「ミス・ミランダ?」  
 彼は、ちょっと首をかしげて訪ねると、静かに彼女の手をとり、その細く骨ばった手の甲に口づけた。  
 紳士らしい礼儀正しさと、どこか飄々としたとらえどころのなさ。  
「コムイ・リーです。リナリーとアレン君がお世話になりました」  
 めったにいないほどの長身の青年。  
 ミランダは、ただ見とれることしか出来なかった。  
 
 
 思えば、男性に見とれたことなど、生まれて初めてだった。  
 ミランダは、勝手に熱くなってくる頬を両手で包んで冷まそうとしながら、また彼のことを思い出していた。  
 握られた手が温かかったこと。手の甲に残った乾いた感触。  
 同じ場所に、そっとくちびるを押し当ててみる。  
「コムイさん……また会えるかしら」  
 会えることは分かっている。ミランダは、同じ組織で働くことになったのだから。  
 ただ……昨日あったばかりの人なのに、もう、会いたい。  
 ふいに、隣で一緒に馬車に揺られている時計がにぶい光を放ち始める。  
「え……いいの!いいのよ!このままで!」  
 時間を吸い取ろうとするイノセンスの気配に、ミランダは慌てて時計に語りかける。  
 まだ、能力を完全にはつかいこなしきれていない。  
 でも、もう振り回されない。  
「また会えるもの……私、もう逃げないって決めたの。諦めないって。だから……ね?」  
 この力を使うのは、誰かを守り、助ける時だけ。  
 
 
もしかなうなら、一秒一秒を丁寧に積み重ねて……恋を……してみたい。  
 だから、もう昨日に戻りたくはないのだ。  
 昨日に戻ってしまったら、昨日の彼には会えるけれど、明日の彼に会う瞬間が遠くなる。  
 今日を、明日を積み重ねて、必要とされる自分になりたい。昨日にはもう、執着しない。  
「ありがとう……あなたに出会ったから、彼に出会えたのよ」  
 言ってミランダは、時計にそっとキスをした。  
 
 

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