナリーが痛そうな反応を示す第一箇所、踵に塗りつけてゆく。  
 アクマの脳天に踵落としを喰らわすことも多々ある彼女、  
イノセンスによる攻撃は時に所有者にも負担を齎すいい用例と言える。  
 
「ごめんね、アレンくん…」  
「リナリーの大事な脚ですから」  
「…アレンくんにとっても、大事な脚?」  
「ふふ、どーでしょうねぇ」  
 
 本気とも冗談ともつかない笑みを浮かべながら、  
念入りに左右の踵の負傷箇所を見比べつつ、アレンは軟膏を塗ってゆく。  
 何を原料にしているかは不明だが、ひんやりとして心地のよい肌触りだった。  
でもそれ以上に異性のアレンが自分に脚に触れているという現状のためか、少し戸惑うリナリー。  
 
「よしっ、踵は塗り終わりました。次、膝です」  
「うん…」  
 
 いわゆる膝小僧の部位が、赤く腫れている。  
これは飛び膝蹴りの影響だろうと、アレンは考えた。  
 つま先・踵に継ぎ、膝は脚の中でも強固な骨格を供えた箇所、  
エクソシストのリナリーでなくとも格闘家なども対戦相手への攻撃に多様する脚部である。  
 故に、傷つきやすい箇所でもある。  
 
「あの、不愉快にさせたらゴメンなさい」  
「…何?」  
「リナリーの脚って、その…綺麗ですよね」  
「えっ…」  
 
 両膝の腫れ具合を見比べながら軟膏を塗るアレンが、そんなことを言う。  
確かに…まぁ、自意識過剰と思われるかもしれないがリナリーとて、  
それなりに自分の脚には自信があるつもりだった。  
 黒の教団には東洋人があまり在籍していなので比較はできないが、  
それでも同年代の少女と比べると十分に魅力的な顔つきをしていると思う。  
 …兄のコムイの談だが。  
 
「肌の色とか、カタチとか色々…あ、変な意味じゃないですよ」  
「う、うん…あ、ありがとう」  
 
 純粋に脚を褒めてくれているらしい。  
でもリナリーとしては脚の他にも、アレンに褒めて欲しい箇所はいくらでもあるワケだが。  
 いくらミニスカートで脚を常に露出しているとは言え、そこにばかり注目はしてほしくない。  
 
「東洋の女の人って、みんなリナリーみたいに綺麗な脚の人ばかりなんですか?」  
「うーん、適度に運動しないと太くなっちゃうし、  
 かと言って筋肉ついちゃうのは嫌だし…調節が難しいから、少ないとは思う…多分」  
「なるほど…あ、膝ももう終わりました。後は腿ですよね?」  
「あ、うん…腿、だよ」  
 
 リナリーは言葉に詰まる。   
踵と膝まではあまり何とも思わなかったが、腿まで来ると恥ずかしくなってくる。  
 別にアレンになら触られてもいいとは思うけれど、やっぱり気恥ずかしさは隠せない。  
 
「ア、アレンくん」  
「はい?」  
「えーっと、あのぅ…」  
「(あ、そうか)」  
 
 さすがにアレンもそこまで鈍な男ではない。  
リナリーが頬を染めながらスカートの中身を見えないようにしつつ、  
何かを言いたそうに俯いている…つまりは…。  
 
「リナリー、自分で塗りますか?」  
「え…」  
「さすがに僕がそこまでやっちゃうと…リナリーも嫌でしょう?」  
 
 俯いた彼女に合わせるように、アレンはリナリーの顔を覗き込む。  
これでもクロス元帥について周りながら、彼と愛人達とのやりとりを見て  
女性をどう扱うべきかの基本は心得ているアレンなりの計らい、これに対し、リナリーは?  
 
「い、嫌じゃ…ないよ」  
「…ホントに?」  
「アレンくんなら…触ってもいいから…」  
「それは光栄なことで」  
 
 道化師の様に軽く会釈をし、アレンが笑う。  
リナリーも、ここまでやってくれた彼の徒労を無下にする訳にも  
いかなかったし、何よりアレンに触って欲しい、という願望もある。  
 だから、彼を受け入れたいと思い、言葉にした。  
 
「じゃあ…これで最後です」  
 
「他の箇所に比べるとあまり腫れてないですね」  
「うん、踵と膝よりは痛くなかった…」  
「珍しくロングコートで隠してたから気づきませんでしたよ」  
「うっ…」  
     
 普段はミニスカートで任に就くリナリーが、  
帰りは珍しく自分と同じようなロングの団服を纏っていたので妙だとは思っていた。  
 まさか脚に負った怪我を隠すためだったとは。  
 
「前にリナリー、僕に言ってくれたじゃないですか」  
「…」  
「僕達は仲間なんだって、何度でも助けるんだって」  
「あ、それは…ね」  
「だったら、僕もリナリーを助けます。  
 リナリー1人で傷を背負い込む必要なんてないんだから」  
 
 軟膏を塗りつつ、アレンはシップに手を伸ばした。  
後はこれを貼って包帯などで固定しておけば、じきに腫れは退くだろう。  
 この時ばかりは、不肖の師にわずかながら感謝した。  
 
「はい、おしまいです。  
 痛みが退くまでは【黒い靴(ダークブーツ)】を使わない方がいいですよ」  
「ありがと…」  
「いえいえ」  
 
 丁寧に包帯を巻き、結んでゆく。  
しばらくはシフトは回ってこないだろうし、教団でのんびりできるはず。  
 千年公らの動向が気になると言えば気になるが…。  
 
「で、どうだった」  
「何が?」  
「私の脚を触った感想」  
「…言ってほしいんですか?」  
「まぁ、何となく」  
 
 アレンのベッドに腰掛けたまま、リナリーが呟く。  
これはどう解釈するべきだろうか?  
 彼女が触っていいと言うので最後まで軟膏を塗ってやったが…もしかして、怒っているのだろうか?  
 
「…そうですねぇ、やわらかかったですよ」  
「他には?」  
「腿が特にぷよぷよしてました」  
「(ぷよぷよって…)」  
 
 自分から言い出したことだが、  
こうも率直と言うかストレートに意見を述べられても困る。  
 神田やラビならばもっと別の言い方をするのかもしれないけれど、  
アレンは時に物事をはっきりと言いすぎる時もある…今がそれだ。  
 
「アレンくん、ミニスカート好き?」  
「…何ですか、いきなり」  
「だってアレンくん、ミニスカート好きそうな顔してるもの」  
「(どんな顔ですか、ソレは…)」  
 
 が、実を言えば嫌いではない…寒くないのかぁ、とは思うが。  
それにリナリーは脚を始め、スタイルが良いので嫌でも眼が行く。  
 年上ぶらない温和で優しい性格も彼女の魅力だと言えよう。  
 
「ええっと、嫌いではないですよ。  
 男はみんなミニスカート好きですし…僕も好き、だと思います」  
「…じゃあ私は?」  
「はは、そう来ますか…」  
 
 リナリー・リーはこれまで散々述べたが、魅力的な女性である。  
教団の中にも彼女を慕う信奉者が多いが、兄のコムイの存在が大きすぎて  
近寄れずに想いを遂げられない者が多数存在する中、出会ってからわずかな間に  
ここまで彼女と親しくなれたアレン・ウォーカーは幸せ者だ。  
 
「リナリー」  
「は、はい」  
「リナリーは僕のコト、どう思ってます?」  
「えっ…」  
「僕はリナリーのコト、好きですよ。  
 仲間としても、異性としても…貴女がいつも傍に居てくれるから、僕も頑張れる  
 …感謝しているんです、貴女には」  
 
 いつだってそうだった。  
もう何度彼女と共に死線を乗り越えてきただろう。  
 アクマとの闘いの時にはいつも彼女が傍らに在て、背中を守ってくれた。  
千年伯爵の野望から人間を守るということは、同時にリナリーをも守ること。  
 だからいつもアレンは確固たる想いを抱きながら、戦ってこれた。  
 
「さて…次はリナリーの番」  
「私、私は…」  
 
 白髪の少年の問いに、少女は答えを出さなくてはならない。  
想うだけなら誰でもできる。だが、想いを口にするのは容易ではない。  
 それは時に言霊となり、幸福を齎す場合もあれば、不幸を齎すこともあるから。  
 
「リナリー」  
「私もアレンくん、好き…大好き!」  
    
 想いを溜め込んだ心が決壊したのか、  
衝動的にアレンに抱きついたリナリーは声を押し殺しながら泣き出した。  
 一度心を病んで以来、涙脆くなってしまったのは分かっている。  
しかし、これは悲しいから流す涙ではない…嬉しいから流れる尊い涙。  
 
「リナリーはやわらかいですね」  
「アレ…く…っ」  
「髪も長いし、良い匂いがします」  
「あっ…」  
「それに、こんなに可愛い顔をしてる」  
 
 銀灰色の瞳と眼が合う。  
片方は現世(うつしよ)を、もう片方は常世(とこよ)を視るその両眼。  
 だが、今その眼に写るのは、リナリー・リーという女性、ただ1人。  
 
「脚だけじゃなく、ホントは全部好きなんです。  
 リナリーの髪も、顔も、声も、腕も、脚も、胸も…リナリーの全部が好きでした」  
「アレン、くん…」  
「僕、変でしょうか?」  
「…変じゃない。私もアレンくんの全部、好きだから…」  
 
 何だ、互いに同じことを想っていたのか、とリナリーは気づく。  
ただ忙しすぎて、互いにそれを声に出すことが出来ずにすれ違っていただけ。  
 でもこれからは、もっと違う気持ちで彼と共に居られる。  
そう考えると嬉しくて堪らなくなり、ますます彼が愛しく思えてしまう。  
 
「コムイ兄さん、怒るかな」  
「うーん、どーでしょうねぇ…」  
 
 あの人のシスコンぶりは尋常じゃない。  
リナリーから彼女らリー兄妹のこれまでの境遇を聞かされなければ、  
アレンのコムイにへの印象はきっと「変な人」止まりだったことだろう。  
 
「あ、でも」  
「?」  
「もう、兄さんが寝ちゃったら…起こせないかも」  
「あ…」  
 
 そう言えばそうだった。  
あの人を起こすにはあの呪文が必要だったのだ。  
 でも、このままアレンとリナリーがずっと愛し合い続けたら…?  
 
「もうアレじゃ、起こせませんね」  
「起こせないね…」  
 
 もう口に出さなくても、互いの考えていることが理解できる。  
それが何だかおかしくて、ついつい2人でクスクスと笑いが毀れてしまうのだ。  
 もう涙は乾いた。彼の身体が温かくて、彼の心が温かくて…自然とこちらも火照るくらいに。  
 
「リナリーが…」  
「結婚しちゃいますよ…って」  
 
 どちらともなく惹かれ合い、眼を閉じ、そして唇を重ねる。  
それは夢見心地、ずっと待っていた瞬間。また一つ、彼(彼女)の感触を身体が記憶する瞬間でもある。  
 時が立てばまた戦場に狩り出されるけれど―――――今は、2人でずっとこうしていたい。  
 

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