「きゃぁっ!」  
彼女は今、盾ではなく突き刺さっていた剣「ストームルーラー」を握っている。全弾とまではいかないが、彼女は降り注いだ  
針のほとんどを受け、瀕死の状態になっていた。彼女は立ち上がるが、追撃を避けるほど体力を要せない。  
すぐさま回復をしようとしたが、正常な精神状態じゃない彼女は行動が遅れていた。  
その時、何かが入って来た。その表現が正しいと思えるほどの感覚。心臓をわしづかみにされたような、感覚…。  
だが、痛みは一切無い。直後、全身をまばゆい光が包み込む。そして、彼女は瀕死だった体力が全快していた事に驚いた。  
それだけではない。自身に入り込んでいた『何か』が決して有り得ない物だった事に、さらに驚いたのだ。  
それは、青の腕。自身のはらわたを貫くように、相手の腕が体内にめり込んでいたのだ。  
彼女は目を見開き、驚きの余り口をぽかんとあけた。何かを言おうとしても、言葉すら出ない。  
「俺が谷に来た時には、聖女はすでにデーモンだった。聖女は何故、谷でデーモンになったか。その経緯を俺は知らない」  
青はぽかんとする彼女から離れ、彼女に聞こえるくらいの声で話し始めた。  
「だがどんな事情があろうとも、俺らはデモンズスレイヤー。聖女にとってガルにとって、俺やあんたは敵でしかないんだ」  
青は盾を外してストームルーラーを振るう。振るいながらも、言葉は続けた。  
「その前に、俺たちは生きている存在とは言い難い。思い出してみろ。俺らはボーレタリアに来る前に、死んでしまったんだぜ?  
もし俺らが真っ当な人間なら、聖女ともあろう人が耳を傾けない訳がないだろう?きっと、彼女らには分かる何かがあるんだ」  
彼女は青と同じ行動はできなかった。ただ言葉を聞き、盾を構えるだけだ。  
「聖女とは違うけど、俺たちにもデモンズスレイヤーという事情がある。ガルが言ったように、戻れはしない事情がな。だから  
俺は、深く考えない事にした。ただ、己の成すべき事を成す。それ以外に、どうやって答えを出そうと言うんだ?」  
ガルも言っていた、戻れはしない事情。お互い殺しあわなければならない立場。考えるだけで、答えの出ない大いなる疑問。  
青の言葉は、彼女に通じるものがあった。思いは違えど、立場は青と自分は同じ位置にあるのだ。  
「俺はそれでも答えが欲しくて、青稼業を続けているのかもしれないけどな」  
青の言葉はそれで終わった。彼女はしばらく無言だったが、思いつめたようにポツリと言った。  
 
「たとえ成すべきことだったとしても…私は…。人を殺したくない…」  
小さくつぶやく言葉と一緒に、彼女の瞳から不意に涙が落ちる。彼女の声は震えていた。小さく嗚咽を堪えて、瞳を閉じる。  
その時、再び何かに触れた。触れたというよりは、包まれた。驚いて目を開けた時、見慣れた鎧に包まれていた。  
「オストラヴァ…」  
彼女は思わずそう、言っていた。相手は青いソウルに身を包んでいるのに、出た名は今気になる“あいつ”だった。  
「その気持ち、忘れないでくれ」  
耳元でささやく青の声が小さく震えていた事に、彼女は気付いただろうか。その間もなく、再び嵐の王の力が降り注ぐ。  
だが、嵐の王の攻撃は彼女には一切当らなかった。それもそうだろう。今は青い盾に覆われているのだから。  
「あんた、北の人間じゃないだろ?北の言葉に慣れていないから聞き取れなかったんだろうが、聖女はガルに対して何も言わ  
なかった訳じゃない。俺に対して皮肉たっぷりだったぜ?だから、ガルも聖女も心では繋がっているさ」  
青のその言葉に、彼女は小さくも安堵した。  
「よかった…」  
彼女の顔に、ようやく笑顔が戻った時、青は言った。  
「もう、あんた一人で大丈夫だろう。その盾はやるよ。俺のこと好きだって言ってくれた礼だ」  
彼女の代わりに全弾を受ける青の身は、うっすらと消え去ろうとしていた。その時、彼女は大声で叫んでいた。  
「炎に潜むものが倒せないの!」  
その声に、青は小さく笑いながら消え去る。  
「気が向いたらな」  
そう一言残して。  
「あ、谷に寄ってから行くから、遅くなるけどね!」  
彼女が慌てて付け足した一言が、青に届いたかどうかは定かでは無い。  
「ん〜、カイトシールドかぁ。ラトリアで拾ってるし。ブラムド持ってるから盾持つほど余裕ないし。トマス行きかな」  
その一言までは、聞こえていない事を祈るところだ。  
 
「よ〜っし!嵐の王。ちゃっちゃと片付けちゃうからね!」  
彼女は再び剣を振いだした。彼女の一撃は嵐の王のとどめとなり、彼女は嵐の王のソウルを手に入れた。その時、ふと思い出す。  
“そういえば、ブライジさんに青サインの事。教えてもらったんだったっけ”  
ブライジは発掘者である。普通の人が知りえない何かを知っているのだろう。彼女は礼を言おうと思い、再度嵐へ入った。  
 
 
 
「オストラヴァ殿。鎧を脱いで運ばれたら、どうでしょう」  
兵糧を肩に担いで息切れをしているオストラヴァに、両肩に兵糧を担いで平然としているウルベインが言った。  
「ははは。でも、私はその…。この鎧が…その。あ、父上との思い出の品ですから…。目印になるかな…と…はい」  
急に言われたオストラヴァは、あせったようにしどろもどろだ。だが、息切れする彼を見たウルベインは彼を気遣う。  
「お疲れのようですね。あまり無理をなさらぬように」  
しどろもどろに出たセリフだが、ウルベインはオストラヴァの言う事に疑問を持たなかった。オストラヴァは俯いた。  
もし自身がこの災悪をもたらせた王族の一人だと気付かれたら…。彼は拭えぬ不安を抱えたまま、ウルベインについて行った。  
「おや?あちらにも砦があるのですね。行ってみませんか?」  
二人が王城の要石付近まで戻ってきた時、周囲を見渡していたウルベインが後方を歩いているオストラヴァに振り返って言った。  
ウルベインに追いついたオストラヴァは、兵糧を足元に置いてウルベインが指し示す方角を見ながら言った。  
「あれは、処刑場です。関わりの無い者はたとえ騎士であっても、入ることは許されない場所ですから、行く事はできません」  
そう言った所で、処刑場を見ていたオストラヴァは驚愕した。  
「なっ!何故、処刑場への入り口が開いているんだ!」  
その声は大きくはなくとも、ウルベインにはしっかり聞こえる大きさだった。  
「どうかなさったのですか?」  
その声色に、ウルベインは不安の声を上げた。オストラヴァは小さくうなずいて、声のトーンを落として言う。  
 
「本来なら、処刑場にむやみに立ち入らないように入り口は閉ざされているのですが、今は開け放たれている…と、いう事は、  
処刑場が使用されたか、使用されるか、でしょう。ですが、この非常時にそれが行われる状況が、思い当たらないのです」  
オストラヴァの深刻な言葉に、ウルベインは深くうなずいて言った。  
「確かに。ソウルに飢えた者は正気を保てていない。彼らが無意味な殺戮ではなく、秩序ある処罰を行うとも考えにくい…」  
ウルベインの言葉に、オストラヴァはハッとした。  
「ソウルに飢えた者は抜け殻だと、おっしゃられた。その者たちが処刑など、できましょうか?だとしたら、考えられる事は、  
ソウルに飢えていない正気の者たちの仕業。正気を保っていて、尚皆に不安を与えることをするだなんて…」  
そう言った所で、オストラヴァは息を呑んだ。それは、考えるだけで恐ろしいこと。  
「だとしたら、その者たちが…。この災悪をもたらせた…張本人たち…」  
彼の言葉の続きは、ウルベインが言った。そのウルベインの言葉に、オストラヴァは慎重に言った。  
「ウルベインさん。この事は、誰にも言わないで下さい」  
そしてオストラヴァは、ウルベインの胸にこぶしをあて、願うように言った。  
「分かりました。様子を見ることにしましょう」  
ウルベインの声に、オストラヴァは小さく息を吐いて安堵する。彼から手を離して、置いていた兵糧を担いだ。  
「兵糧の運搬は、しばらく私だけでします。たとえ不穏な者に見つかったとしても、私なら疑いはしないでしょうから」  
担いだ一瞬、オストラヴァの足がもつれた。それを見たウルベインは、兵糧を肩に担いでオストラヴァに笑みを返した。  
「兵糧も大切な物です。しばらくこれだけで、しのぎましょう。それに、あなたはまず体を休めてください」  
ウルベインの、オストラヴァを気遣う言葉にオストラヴァは小さく笑ってうなずいた。  
神殿に戻ると、兵糧はウルベインの手で分けられた。オストラヴァは自身の兵糧を受け取り、いつもの場所に座った。  
そして、不安に渦巻く脳で思考を巡らせていく。この災悪をもたらせた者たちが、邪魔だと思う者。その答えは容易に導かれた。  
デーモンを引き入れた者たちにとってデーモンの敵である、デモンズスレイヤー。彼女の存在であった。  
“どうか…どうか無事であってください…”  
拭えぬ不安は渦となって、オストラヴァの胸中を覆った。  
 
 
 

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