一方、嵐の奥へと進む彼女は、デーモンの霧前で躊躇していた。この霧を越えれば、元人間だった者と対峙しなくてはならない。だが、今は一人ではない。考える間もなければ、選択権は一つしかないだろう。彼女は震える手で、霧に触れていた。  
続いて青が入ってくる。だが、彼女の足はそこで止まったままだ。このまま青一人突っ走れば、人であった者との対峙は必須。  
いや青一人突っ走ってくれれば、その後に自身は続くだけ。ただ流れに身を任せばいいのだ。考える事など、今更であろう。  
だが青も足を止めていた。彼女は予想外の事に、正直に驚いた。しばらく無言が辺りを包んだが。  
「い、行かないの?」  
静寂に耐えかねたのは彼女だった。多少上ずった声で、青の表情が見えぬフルフェイスをじっと見上げる。  
「愚問だな」  
青は彼女を見下ろし、そう言った。愚問と言う割には、何故自身は足を進めないのか。彼女に一種の疑問が湧いた。  
「愚問って、何よ。行くの?行かないの?それとも、今更白石で帰るの?私が行かなかったら、あなたも行かないの?」  
その疑問は怒り、まではいかなくとも憤りに近い感情を彼女に持たせた。立て続けに青に発せられる彼女の言葉。  
青はその言葉に小さくため息を吐いた。その態度も彼女の癪に障ったが、彼女は怒りよりも恐怖が勝った。  
彼女はそのまま、うつむいて言葉を閉じた。知らない相手だが、青の姿がどうしても“あいつ”に見えるからだろう。  
“あいつ”なら何て答えるだろう。何て答えてくれるだろう。自身を慰めるか戒めるか。今はどちらも彼女には堪えるだろうが。  
「ブラムド…を持っているなら、ヴィンランドの紋章も持っているな?」  
青の答えは、あさってのことだった。  
「はぁ?」  
彼女は、あまりにも答えになっていない青の言葉に拍子抜けし、間の抜けた返事を返した。  
だが、間抜けた彼女とは違い、青の口調は淡々としたものだった。  
「ガル・ヴィンランドの姉が腐れ谷にいる。その人に会うといい。少しはあんたの荷が軽くなるんじゃないかな」  
そう言った所で青は、勢いよく駆け出していた。  
 
「ちょっと!待ってよ!!」  
彼女も青の後を追い、必然と勇士のデーモンとの戦いにもつれ込まれた。  
ヴィンランドの紋章やガルの姉の事など色々と聞きたい事があったが、デーモンと言えど勇士と謳われている者。  
二人に会話をさせるほど余裕を与えてはくれなかった。  
だが、どうしても聞きたい。自身の荷の重さを、あの青は知っているからだ。そう、彼女は思った。  
「次、嵐の王の霧前で待ってる!必ずサイン出してね!!サイン出るまで、帰らないから!!!」  
勇士が解けていく間際、彼女はそう大声で叫んでいた。  
 
彼女は待った。黒侵入があるかと思って身構えたが、嵐の王は勇士のすぐ後ろ、廊下を挟んですぐだ。そんな近距離では  
黒とて侵入直後に蒸発させられる率が高い。そんな分の悪い所におめおめと侵入する幼稚な黒は、少ないのだろう。  
また、逃げ場の無い場所だ。侵入されたとしても遅れを取るような彼女ではない。  
どれくらい待ったか、それともさほどの時間は経っていないのか。  
うっすらと浮かんだ青いサインは、先ほどと同じ“あいつ”と同じ影を湛えていた。彼女は迷う事無くそのサインに触れた。  
「よかった、来てくれたんだ」  
うれしそうに声を上げる彼女を見下ろしながら、青は不釣合いにも照れくさそうに頭を掻いた。  
「あんたには嵐の王はまず、無理だと思ったからな」  
淡々とした青の言葉は、照れ隠しにも似ていた。  
「ブラムド一本で此処まで来たのよ。別に嵐の王くらい、どおってことないわよ」  
それに釣られる彼女もどうかと思うが、青は小さく笑った。  
「な、何よっ」  
彼女のあせった顔が面白かったのか、青は小さい笑いを大きくした。  
「まあ、霧越えてみろ。自分の器が小さいこと、よ〜く分かるぜ?」  
青の言ったとおり、彼女は霧を越えた直後、青と一緒に大笑いしていた。  
 
「私、あんたの事、好きだわ」  
いきなりの告白に大いに挙動不審に陥った青は、思わず×ボタンを二回押していた。激しくバックステップ。  
「はぁ?!」  
今度は青が間の抜けた声を出す。散々咳払いした後にだが。  
「今まで呼んだ青よりも断然強いし、ちょっとだけど頼りがいあるから」  
彼女のあっさりとした告白に、小さく落胆して答える青。  
「そりゃどうも」  
それでも自身が成すべき事はしている。彼女の前に立ち、できる限り盾でエイの攻撃を受けては、奥へと彼女を誘導した。  
彼女も青が持ち合わせていた盾を借り、ブラムドを背中に背負って盾を両手で持って構えながら青の後について行く。  
「ブラムドの事、何で知ってるの?」  
彼女はどうしても、気がかりだった。どうしても、知りたかった。聖女とガル・ヴィンランドの事。  
「まずは、あんたから。どうしてソレを手に入れた?」  
青がそう言った事に対して、彼女はためらわずに言った。  
「分からなくなった」  
思い出したくはなかった。だが、後悔するよりは、ずっといい。否、後悔は二度したくない。  
「話し合いたかったの。でも、聞き入れてくれなかい。どんなに違うって言っても、相手は私を攻撃してきた…」  
いつも振り回すブラムドを背中に背負う今は、いつも以上に重く彼女に伝わる。  
「殺されそうになった時、吹っ飛ばされた勢いで沼地に落ちて…。その時、ガルが不浄の者って言った。その者たちの姿って  
私には、赤ん坊にしか、見えなかった…。だから、分からなくなった…」  
思い出したくない事実を震える声で、つぶやくように。青が至近距離で彼女を守っていなければ、聞こえないくらいの大きさで。  
「私は、青を呼んだ。一人じゃ無理だったから…。でも、その青は…すぐにガルを屠った…。そして、聖女は…自害したの…」  
それでも言い続ける彼女は、誰かに知って欲しかったのかもしれない。  
「後悔した…。もしかしたら、話し合えたかもしれないのに…。青さえ呼ばなかったら…ううん。私一人で戦えば…」  
 
そこまで言い切った時、彼女の声が止まった。青はそれでも、彼女の言葉を待つ。が、やるべき事はしなくてはならない。  
言葉を失った彼女の前で、大地に突き立てられた剣を指差して言った。  
「アレを使うといい。嵐の王の力を利用できる」  
青に促されるように、彼女は剣を握った。青はそれを確認すると、持っていた同じ剣を振り上げた。轟音と供に爆風が吹き荒れ、  
天が一瞬割れる。それと同時に、エイが霧となって落ちていく。彼女もそれに倣って、握った剣を振り下ろした。  
「青がした事は、正しい。その青を呼んだあんたもだ」  
彼女が剣を振るったのを確認すると、今度は青が話し始めた。  
「苦しみを取り除くだけなら、麻薬と同じだ。物売りのおばさんも言っていただろう?聖女が来るまでは腐れ谷もそれなりに  
活気があったと。だが、そのおばさんまで命の危険にさらされているじゃないか。じゃあ、何の為の聖女なんだ?苦しみながら  
でも、精一杯生きる事を教えるのが、聖女の役目じゃないのか?だから俺は、彼女がやっている事は悪だと判断した」  
青の言葉は淡々としてる。だが、冷徹さは感じられなかった。  
「俺が代わりに、デーモンから谷の人たちを救おうと思った。だから聖女を手にかけた。あんたも、同じ。そうだろ?」  
そう言った時、青は剣を置いて彼女の方へ向き直った。  
「そうだと、言ってくれ」  
その声色は、彼女と同じ物だった。彼女は剣を強く握り締めた。  
「どうしてよっ!どうしてガルは、聖女を止めさせなかったのよ!それに、どうしてっ。どうして聖女は自害したのよっ!」  
彼女は叫びながら、力いっぱい剣を振るっていく。  
「どうしてっ。どうしてガルが死んでしまったのに、聖女は彼に対して何も言わないのっ。あなたのために命を落したのに!」  
彼女は震える手で、何度も剣を振り下ろした。  
「私に一撃くらい、入れなさいよ!あなたのために死んだ相手に、お礼の一言ぐらい、言ったらどうなのよ!ガルが…、ガルが  
浮かばれないよ!!だから、だから私が代わり浮かばれないガルを、あなたがいる所に連れて行ってあげたんだからぁっ!!」  
彼女の剣は轟音を上げ続け、小さなエイを片っ端から蒸発させていく。彼女は剣を振り続けた。そのため、小さなエイが彼女の  
知らない間に消え去っているのに気付かない。直後、嵐の王が王たる力を降り注いでいった。  
 
 
 

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