「しかし、大変なことになった」  
「そう言う割には、落ち着いているようだが?」  
「ははは、確かに。実感もあまりないからな」  
ユーリアがそっと身を寄せる。男の余りに苛酷な使命の前に自分は何もできな  
い。悔しさが込み上げ、重ねた手の甲に涙が落ちた。  
「傷付くのはいつも貴方だ…」  
「傷付く度に癒してくれたのはいつもユーリアだった」  
二人の唇が接し、ゆっくりと名残惜しむように離れ、もう一度近づく。  
枯木の塔が、炎で割れ瓦解する。その崩れる音で二人は唇を離した。潤んだ魔  
女の瞳が炎に照らされ、男にはこの上なく美しく思えた。  
「弔いの場で、なんてさすがに罰当たりか?」  
「もとより真っ当な生き方をしてきたつもりはないよ、私は」  
「じゃあ…」  
「しかしここで脱ぐのは、寒い…」  
脂が少なく、肋がうっすらと浮き出るほど痩せたユーリアには野外は些か寒さ  
が過ぎた。  
「それと…その、貴方とだからこそ…ここは好きじゃないというか……」  
慎重に言葉を選ぶ姿を見て、男はすぐに後悔した。このボーレタリア城はユー  
リアが監禁されていた地ではないか。想像を越えた凌辱がなされていたことだ  
ろう。そのような場所で性交に及べるはずもない。  
「すまん…そうだな…」  
「申し訳ない…弱いな、私は……」  
「弱いなら、護ってやる。ずっとな」  
ユーリアは、男が裂け目に入ってから出会った人物の中で、最も常識的な思考  
の持ち主の一人であった。何かに妄執することもなく、かといって総てを儚み、  
厭世的になっているわけでもない。ただ一つ、誰よりも過去に怯えている。男  
は、ユーリアが真っ当な心を持っている故であると思っていた。裏を返せば、  
それだけ凄絶な半生を送ってきたと言えよう。その半生は心に大きな傷を残し  
た。そこが膿み、心が腐ることがなかったのは奇跡とも思えるような傷である。  
今、男はその傷に、しかも一番新しく痂も柔らかなトラウマに触れてしまった。  
意外にもユーリアは涙腺が緩い。多感であった。出会った頃よりもよく泣くの  
は心を許した証拠だろう。恐らくはこれが本当のユーリア。  
肉体を取り戻して帰った日の夜は、組み敷かれながら喜びに眦を濡らし、傷つ  
いて帰れば、必死に平生を取り繕うが、いつも涙がその思惑を裏切った。  
 
しばらく男の腕の中でぐずったユーリアだったが、火葬が終わる前には涙も止  
まった。  
「すまない」  
「いいさ。それよりこっちこそ」  
「貴方が謝ることはない」  
「いや今のもだが、これからもあの神殿に縛ることになってしまって……」  
「心配しないでほしい。私が決めたことだ」  
それでもなお男の表情は冴えない。比較的楽観的な彼にしては珍しいことだ。  
「本当に気にしなくていいのだぞ?」  
「うん…まぁ、いやこれは俺の勝手な願望だから気に留めなくていいのだが…  
俺、故郷の花嫁衣装が好きなんだ。それを着たユーリアを見てみたかったな、  
と思って。誰よりも近く、花嫁姿のユーリアの隣でさ」  
男の顔が朱くなっていたのは、単に死者を弔う炎に照らされているだけだろう  
か。その横顔を見つめながら、ユーリアは頭を必死になって働かせた。こんな  
とき、何と答えれば良いのか彼女は知らなかった。数多の魔法を知るユーリア  
だったが、その利発な頭の中に答えを求めることは出来なかった。  
「残念だな…本当に。私も着たかった」  
嬉しい。同時に悔しい。この人の為にドレスを着られたら、静かに暮らせたら  
どれだけ幸せであっただろうか。全ては叶わぬ夢と分かっているほど想像は膨  
らんでしまう。  
「それでも、今は貴方と居られる事が嬉しい」  
至高の幸福はいつもそばにいるではないか。ずっと分かっていたこと。いつも  
居てくれることに慣れすぎて、忘れかけていたことだ。  
「大切にしよう。これからの日々を」  
世界は絶望かも知れぬ。悪夢のような時を否応なく与えられるかも知れぬ。身  
を切るような辛さに、心が折れてしまいそうになるのが定めやも知れぬ。  
それでもユーリアは信じていたいと願う。世界を繋いだこの男を。最愛のこの  
人を、とユーリアは誓いを立てるように唇を寄せた。  
 
「静かだ」  
「本当にな。まぁもう聞かれないと思えば…」  
「や、やめてくれ!あれは本当に…恥ずかしかったんだ……」  
赤面したユーリアが、男のことを睨む。なんともいじらしく思えて、男はその  
場で抱きしめた。  
「!?…こ、こんなところ」  
「いまは誰も居ないし構わんだろ…」  
「そうだが…どうしたというのだ、今日は」  
「ダメかな?」  
「そういう事ではないが…んっ」  
生きているという実感が欲しかった。首筋に顔を当て、ユーリアの薬草のもの  
と甘いものが混じった香り。何度も嗅いだユーリアの匂いだ。  
自分はまだ人間として生きている。徹底的に自分に言い聞かせるために、ユー  
リアを求めた。  
「多分、今日は止まれない…」  
「分かった…分かったから、っんふ…場所を…あひっ!」  
「どこがいい?たまには広々とした所も悪くないと思うが…」  
言っている最中もユーリアの上着の隙間に手を入れ、乳房の感触を愉しんだ。  
「手をつけるようなものがっ…はぁっ…欲しい…!!」  
行為を中断するのは嫌だが、致し方ないとして、男はユーリアを抱き上げた。  
「お姫様みたいだろ?」  
「不釣り合いだ。少し恥ずかしい…」  
「良いんだよ。綺麗なんだから」  
『お姫様』をそっと階段に下ろす。背に回り込み、一心不乱に胸を掴んだ。  
「抑えられん…済まん……」  
ユーリアの背に腹を、首筋に顎を、尻に股間を擦り当てて、男は必死に自分の  
存在を示した。  
 
 
今日の男はケモノだ。  
喰らう、貪るといった形容がよく似合う。普段は慈しむような愛撫をしたもの  
だが、今夜は己が欲望に忠実だ。  
欲望のはけ口と言うと聞こえが悪いが、この男に求められていると思うと嬉し  
かった。  
舌を吸い取られてしまうようなキスも、痣が残りそうなほど強く胸を揉まれる  
ことも、今のユーリアにとっては幸いでしかない。  
 
 

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