嵐の要石をくぐった彼女は、ただ何をする事なく突っ立っていた。ソウル体である。黒侵入もなければ、青を拾う事もない。  
また、此処に徘徊する者たちはすでに屍となった者たちばかり。  
普通の人にとっては身の毛もよだつ場所であるが、彼女にとって一番居心地の良いところであった。  
たとえソウルに飢えた者であったとしても、生きていた時の肉体と同じ格好をしている。  
デーモンが相手といえど、この飢えた者たちを手にかける事に罪悪感が無いとは言い切れないからだ。  
相手が骸骨であれば死者の冒涜だけで、殺人にはならないからだろうか。居心地が良い場所とは言えないのに、気が楽だと心底思う。  
彼女は目の前の骸骨を潰すと、さらに奥へと進んで行く。ソウル体と言っても、ブラムド一本で突き進むには困難な場所が多い。  
特に崖の細い道では幾度と無く落下し、要石の前まで戻ってしまう。それでも彼女は、神殿に戻る気にはならなかった。  
“瞳の石を持ってくればよかったかな。それなら青を呼べるのに”  
そう思った彼女は、大きくため息をつく。  
“瞳の石とか青とか黒とか。本当、人間とは思えないよね…私…”  
オストラヴァに言われた一言が心から離れず、彼女はまた、何度目かの要石の前に立っていた。  
“いや、正しくは、私たちかな…”  
彼女は小さく笑い、自身のぼやけた手のひらを見つめた。  
肉体を取り戻すためにのみ、デーモンを倒す者。少しばかりの良心でボーレタリアを救おうと、デーモンを倒す者。  
もはやデーモンすら興味なく、ただひたすら生きた肉体を取り戻すために侵入を繰り返す者。  
自分は果たして、前者か後者か…。そう思うと悲しくなった。今自身がソウル体であって本当に良かったと、彼女は思った。  
もし肉体を取り戻していたならば、青であれ黒であれ、誰かに自身の涙を見られていたかもしれないから。  
幾度となく要石に戻るにつれ、彼女は手持ちのアイテムに心細さを感じていた。  
奇跡を使わない彼女は以前出会ったナイスガイの事を思い出し、回復アイテムを手に入れようと久々に彼に声をかけた。  
「グッダイ!」  
そして去り際にそう、声をかけられた。その時の、うれしい気持ち。  
「そ〜いえば、あの人に教えてもらったんだよね〜。此処の骸骨の事。え〜っと、スキルヴィルだったっけ?あ〜あれは坑道だったな。  
え〜っと、冒険者、冒険者…。思い出せないなぁ…。ま、いいか。どうせまた要石に戻るんだし。その時名前聞こうっと」  
重苦しいはずだった自身の胸中だが、ナイスガイの声で再び元気を取り戻す。呪われたボーレタリアの中でも、生きのびた人々がいる。  
たとえ自身が人とは違う物であっても、人として接してくれる人がいるのだ。彼らの何気ない一言で、何度も救われているのだから。  
“帰ったら、あいつに、あやまろう”  
元気が出た分、心に余裕が出てきたのだろうか。元気が出た分どうにも調子がいい。  
ましてや此処の骸骨は、打撃が弱点なのだ。打撃武器の最高峰であるブラムドは、扱いこそ大変だが当れば一発である。  
時折死神に苦戦を強いられたが、何度も繰り返すうち対処法を覚え、元気の出た彼女の前では、もはや敵ではなかった。  
“このまま、一気にデーモン行こうか”  
そう彼女は思う。先ほどのナイスガイからしっかり回復アイテムを補充したし。  
何より、足元にうっすらと浮かび上がる文字が、「デーモンは近いぞ」と、教えていたからだ。  
デーモン特有の膨大なソウルを感じた霧前で、彼女は大きく深呼吸をする。そして、霧を払いのけるようにくぐった。  
だが、彼女の足は、そこで止まった。  
骸骨、死神、審判者と言う名のモンスター。此処には人は居なかったはず。だが、目の前に立ちはだかるは、人であった。  
人型の、デーモン。古い勇士のデーモン。かつて、『人』であった、者。  
その時、彼女の中でフラッシュバックが起こる。自身がブラムドを持つようになった、あの時の罪悪感。  
初めて『人』を手にかけた、瞬間。結果としてデーモンを倒しただろう。だが、確かに人であったのだ。  
聖女アストラエア。そして、その従者ガル・ヴィンランド。二人の存在が、どれだけ彼女を追い詰めただろうか。  
自分が人ではなくなった、その心を忘れないためにも、ブラムドを自分の武器にしたのだったからだ。  
「目が、不自由なんだね」  
彼女のデーモンを見る目が、変わる。見上げるほど大きな体だというのに。口が裂け、巨大な大剣を振り回しているというのに。  
此処に来る前、オストラヴァと言い合いしなければ、勢いに任せて目の前のデーモンを屠れたかもしれないが。  
彼の発した言葉が、重くのしかかった。  
 
「グオオオオッー!」  
彼女の声に気付いたデーモンが奇声を上げ、彼女の方へと突進してくる。彼女は何一つできずに、振り下ろされた大剣の餌食となった。  
ソウル体に戻った彼女は、再び要石の前で意識を取り戻す。あのナイスガイの名前を聞こうと勇んでいたときの心は消えうせていた。  
彼女は要石に触れた。  
 
女神の像の前に立つ彼女は、どうやって「あいつ」に会おうかと思った。平然と会うには、胸中穏やかではない。  
かといって、今までどおりにふざけて?会うにも、心が痛む。  
はあ、と、ため息が大きく出た。だが、戻ってきたのだ。謝ろうと、決めたのだ。決めたからには、実行に移すのが彼女流。  
すぐさまオストラヴァの姿を探そうと、彼女は意を決して振り返った。  
が、目の前に鉄の壁が邪魔をして、思い切り振り返った彼女は、それにぶつかった。  
え?こんな所に壁?と頭に疑問符が湧いたが、突如目の前に見えた物がそれが壁でないことを教えてくれた。  
「何?コレ…。草?」  
目の前には、満月草とも三日月草とも新月草ともいえない、カラフルな草がもっさりとあった。  
「はい。フラワーアレンジメントしてみましたよ」  
草の上から、聞きなれた声が降ってくる。え?と思って見上げれば、鋼鉄の鎧で身を固めた青い瞳が、自身を見下ろしていた。  
その瞳は少しばかり震えていたが、細く穏やかであった。  
「その、草ですから…。フラワーとは言えないんですけど…」  
その青い瞳オストラヴァは、恥ずかしそうに頭をかいた。  
意を決して会おうとした相手に不意打ちされてしまい、彼女はらしくもなく、呆然としてしまったが。  
「プレゼントです」  
と、言われてそのもっさりを押し当てられては、彼女は半ば反射的に受けとった。  
「ありがとう」  
そして、お礼を言う。たとえ得体の知れないものであっても、もらったらうれしいものだ。  
「その…。先ほどは、その…。ひどい事…言ってしまって…。すみません…」  
しきりに頭をかきながら、消えそうな声でそう言うオストラヴァを見上げて、彼女は先を越されたと思った。  
目の前のもっさり草が彼なりに自分を励まそうとしてくれるのが、良く分かったくらいだ。  
「ありがとう。センスは最悪だけど、タイミングは最高よ」  
だから、謝る代わりにお礼を言った。もちろん、彼女らしく。オストラヴァは、また、恥ずかしそうに頭をかいた。  
「よくこんなにたくさん満月草とか、集めたね。新月草、あ、暗月草もあるじゃない!やるぅ」  
謝る代わりにお礼が言えた彼女は、普段どおりに自分を取り戻せていた。  
恥ずかしそうに頭をかく彼を見ていると、余計に心が温まるのが分かるからだろう。  
彼女はそんな彼らしいプレゼントを大事に取っておこうとトマスに預けるのだが、せっかくのフラワーアレンジメント?なのだ。  
そこはやっぱり女の子。どうせなら、花束にしたくなった。  
「ねえ、トマス。ハンカチか、紙持ってない?コレ、花束にしたいんだ」  
だからそう、トマスに聞くが。  
「ハンカチなら持っているが…。その、コレは汚れてるからなぁ…」  
と、涙を拭いたハンカチを握り締める。それは確かに、ちょっと…である。  
「じゃあ、ボールドウィンは?」  
隣にいるボールドウィンに声をかける彼女だが。  
「ん〜わしのは、ハンカチというよりは、ぞうきんじゃな。紙は有るにはあるが、これも飾り物にするにはすすけておる」  
たしかに、バケツには雑巾が。荷物の上にはすすけた紙が置いてある。  
「じゃあ、アンバサの人に聞いてみよ。彼女なら持ってそうだし。そうだ。香料と交換してもらおうっと」  
彼女はトマスから自分の荷物を受け取ると、中から古びたものと新しいものの香料を取り出し、ボールドウィンの隣を通り過ぎた。  
「アンバサさんたち。もし、ハンカチとか持っていたら、もらえないかな?コレ、花束にしたいの!」  
元気良くもっさり草を目の前に掲げて言う彼女に、いち早く反応したのは女性ではなく、聖者の方であった。  
 
素敵な草ですね。本当に花のようです。ハンカチよりは、こちらの方が、似合うかもしれません」  
穏やかに言う聖者に、彼女は自慢げにもっさり草を見せる。と、聖者は供え物のパンやくだものを包んでいた包み紙を彼女に渡した。  
「ありがとう!これ、お礼。私には必要ないから、使ってね」  
彼女は礼を言い持っていた香料を聖者に渡すと、包み紙で草を包んだ。  
「わぁ…素敵…。本当に花束みたい…」  
彼女は手に持ったもっさり草を握り締める。  
「そう言えば…。ここずっと…。花を見ていないな…」  
彼女はもっさり草に鼻先をうずめ、香りを楽しむ。花独特の香りは無いものの、薬草特有の匂いがした。  
呪われたボーレタリアは人間だけでなく、生きとし生けるもの全てに、呪いをかけていったのだろうか。  
「本物の花…見たいな…」  
彼女は、小さくそうつぶやきながらトマスの所へ行くのだが、目の前で折りたたまれたフリューテッド一式を見て、硬直する。  
「何…。あんたまた、何かしでかした?」  
彼女の声のトーンが変わる。  
目の前のフルフェイスはトマスの隣で、綺麗に床に張り付いている。つまりは、土下座。  
そもそも、デモンズソウルは中世ヨーロッパを模しているようである。土下座という日本古来の様式が通用するとは言えないのだが。  
まあ、そこはね。ネタっつう事で。それに、あんなくそ重い鎧で土下座したら膝割れるとか、言わないでね。  
「すみません。それは…」  
と、少し顔をあげたフルフェイスは、ちらりとトマスの持っている彼女の荷物を見つめた。彼女は察する。  
「な〜るほどね〜。私の荷物から、勝手に取ったってことね〜」  
彼女の事を、トマスから聞いてある程度理解したつもりのオストラヴァは、あげた顔を再び下す。  
「トマス!私の袋からゴッドハンド一式とプレートヘルム取り出す!オストラヴァは顔を上げなさい!」  
「「はいっ!」」  
と、彼女のドスの利いた声にトマスとオストラヴァは綺麗に返事をハモらせ、オストラバは正座スタイルで背筋をのばし  
トマスはすぐさま言われた物を取り出した。彼女は両手にゴッドハンドをはめると、プレートヘルムをトマスにかぶせる。  
「この〜っ!二人とも!!」  
そして二人の頭めがけて彼女は、ゴッドハンドを振り下ろした。  
奇跡魔法に頼らない彼女は、奇跡を十分に上げていない。よって、ゴッドハンドは能力不足でダメージはほぼ無い。  
「どうせ使わない物ばかりだから、別にかまわないけどっ!私に内緒で勝手に使わない!トマスも渡さない!分かった!」  
「「はいっ!!」」  
彼女の釣りあがった眉を見る二人は、声をそろえて返事を返す。二人の絶妙なるハーモニーがおもしろく、彼女は大笑いした。  
「あははははは!それ、おもしろいよ!もう、許す!」  
そして、ゴッドハンドを外しトマスのプレートヘルムを外すと、それらを大袋の中に突っ込んだ。  
「よし!決めた!嵐をクリアーする!そして、一気に坑道を突破するもん!決めた!」  
そう元気良く彼女は言うと、袋の中から取り出した名も無き戦士のソウルをつかった。  
ピカーっと光輝く彼女の手のひらを見て、オストラヴァはまた、不可解な感覚を覚えた。  
「綺麗ですね。それは、何ですか?」  
だから、その不可解な感覚を質問という形に変えたのだが。  
「これは、皆には使えないもの。私たちデーモンスレイヤーにしか扱えないものなの。だから、教えられないし、教えない」  
彼女の答えは全く答えにはならない。オストラヴァは理解しがたいように彼女を見つめる。  
本当は教えて欲しいのだが、彼女の答えが重いものだろうと察した彼は、それ以上知ろうとはしなかった。  
「じゃあ、行ってくるね」  
装備一式修理を終えると彼女はまた、嵐の要石の前に立ち、二人に振り返ると、嵐で拾った瞳の石を使う。  
今までぼやけていた彼女の肢体がはっきりと見えるようになると、彼女は要石の向こうに消えて行った。  
オストラヴァはしばらく、視線を戻すことができなかった。  
彼女のその、人とは違うところに。不可解と不愉快と、それ以上の興味で。  
 
 

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