迂闊だった。  
ここに来てから今まで、誰にも気づかれたことなどなかったのに――  
 
「か、神田……?」  
(――しまった!)  
 
扉の開く音から数秒後、乾いた声が部屋の中に響いた。  
声の主は、昨日入ったばかりの男。確か名は……アレン。  
 脱いでいたシャツで前を押さえて少し振り向く。  
 アレンは呆然としていたようだったが、それに頬を赤く染め視線を逸らした。  
 その背後に備え付けのインターホンが見えた。  
 それは何もこの部屋だけでなくどの部屋にもついていて、本来ならばそれで互いを確認してから中に入るのが習わしなのだが――  
(…こいつ、新入りだから知らなかったな)  
 
「っ……!!」  
 畜生。反吐がでそうだ。  
 
 殺せるものなら殺してやりたいが、そういうわけにもいかない。  
 鍵をかけるのを怠った、自分にも否はある。  
「あ、かっ神田、その……。その、えっ…えーと……」  
 気まずそうに、視線をウロウロとさせるその様子が鬱陶しい。  
 聞こえるように吐き捨てた。  
「…閉めろ」  
「……は、はい?」  
「…今すぐ部屋の戸を閉めろ!!」  
 奴の背後にある戸は僅かに開いたままだ。  
 
 他に誰が来るともしれない状況でたまったもんじゃない。オタついてる暇があんなら、とっとと閉めろ。馬鹿が。  
「――は、ははははいっ!!」  
 怒鳴りつけた俺に、大げさに狼狽えながら、奴はようやく戸を閉め鍵をかけた。  
 ガチャリ、という金属音が部屋に響く。  
(…あぁもうこんなん、全く意味ねえな)  
 それを聞くと同時に、俺は前を隠していたシャツを捨て、体ごと奴の方に振り向いた。  
 途端、向かい合う形となった奴の顔がみるみる赤く染まり上がる。  
 俺はしばしそれを、呆れとも同情ともつかない気持ちで眺めた。  
 
(…すげえうぶだな、コイツ)  
 ――何も俺は、裸になってるわけじゃねぇのに。  
 
 俺は、へそ上までのサラシと、ズボン(制服)になっただけだ。  
 サラシでつぶしきれてねえ胸が視界に入って、目の置き場に困るというのはわからなくはねぇが、それにしたって、行き過ぎじゃねえか?  
「☆@*◇§……!!?」  
 目はシロクロさせ顔色は耳まで真っ赤。  
 まあ、その方がやりいいっちゃやりいいが。  
 俺はドカドカと奴の元へと歩き、その肩をつかんだ。  
「…おい、アレン」  
 が――アレンはそれに何を思ったのか、今までの比にならない狼狽え方を見せた。  
 
「――!! か、神田!ああああ、あ・の!すみ、すみ、すすす、みませんっっ!!!今すぐ出ますからっっ!!」  
(――はっっ!?)  
言うと同時にアレンは俺の腕を払い扉に手をかける。  
(――この馬鹿が!!)  
 俺はとっさに奴の襟元をつかむと、奴を床へと引きずり倒した。  
「! …ワッ……!!?」  
 
 ――ガシャアアッ!!  
 その振動に部屋の装飾物が散らばり、もの凄く盛大な音がした。  
 おそらくは、この部屋に鳴り響いただけではないだろう。廊下にも響いているはずだ。  
「あ、あの…?」  
 状況が掴めていないらしい。俺の足下で間の抜けた声を発するコイツを、俺は力の限り睨みつけた。  
「…てめぇ、ふざけてんじゃねぇぞ……?」  
「ハ…ハイ?」  
「…もし今!廊下通ってる奴が一人でもいたらどうなった!?…確実に見られただろーが!!んなこともわかんねぇのか!!?」  
「ハ、ハハハハ、ハイッ!すみませんっっ!!」  
「ったく…いいか?じゃあ……」  
 首をブンブン振ってうなづくアレンに、俺はようやく本題を切り出そうとした――  
 が、その時。  
 
(ピン・ポーン)  
 
 ピリピリとした部屋の空気にそぐわない、間の抜けた音が響いた。  
 素早くインターホンを手に取る。  
『神田殿!!何がありましたか!?なにやら今、部屋から凄い音が……!!』  
 ――トムだ。  
「…部屋の装飾を、少しうっかりしていて散らかしてしまったんだ。何……手伝い? ああ、いや、一人で大丈夫だ。片づけられる――わざわざすまないな、トム」  
 平静を装って返事をする。  
 幸いにも気づいたのはトムだけだったらしい。二三語やりとりした後耳を澄まし、足音が去っていくのを確認した。  
 ほう、と肩の力が抜ける。  
「…あ、あの……大丈夫でしたか?」  
「……ああ、トムしか気づいてなかったみたいだ」  
「そ、そう、で…すか……」  
 だが頷きながらアレンは、どこか困惑しているような素振りを見せた。一瞬何だ?と思うが、すぐ思い出した。そうだ、肝心のことをコイツとすませていないのだ。  
 
「…あ、あの神田、僕は…―――!!?」  
 アレンが何か、みなまで言う前に襟元を引き寄せ唇を重ねた。  
「〜〜〜☆@□◇#*★!!?」  
 よほど驚いているらしい。俺を払おうと胸元を叩いてくるが、まるで力が入っていない。  
(…面白ぇ)  
 構わず俺は舌を絡ませ歯列をなぞった。  
 途端にビクリ、とアレンの肩が震えもがいていた腕が止まる。  
「ふ……んっ…、は、はんはひゃ…(か、神田さ…)っっ…!」  
 その隙にアレンを押し倒し俺はアレンの腹に馬乗りになった。  
「…はっ……!! 面白ぇ…何お前、舌使ったことねぇの?」  
「な…!!そ、そんな事な――…じゃなくて!! い、一体どーゆーつもりですか!神田!?」  
「あ?何って…。一応……こーゆー、つもりだぜ?」  
「!!?」  
 言いながら俺は、後ろ手に奴の急所を掴む。  
 
「な――神、田…っ」  
 さすがにこれには逆らえないらしい。まぁ当たり前だが。  
 ガクン、とアレンの体が落ち、俺の視点が下がる。  
 ここにきて俺は――ようやく本題を切り出した。  
「……言うな」  
「…え……?」  
「俺の体の事だ。誰にも言うな。その代わり――」  
 そこで俺はいったん言葉を切ると、急所を握っているのとは別の手で、さらしを外した。  
 パサ、と音を立ててさらしが落ち、俺の胸(大した大きさはないが形は上々かと思う)が露わになる。  
 目を見開いたアレンの顔がかぁっ、と赤く染まった。  
「……!」  
「――代わりに、したい時いつだってしてやるぜ?テメエだって男だろ?」  
 口の端で挑発的に笑うと、手の中でアレンの急所が、かすかに反応したのがわかった。  
 
 

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