寒くないか?−  
そう言って、毛布を敷いてくれる。ユーリアは男のそういうところが好きだっ  
た。割れ物でも扱うように、毛布の上に丁寧に寝かせてくれた。こういう優し  
さに触れたのは初めてであったから、魔女はまるで乙女のようにはにかんだ。  
「どうした?」  
男は注意深く、じっとユーリアの顔を見ていた。  
「いや、やっぱり笑ってるほうがいいな」  
「そ、そうか…?」  
「あぁ、クールな感じも良いけど、笑ってる方が可愛いな」  
(貴方に可愛いなどと言われたら…)  
あまりに強く脈打つのが苦しくなり、ユーリアはぎゅっと自分の服を握る。  
「再三言うが、私などで良いのだな?」  
愛しい人を迎えるには、自分はあまりに汚れすぎた。それでも男は手を握って  
くれる。ユーリアのことを真っ直ぐに愛してくれる。  
「ユーリアが良いんだ」  
顔が近付いてきたので、ユーリアは察して目を暝る。自分のよりも固い唇が、  
自分のものに触れる。公使の口寂しさを紛らす為の乱雑なものとは正反対のそ  
っと慈しむような口づけに、ユーリアは胸が一杯になり思わず涙が零れた。  
「!?…大丈夫か?やっぱり…」  
「違うんだ。済まない…嬉しくて。貴方に抱いてもらえるのが」  
 
 
「ユーリア…」  
灯に照らされて映し出された魔女の顔は、どこまでも儚く、美しい。そっとそ  
の頬に手を添え、男はもう一度唇を寄せた。  
久々に戻った肉体。生きている事の実感が欲しくてユーリア抱きしめた。  
「あっ…」  
「良いだろ?」  
「分からないんだ。こんなにも動揺してしまうのは初めてなんだ。…でも悪い  
ものじゃない。きっと  
今日のユーリアは多弁だった。寡黙で、凌辱以上の苦痛を味わってきたことを  
窺わせるような鬱屈としているのが常であった彼女が、頬を紅くさせながら喋  
る様は新鮮なものがあり、また、そんな一面を自分に向けてくれるのは純粋に  
嬉しかった。  
「私は貴方のことが好きだ。こんな不浄な私などに好かれても迷惑なだけやも  
知れぬ。でも伝えたかった…それだけは許してくれ」  
男はキスを返事とした。長く、丁寧に、ユーリアの中の凍えきったものが溶け  
ることを祈りながら。  
「んん…はっ。ふふ、貴方といると新しいものばかりだ。キスはこんなにも温  
かく、心地良いものなのだな」  
 
ここ−神殿の一番上に向かうとき、男と手を繋いだ。日夜得物を握ってきた手  
は厚く、硬い。初めて出会った時も、ボロボロになった三日月のような大剣を  
全力で振るっていた。それが他でもない自分の事であるなどユーリアにとって  
は信じられない事だった。自分の為に何かをしてくれる人間がいる。それも命  
の危険を冒してまで助けに来てくれた。後になって思えば、あの時から彼に心  
引かれていたのだろう。否、知っていたのだ。知っていたが、魔女である自分  
が人を好いてはならぬ。そう言い聞かせて淡い想いをふさぎ込もうとしたのだ。  
 
 
あんた、あいつに惚れているんだろう?−  
彼が再び要石に触れ、消えたあと、神殿に居た男−トマスはそう言った。  
近く居た老刀鍛治は興味もなさそうにいつも通り不機嫌な顔をしていたし、灯  
を持つ女はもとより何を思っているのか分からないが、階段に座って物思いに  
耽っているようだ。どうやら誰にも聴かれていない。何故かそれを安堵した。  
「そんな訳無いだろう。私は魔女だぞ?」  
「そうだな。正直言うと俺もあんたのことは少し怖い。でもきっと良い人だ」  
「なんでそんなことが言える?」  
「あいつが連れてきた人だからな。それだけで十分だ。それに分かるのさ、あんたはあいつに尽くしたいと思ってる」  
「彼に協力はする。だがそれは彼への恩義だ」  
「…家族捨てちまったからこそ思うだ…後悔だけはして欲しくない。まぁ、何  
も出来ない野郎の独り言だと思ってくれ。ハハハ…」  
じゃあ…−  
「じゃあどうすれば良い!?魔女なのだ…それは変えがたい事実なのだ…!彼  
を好くだけで彼に迷惑になる汚れた存在なんだ…私は……」  
堪え切れずに溢れ出た感情は叫びに、最初から叶わぬ恋は涙となって表れた。  
 
あんた、あいつに惚れているんだろう?−  
彼が再び要石に触れ、消えたあと、神殿に居た男−トマスはそう言った。  
近く居た老刀鍛治は興味もなさそうにいつも通り不機嫌な顔をしていたし、灯  
を持つ女はもとより何を思っているのか分からないが、階段に座って物思いに  
耽っているようだ。どうやら誰にも聴かれていない。  
「そんな訳無いだろう。私は魔女だぞ?」  
「そうだな。正直言うと俺もあんたのことは少し怖い。でもきっと良い人だ」  
「なんでそんなことが言える?」  
「あいつが連れてきた人だからな。それだけで十分だ。それに分かるのさ、あんたはあいつに尽くしたいと思ってる」  
「彼に協力はする。だがそれは彼への恩義だ」  
「…家族捨てちまったからこそ思うだ…後悔だけはして欲しくない。まぁ、何  
も出来ない野郎の独り言だと思ってくれ。ハハハ…」  
じゃあ…−  
「じゃあどうすれば良い!?魔女なのだ…それは変えがたい事実なのだ…!彼  
を好くだけで彼に迷惑になる汚れた存在なんだ…私は……」  
堪え切れずに溢れ出た感情は叫びに、最初から叶わぬ恋は涙となって表れた。  
「魔女だなんて関係ない−そう言ってくれる奴だからこそ、あんたは惚れたん  
だろう?大丈夫、きっと応えてくれるさ」  
哀れむでも同情するでもない目でトマスは諭してくれた。何か思い入れがある  
のだろうか、トマスは翡翠の飾りをしきりに弄っている。  
 
「貴方は…私をどう思っている!?」  
「!?…?」  
帰ってきてから何かがおかしいかった。火防女はいつもと変わらないが、トマ  
スは妙に元気であったし、ウルベインはくれぐれも過ちをさぬようにと口煩か  
った。そしてユーリアであった。声が上擦っている。  
「俺は…」  
「す、済まない。やはり待ってくれ!…そうだ上に連れていってくれないか?  
まだ知らないのだ…」  
なにより挙動がおかしい。声をかけただけでひどく驚いたり、なぜだか防止の  
角度を妙に気にしたりしていた。  
「あ、あぁ…」  
 
 
「こんな所だったのか…」  
「滅多に来ないな俺も。もう行き止まりだしな」  
「で、では…さっきの事を聴かせてほしい」  
「ユーリアのことか?」  
「うむ…」  
「助けられてるしありがたいと思ってる、感謝してるな、うん。ありがとう。  
こないだ習った魔法も凄い役立ってるし」  
「そうか、役に立てて嬉しいよ。…では、そう……私個人と言うかだな、そう  
魔法を教えられなかったら貴方はどう思うだろうか?」  
どう思っているのだろうか。言った自分ですら質問の訳が分からないし、声は  
細々としてでしか出てこない。  
「…ユーリア」  
「な、なんだ?」  
「俺はそんな自信ある訳じゃないけど、そんな朴念仁でもないつもりだ」  
「どういう…!?」  
言葉は男の唇で遮られた。少しの間、何が起こったのか分からず目を見開いて  
固まっていたが、いまキスをしたのだと理解すると急に脚が震えて立つことす  
ら敵わなくなった。  
「大丈夫か!?すまん!俺の勘違い…」  
「ありがとう…。私は貴方を好いている。それを許してくれるか?」  
ここでユーリアの記憶は終わる。というのも、それから何度かキスをした気も  
するし、抱きしめて貰った記憶もある。階段を降りるときに寄り添っていた気  
もする。が、全てがぼんやりと曖昧で詳しくは覚えていないのだ。本当にした  
のかすら定かではない。確かなのは、この記憶から二日後の今、ユーリアは男  
に丁寧に服を脱がされていて、それを待ち望んでいた、ということだ。  
 
 
あぁ、この人はどこまでも優しいのだな−  
胸への穏やかな愛撫を受けながら、ユーリアは男が『がっついてしまう』と言  
っていたのを思い出していた。ゆっくりと丁寧に乳首に吸い付く姿は、宣言と  
は真逆の理性的なものだった。この体にさしたる魅力を感じていないのか、あ  
るいは、凌辱の日々を思い出させぬよう慈しんでくれているのか。自身の小さ  
な尊厳と、愛する人の為にも前者でないで欲しいとユーリアは願った。  
「私に気遣わないでくれ…貴方がしたいがままにしてほしい」  
「あ、あぁ…」  
自分のよりも、少しだけ柔らかい髪を撫でる。赤子を愛でるように優しく撫で  
る姿は、忌み嫌われる魔女から掛け離れた女性的な温かい印象を与えた。  
「ユーリア…!」  
「んんっ…!」  
舌に篭る力が強くなる。その分だけ、ユーリアの身体に走る刺激は鋭くなる。  
愛撫とは、こんなにも優しく快いものだとユーリアは知らなかった。  
「貴方のも…」  
革のズボンの越しに男のモノを、ユーリアの手が撫でる。こういった技術を知  
っている自分が少しだけ嫌になった。  
「ど、どうだ……?」  
「…ありがとう。すごくいい」  
「それは良かった」  
篭手を捨て、男がユーリアの背に腕を回す。首筋へのキスがこんなに甘美なも  
のであったとは思いもよらなかった。  
 
 
「俺も脱いだ方がいいな」  
幾つかの金具を外し、男は服を脱ぎ捨てた。神殿の中は暑くも寒くもなかった  
が、久々の肉体での全裸は、ひどく寒く感じた。  
「っ……」  
「どうした?」  
男の胸板に走る稲妻のような傷痕を見つけたユーリアが、悲しげな顔をした。  
「…回復魔法を使えぬのが、悔しい…………貴方が傷つくのを見ていることし  
か出来ぬ自分が情けないのだ…」  
呪われた業に魅せられた魔女などと呼ばわれているが、その実誰よりも繊細で  
心優しいのだろう。男は抱き寄せて鼓動を聴かせた。  
「聞こえるか?」  
「?…うむ」  
「まぁだから何だって事もないんだが、そう…今はこうやって生きてるんだ。  
だから何も心配すんなって、な?」  
 
提案してきたのはユーリアからだった。  
「私ばかりでは悪いから…貴方が嫌でなければ、だが…」  
奉仕をさせてほしい。ユーリアはそう言った。  
(私ばかりって…好きでやってるんだけどな……)  
「いいのか?してもらってしまって?」  
「してもいいか?」  
「あ、あぁ。してくれるってんなら嬉しいけど」  
「では、立って壁に寄り掛かってくれ」  
ユーリアに言われるがままに、男は立ち上がり、神殿の壁に背を預けた。  
「冷たっ!」  
「大丈夫か!?」  
「いや、久々に温度感じるから…うむ、なんか嬉しいな小さなことだけど…」  
そうか、とユーリアは自分のことのように喜んだ。やはり笑っていると清楚な  
美女なのだな、と男は再認識した。  
「じゃあ…ん…」  
小さな口が男のモノをくわえ込んだ。ゆっくり先端をなめ回され、男は声を漏  
らす。  
「すご…っつふ」  
「ずっ…ぢぅ…んぷちゃ…」  
徐々に深くなる口淫。男は知らず知らずの内にユーリアの頭を掴んでいた。  
「ユー…リア…っぐぅ!」  
「んっ!…んん……」  
熱いものがユーリアの中に吐き出される。快感に震えていたが、すぐにユーリ  
アのことが気掛かりになった。光る糸を引いてユーリアの口からモノが離れた。  
「す、済まん!」  
「んぐっ…!っは!」  
「飲んだのか…?」  
「気色悪かっただろうか…吐き出すのも悪いと思って……」  
「無理させたくないんだ…そんなの美味くもないだろ?」  
「飲みづらいし、臭いも気持ち悪い。味も良くない…」  
「…」  
「貴方のでなかったら飲もうとも思わん……す、すまない!言い過ぎた…」  
男が聞く一方であることに気づいたユーリアは、男が気を悪くしたのだと思い  
慌てて謝った。  
「いや…けど、気をつけた方がいいかな」  
「…申し訳ない」  
「今のは効き過ぎる」  
ユーリアは意味を掴めていないのだろう。困惑し、言葉を詰まらせている。そ  
の様が可愛らしく、男は強く抱きしめた。  
 
「あぁと……、辛かったら遠慮せず言えよ」  
「私なら大丈夫…貴方の心のままに使ってくれ。………ただ、一つだけ…」  
「なんだ?」  
「手を繋いでいてほしい…」  
我ながら恥ずかしいことを言ったと思い、ユーリアは赤面した。男がどれほど  
想ってくれているのか分からないが、手を繋いでいる間は甘い気分でいられる  
気がしたのだ。  
「こう?」  
「そう、ありがとう…」  
自分の右手と、男の左手が指を絡めて繋がっている。ユーリアにはそれがこの  
上なく嬉しかった。  
「じゃあ、いくぞ」  
「あぁ……んっ」  
入ってくる、異物。あの醜悪な公使達にされたことを思い出さなかったと言え  
ば嘘になる。しかし、男の声や匂い、体温などがユーリアの心を満たしていた。  
「あっ…うぁ」  
「ユーリア…っ」  
体を出来るだけ密着させながら、何度もキスをする。舌を吸われると、興奮で  
頭がくらくらとした。流れてくる男の唾液はどんな美酒よりも甘く、魔女を酔  
わせる。  
「どうだ…?」  
「良いっ…本当に…あぁ!あん!!キ…ス…!づぅ!もっとキスして……んむ  
っ…」  
甘えたい。こんな気持ちになるのは初めてだった。婚約者のように身を寄せた  
い。恋人のように口づけをしたい。自分は忌み嫌われるべき存在なのだと言い  
聞かせ続けてきたユーリアが初めて欲求を抱いたときだった。  
「…っは!…いして…!!」  
「ふっ…?今、何…?」  
「愛して…!お願いだ!!今だけでも…んん!!」  
饒舌、あるいは感傷的になっている。襲い掛かる甘美な刺激の奔流の中でユー  
リアはそう自覚していた。しかし止める術もないし、止めようとも思わない。  
普段ならとても言えぬことも、今ならば言える。  
愛している−  
実れなどと過ぎたことは言わぬ。ただ、この気持ちだけは伝わってほしい。そ  
んな思いを抱きつつ、ユーリアは一際大きな嬌声をあげて意識を手放した。  
 
暖かなものに包まれて目を覚ますなど、一体いつ以来だろう。毛布の上、何か  
心地の良い重さの柔らかな物がユーリアの体に乗っていた。  
「起きた?」  
「…う…ん?」  
大好きな声はすぐ近くから聞こえた。それもそのはず、ユーリアは男に抱き着  
いていたのだ。  
「す、すまない…!」  
「何もしてないだろ」  
離れようとしたユーリアを、男は逃がさぬように抱き留めた。まだ二人とも服  
を着ておらず、体温や肌の感触が直に伝わって、今更になって緊張した。  
「ユーリア」  
「な、なんだ?」  
「ありがとう。嬉しかった。ユーリアから愛しているだなんて言ってもらえて」  
「迷惑にならなかっただろうか…」  
「なるわけないだろ。俺も愛している」  
男の言葉が頭の中で反響して、気がついた時には涙が零れていた。男が慌てて  
いる。それがかわいらしくて、泣きながら笑った。  
「ユーリア!?俺なにか…」  
「違うんだ…嬉しくて。人から、それも貴方からこんなことを言われたと思う  
何故か涙が出て来て…」  
硬い手がユーリアの頭を撫でる。安心感と幸福感が溢れんばかりに湧き、ユー  
リアはぎゅっと男の胸に自分の顔を押し当てた。  
「もう一度言ってくれないだろうか?」  
「何度でも良いさ。ユーリア、愛してる」  
やはり嬉しさに体が震えた。その震えも、男は抱き留めてくれる。  
(今日は、気持ち良く寝付けそうだ…)  
ユーリアは愛する男の腕の中で、再び深い眠りに落ちていった。  
 
 
翌日、刀鍛治はいつも以上に不機嫌そうであった。  
「なにかあったのか?」  
本人に聞くのを憚った男は、一番話しやすいトマスに尋ねた。トマスは何やら  
躊躇った様子であったが、しばらくしてゆっくりと口を開いた。  
「あんた、建築はさっぱりだろ?俺も分からんけども」  
「えっ?ま、まぁ分からんな…」  
「だからそう……寝不足だったんだ。爺さんは…」  
「いや、意味が…」  
「つまり………昨日のは響いちまってたんだ。全部…」  
トマスが何を言いたいのか察すると、男は脚に力が入らなくなり、その場に座  
りこんだ。  
 
 
 

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