「こ、これは…」
彼女が二つの武器を聖者に渡すと、聖者は驚いたように目を見開き、受取った武器を見つめた。
「やはり二人は、命を落としていたのですね…」
聖者は瞳を閉じ、武器を抱きしめた。その聖者の様は、悲しみさえ帯びていた。それは聖者らしからぬものであった。
「ウルベイン様…」
常に聖者と供にあるアンバサの女性が、聖者を気遣って声をかけた。聖者は彼女に笑みを返した。
「心配をかけてすみません。ただ、二人は英雄と湛えられていた分、私も期待が大きかったのかもしれません」
そう言って落胆するウルベインを見た彼女は、胸が詰まる思いになった。同じく聖者と謳われいた二人の死を目の当たりにした
のだ。自身もまた彼らと同じ道を辿っていたと思うと、聖者の思いは彼女の思うものよりも、大きいだろう。
彼女は聖者に悪いとは思ったが、武器だけを見つけてよかったと思っていた。もし二人に対峙していたなら、聖女を手にかけた
として、責められただろう。それだけでない。もし、二人の遺体を目の当たりにしたなら、此処に戻れたか分からなかった。
彼女は胸に手をやり、心から二人の冥福を祈った。そして小さく頷くと、腰にぶら下げた荷物からある物を取り出した。
それは、アストラエアのデモンズソウル。彼女は手に入れたデモンズソウルはトマスに預けずに、自身で持ち歩いているのだ。
デモンズソウルと言っても、単なる透き通る丸い玉である。普通の人が見ても、水晶か何かとしか認識されないのだが。
「アストラエア殿の…ソウル…ですね」
聖者の手の中でデモンズソウルは、まるで返事をしたかのように一度ほどキラリと光った。
ウルベインの言葉にアンバサの女性が目を丸くする。聖者の弟子も、聖者の手のひらで輝くソウルに目を奪われていた。
「ずっと、どうしようかと思っていたの。本当はデモンズスレイヤーとして私が持っておくべきだと思う。でも、アストラエア
さんは、聖女だもん。だから、聖者の所に戻るのが…いいかなって」
彼女は、そこまで言って言葉に詰まった。何て言えば何て説明すればいいのか。いや、言い訳である事は分かりきっているのに。
聖者は言葉に詰まる彼女を見上げ、手に取ったソウルを胸に収めた。そして、不安の色を見せる彼女に笑みを返した。
「貴女が気に病む事など、何もありません。これで聖者が皆、揃ったのです。皆を集めて下さり、ありがとうございました」
聖者の言葉は、彼女の意表を突いた。驚いた。それだけでなく、安堵した。彼が聖者として謳われるのが、良く分かった。
だが次の言葉は、彼女を考えさせた。
「そのブラムドも、私が預かりましょう。彼もまた、聖者と言えるほどの騎士であったのだから」
聖者の声は先ほどと変わらぬ、優しいものである。彼が彼女を思って言っているのが、感じられた。だが、彼女は思いとどまる。
ブラムドを預ける、つまり手放すという事。だが、彼女は従わない、従えない。嵐の王の時に誓った、自身の決意でもあり
青との約束でもあるだろう。そして、自身の罪の証でもあるのだ。彼女は意を決したように、言った。
「これは渡せない。だって、私は決めたの。これでデーモンたちを屠ってやるの」
彼女は声こそ穏やかだが、強いものがあった。それは、聖者を驚かせたくらいだった。
「アストラエアさんがデーモンにならなかったらきっと、ガルさんはデモンズスレイヤーとして、戦っていたと思うの。だって、
彼は敵であるはずの私を殺さなかったもの。ううん。戦いすら、しなかったんじゃないかって、思う」
彼女はセレンに言った事を、聖者にも言った。もちろん、事実ではない。単なる彼女の思いこみにすぎない。
だが彼女の言葉に、聖者は彼女を信じてみようと思った。彼女への、確実な信頼があるという分けではない。
だが、聖者の下に集った英雄たちが彼女の力を信じているのではないかと、思えたのだ。
聖者は再び顔を上げて彼女に言った。その声色は、彼の顔色を模していた。
「実は、不穏な動きを見つけました。あなたに、それを確かめてもらおうと思うのですが、危険を承知で受けてくれますか?」
それは、今までに無い慎重な声色であった。聖者がそう言うのは、意外であった。信じられない類の物とも感じた。
彼女は息を呑んだが、直後大きく吐き出してうなずいた。
「もちろんよ。もっと、詳しく教えて」
聖者の言葉はすぐには出なかった。一瞬の間を要した。それは、オストラヴァの言う事が気に掛かったからである。
聖者はオストラヴァの事は言わず、彼が言った言葉を自身の言葉として言った。王城で不穏な動きを見つけたと。
「分かったわ。その処刑場に行って見る。私が見た時は入り口は閉ざされていたから、そこは調べていないの。気になるわ」
彼女は大きくうなずき、聖者に笑みを返すと王城の要石に触れ、神殿を後にした。
彼女の背を視線で追うウルベインは、拭えぬ不安に駆られた。彼女一人に押し付けてしまって本当に良かったのかとさえ、思う。
だが彼女以外の誰に危険を伴う事情を頼めると言うのだろうか。聖者は渦巻く不安を晴らすように、彼女の無事を祈り続けた。