「再び嵐の祭祀場へ向かうとおっしゃられるのです。あそこは、大変危険な場所です!」  
彼女の不安もだが、食料調達に何故祭祀場なのか、三人はそちらの方が気になってしまった。  
「どうして祭祀場へ向かわれるのです?」  
足を止めたオストラヴァは彼女を気遣うように言う。聖者は、穏やかに言った。  
「以前祭祀場に赴いたとき、大ナメクジの巣を見つけましてね。ナメクジの肉は栄養価が高いのです。非常食には良いかと  
思い捕獲しに行くところです。ナメクジですから神の怒り一発ですよ」  
その言葉を聞いた時、三人の顔が女性並に青くなる。もちろん、もう一人聖者の弟子も顔が青くなっていた。  
心配する女性には悪いが、青い顔の男供の頭には、ナメクジ食うのかよぉ〜と、声に出すわけにもいかない言葉がよぎった。  
だが、食料が尽きるのは困る。はたして、どうしたものかと考えていた所にオストラヴァが言った。  
「王城に備蓄されている兵糧を頂戴したら、どうでしょうか」  
言った直後オストラヴァは、しまった、と後悔した。だが、言ってしまった後だ。どうにもならない。  
もちろん皆は驚いた。兵糧という考え事態が、普通の感覚を持っている人間には思いつかない事だからだろう。  
「兵糧をですか?」  
聖者が驚いたように言うが、オストラヴァは淡々と答えた。  
「父が高位の騎士でしたので、私は王城に詳しいのです。此処に来たのも、いなくなった父を探すためですから。それに、  
父を探す最中、何度かそれらしき物も見かけました。この非常時です。兵糧の一つや二つ、頂戴したっていいはずです」  
オストラヴァは自身の身分を語る事は避けた。そして、父の事には、偽りすら加えた。  
もし、自身がこの災悪を持ち込んだ王族であったと皆に知れたら…。そう思うだけでも、彼は身が裂ける思いに駆られる。  
此処の者たちにどう説明をすればいいのか、責任を逃れたい訳ではない。彼らの不安を掻き立てるだけにしかならないのだ。  
いや、違う。本当は、逃げたいのだ。そうでなければ何故顔を隠し、名前さえ偽るのだ。現に今、身分すら偽って…。  
もし、深く問われたらどうしようかと不安を巡らせていた所に、心配性のトマスが口を挟んだ。  
「そんなこと、勝手にしていいのかい?もし、兵士に見つかったら、大変じゃないか!」  
トマスの言い分ももっともだが、オストラヴァはその言葉に、肩を落として言った。  
 
周りには落胆に映ったかもしれぬが、彼の本心は安堵によるもの。偽りを真実まではいかないにしろ、疑われなかったのだ。  
「兵士に見つかって欲しいくらいです。私を見つけ、父を呼び出して欲しいくらいです。それなのに、何度も王城に赴いた  
のに、誰一人私の声に耳を傾ける者はいなかった…。皆、ソウルに飢えた者ばかりだった…」  
今の言葉に偽りは無かった。自然に、口から出たのだ。とにかく、父に会って真実を聞きたいのだから。  
肩を落としたオストラヴァに、聖者は微笑んで言った。  
「大丈夫です。きっと、お父様は見つかります。兵士がお父様にご報告するくらい、堂々と兵糧を頂戴しようじゃありませんか」  
すると聖者は、オストラヴァの小手を握って王城の要石の方へと向かった。  
「ウルベイン様!」  
再び女性が声を上げるが、聖者は彼女に微笑みを返す。  
「大丈夫です。オストラヴァ殿もいらっしゃる。それよりも、皆の食料が心配ですから」  
そう穏やかに言う聖者を気遣う女性は、オストラヴァを見上げて言った。  
「オストラヴァさん。ウルベイン様を、よろしくお願いします」  
「分かりました」  
オストラヴァは、彼女にそう短く答えた。そうして二人は、王城の要石に触れた。  
王城の要石をくぐったオストラヴァは、目の前の奴隷兵に向かって剣を振り回す。  
「ウルベインさん!危険ですから、下がって…」  
オストラヴァが声を上げた直後だった。祈りをささげる聖者から、強風が走った。単に風が吹き抜けただけにしか感じなかった  
が、辺りの奴隷兵が悉く倒れていく。何が起きたのか分からなかったが、オストラヴァは倒れた奴隷兵に近寄った。  
自身が切り捨てた者とは違い、一切の血しぶきの無い体のまま、抜け殻のように横たわる奴隷兵。  
自身の剣は人を傷つけるのに、聖者の祈りは傷をつける事をしない。彼が聖者と呼ばれる所以が、分かった気がした。  
 
「優しいのですね」  
「え?」  
いつの間にか彼の横に立つ聖者を見上げ、オストラヴァは間の抜けた声をあげた。聖者は微笑みを湛える。  
「彼らはソウルに身を奪われた、いわば抜け殻です。生きている存在とは、悲しいですが言えないでしょう」  
そして膝をつき、抜け殻となった奴隷兵に手を合わせた。  
「私は皆よりも、長くこの濃霧の中に居ます。だからでしょうか、彼らがどうしても生きた人とは思えないのです。もし、  
あなたが剣を振るったとしても、決して罪に問われることはないでしょう。神はお裁きになりません。むしろ、呪われた  
ソウルより彼らを解放してくれたと、我らをお褒めになられるでしょう」  
聖者は合わせた手を広げ、オストラヴァの肩に手を添えた。  
「ですが彼女は、デモンズスレイヤーである彼女はそれを知っているでしょうか。常に笑みを湛え、何事も無いように私たち  
と接しているのは彼女の生来の強さからでしょうが、私は心配です。優しい彼女が罪の意識に苛まれているのではないのかと…」  
オストラヴァの肩に乗せられた聖者の手は、強く彼の肩を握る。  
「彼女がその重荷に耐えかねた時、ソウルに飲まれてしまうのではないかと…」  
「聖者ともあろう方が、なんてこと言うのですか!!」  
聖者の言葉が終わらない内に、オストラヴァの強い声がさえぎった。  
聖者は彼の強い言葉に、否定はしなかった。うつむき、聖者とは思えぬ寂しい表情を湛えた。  
「かつて私と同じ聖者であったアストラエア殿が、デーモンに堕ちた事実を教えてくれたのが、彼女だったのです」  
うつむいた彼の表情までは、オストラヴァに見えなかったのだろう。オストラヴァは先ほどと変わらぬ口調で言う。  
「だからといって、彼女までデーモンに堕ちるとでも言いたいのですか!仮にも、デーモンを倒す者ですよっ!」  
オストラヴァは自身の肩に置かれた聖者の手を払いのける。失礼とは思う行動だが、彼があらわにした怒りは戻せないようだ。  
払われた手を握り締め、聖者は訴えるようにオストラヴァを見つめて言った。  
「彼女は平然とそれを言いのけました。自身の役目を果たしただけだと。私も同じ聖者として、聖女を戒めました。だけど、  
彼女はそれ以来、枷を負い続けているのです」  
 
訴えるような口調の聖者と、彼が言った言葉にオストラヴァは、少しばかり冷静を戻した。  
「枷?」  
そう疑問を口に出し、彼女の姿を思い浮かべるオストラヴァ。枷らしき物はおろか、奇跡の一つも使用しない彼女の、何がそう  
なのか。彼には、見当も付かなかった。  
「ヴィンランドの騎士のみが持つ事を許された武器、ブラムド。聖女に付き従えた聖騎士ガル・ヴィンランドの物でした。  
あの武器は重量だけ見ても、到底女性が扱える物ではありません。それに、聖女のデモンズソウルを手に入れてからは、彼女が  
ブラムドを離した姿を見ていません。それだけ、深い意味があるのはないでしょうか」  
俯いた聖者の言葉に、オストラヴァはハッとする。だが、それ以上、何ができると言うのだろうか。  
「私に、何ができると言うのですか!彼女はデモンズスレイヤー。私なんかよりも、はるかに強い戦士です。私は無力だ!」  
だから素直に、そう言った。それは事実だからだ。それに、相手が聖者だからだろう。自身の憤りも、素直に出した。  
ウルベインはオストラヴァの、無礼とも取れる口調には全く気を留めない。それだけでなく、彼を見上げて言った。  
「彼女に今、私が言った事を伝えてください。私が言った所で、当たり前にしか彼女は受け止められないでしょう。ですが、  
あなたからなら、その言葉聞き入れてくれるかもしれない。お父様から事の次第を聞きたいのは、あなたよりもむしろ、彼女  
の方ではないでしょうか。彼女たちデモンズスレイヤーが一番、この濃霧の影響を受けているのですから」  
オストラヴァの憤りは、一瞬に冷めた。それどころか、現実を見つめ直された。彼は、小さく息を吐いた。  
「分かりました。でも、食料も大事です。彼女とて、おなかを空かせて帰ってくるでしょうから」  
オストラヴァの言葉に、聖者はホっとしたように、笑みを返した。  
ウルベインと供に王城内を散策する中、オストラヴァは出鼻をくじかれたような、そんな複雑な気持ちになった。  
だが、兵糧を言い出したのは自分である。その場所を知らせるのと兵糧の運搬くらいは、手伝わなくてはならないだろう。  
それに、濃霧の向こうにはさらなる強敵が待ち受けている。王城を知るオストラヴァは、不安を隠せなかった。  
今一歩が出せない自分に、何ができるのだろうか。それでも前に進まなければ、ならない。  
だけど彼女と供になら、きっと、前に進める事ができる。オストラヴァの思いは、深くなっていた。  
 
 

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