焚き火の揺らめきをずっと見つめていた。  
火の中に在りし日の思い出を映し出す。  
誰よりも強く、折れない心を持った自慢の弟、ガル。ガルがアストラエア様の守護の任を  
拝領した時は、誉より嫉妬の念が強かった。  
アストラエア様がこの地で消息を絶ち、当然ガルの安否も知れない。  
唯でさえボーレタリアから滲み出る濃霧に民は不安を隠しきれていない上に、  
アストラエア様への良からぬ噂が流れてきたのはそれから暫くの事だった。  
 
事の真偽を確かめるために、幾人もの聖騎士が霧を越えて行った。  
そのような中、私は恐れ多くも我が弟のことばかり想っていた。  
 
ぱちん、と焚き木が爆ぜる。  
この火が消えれば辺り一面は自然の光が全く無い原始の闇。  
幸いくべる木には困る事はない。私は再び火の中に思いを馳せる。  
 
−父が亡くなり遺言を伝える名目で私も魔が蔓延るボーレタリアに足を踏み入れた。  
例え千の悪魔が道を阻もうと、切り伏せ必ず弟の下へ辿り着く決意していた。  
そしてガルの無事を信じて疑わなかった。  
 
だが、ここ腐れ谷にて己の弱さを身をもって味わされた。  
恐れを知らず話す言葉も無いソウルを奪われた亡者どもは凡百の兵にはない強さを持ち、  
あの巨大な怪物は私が死に物狂いで戦って尚適わない存在であった。  
 
所詮私は人の強さでしか無かったという事か。数えきれない戦士の亡骸がその現実を突きつけた。  
おぞましい毒虫、耐え難い悪臭、一刻も安らげない現状。  
 
それでも同胞の遺骸を踏み越えて先に進めたのは、日の光が届かないこの地でも神の奇跡が顕在した事、  
物売りの女性から直にアストラエア様が生きておられる事を聞いたから。  
女性が言うにアストラエア様がデーモンになったとの事だが、そのような事が在るはずも無い。  
アストラエア様がご無事なら弟もそうであるに違いない。  
 
そう信じた、でなければ心折れそうだったから。  
 
 
−気が付けば焚き火の勢いは失われ種火が心許なげに揺れている。  
焚き木をくべ直す。  
再び燃え盛る炎に見守られながら私は一時のまどろみに身を委ねた。  
 
 
 
気配。  
 
一瞬の内に私の体は緊張し、眠った頭を叩き起こす。  
毒虫のものではない人の気配、だがこの場所にソウルに餓えた者が来るはずがない。  
 
自分以外の生きた人間は確かに居る。だがそれは決して味方などではなかった。  
丁寧な物腰に騙されて身の上話をした自分が恨めしい。  
黒い「何か」を内包していたあの男は、私が話し終えると同時に斬りかかって来た。  
殺意を感じない、驚かせるための剣。  
突然の出来事に驚愕した私の顔を嘲りながらあの男は闇に消えていった。  
あれから出会う事が無かったため、朽ち果てたのだと思いたかったのだが。  
 
目を瞑り、一呼吸つく。  
 
覚悟は出来た。気配は沼を波立たせる音と伴い大きくなる。  
火の明かりがそれの姿を照らし出す。  
私は、血が滲むほどに剣を握り締め、そしてその手を離した。  
 
それの姿は我が一族の宝具である暗銀の甲冑を纏っていた。  
 
「ガル…?ガルなのですね?」  
 
一族の宝であるのは分かっているが、烏賊にしか見えないあの兜、間違えようが無い。  
私が最後に見た弟の姿。  
 
 
「ああ…ガル。会いたかった…」  
 
どうして一人なのか、アストラエア様はどうしたのか、何も考えられなかった。  
ガルは私に手を差し伸べ−。  
 
 
 
 
衝撃が体を走る。頬に鈍い痛みを感じ、麻酔が解けたかのように四肢に感覚が戻っていく。  
思考は戻らない。何が起こったのか理解できていない。  
 
ガルが差し伸べた手は私を掴むと、思い切り地面に叩き付けた。  
恐らくそれで意識を失ったのだろう。  
 
それは分かる、だが何故そのような事をされたのかが分からない。  
 
「目が覚めたか?」  
 
その声に私は心の底から震えた。  
ガルの声ではない、弟の声を忘れはしない。  
 
声が聞こえた方を見遣ろうとして、自身が地に横たわり両腕を縛られている事に気付く。  
 
「私の姿が見えるか?」  
 
体が動かない私の目に映るように暗銀の鎧を纏った男は屈みこむ。  
 
その声はやはり弟のもではない、ならば目の前の男はなんなのか。  
血が逆流するような感覚、体が、心が理解と否定の狭間で動転する。  
 
その男はゆっくりと頭部を完全に覆っている兜を持ち上げた。  
そこにあった顔は、例の黒い男であった。  
 
 
「これがどういう事か分かるな」  
 
嘘だ。そんな事があるはずがない。  
 
「言われないと分からないか?」  
 
何を言う?いや分かっている、いや認めない。  
 
「確かセレンいったな。貴公の弟は−」  
 
「黙れっ!」  
 
男の声を遮るように、自分とは思えないほどの大声を発してしまう。  
男は私の髪を乱暴に掴み上げ、耳を口元に押し付ける。  
 
「貴公の弟は私が殺−」  
 
「黙れぇ!」  
 
「神は居ない。救わぬ神など意味が無い。あの乙女は人として人を救うためにデーモンになった。  
皮肉なものだ、人の為に悪魔に身を食わせ世界を救うためにには自らは殺されなければならなかったのだ」  
 
神が居ないと言うならば、タリスマンを通じて顕在する奇跡はなんだというのか。  
 
「私は神を信じない。神が居るならば貴公を救っているはずであろう、あの乙女を救っているはずであろう。なぁ、神など居ないのだ」  
 
アストラエア様、いやデーモンを救わぬのは当然だ。しかし弟は。  
 
「貴公の弟も神を信じているようには見受けなかった。あの純粋な男あの乙女がデーモンとなった後も愛していた。  
それは正しい。人が欲の為に生きるものだ。救済も欲だ。我欲が罪だと言うのならば、それを静かに受け入れたあの乙女は何よりも美しかった」  
 
そこまで詭弁を語っていた男は私の顔を一瞥するとつまらなそうに嘆息した。  
 
「本来ならここで絶望の叫びが聴けるはずだったのだが致し方なし。段取りとは違うがその体をいただこう」  
 
弟を殺した相手にこれらか犯されようというのに私の体はまるで動かない。  
弟の声を聴いたのはもう何年前だったか。立派な姉であろうと厳しく接しすぎたように思う。  
そんな私がある事で泣いていた時何も言わず一緒に居てくれた弟。  
長じるに従い家族である私すらため息がでる美貌をもった弟。  
 
ああ、ガルよ、愛しい弟よ。  
貴方がこの世にいないというならば、私は何を糧に生きればいい?  
 
貴方と会えると思っていたからこそ今まで心折れずに来れたのに、私はこれからどうすればいい?  
 
全てがどうだってよくなった。私は男の為すがままに任せていた。  
 
 
 
胸を曝け出し、股を大きく広げられ、今まで自分でもまともに見た事が無い「そこ」に白くべたつく何かが垂らされる。  
騎士である前に私も女である。行為に及ぶ際には前戯を行なうことは書物で知ってはいた。  
 
男は私の胸をいたぶろうと顔を近づけたが、すぐに顔を顰め臭いが酷すぎると言った。  
それはそうだ、このような不浄の地で身を清めることなど出来はしない。  
 
垂らした白くべたつくなにかを撫で付けるように延ばしていく。  
今更恥ずかしさは感じなかったが、くすぐったい感覚に声が漏れそうになる。  
丘はすっかりべとつき滑らかになっている。男の指は割れ目をなぞり、ついには割れ目を掻き分け内側を擦るように粘液を塗していく。  
 
「ん…んん…、ひあっ!?」  
 
声を出すまいとしていたのは無意識の最後の意地だったのだろうか。  
だが下腹部に突然与えられた痛みに図らずも情けない声が出てしまう。  
 
「豆を弾かれるのは好きか?」  
 
好きも何も初めての事だ、男もそんなことは判っているだろう、やりたいのならばさっさとやればいい。  
 
指に付いた白くべたつくなにかを払うと、身に着けていた鎧を外していく。  
男が露にしたモノは、昔見た弟のそれより遥かに太く恐ろしい肉の狂気に思えた。  
 
「ふむ、やはり完全には立たぬか。つまらない女には相応しい態度だが事が収まらぬな」  
 
仰向けになっている私の頬に肉剣の先端を押し付けなぞる。  
虫が這うような気持ち悪さに、肉の剣先から逃れるように顔を背ける。  
 
「ほう、雰囲気が出てきたな」  
 
この期に及び逃れようとする私を嘲る。  
男は私の頭を動かせぬように両手で固定し、唇に肉剣を押し当てる。  
 
「噛むなら噛むで構わぬ。どうせ元に戻る。だがそれをしたらどうなるかはわかるだろう。まぁ私としてはそれを望むところだが」  
 
その言葉の意味を理解する前に男は私の口内に肉を突きいれ蹂躙する。  
頭が前後に激しく動かされ、時折剣先が喉を突く。  
頬に伝う涙の跡を男確認すると男の狂気は太さを増し圧迫し顎が外れそうになる。  
 
「くはぁ…う、ぐぅえ…」  
 
口辱から開放された私はついにその時が来た事を知る。  
最早諦めた生、そう思っていたはずなのに弟の仇に奪われることに恨みと恐怖が合い混じり男を強く睨みつけた。  
 
「いい顔だ。先ほどまでとは打って変わった生きた顔だ。それでこそ我が相手に相応しい」  
 
じたばたと脚を動かしてみたものの、そんな抵抗に意味があるはずもな程なくく入り口に男の肉剣が当てられた。  
 
「いくぞ」  
 
その言葉と同時に私の全身に痛みが走る。  
私はこの男に、弟を殺したこに男に奪われたのだと実感した。  
悔しさが声になり、その声を聞く自分が情けなく、ぼろぼろと涙を零して泣いた。  
 
先ほどまで死んでいた感情が蘇り、弟を亡くした哀しみが心を引き裂いていく。  
 
「うああぁぁー!!」  
 
叫んだ。現実を、神を恨んで。  
男は律動を繰り返しながら、私の首を締め上げた。  
絞め殺さんばかりの力に、呼吸すら出来なくなる。  
 
「哀しいな。神は助けてくれないのだ。今まで神に祈った時間がどれ程意味のないものだったか」  
 
「あえ…へ…」  
 
やめてと言ったつもりだったが言葉にならなかった。  
通じたわけではないだろうが、男は手を離してくれた。  
私の腰を掴むと律動の速度を上げていく。こちらのことなどお構いなしの動き。  
感じるはずも無く、ただ痛みのみを与えられる。  
 
「く…そろそろだな」  
 
男の言葉を妙にあっさりと理解できた。そして今の私がそれから逃れる事が出来ない事も。  
 
いや…いや…それだけは、それだけはゆるして…」  
 
その願いが聴き届けられるはずも無いのに哀願する。  
恥も外聞もなく、一人の弱い女としての訴えを男は満足げに聞いている。  
 
男が一層強く突き入れたかと思うとそのまま動きを止めた。  
腹の内側から何故か感じる熱。ああ、これはそういうことか。  
 
どくんどくんの私の中で躍動する男を感じながら私は再び意識を無くしていった。  
 
 
男は既に居なかった。  
私は両腕を縛られたまま取り残されていた。  
このまま他の骸と同じように朽ち果てるのか。  
私の生はこのようなところで終わるのか、神は何故救って下さらぬのか。  
 
私は祈った。  
 
長い間祈った  
 
祈り続けた−  
 
「これは。そうか、そういうことか」  
 
何故再びこの地に戻ったのか。あの女騎士の最後の姿を拝みに来たのだ。  
我ながら相当に悪趣味だと思う。。  
 
このボーレタリアで飽きるほど英雄の最後を見てきた。  
あのラトリアで、かつて憧れていた人物を見つけた時は心臓が鷲掴みにされた思いをした。  
 
気高く自分にはとても届かぬ花であったその人は、拷問器具に括り付けられていたまま朽ちていた。  
傍らに血で書いた神への恨み言、信心深かった彼女が最後にたどり着いた境地。  
 
その時から自分は目覚めたのだろう。  
 
あの女騎士が居た場所に佇む黒い魂。  
神を捨てたのだ、神に抑圧されていた欲が我執となりその無念を晴らさんと神の定めた死を否定する。  
 
神など居ないのに、神を信じた故の悲劇か。  
あの女騎士を模した黒い魂は此方を確認すると、人のものではない叫びをあげ向かってくる。  
 
神は居ない、そう神は居ない。そう呟きながら得物をしっかりと握り締めた。  
 
 
 

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