「デーモンを狩る方…」  
抱けば骨の無いような柔らかなその体を、  
しなるほどに抱きしめる。  
熱い息が頬にかかる。  
何の抵抗も感じない。  
抱かれるままに、ただ抱かれる熱い身体。  
「ああ…」  
その手にいつもある、灯火の熱い蝋を己が手で己が双眸に垂らして、  
彼女は自らの目を、塞いだのだという。  
最悪の、最強の、最凶の、デーモンだったという彼女。  
魔眼。  
見るだけで、見られた者のソウルを奪い、  
見られるだけで、見た者のソウルを束縛する。  
ソウルを以て何かをなすのではなく、ソウルそのものを自在に操る、  
ソウルのデーモン。  
だから、彼女は、自らをそうやって封じるしかなかったのだ。  
要人は、彼女を指して、神殿に繋がれた囚人のように言っていたが、  
それは違う。  
彼女は自ら望んで、ここに居るのだ。  
己を、生きたまま、  
いや、死ねぬ自分を、死ねぬままに、葬るために。  
 
彼女を、彼女自身を封じる、封蝋の上から口づけする。  
「いけません…」  
行為を始めて、初めて抗う気配を見せる、火防女。  
何を恐れるというのか。  
まぶたを固く閉じて、精製度の低い、濁った鑞で塞ぎ固めて、  
灼け、爛れた皮膚は生体も物体もごちゃ混ぜになって癒着して、  
そんな目で、何を見るというのか。見ることが出来るというのか。  
それほどまでに、彼女の心は束縛されているのだ。  
着衣を取り去り、こうして繋がって、  
お互い身体の境界が分からなくなるほどの快楽に呑まれていても、  
なお、  
彼女の心は鎧われて、囚われて、余人を受け入れてはくれないのか。  
凶暴な衝動が、むくりと、起き上がる。  
この女は、何をしても、何をされても、受け入れるのだ。  
それがたとえ他者の肉体でも、凶刃でも、変わらず、受け入れる。  
肉体などこの女にとってさしたる意味を持っては居ないのだ。  
何をしても、何をされても、変わらない________  
ならば、それは、何も受け入れないのと、違いはない。  
「はは、」「はは、」「はははははは、」  
その事実に思い至って、俺はもう笑うしかなかった。  
俺が、何を、どうしようと、  
何回、成し遂げようと、  
変わらない、この世界。  
彼女は、どうしようもなく、この世界と一体化して、  
この世界そのものだった。  
俺の身体からも、心からも、止まらずに流れ続ける血には、何の意味も無いのだ。  
 
モノを彼女の熱い女の部分から引き抜き、髪の毛を鷲づかみにして引き起こし、  
ひざまずかせて乱暴に上を向かせる。  
悲鳴一つあげない。  
口にねじ込んで、何の工夫もない、雑な動きで頂点まで持っていく。  
喉の奥にまで乱暴に突き込まれて、舌の付け根が異物を排除しようとする反射的な動きを感じる。  
なのに、  
うめき声すら上げない。  
それどころか、一瞬後には絡みつき、なでさすり、なぞり、はじき、吸い上げ、つつみこみ、  
ひたすらに、快楽をあおり立ててくる。  
深海に住むという異形の魚のような白い腕が、あまりに強い快感に痙攣する腰を逃さぬように  
尻と脚に絡みついてくる。  
 
「くっ、ぐ……うぅ。」  
 
女はそのまま飲み込んだようだが、飲み込みきれなかった分が口の端からあふれて滴る。  
「…ご満足、いただけましたでしょうか…?」  
卑小な征服欲を満たして、乾いた気持ちで、見る。  
儚げで繊細な、優しい曲線を描く白い頬。可憐と言っていい薄い桜色の唇。  
 
死と腐敗と悲鳴と憎悪と汚濁と虚無と闇と憤懣と裏切りと悲惨と夜と嘲笑と絶望と。  
そんなもので満たされた、そんなものしかない、この世界で、  
いつ折れてもおかしくない、今にも折れそうな、心を癒してくれた、支えてくれた、  
闇の中に小さく、だからこそ何よりも強く、鋭く、輝く灯火。  
その嘘くさい美しさ。  
手をさしのべると、したわしそうに掌にほおずりしてくる。  
今更のようにわき上がるいとおしさが心臓に爪を立てる。  
その柔らかさの名残を惜しむように頬の輪郭をなぞり、  
 
そのまま顔の上半分を覆う鑞に手をかけ、無造作にひきはがす。  
 
「____________________!」  
女は両手で目の部分を押さえて、声にならない悲鳴を上げ、飛び退る。  
「な、なにをなさるのですか!」  
「ははは、さすがデーモンだな。」  
鑞と皮膚との境目にはっきり見て取れていた瘢痕。  
相当に酷い火傷だったはずなのに、その細く白い手指では隠しきれないその部分は、  
封印を解かれてすぐさま、目に見える速度でじゅくじゅくと再生を始めていた。  
「俺がお前を好いていると、抱きたいと言った時よりもよっぽど反応が良いじゃないか。」  
「………。」  
「いいぜ、その殺気。犯ってる最中よりもよっぽど相手されてる気がする。」  
「………。なぜ、こんな酷いことをなさるのですか。」  
「酷いか。そうだな、酷いな。だがそれはお互い様だ。」  
「どうしてそんなことをおっしゃるのですか?  
 わたくしは、ただ、デーモンを殺す者のために、あなたのために、  
 ここにいますのに。」  
「それは嘘だな。いや、デーモンを殺す者のため、は本当だろう。  
 だが、俺のためじゃない。デーモンを殺さない俺に、お前は用はない。  
 そうだろう?」  
「……そんなことは。」  
「おれは、もう嫌になったんだ。  
 何の意味も無い、ただ繰り返すだけの、こんなことは、もう嫌だ。」  
「………。」  
「俺に、デーモンを殺す者ではなくなった俺に、気持ちがあるというなら、  
 情けをかけてくれるというなら、俺の望みを叶えてくれ。」  
「____何を?」  
 
「もう、終わらせてくれ。頼む。」  
 
「…この神殿に一度くくられた者は、もう、永劫に解放されることはありません。」  
「解放なんかは望んじゃ居ないさ。故郷に帰ろうなんて、そんな、  
 それこそ故郷を出発するときにそんな甘っちょろい望みは捨ててるさ。  
 俺は、もう、終わりたいんだ。  
 生身としても、____ソウル体としても、もう復活したくない。  
 この魂を、存在を、丸ごと終わらせたいんだ。  
 お前には、それができるんだろう?なあ?ソウルのデーモン。」  
「酷い、酷いことをおっしゃいますのね。」  
女は、恨みがましい声でそう言った。  
顔を伏せて、目を掌で押さえるようにしている。  
その様子は泣いている姿のようにも見えるが、そんなことは決してない。  
自由意志を奪われて、ただ世界を構成する部品として、世界に組み込まれて、  
そんな存在になって、なりはてて、だから、デーモンは泣かないのだ。  
 
「では、私はどうすれば良いのですか?  
 デーモンを殺す者を失って、デーモンを殺す者のために存在する私は?」  
「俺の代わりなんていくらでも居るだろう。」  
あなたを失って、とは、やっぱり言わないんだな、と心の片隅で思いつつ俺は言った。  
「この前重なった世界の、やたら元気で鼻息の荒い新人、あいつなんていいんじゃないのか。  
 どうせ、あいつの世界に居るお前も俺の世界に居るお前もお前なんだ。  
 俺が俺の世界から居なくなるだけ、俺の世界が再生されなくなるだけさ。」  
本来、神殿において世界が重なることなど無いはずなのだが、たまに、他の世界と重なる時がある。  
これも世界のほころびという奴なのだろうか。  
それに、世界が重ならなくとも、至る所でうろうろふらふらとしている、白い幻影達。  
あいつらは全員、異世界の「デーモンを殺す者」だ。掃いて捨てるほど居る、俺の代わり。  
最もそれは要人の野郎にそうと聞かされただけで、本当は、とっくの昔に心折れて骸になりは  
てた過去の英雄達の亡霊なのかも知れないし、終わらないこの世界をいつか終わらせてくれる  
未来の英雄を望むあまりに世界が夢見た妄想の産物なのかも知れない。  
もしかしたら、何度も何度も、もう何回成し遂げたのかもわからない、過去の俺自身の残響に  
すぎないのかも知れなかった。  
しかし、同じ時間を、無数の平行世界を、ぐるぐると繰り返すだけのこのくそったれな世界で、  
そんなことは頓着するだけで労力の無駄だ。そうであろうとそうでなかろうと、何も変わりは  
しないのだから。  
だが、あの中に未来の俺が居ないことだけは確かだろう。  
俺はもう終わらせるのだ。もう、疲れた。眠ることすら許されないのなら、消して欲しい。  
 
「本当に____本当に酷い方。」  
「そうか、そう思うならさっさと俺を消してくれ。」  
片膝を抱えるようにして座り込み、うなだれて自分のつま先を見ている俺に、  
女が歩み寄ってきた。  
さきほど垣間見えた再生の速度なら、もうその双眸は開いていることだろう。  
視界の端で、女がその白い膝を落としたのが見える。  
無精髭に覆われ、肉のそげ落ちた両頬に、柔らかな白い両掌が添えられる。  
促されて、顔を上げ、女の顔を見れば________  
終わりだ。  
待ち望んだ終わり。  
女の目は、  
冷たいだろう。  
怒りに燃えているだろう。  
蔑みに満ちているだろう。  
それとも、そこにあるのは、ただの無関心か。  
空虚か。  
いずれにしろ俺はその視線に恐怖し、後悔と慚愧と絶望に呑まれて、  
凍り付き、砕け、消滅するのだ。  
だが、それでいい。  
それでいいのだ。  
 
 
 
なのに。  
 
 
俺の顔はそのまま女の胸に抱かれていた。  
ひな鳥が暖かで優しい母鳥の胸羽に包まれるように。  
なにか、暖かい、熱い滴りが、髪の毛を濡らす。  
「酷いひと。」  
女は繰りかえす。  
「この神殿は、唯一つの繰り返す時間を、あまたの世界をつなぎとめて。  
 デーモンを殺す者は数限りなく、その訪いは絶えることなく____ 」  
そして。  
皆。  
行ってしまう。  
逝ってしまう。  
私を置いて。  
私を残して。  
終わったと、成し遂げたと、そう思っていても。  
気がつけば。  
また見慣れたここにいて。  
「だから。」  
熱い滴りは絶えることなく、  
俺の頭を抱きしめる力の強さに、  
彼女の嘆きの深さがこめられていた。  
「デーモンを殺す者でなくなったあなたに、私は、仕えません。」  
________従ってなど、あげません。  
 
デーモンを殺す者は、数限りなく、その訪いは、絶えることなく、  
代わりは、いくらでもいるけれど、  
「あなたは、あなただけで、  
 あなたの代わりは、いないから……」  
わたしの________  
 
引き寄せられて、見上げる。  
微笑んでいた。  
悲しげに。  
寂しげに。  
繊細な長いまつげ。  
ゆらゆらと揺れる、潤んだ瞳。  
涙。  
 
そんなわけはない。  
デーモンは泣かないのだ。  
いや、やっぱり違う。  
これは涙だ。  
涙を流す、人の身のままで。  
この女は。  
 
そっと口づけられる。  
一気に、吸われる。  
ソウルも。  
命も。  
心も。  
なにもかも。  
存在そのものを。  
引き寄せられて、惹かれて、  
あまりの美しさに。  
あまりの慕わしさに。  
魂がどうしようもなく縛られ逃れられない。  
 
「これじゃあ、しかたねえよなぁ____。」  
 
そのまなざしは魂を奪い、  
その姿は魂を束縛する。  
そのまなざしは慈母のごとく、  
その姿は光に満ちて。  
 
彼女こそがデーモンの王。  
古き獣____神と、人とを繋ぐ。  
彼女こそが世界。  
そして俺は____世界の一部になった。  
 
 
これが、俺の終末の顛末だ。  
自由意志を奪われ、世界を構成する部品として、世界に組み込まれて、  
彼女の一部になって。  
繰り返す。  
彼女と共に。  
吸い尽くされたはずの俺がこうして話しているのは、  
だから、俺自身ではなく、  
お前さんの世界に残された、俺の世界の残響だ。  
ひとかけらの、ソウルの塊。  
お前さんの手に取られて、お前さんの一部になって、  
それすらも終わる。  
願わくば、お前さんの世界の彼女に、優しくしてやって欲しい。  
誰よりも、優しく、悲しい彼女なのだから。  
 
 
了  
 

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