「―――来た」  
 
 乾いた風の吹き荒ぶ祭祀場。英霊の骸骨に腰掛けていた女はうっそりと呟いた。化粧気の無い、それでも整った相貌に微笑とも冷笑と  
もつかない笑みを浮かべながら立ち上がる。くすんだ金の軽鎧がしゃらん、と音を立てた。  
 女の目線の先には要石があった。楔の神殿と外界とを繋ぐ、唯一の移動手段であるその石が、光を失っている。  
 アレが来る際に起こる現象だ。何かに阻害されたように力を失った要石では、ここから出ることは叶わない。  
 
 逃げ場は無い。―――逃げるつもりも無い。  
 間違い無い。―――アレが、来る。  
 
 女は乱れた金の髪をかき上げると、腰の長刀を一息に抜き放った。細い刀身は外見以上に重く、限界まで削り上げられたその刃は怖気  
がするほど鋭利だ。喜悦に細められた女の碧眼が、鏡よりも澄んだ刀身に写し出される。嗚呼、綺麗。  
 足元に転がしてあった盾を拾い上げると自然な、それでいて油断の無い構えを取る。空気が、変わっていた。  
 潮の匂いを孕んでいた風は生臭い血の香りを発し、暗雲は一層に厚みを増して不安げな薄闇を作り出す。命あるモノならば本能的に恐  
怖を抱くであろう変化を前にしても、女はそこから離れない。長いとも短いとも言えない時が過ぎ、遂にソレは現れた。  
 大気が乱れる。空間が歪む。地面から噴出した赤黒い炎は、生命を否定するかのように辺りの雑草を枯死させる。炎はひとしきり吹き  
荒れると、甲高い、聞こえるはずの無い音を立てながら一つの形に収束した。人間だ。  
 
 曰く、暗いソウル。曰く、人と神の敵。曰く、黒いファントム。  
 
 拡散した別世界の戦士を助け、助けられる“人の関係”に基づいて現れるファントムとはまるで異なるその姿。赤く、黒く、殺意とい  
う物が形を成したならばこんな色をしているのだろう。真逆の、“獣の関係”に基づいて現れた彼等が望むものは―――  
 
「さあ、踊りましょう」  
 
 女はダンスの相手を求めるかのように右手を差し出し、手を招いてみせた。元より、女はこれを待っていたのだ。楔に囚われ、戦い続  
け、ソウルを奪い続けてきた女は強くなりすぎた。思考を失った亡者など敵ですらなく、巨大なデーモンでさえ、その暗い情欲を満たす  
ことはできない。自分と同等のソウルを有し、戦士としての思考を保った黒いファントム達だけが、女のカウンターパートたり得る存在  
だった。  
 黒いファントムは死体のように立ち上がると、その手に歪んだ曲剣を構えた。対盾に特化された特殊な刀身がぎらついた光を放つ。全  
身から発せられる狂暴なソウルがその姿を陽炎のように歪ませている為、装備を完全に把握することはできない。ただ、その頭を覆う暗  
銀の兜だけが存在を誇示していた。  
 
『――――――、―――』  
 
 黒いファントムが涸れ井戸から噴き出す風のような声を発したが、意味を解することはできない。拡散世界より渡ってきた彼と言葉が  
通じるはずもないのだ。先の女が発した言葉も同じだろう。元より、双方の間に言葉など―――  
 
『―――――――ッ!』  
 
 言葉など不要、とばかりに黒いファントムが動いた。質量の無い、足音すら無い人ならざる、それでいて洗練された戦士の動きで以て  
女に迫りくる。  
 
「ふ――――――ッ!」  
 
 対して女は歓喜で迎え撃った。怖い。背筋が凍る。逃げろ逃げろと本能が警鐘を打ち鳴らしているのに、心は、ソウルはこんなにも沸  
き立っている!  
 
 黒いファントムの曲剣が閃く。巧みに手首を返して切っ先を視界から逃した一撃は、並の戦士ならば確実に首をかき切られていたであ  
ろう必殺だ。様子見も何も無く、初撃から放たれたそれを、女は読んでいた。  
 左手の盾を振りかざす。だがしかし、あの特殊曲剣を前にして盾受けを行うなど愚行でしかない。湾曲した刃は盾を易々と跨ぎ越え、  
手首を貫くだろう。故に攻勢を諦め、回避に徹するのが定石―――その定石を無視して、女は盾を振りぬいた。  
 女の右手には黄色い液体を封入された奇妙な指輪がはめられていた。徐々に傷を癒す効果のあるその指輪があれば、多少の手傷など問  
題無い。ソウルの業で強化され、ただでさえ頑丈な肉体を持つ女にとっては傷とさえ呼べない物だ。例え、それで手首を失ったとしても  
その先にあるのはガラ空きになった黒いファントムの胴体であり、研ぎ澄まされた女の長刀であった。敗北など、あり得ない。  
 殺<ト>った。  
 絶頂にも似た愉悦に女が亀裂のような笑みを浮かべ、そして、黒いファントムの“大剣”が女を吹き飛ばした。  
 
「か、あ―――?」  
 
 何が起こった。  
 破壊槌でも叩きこまれたかのような衝撃に吹き飛ばされ、朽ちた城壁に叩きつけられた女は霞む目で敵を見やった。対して、黒いファ  
ントムは“左手で”振りぬいた大剣を肩に担いだ。柄に過剰な装飾が施されたその大剣には刃が無く、代わりに螺旋状の棘が並べられて  
いる。“嵐を支配するもの”を意味する銘を与えられた、その伝説の大剣こそが黒いファントムの本命だったのだ。  
 
「ふ―――」  
 
 自嘲。技に溺れていたのは自分の方かと、女は吐息を漏らした。あるいは、殺意に満ちた強敵を相手に単身で待ち構えること自体が愚  
行だったかと。  
 どちらにせよ、女は敗者であり、勝者である黒いファントムに生死を握られていることに間違い無い。首を刎ねられるか、あるいは嬲  
られるか。できれば前者であってほしいと、女は諦観と共に目を閉じる。楔に囚われた女に死の恐怖など無く、ただ、強敵との一戦を楽  
しみ切れなかったことだけが残念だった。  
 
「………?」  
 
 とどめが来ない。女はうっすらと目を開けると、遠眼鏡で自身の顔を覗きこんでいる黒いファントムと目(?)が合った。  
 ていうか、近い。こんな吐息すらかかりそうな距離で遠眼鏡が必要なのか。普通に見えるだろう。その烏賊みたいな兜に視界があるか  
は甚だ疑問だが。既に回復し始めている身を起こすと黒いファントムは、元が同じ人間とは思いたくないような動きで飛び退る。その勢  
いのまま、握りしめた両手を天高く突き上げて全身で歓びを表現してみせる。訳するならば『イーヤッフウゥッ!!!』とでもいったところか。訳  
しなくて良いから。  
 何がどうなっている。端麗な顔を混乱で満たしている女の美貌を見るや、コフーコフーと飢えた北騎士のような吐息を漏らしながら黒いファ  
ントムがにじり寄ってくる。怖い。マジ怖い。  
 何ていうかもう、逃げたかった。ていうか、逃げていた。尻もちをついたまま、両手でずりずりと距離を取るが、当然、逃げ切れる訳  
も無く、容易に追いついた黒いファントムは、なにかを女の足元に放る。  
 警戒して拾おうとしない女に対して、黒いファントムは足でそのなにかを軽く小突いた。『ヒロエYo!』といった感じか。  
 恐る恐る、伸ばした手が“なにか”に触れた瞬間、べちゃり、と、耐えがたい感触が女を襲った。  
 
【白くべたつくなにか 1】  
    ○:閉じる  
 
「………」  
 
 その名の通り白くべたつくなにかが付着した右手を凝視したまま、女はふるふると震えていた。  
 対して、黒いファントムは色んな意味で最高潮となっていた。骸骨のようにローリングしながら広間を転がり回ったかと思えば、左手  
に持ったショーテル(笑)をぐるぐる回しながら腰を振るという卑猥極まりない踊り<パリィ>を披露する。その身の殺意が収まったからか、  
(最初からそんなモノがあったかどうかは置いておいて)ソウルの陽炎が収まってようやく、黒いファントムが兜と短パンしか身に着け  
ていないことが分かった。変態だ。  
 
「………!」  
 
 もう、我慢ならなかった。  
 怒りと羞恥で顔を真っ赤に染めて涙目になりながら鋭利な打刀+5を両手で握りしめると輝石でハートを描いていた黒いファントムに  
ダッシュ突きをかまして割れに割れた腹筋をつらぬくとすかさず石突で押し出し大上段から振り下ろした一閃でイカ頭をかち割り返す刀  
で股間から斬り上げようとしてやっぱりやめたってもう、死ね!帰れ!真面目に戦ってた私のがんばりを返せ!!  
 合計ダメージ1000を越えるであろう、魔術師泣かせの技量コンボを叩きこむと、嬉しそうな悲鳴を上げて黒いファントムは力尽きた。  
最後に『G.J!!』と力強くおっ立てた親指を斬り落としてやろうかと思ったがやっぱりやめた。絶対刃が錆びる。  
 
「………」  
 
 どうしてこうなった。  
 スンスンと鼻を鳴らしながらトボトボと要石まで歩く女の姿に歴戦の戦士としての威厳は欠片も無く。ただ、汚された乙女の顔がそこ  
にあった。  
 
 ―――今日も嵐1は平和です。  
 
 

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