混濁した意識の中で、身体が熱く疼く。胎内には灼熱の肉塊が突き入れられ、私を穢す。
ああ、死ぬことも出来ずにソウルを与えられ、繋がれた日常。いっそ、心が壊れればどんなに楽であろうか。
魔女として呪われたボーレタリアに単身入ったのが後悔の始まりでしかない。
いくら人より魔術の心得があったとしても、私はただの女だったようだ。
断罪者ミラルダに捕えられ、城のどこかに幽閉されている。
下へ降りる梯子は私を見張る公使が管理し、逃げることさえままならない。
……いや、本当に逃げたいのだろうか?
もしここを逃げ出せたとしても、まわりはソウルを失った者達ばかり。
ここで、奴らに辱めを受けていても、生きているのが正しいのではないだろうか?
私に覆いかぶさっていた公使は、低い呻き声をあげて果てた。
ああ、またソウルが入ってくる。
もう、捕えられた日から何日経ったのだろう。薄暗く黴や埃にまみれた床に座りこむ。
肉体も精神も憔悴しきっていて、動くこともままならない。
きっと私は徐々に衰弱して死んでしまうのだろうか……。
静かな屋内で、誰かの足音が聞こえてくる。
それはこちらに向かっていき、隣にいた公使が梯子を下ろし始めた。
……また来たのか……もはや心が動くこともなくなり、呆然と眺める。
あの印象的な帽子が梯子の端から見え、私は目を閉じた。好きにしてくれ。
奥で鈍い物音がし、大きな何かが落下していった。いつもと違う事態に私は重い瞼を開ける。
目の前にはぶよぶよと太った公使……ではなく、金属鎧が視界に入る。
視線を上げると、見知らぬ人物が私の様子を窺っていた。
大丈夫ですか?と、言っていたのかもしれない。朦朧とした意識では、何を話しているのかよくわからなかった。
けれど、心配そうな顔つきで察せられる。呻く声か呪詛を呟く声しかだせない私は、言葉をゆっくり紡ぐ。
「……私を、助けてくれたのか?あ、ありがとう……」
思ったよりも声がでない、これでは相手が心配してしまう。慌てて私は、言葉を続ける。
「今の私では、貴方の邪魔になってしまう。少し休んでから向かうので、先に行ってほしい」
一瞬不安そうな顔をしたが、大きく頷き踵を返して梯子を降りていった。
助かったという実感があまり湧かないが、あの公使がいないという事は事実だ。
息が詰まりそうな忌まわしい部屋が、何故だか清々しく感じられる。……調子が良いものだ。
つい先ほどまで世を恨み、自暴自棄になっていたのに、皮肉だ。
しかし、私は生かされた。神がいるかはわからないが、まだ生きていて良いようだ。
ふらつく脚を叱責し、外へと歩き出した。
楔の神殿にたどり着いた頃には体力は幾分か回復していた。黒衣の火防女は私を心配していたが、思ったほどではない。
いや、ただ気分が高揚していて疲労を感じていないのかもしれない。それでもいい、少なくともあの黴臭く淀んだ空気から解放されたのだから。
なんとなく自分の場所を確保すると、先ほどの人物が要石から現れた。私の姿を見つけると、真っ直ぐに向かってくる。
「ああ、無事着いたのですね、良かった……」
ぞくり、身体が熱く震える。私は、どうしたのだろう?顔を直視出来ずに、俯きながらお礼を言う。
「すまない。助けてもらったのに、私には何もする事が出来ない。貴方の役に立てるのであれば、何でもしたいのだが……」
男は戸惑ったらしく、しゃがみ込み私と視線を合わせる。兜越しから見える瞳は慈愛に満ちて、ますます目を反らしてしまう。
「知っているとは思うが、私は魔女だ。貴方に出来る事は……せいぜい堕ちた魔法ぐらい。
しかし穢れをわざわざ受ける必要はない」
突然手を掴まれ、呆然とする。硬直した私に、優しく言い聞かすように話しかけた。
「どうか、自分を恥じないでください。貴方は何も悪くないのです」
握られた手は暖かくて、安らぎがあって、恥も外聞を捨てて涙を流してしまった。
忌まわしい身体ではあるが、あの人は綺麗だと褒めてくれる。お世辞だとわかっている。
こんな痩せた身体は抱き心地など悪いだろう。それでもあの人は褒めてくれる。
何度も公使に穢された身体を、慈しむように愛撫する。苦痛であった性交が、相手によってもこうも変わるものか。
この夢のような時間がいつまでも続けば、そう願ってしまう。所詮はただの気まぐれであろう。
全てが終われば、あの人は元の世界へ。魔女と結ばれるなんてあり得るはずがない。
要石に向かう前に、必ず私に立ち寄るあの人。私も気をつけてと声をかける。
立ち去った後、いないであろう神に小さく祈りを捧げる。魔女は祈っても願いは聞き届けないだろうが。
どうか、この時が 永 遠 に 続きますように……。