後ろから突かれているから顔は見えない。臆病から、情事の最中も男の顔を見
ていたかったユーリアだったが、覆いかぶさるように背に腹、うなじに顎、尻
に腰が当たる為に、存外悪くないと思っていた。とくに、男の息遣いが鮮明に
聞こえてくるのは、今までにない趣があった。
「っん…凄っ…い…あぁ!」
「っう…」
後背から突き上げられる。深く、熱い衝撃に身を震わせる。ほんの数日前まで
皆が居た場所かと思うたびにどうしようもなうほどの背徳感に緊張とも興奮と
も言えぬ感覚を覚え、体が熱くなった。
「ユーリア…!愛し……」
「んっは…もっとぉ…!!もっと言ってくれ!!」
「愛してる!」
その言葉が、どんな媚薬よりもユーリアを女にさせた。唇を合わせる度に、舌
を絡ませるたびに、唾液を嚥下するたびに、心は疼く。
「ふぁあ!!!……ねぇ……んんっ!!」
「どうした!?」
「はぁ…はぁ…。ありがとう」
「な、なんだって急に…?」
「ふふふ…それもそうだ……」
ただ、伝えたかった。何故だかは分からない。すぐにでも伝えたかったのだ。
何に対するものなのかも分からぬまま。
「っぐ…悪い…!!」
「ふっ…んんん!……んっ!」
熱い精が爆ぜた。膣内にたたき付けるような勢いで吐き出される胤に、ユーリ
アは感嘆と快楽の入り混じった声を漏らした。
「ごめん…今日全然終われない…」
「えっ?ひゃ!?」
余韻も味わわぬうちに倒され、右足に跨がった男が、左足を抱える形になった。
「多分、今日は長くなる」
「はぁっ…!!うぁ…おぁぁ…!!」
内股の上を滑りながら、激しい出し入れが再開される。先ほどまでとは逆に、
上から刺されるような刺激。快楽と情愛の渦の中で、魔女は鳴くことしか出来
なかった。
「…」
一体、どれだけの時間性交に及んでいたのだろう。射精するたびに体位が変わ
った。立ち上がって尻から持ち上げられ、突き上げられるがままということも
あった。正常位のようだが、腰を持ち上げられ、結合部を曝すような恰好もし
た。逆に男に跨がることもあった。最後に、口で奉仕するころには疲れ果て、
しっかり最後までしたのか定かではない。かつてない疲労感も取り切れぬまま
ユーリアは男の隣で目を覚ました。
その横顔を、ただじっと眺めた。男の目は開いていた。
「…どうかしたか?」
「…よくもあれだけ出来たな、と」
「いや、すまん。なんかやっぱり普通の人間とは少し違うようなんだ。眠たく
いしな」
「これからの私の身にもなってほしい」
「あはは…気をつけるよ」
また、激しい睡魔に襲われ、少しだけ目を閉じた。ほんの少し、寝たかもしれ
ない。再び目を覚ましたときも男は目を開いたままだった。
「……」
「『愛している』だとかそういうものを声が枯れるまで言い続けたくもあるし、
何も言わずにただ見ていたい。そういう気持ちもある。貴方は不思議な存在だ」
抱き着いていた左腕を静かに撫でた。やはり人の−触れ慣れたこの男のものに
違いない。蛮族の祭壇で負った傷の痕も、しっかり残っている。
「あぁ…そうか…」
「ん?」
「いまの時代、夢が叶う人間などそういない…」
「そうだな…」
男の脳裏に、様々な人間やデーモンの顔が浮かんでは消えた。永久に生きよう
とし、醜悪で脆弱な存在に堕ちた老王。ただ命が尽きるまで静かに暮らすこと
を望んだ聖女と死してなお守らんと盲信する騎士。父に会うために鎧に身を固
めた王子。ラトリアに君臨していたデーモンも、女王の成れの果てなのかもし
れない。
皆望みを持ち、叶う事なく死んだ。
「私は幸せ者だ。誰かに愛してもらうという、小さい頃からの夢が叶ったのだ
から…」
それだけ言うとユーリアは寝息を立てはじめた。
今、自分の腕の届くところには幸せがある。守ろう、それを。何が起ころうと
も。男は静かに誓い、離れぬように幸せを抱きしめた。