「あー…」  
ライナ・リュートは気だるげな声を出して、宿の窓から見える空を見上げた。  
真っ暗な空にいくつかの星と、満月が浮いている。  
ライナは机に山ほど積まれた本の山を一別してから呟いた。  
「なんかさ、こんな月とか見てると眠くならねぇ?」  
それからゆっくり、隣に座っている自称『愛の天使』の相棒、フェリス・エリスを見た。艶やかな金髪が月明かりに照らされ、その姿はまるで女神のようだった。  
しかし、そんな女神を見て彼はため息をつくでもなく、  
「…眠いんだけど」  
「さっさと仕事をしろ。…それとも、夜空へ首が舞う…」  
と、そこでフェリスの言葉を遮り  
「いやいやいや、死ぬから。」  
そんなライナの反応を見てフェリスは何故か少し淋しそうに  
「…ん。」  
「ってなんで淋しそうなんだよ。…ていうかさ、俺が言いたいのは極悪非道王シオンの事なんかほっといて寝まくろう!、ってことなんだけど。」  
それを聞いて、フェリスはふむ、と頷きながら  
「流石に、私も限界だな。毎晩お前のような色情狂に付き合わされていては体がもたない。」  
「だからなんで俺が…あぁ、もういいや。」  
もう突っ込む気力さえ無くしたライナは椅子から立ち上がると、のろのろとベッドへ移動する。  
「…はぁ、やっと寝れる。」  
 
ベッドにその身を沈ませたライナは、眠たげな瞳をさらに緩ませて、幸せそうな笑みを浮かべた。  
「はぁ…幸せ」  
「……ライナ。」  
「何だよフェリス。お前も寝ないのか?」  
「私は…どうかしたのだろうか…」  
妙に熱っぽい、だが、いつもの感情が無い声で言ってくる。  
心なしか、顔も熱ったように赤い。  
「は?何だ風邪か?」  
「ライナ…」  
じりじりとフェリスはベッドへ横たわるライナへと近付いてくる。  
「へ?あ…あのフェリス?お前どうかし…」  
なんとなく、後退りをしたが、そこはベッドの上。あっという間に壁まで追い詰められたライナを、フェリスは何故かうるんだ瞳で見つめてきて。  
「フェ…フェリス?何?お前ほんとになんかの病気?」  
「体が…熱い…」  
「いや…だからそれは風邪…」  
言いかけて、ライナは先程までフェリスが食べていただんごを思い出した。  
 
確か、普段食べている三色だんごのピンクより、鮮やかな、ピンク色だった。  
まさか、と思いつつ恐る恐るフェリスへと問掛けてみる。  
「…なぁ、フェリス。お前がさっき食べてただんご。どこで買ったんだっけ?」  
「む?…確か路地裏にひっそりとたたずむだんご屋だったが…?」  
「…で、それ買うときなんか言われたか?」  
するとフェリスは思い出すように少し考えてから、言った。  
「確か…び…媚薬がなんとか…」  
「………おいおい…なんでだんごにそんなもんが…」  
ライナはこの世界に絶望をした。  
もう、狂っているとしか思えない。  
何故だんごに媚薬なんか入れる必要が有るんだ。  
「媚薬とはなんだ?だんごの新種類か?」  
「いや…とりあえず俺から離れてくれ。俺の貞操が…」  
前にも、少し頭がイっちゃってるとしか思えない少女…ハミンに捕まった時も同じ様な状態にはなったが、あの時はまだ演技だった。  
しかし、旅を続けてきた今のライナにはわかる。自分をいじめる時のような、無意味に真剣な表情。  
つまり…  
「…もう私は…限界だ。」  
刹那、フェリスはライナをベッドへと押し倒した。  
健全な青年なら嬉しいことこの上ない展開かもしれないが、ライナはいつもの半眼でフェリスを見上げながら  
「…もう何が限界なのかわからないんだけど…何?俺どうなっちゃうの?」  
 

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