乙トラ女体化(実は女系)、リョナっぽい要素あり、世界とは悲劇、残念品質、注意願います。  
 
 
 
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「ありがとう、またな!」  
男は、火防女に明るい笑顔を見せた。  
「また、お待ちしています。デーモンを殺す方。  
私は、ただあなたのためにあるのですから…」  
火防女も、男の笑顔に応えて微笑む。  
 
──いいなあ、楽しそうだなあ。  
 
要石を繋ぐ橋の上で、オストラヴァはその光景を見詰めていた。  
ふと視線に気づいたのか、怪訝な顔でこちらを見た男に慌てて小さく手を振る。  
男は少し戸惑ったように手を挙げて返し、要石へと消えていった。  
 
嘆息が出る。  
本当は、こんなところで座ってる暇なんてないはずなのに。  
王殿への旅を続けなければならないのに、いつまで私は座り込んでいるんだろう?  
 
──また、お待ちしています。  
 
口の中でそっと真似をする。  
自分に、彼のためにできる事なんて何も無いのに。  
言ってもらえても、「また」なんてないのに。  
……どうして私は、こんなところで座り込んでいるんだろう?  
そのわけにも気付けないまま、オストラヴァは立ち上がれずにいた。  
 
「……でさあ、それが全然出ないんだよなあ」  
ガセなんじゃねぇか?  
男はしかめっ面で足をぶらつかせている。  
 
自分といるときはどうしていつも不機嫌そうなんだろう。  
火防女さんといるときみたいに笑わない。  
トマスさんと話すときはこんな乱暴な言葉使わない。  
「鉱石が必要なんですか?」  
それなら、と、言う前に男の罵声。  
「違うだろ馬鹿! 刃石だよ刃石、みかげとか純粋でもいらんわ!」  
腰にやりかけていた手をさ迷わせる。  
どうして、自分が話すとこの人は怒るんだろう。  
橋の上、隣に座る男の顔を見遣りながら、オストラヴァは泣きそうだった。  
 
 
 
時々こうして隣に座って、オストラヴァとしゃべるのが好きだった。  
神殿の中には、男と歳の近い同性の人間は他にいなかったし、オストラヴァが  
静かな性質で、なんでも話を聞いてくれるというのもある。  
素で遠慮なく話が出来る唯一の相手である。  
 
確かに縛環の持ち主の中には同年代の人間がいないわけじゃないが、  
次に会うときは黒ファントムなんてのもざらなわけで、  
お互い深く関わりあわないのは暗黙の了解だった。  
まあ、オストラヴァだって本当は踏み込んではいけないんだろうが。  
 
そんなわけで、意外と年長者や女性には気を遣う性質の男にとっては、  
唯一の心の許せる相手であり、ストレス解消の相手でもある。  
おかげでオストラヴァはいつも困ったような情けないような顔をしてばかりだが、  
俺だって誰かに甘えてもいいだろう、なんて思ってみる。  
オストラヴァだってわかってるから、つるんでくれてるんだろう?  
 
「なあ、お前。刃石集めてたって、なんで?」  
 
ばれた。何故ばれた。  
顔面に血が集まるのを自覚しながら、オストラヴァは視線を彷徨わす。  
ボールドウィンから何か聞いたんだろうか。彼なら大丈夫だと思ったのに。  
「トマスがさあ。お前がボールドウィンに刃石のかけら集めて純粋にならないかって  
聞いてたって教えてくれたんだ。お前、そんなん集めてもその剣じゃ意味ないだろ」  
「あ゛ああああ言わないでください!  
ダメだって分かってたけど諦め切れなかったんです!」  
真っ赤になって、首をぶんぶんと横に振る。  
 
はぁ、と男は呆れたように嘆息をつく。  
「……なあ、もしかして俺のために集めてくれたのか?」  
「ごめんなさい……。  
何かお礼をと思ったのに、結局要石から碌に離れることも出来なくて」  
嵐の祭祀場への要石など、王殿への旅にはなんの関わりも無い。自分の使命を思えば  
後ろめたさも感じたけれど、それでも何か出来ればという思いが捨て切れなかったのだ。  
結果は散々だったわけだが。  
 
「あのさあ、気持ちは嬉しいけど、無茶すんなよ」  
「すみません……」  
俯きながら、頬が緩んでしまうのがとめられない。嬉しいって言ってもらえた。  
なんの役に立てたわけでもないのに、恥ずかしいのに、嬉しいのがとめられない。  
にやけた顔を見られたくなくて、顔を上げられない。  
 
「お前、大事な使命があるんだろ」  
冷や水を浴びせられたというのは、こういうのを言うんだろう。  
私は何をしてるんだろう。こんな、自分の望みを叶えていていい立場じゃないのに。  
血が引いていく感覚がして、顔を上げられない。  
だから、余計なことすんなよ。そう言うと男は行ってしまった。  
 
「ええっと、彼が良く使うものは出しやすいように……。  
それになにがあるかも分かりやすいように、こんな風にしてみませんか」  
「なるほどなあ。俺なんかはまとめて袋に突っ込んどくしか能が無いから、助かるよ」  
「あ、いえ。はは、ありがとうございます」  
褒められるのには慣れていない。照れて赤くなりながら、トマスと一緒に作業を続ける。  
 
勝手に持ち物に触るなんて良くない様な気もしたけれど、トマスも整理の仕方を教えて  
もらえると助かると言ってくれたから、考えていたより大々的な作業になってしまった。  
途中、自分としては精一杯のお礼だった遠眼鏡が幾つも出てきて  
少しばかりへこんだけれども、それと同時に何も言わずに受け取ってくれていた  
男の優しさに胸が暖かくなる。  
 
「あ、そうだ。数の多い矢なんかは、10本ずつ纏めたらどうでしょうか」  
そりゃいい考えだ、と、大げさに感心してくれるトマスの優しさにも嬉しくなる。  
そう、本当は戦いなんかより、こんなことの方が性に合ってる。  
久しぶりに力を発揮して、初めてあの人の役に立てると嬉しくて。  
もしかして、ありがとうなんて言ってもらえるんじゃないかと浮かれていた。  
だからオストラヴァは、帰ってきた男の様子のおかしさに気付かなかった。  
 
後ろから近付く足音に胸が高鳴る。  
振り返って、その表情の強張りに気がつかなかったのは気が逸っていたからだ。  
「あ、あの私、今度は……」  
「余計なことすんなって言ってんだろ!!」  
 
最後まで言わせずに、男の怒号。うまく頭が回らない。やっぱり勝手にいじったりして  
怒らせたのか。  
ああ、違う。きっと、こんなことばかりして使命を果たそうとしないからだ。  
ちゃんと謝らなければ。謝って、その叱咤に感謝しなければ。  
そう思うのに口がうまく動かない。  
兜があってよかった。俯いてしまえば、きっとこの涙には気付かれないから。  
「すみません……」  
オストラヴァは、やっとそれだけ呟くと竦む身体を叱咤していつもの場所まで戻る。  
いつもみたいに。この震えに気付かれないように。  
 
 
 
「おいあんた……」  
トマスの批難がましい目に、男は不貞腐れたように目を逸らした。  
「……あいつ、あんたの荷物を整理してくれてたんだぞ。  
あんたが使いやすいようにって」  
一瞬、男の表情が揺らいだのは気のせいか。  
しかし、その言葉を無視するように、男は荷物を投げ出した。  
「これ、預かっといてくれ」  
「あんた、これどうしたんだ!」  
投げ出された剣と盾に、思わずトマスの声が大きくなる。  
「ラトリアに落ちてたんだ。……あいつんじゃねぇよ」  
そう、あいつんじゃなかった。どうかしてる、こんなことで動揺するなんて。  
橋の上にあいつの姿がなくて、心臓が止まりそうになっただなんて。  
 
あいつが俯くほんの一瞬、泣きそうな目が瞼に焼き付いて。  
しかし、それを見た男の泣き出しそうな顔は、涙にかすむオストラヴァの目に  
映らなかった。  
 
真っ暗な、道。  
 
王殿へと続く、王家の者しか知らぬ隠し通路。  
こんな狭いところで襲われたら一溜まりも無い。  
この通路を知るのは王家の者のみ。もし父がこの悲劇の黒幕でないのなら、と、  
それだけを祈ってオストラヴァは進む。  
 
表の道を進むのは早々に諦めた。恐ろしい赤目の騎士達。自分に敵うはずもない。  
かつては幼い自分に剣を教え、一人では扱えぬ鎧を纏わせてくれた優しい人達だった。  
彼らのソウルを奪い、悪魔の所業に手を染めさせたのが父だと信じたくはなかった。  
 
暗闇の中、獲物を握り締めた手もじっとりと汗ばんで、酷く強張る。  
この剣と盾こそが、今のオストラヴァの力を支えるものだった。  
単に精神的な意味だけではなく、物理的な意味でもだ。  
 
ボーレタリアのオストラヴァ、真実の名はアリオナ。ボーレタリアの王子である。  
しかし、偽ったのは名だけではない。アリオナは、女児として生をうけたのだ。  
 
年老い、後嗣を欲するオーラントは、生まれた児を王子として遇し、世を欺いた。  
しかし、現実は非情である。長じるに連れ、アリオナの凡庸さは王を絶望させる。  
せめて王者としての器があれば、女王として君臨することも可能であったかもしれない。  
しかし、アリオナが持つ非凡さは、その優しさが精々であった。  
 
男でないのならば、生まれてきたことが罪だったのだ。  
否、男であっても平凡であるなら生まれてこないほうが良かったのだ。  
遊学の途上、父の非行を知ったアリオナはそう思った。  
だから今、アリオナはここにいる。  
罪を購うため、せめて男として、王子として、父の前で死ぬために。  
 
ルーンソードとルーンシールドと呼ばれる王家の秘宝は、またソウルの業に  
まつわるものでもある。  
そして、いかなる道理か?  
これらの品には、本来であれば僅かな時間しか効力を保てぬソウルの業を、  
その内に宿す力があった。今の男の姿と力は、これによって得たものだ。  
よって、これらを手放すことは、このボーレタリアで非力な女となることは、  
即時の死を意味する。そして贖いをすら果たせぬことを。  
それでも今の力を以ってしても、すでに王子としての務めを果たすのは難しい。  
どうか、せめてこの道を抜けることが出来さえすれば。どうか、神様。  
 
 
 
暗闇の先には、赤い灯。  
 
神殿に戻って、いつもの場所にあいつがいない。  
またトマスのところへでもと目を走らせても、姿は無い。  
 
「おい、あいつ……オストラヴァどうしたか知らないか?」  
「どうしたって、王殿に行かなければって言って出発したぞ」  
「何で……」  
 
訝しげな目でトマスが見上げる。  
自分でもバカなことをと思う。あいつは王殿への旅の途中で、  
いつ旅立ったってそれが当たり前なんだ。  
当たり前だけど。  
「何で一人で……」  
 
そんなことはわかってる。他人を詮索しないのがここの遣り方。  
だから、今まで男は何も言わなかった。  
だからずっといらいらして、だからあいつの前では何時だって不機嫌で。  
今頃になってわかる。自分は、あいつが何時かいなくなるのが怖かったんだと。  
 
ボーレタリア王城への要石に向かって走る。  
 
どうして俺は何も言わなかった。  
どうして一言、一緒に行こうと言えなかったんだ。  
あいつは、友達なのに!  
 
「行き止まり?!」  
必死に走って、目も眩む高さから決死の思いで飛び降りて、目の前に現れたのは  
非情な落とし戸、そしてその向こうでいやらしく笑う公使だった。  
「助けて……!」  
この場にその言葉を届ける相手などいないと分かっていても、オストラヴァは恐怖に叫ばずにはいられない。  
騎士の重い斬撃を、辛うじて盾で受け止める。しかし受け止め切れなかった衝撃に腕が痺れる。もしかしたら、折れたかもしれない。感覚を失った両手は、命綱である剣も盾も支え切れなくなる。  
 
「くっあ……ぁっ」  
座り込んでしまったオストラヴァは死の予感に固く目を閉じた。荒い息が、  
その声が、本来のものに返っていることにすら気付かない。  
そして、その瞬間、騎士達の動きが変わったことにも。  
触れた感触に、死を思ったオストラヴァは、続く衝撃を予想して身を竦ませた。  
しかし、その手は機械的に、慣れた動きで鎧を外し始める。  
剥ぎ取られたのならまだ、本能的に抵抗も出来たのかもしれない。  
しかし、あまりにも自然な動きは、何が起きているのか理解する切っ掛けを与えなかった。  
その思考をようやく現実に追いつかせたのは。  
 
「あ゛あああああああああああああああ!!!!!!」  
 
下肢を引き裂かれる痛みだった。  
 
 
 
ちゅぷん……ばちゅ……  
 
水音と浮かされたような甘い声。  
犯され続けた体が責めに馴染まされるのに、どれだけの時間が必要だったか。  
無限の時間の中、オストラヴァは早く終われと念じることさえ忘れていた。  
 
始めには破瓜の域を超えて血を流した体も、口腔から白濁と共に流し込まれる  
満月草に癒されては再び裂かれる繰り返しにいつしか順応してしまった。  
比喩ではなく押し潰される乳房も、想像すらしなかった用途に震える後孔も、  
快楽に繋がれて魂を汚していく。  
 
膣と後孔を同時に突き上げられ、何度目かも分からない絶頂へ押し上げられる。  
喉をふさぐ質量と粘質液にぱくぱくと動く唇は空気を取り入れられずにいる。  
無理矢理に馴染まされた膣は犯し続ける男根にぴったりと添い、ぷりぷりと膨れ上がった  
敏感な部分はその動きに否応無く晒され続ける。そこから降りることさえ許されなかった。  
上下から注ぎ込まれる白濁にぽっこりとした腹を揺らされながら、青い瞳は薄曇りの空を  
映す。きっとこんなものは、幾度と無く繰り返された悲劇なのだ。幾千の女達を襲った  
悲劇を、こんな私の体で贖えるとは思わないけれど。男達を又、望まぬ罪に染めることは  
苦しいけれど。  
 
「う゛んぅう゛ぅぅぅーーー!!」  
 
生き物とも思えぬ動きで、赤く染まった体が跳ねる。  
もはや満月草の助けも及ばない、頭の中が焼き切れる感覚。  
王子としての役目をさえ果たせないなら、この苦しみをせめて手向けに。  
 
公使の下卑た笑い声が耳に響く。  
このままソウルを失って、奴らのコマの一つに成り下がるのだろうか。  
ああ、それも私に相応しい最期なんだろう。  
 
──刹那、あの男に剣を振り下ろす自分の姿が脳裏をよぎって目を瞠る。  
「や……っお願……!! ころし……殺…てくら……さ……!!」  
回らぬ舌で叫んだオストラヴァの耳に届いたのは、公使の断末魔と、  
落とし戸の上がる重い音。  
 
目に映ったのは、あまりの惨状に呆然とする男の姿だった。  
 
「ごめ……なさ……ご……め……」  
こういうのはどうにも慣れない。  
嗚咽を必死に抑えようとする女の姿に、声の掛けようも無い。  
気でも失ってくれてたほうがラクだった。  
肉体的には殆ど無傷なのがむしろ彼女の状況を悪化させている。  
この状況にまともに向き合わされているわけなのだから。  
 
ルーンソードとルーンシールドが目に入って、心臓が止まるかと思った。  
見知らぬ女でほっとしてしまったなんて、どうかしている。  
非情なのはわかっている。しかし、今は時間が無い。  
 
「あんたさ、もしかしてオストラヴァって奴知らない?」  
男の言葉に、辛うじて頭を横に振る。今、頭を働かせてはいけない。それは生き物としての本能だ。何か一欠けらでも理解してしまったら、壊れてしまう。  
「あ、いや、詮索するつもりは無いんだ。  
ただ、あんた、あいつと同じ獲物使ってるもんだから、もしかしたらなんか縁とか  
あるかと思ってさ」  
キリキリ痛む胸に耐えながら、男は一息に言い切った。その目に何か感情が浮かんだら、  
続きを言えなくなってしまう。  
「ごめん、ほんとは安全なとこまで送ってやりたいんだけど、そいつを探しに行かなきゃ  
ならないんだ。神殿までの道なら、今なら危険な連中いないはずだから。  
あいつ、バカで弱くて一人じゃ何にもできないくせに何時も一人で行っちまって、  
だから俺が助けてやらなきゃ」  
 
「あ……」  
私はここにいます。叫びたい気持ちを必死に抑える。そんなわけない。こんなこと、  
あるわけない。ずっと思っていた、こんな風に優しく話しかけて欲しいって。  
これはきっと私の願望が作った夢だ。ダメだ、ダメだ。信じちゃいけない。  
「いいえ、大丈夫です。ここからなら、帰れます」  
自分の家ですから。表情を失ったまま、言うべき言葉を紡ぐ。  
最後の言葉は、心の中で呟いた。  
悲痛な、それでいてほっとした顔で男は言う。  
「そっか、ごめんな。気をつけてけよ」  
心配気に、それでも踵を返す男の背中に泣きそうになる。  
あの人が行ってしまう。その姿が遠ざかる。  
もうダメだ。我慢できない。  
 
──待って。私はここにいます!  
 
「そうだ! これ、やるよ」  
叫ぼうとした瞬間、男が振り返った。  
駆け戻ると、自分の指から指環を抜いて「待」の形に口をぽかんと開けたままの  
オストラヴァの指に嵌めてやる。  
「盗人の指環って言うんだ。ある程度離れた相手にはあんたの姿は見えなくなる。  
これで少しは安全に帰れるよ」  
「そんな大切なもの……」  
慌てて指から外そうとするオストラヴァを制して言う。  
 
「それに、あいつバカだから、こんなのつけてて俺に気付かなかったら困るから」  
 
「ありがとう、ございます」  
ああ、もう笑い方なんて忘れたと思っていたけれど。  
「これを……もうこんなものしかありませんが」  
只の綺麗な石。何の役にも立たないことは知っている。でもきっと、この人は何にも  
言わずに笑ってくれる。私が笑って欲しいからって、そんな我が儘許されるはずも  
無いけれど。ちゃんと役目は果たすから、だから、ひとつだけ。  
 
「ありがとう。嬉しいよ」  
 
ほら、ね?  
 
女の見せた笑顔に、男もほっとした顔で笑う。  
純粋なみかげ石。とても貴重な品だが、確かに彼女の獲物では使いどころは無いだろう。  
もらってしまっても問題は無いと判断する。  
なぜかこの石はトマスがたくさん持っているから、別に自分としても必要では  
なかったのだが。受け取ったことでこんなに柔らかな笑顔を見せてもらえたのなら、  
100万ソウルの価値ってやつだろ?  
男は今度こそ安心して、その場を離れる。  
 
 
 
遠ざかる背中だって、もう寂しくなんか無い。  
 
そっと指環を外す。首からかけていた鎖に、ずっと身につけていた鍵と一緒に、通す。  
だって、君に気付いてもらえなかったら、困るから。  
 
 
 
焦る気持ちを必死に宥めながら道を斬り開く。  
失う恐怖と焦りの中で、ひとつだけ灯った光。  
すごくきれいな笑顔だった。  
まずい、こんな状況で女に惚れるとか無いから。いくらなんでも相手に失礼だから。  
神殿に戻るって言った。また会えるかな。  
会えなかったらオストラヴァに文句言ってやらなきゃな。  
 
きれいな笑顔だった。あいつとおなじ、青い目だった。  
悲劇に埋もれたこの地に、それを照らすにはあまりにも小さな灯。  
兜の隙間からいつものぞいていたのは、困った目、悲しげな目。  
どこか遠くを見るような切ない目。  
あいつの瞳が笑うのを見たいと思った。この世界にたったひとつ灯る光を。  
 
世界は悲劇だ。  
 
もしかしたら、父の本意ではなかったのかもしれない。  
それはオストラヴァに残された最後の希望。たった今打ち砕かれた希望だ。  
 
何故まだ私は生きているんだろう。こんなところでうずくまっているんだろう。  
答えは簡単、たったひとつ。ボーレタリアの王子として、この鍵を、古い伝説の剣を  
新しい英雄に託す。それがオストラヴァに残された最後の使命だから。  
 
けれど、ひとつだけ、自分の願いを叶えてもいいだろうか。否、許されるはずが無い。  
大罪を犯した者の子として、この地を救わねばならぬ立場にありながら、何ひとつ役目を  
果たすことが出来なかった自分にそれが許されるはずも無い。けれど、どんな罰が  
与えられようとも。お願いだから、もうひとつだけ。  
 
「ああ、君ですか…この上に、父がいます」  
 
あの人が来ることに、なんの疑いも持たなかった。  
 
「いや、父、オーラントの姿をした、ただのデーモンでしょうか」  
 
あの人はいつも必ず来てくれた。  
 
「真意を問い、諌めようと、無謀な旅を続けてきましたが、独りよがりの茶番だったようです…」  
 
どんな時もちゃんと間に合ってくれた。  
 
「お願いです。父を、殺してください。あれはもう、人の世に仇なすものでしかありません…」  
 
だから今、オストラヴァは嬉しかった。もう一度会えたから。  
 
「これを…。ボーレタリア霊廟の鍵です」  
 
この世界に残された最後の希望。わたしの、たったひとつの灯。  
 
「霊廟には、父の剣、ソウルブランドと対をなす、デモンブランドが祀られています」  
 
自分のためでなくても、ただその使命を全うしているだけだと知っていても、嬉しかった。  
 
「それで、父を…」  
 
神様はやっぱりいるのかもしれない。  
もう立ち上がる力なんて無いと思っていたのに、不思議な力で立ち上がる。  
あの人の手に、自分の手をそっと重ねた。ごめんなさい。指環をあの人に返したいだなど、  
この期に及んで自分の望みを叶えようなど、なんと罪深い魂だろう。けれど、この身を  
何に堕とそうとも、どうかこれだけ。ひとつだけ。  
 
一瞬戻る視界。驚いたような、君の顔。それはそうだろう。  
 
だって、今、私、  
 
 
 
 
 
──きっと笑ってる。  
 
 
 
 
 
 
 
 
「…ありがとうございました。  
あなたのおかげで、やっと、役目を終えることができます」  
 
火防女の声に送られて、空の下へ出た。  
もう体の一部と言っていいほど馴染んだはずの獲物が重くて、腕を上げられない。  
足が地面に根を張ったようで、前に進む力が無い。  
もう本当に、楔から開放されてしまおうか。ここでこのまま足を止めてしまえば。  
 
ああ、でも。  
 
目を閉じたまま、空を仰ぐ。瞼に映るのは、青い光。たった一つの希望の灯。  
もう一度、いや何度でも。何度、失う痛みを刻まれようとも、きっと必ず。  
 
男は、もう一度進み始める。  
 
 
 
 
 
考えられないようなところから人が降ってきて、いきなり突き落とされた。  
敵襲?!と混乱する間も無く、一緒に飛び降りたその人は、あっという間に奴隷兵たちを  
全滅させる。こういうとき、なんて言えばいいんだろう、ありがとう? それとも、  
いきなり何するんですか?  
しかし、私が口を開く前に、悪戯を成功させたって顔で私を見ていたその人は、言った。  
 
「なあ、別に全然困ってるわけでも一人で進めないほど弱いわけでもないんだけどさ。  
まあなんだ、折角だから、これも何かの縁だから。だから……一緒に行こう」  
 
私には使命がある、とか。この世界で他人を信じるなんて、とか。足手纏いになったら  
どうしよう、とか。多分、言わなければいけないことはたくさんあって。  
でも、もうずっと昔から、待っていた気がして、返事は決まっていた気がして。  
彼の差し出した手に触れる。何故だろう、知っている、手。何故だろう、震えてる、手。  
何故だろう? ──私、笑ってる。  
 
「はい。ずっと、君と一緒に」  
 
 

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