『神様はいじわるね』
私が警官の道を選んだことに対して、姉さんはこう言った。
『モアにこんな道を示されるなんて』
でも、神様は姉さんに対する仕打ちの方がもっとずっといじわるだったわ。
神を信じると、そう口にした瞬間の出来事、だったのよ。
ひとつの悲劇が起こった。
神を信じる幸せな夫婦を、神は引き裂いたのだった。
妻は十字架にその命を絶たれ、残された夫は神を呪い、その心を病んでしまった。
「ハァ・・・」
溜め息を一つついて、モアはずっと立ち止まっていた目の前の扉に手をかけた。
「姉さん、入るからね?」
そこはクレアとマルクの部屋だった。
部屋の主はいない。
クレアがこの部屋へやってくることはもう二度とない。
「姉さん・・・」
いなくなってしまった、もういなくなってしまったのだ。
それはまごうことなき事実であるけれども、受け入れようと思う気持ちが起きるはずもない。
マルクは今なお、あの教会でクレアの側から離れないでいた。
正確には、時にクレアを思って嘆き、時に狂ったように神を否定しそして破壊するマルクが、あの場所に捕らわれていた。
モア自身、姉のあのような死の衝撃は大きく、ましてや義兄のことを思うとそれを止めようとも思えなかった。
姉の側にも、義兄の側にも居たくはない。
哀しみが開けた心の穴を埋めようと、モアはクレアの面影を求めて、自然と二人の部屋へ入ってきてしまった。
部屋の様子は普段と変わりない。
いつクレアが入ってきても、この部屋は受け入れてくれよう。
ふと、鏡台に置かれた十字架が目に留まる。クレアはこれをどれだけ大切にしていたか。
「・・・っこんなもの!」
ガシャン!!
感情に任せて投げつけると、勢いは止まらなくなってモアは周りのものに当り散らした。
「こんな・・・!こんなのっ、全部!もう何にもならないのよっ!!・・・もうっ、姉さんは・・・!」
バン!と勢いよく扉が開かれた。
「もの・・おとが、したから・・・」
息を切らして駆けつけたマルクが、その瞳は虚ろなままそこに立っていた。
「義兄、さん・・・!あ、ごめ・・ごめんなさいっ」
感情に任せて荒らしてしまった部屋のことも、そもそも勝手にここへやってきたことも、改めて考えると自分は何をしているんだろうと、モアは少し冷静になった。
しかも、マルクがあの場所から離れたことに、義兄も少し落ち着いたのかと思ってどこか安心した気持ちもあった。
「義兄さん、あの、姉さんのことだけど。とりあえずあのままにしてはおけないわ、よね・・・。だから・・」
「クレア!・・・ここにいたんだね」
「え!?」
モアは驚いてマルクを見返す。
確かにマルクの視線は自分を捕らえている、のに、マルクが見ているのは自分じゃない、その瞳に何か異様さを感じてモアは身を引いた。
「クレア・・・来てくれた。ぼくの・・・来てくれたね・・・クレア・・・」
「に、義兄さん・・・っ」
マルクは徐々に間合いを詰めてくる。
モアもまた、何かおかしいと感じてじりじりと後退した。
「ち、がうっ!義兄さん、私・・・おちついて?モアよ?」
そうは言うものの、マルクは現実を映しとっていないその瞳のまま、モアをみつめて手を伸ばす。
モアはその瞳に恐怖を感じて身を固めてしまい、腕を取られて引き寄せられる。
「やっ!・・・痛っ、義兄さん!」
握り締める手の力に苦痛を感じ抵抗する。
「・・・モ、ア?」
「そっそうよ?義兄さん!私・・・モアよ?」
モアにようやく安堵の気持ちが芽生える。義兄を落ち着けるように笑顔を返した。
「・・・や・・・いや、だ・・・。クレア・・・クレア」
しかしマルクは掴んだ手を離そうとはせずに、震えだす。
「クレ・・・ちがう・・・?いや、クレア・・・なぐさめて・・・ぼくを、クレア・・・!」
マルクが何を言っているのか、モアにはわからなかった。
つまり・・・錯乱してる?モアは義兄のその様子にショックを覚えた。
「クレア!寂しい・・・たすけて・・・。クレア!」
力任せに押し流されて、モアにわかったのは勢いよく倒されたのにその衝撃をあまり感じなかったことだった。
「義兄さんっ!!やめて!」
両肩を押さえつけられて、ベッドの上に組み敷かれている。
降り注ぐ視線が、モアに恐怖感を抱かせる。
義兄を引き離そうと腕を伸ばすと、両手を絡め取られて頭上で押さえられてしまった。
「やだ・・・義兄さん・・・っ」
すでに身体の上に乗り上がられ、抵抗どころか思うように動くこともできなくなっていた。
「なぐさめて・・・ぼくを・・・。クレア、クレア・・・」
ビビッと上着を引き裂かれて、かたちの良い胸が露わになる。
「・・・っ!!」
モアは恐ろしさに身を縮めた。
このままでは、義兄に何をされるのか・・・それは、亡くなったばかりの姉さんに対して許されない行為・・・。
「クレア・・・クレア・・・」
マルクは切なげに頬を胸に埋め、空いた手で片方の頂上に触れる。
緊張で、すでにわずかに身を固め始めていたそこに触れられて、モアの身体に反応が走る。
「あ・・・やぁ!」
マルクの冷えた指先の、その冷たさだけでも刺激となり、更に頂上は存在を固める。
「クレア・・・ぼくのクレア・・・。やっと、ほら・・・うでの、なかに・・・」
モアの肌に唇を寄せてマルクはつぶやく。
胸を玩ぶ指先は頂きのわずかに外側をくるくると巡り、モアにもどかしい刺激を与える。
「・・っんん、ゃぁ・・・義兄さ、ん・・・だ、めぇ・・っ」
モア自身、自分の身体が少しずつ震えているのがわかっていた。それはただ恐怖のみに彩られた震えではないことも。
この現実を否定し、義兄を振り払い、この行為をやめさせなければ。
そう思って捕まった腕を、身体を振りほどこうとする自身の中に、駆け抜ける、一抹の快感がある。
───嫌!ダメなの、ちがうの!義兄さんは正気でないの・・・姉さん、たすけてっ
抵抗の意志を保ち続けようとするモアの、もう片方の胸にマルクは口付けた。
「あ、んあぁっ!」
指先はすっかり硬くなった先端をくりくりと玩び続け、もう片方は軽く吸い上げられて柔らかな舌でぬるぬると撫ぜられる。
モアの腰は次第に抵抗とは別の動きを見せはじめる。
「あっ・・やぁ、はぁっ・・・あぁ・義兄さ・・・や、だぁ!」
義兄にこんな行為をされているためか、モアの意思に反して身体は昂ぶってしまう。
「クレ・ア・・・あぁ・・・つかまえた・・」
マルクはやはりクレアへの思いに捕らわれたまま、モアを求め続け、モアの下半身を覆うズボンへと手をかけた。
口での愛撫は止むことはなく、モアは意識のほとんどをそちらに奪われて、脱がされていくことにはほとんど抗うことができなかった。
そもそも、モア自身、自分の下半身のその奥もだんだんと変化しているだろう予感は、すでに感じていた。
自分の奥が、熱を持ち、疼きはじめているような・・・。
胸への刺激は、十分に全身に巡りまわっている。
「はぁっはあ、はあっあ・・・っ」
あがった息を吐くたびに、かすかな高い声が混じっている気がして、モアは耳を塞ぎたい気持ちになった。
───だ・・って、義兄さんが、マルク・義兄さんが・・・触れてるの・・・っ
徐々に痺れだした頭で、モアは思い出していた。
いつも私たち姉妹の力になってくれる、やさしい牧師に憧れの念を抱いていたことを。
しかし、姉もまた、彼に好意を寄せていることはわかっていたし、大好きな姉に、優しい姉に敵うはずもないことも。
───ね、えさん・・・っ、姉さん!
クレアのことを思うと、こんなの、許されないことだとわかりきっているのに・・・自分が流されていることは確かで、モアの心はまた痛んだ。
スルッ
「!!」
与えられる快感と自分の思考に気を取られていて、気が付いた瞬間には下半身を覆っていた衣服たちが足から剥ぎ取られてしまった。
「やっ、やあぁ!!」
足の間の奥に触れられて、そこがぬるぬるとした感触であったことがはっきりとわかった。
「ク・・レア・・・あぁ、ぼくを・・・包んで・・・いやして・・・」
マルクは片足を開いて押さえ、モアの間に身体を割りいれて、屹立していた自身をあてがった。
「ひっあああぁああ・・っ!!」
濡れていたとはいえ、いきなりの挿入にモアの身体は対応しきれず痛みが貫く。
けして急ぐわけでなく、ゆっくりと、しかし着実にマルクは己を挿し進める。
「あっ、はぁあっ・・!ひぅ、ぅああっ・・」
身体をこじ開けられる侵入に、モアは苦痛の声を漏らす。
己を沈めきったところで、マルクはモアを抱きしめた。
「ぁあ・・・クレア・・クレア・・・」
ようやく開放された両手に力を入れることもできず、モアは痛みに震えていた。
「あ・・ああぁ・っひ、あぁ・く・・っぁあ!」
マルクはそのままゆっくりかき回すようにぐるりと中で動いた。
少しだけ引き抜いて、またゆっくりとしずめ、自分を受け入れている女の中を確かめるように、自身を動かした。
「ぼくの・・・包んで・・クレア・・・助けて・・」
「っあ、ひっぅあ・・っあ・はぁ・・んんんっ・・・んぁあ・・っ」
モアの発する声に、だんだん痛み以外の艶が混じりだす。
受け入れている下半身が、自然とわずかな収縮をしだしたことを感じる。
それを受けてか、マルクも次第に抽出の動きに変わってきた。
「ん、んぁあ・・っはぁ、あっ・・・あぁああ・・!」
モアの身体を巡る痛みが、痺れに変化する。
突き上げられる身体の中心から、全身へと甘い痺れが広がって、声となって、震えとなって、外へと現れる。
───ち、がう?あのとき、と・・・。ぁあ・・・マル・ク、義兄さ・・ん・・・
クレア姉さんと同じ人を想っても、それは悲しいし・・・もう踏ん切りはついてるわ。そう思ってモアは恋人をつくったことがあった。
優しい人だった・・・どこか、彼に似ていたかもしれない。身体を重ねるまでに至って、でも何かうまくまわりきらないと感じて終わりにした人だった。
「あっあぁあ!にい、さ・・・ぁああ、んんっああ!」
───義兄さんが・・・マルク義兄さんが・・・っわ、たしの・・っなか、に!
モアの中が、次第に快感と興奮で埋め尽くされていく。
突き上げられるたびに感じる感覚・・・こんなにも熱く感じたことがあっただろうか。
「クレ・・ア!クレア・・・」
ああ、やっぱり義兄さんは私を見てはいない。貫きながら、今にも涙をこぼしそうな切なげな視線を落とすマルクを見上げて、モアは考えていた。
───私を、姉さんの代わりにして、姉さんを映して抱いているのに。
でも哀しいのね、義兄さん。姉さんがいないことが、わかっているから、だから寂しいのでしょ?
モアは腕を伸ばし、マルクの背中にまわして抱きしめてみた。
───押さえつけられはしたけど、触れ方は優しかったわ。
姉さんは、こんな風に義兄さんに抱かれていたのかしら・・・
クレアのことを思うと、痛む心がある。
しかしそれ以上に、官能に働きかける力の方が強かった。
───っあああ!義兄さん・・・私が、包んであげる、からっ
モアの心を、肉体と背徳とがもたらす官能が支配する。
ずっと想っていた義兄に求められて、姉を裏切っている、その思考さえ身体を昂ぶらせる媚薬となる。
「あっ、はぁ・・んあぁっ、ああっ!義兄さ、ん・・・あぁっマ、マルク・・義兄・さ・・っ」
マルクを受け入れ、動きを合わせてより快感を得ようと、モアの身体が変化する。
警官になるというだけのことはあるのか、モアの身体はほどよく肉付いて引き締まり、その肌はなめらかに張りを保っていた。
内壁は快感を示すようにびくびくと締め付け、マルクの内も次第に快楽に支配されつつあった。
「・・・っく、クレ・・ア・・・!」
抽出はより激しさを増し、モアの蜜は溢れ出て、ぐちゅぐちゅと卑猥な水音を奏ではじめる。
「ぁあんっ・はぁ・・ふぁあっ!やっ・・・は、義兄・・マ・・・マル、ク!」
内側を擦られる感覚が、電気のように全身を駆け巡る。
モアはマルクの背に回した腕にいっそう力を込めてしがみついた。
───もっと、もっと包んであげるっ・・・マルク!
すでに快感でぐちゃぐちゃになったそこを、更に締め付けるように自ら収縮させると、自分のうちのマルク自身をより強く感じる。
「んんんっ・・・!あっああぁ・・マ、ルク!マルク!!」
いつの間にか足を突っ張らせてモアはマルクの突き上げを助けるように腰を振っていた。
今は私が、私だけが義兄をこうして包み込むことができる、そんな満足感を抱いて、モアの思考は快楽と慈愛に占領された。
モアの全身が細かく震えだす。
もう絶頂は近かった。
「ああっ、やぁあ!マル・・ク!マル・・んんっ・・はっああぁ!あああぁああ!!」
ビクン!と身体中を強張らせてモアが達した。
「く・・・っ、ああぁ・・!」
今までで最も強い締め付けがマルク自身を捕らえ、そのままマルクはモアのうちに昂ぶりを解き放った。
最奥が内側から熱くなっていくのを感じながら、モアは意識を手放していった。
ぼんやりと視界に部屋の情景が映り、モアは覚醒した。
「・・・う、ぁぁ・・・」
部屋に一人取り残されていた。
身を捩じらせると、全身が気だるい。しかしそれ以上に、心がぽっかりと空洞になったような虚しさに襲われた。
「・・・義兄さん・・・姉さん・・・」
涙が溢れ出る。後悔の念か、懺悔なのかはわからないけれど、ただ闇ばかりが心を支配してモアは自分自身を呪った。
マルクの様子はやはり正気を取り戻したわけではなかったが、クレアの死は受け入れたのか、狂気に狂うことはなくなっていた。
哀しみの淵に沈み続け、ただ泣き続けていた。
あの行為を、マルクがどう受けとめているのかモアにはわからなかったが、近付くことは拒まれた。
そしてある日、義兄は壊れてしまった。
色々な記憶が曖昧になったようにぼんやりとして、身体も崩してしまった。
モアとのことは覚えていないようだった。
今度こそ義兄が元気になるまで、姉のためにも、義妹としてともに生きようとモアは誓った。
この世に神でも悪魔でも、居るなら私を裁いてしまえばいいのに。
いいえ、神なんて居ないんだわ。
姉さんのことも、私と義兄さんとのことも。神がこんな事実を許されるかしら。
悪魔だって、居るなら私を地獄へ導けばいいのに。
そんなもの、この世には存在しないんだわ───