ラトリアの牢で暗殺目標を探索していた私は、なにかがしたたかに頭にぶつかるのを感じた。
そこで私の意識は破かれたように途切れ、ここまでの経緯など、さっぱり理解できない。
今、私は後ろ手をきつく縛られ、床に転がされた状態で、暗い牢の中にいる。
私は状況を飲み込もうと、頭だけを動かし、室内をぐるりと見渡してみた。
部屋の隅にはフードをかぶった男が一人、壁にもたれ掛かってこちらを見ており―――尤も、暗くて顔など殆ど見えはしないが、
くぐもった笑いを響かせている。
…何者だろうか。それに、室内を満たすこの甘い匂いはなんだろう。
ぼんやりした頭も幾分はっきりとしてきて、状況が理解できるようになってきていた。
察するに、前にいる男が私を捕らえたのだろうが、なぜだ?
私が密かにボーレタリアへ入り込んだ暗殺者だということを見抜いたのだろうか。
いや、そんなはずは…
そんなことを考えていると、男が口を開いた。
「目は覚めましたか?」
落ち着いた物腰で、着ているものも上等そうな上品な男だ。
この男が、私の正体を知っているとは思いたくないが…
一応、この状況については素知らぬふりをしておくことにする。
「なぜ、私をここに縛る…貴公は、何者だ?」
「アハハ、なぜかって?とぼけてもらっては困りますよ。あなたはあの悪名高い沈黙の長、ユルトだ。びっくりしましたよ。
なにせ、暗殺集団の長たる者がこんなところをうろついているのですからねえ。」
ひやりとした冷気が背筋を這い登る。
男の言葉で、私の淡い希望など、薄っぺらな演技ごとあっさり打ち破られてしまった。
迂闊だった。この国に私の素性を知る人物がいるとは。
―――長かった私の仕事も、これまでだろうか。
死の覚悟なら、今回の任務に就くときから、いや、もっと前からできている。
男がコツ、と足音をたてて近づいてきた。
その手には、鋭利な刀が一振り。
唇をかたく結んだ。
…しかし、男がとった行動は、私の予想とは違うものだった。
重量のある兜がとられ、スッと視界が開ける。
横向けになっていた私の上体を起こし、露になった私の顔を、男はまじまじとみつめ、刀の峰であごを持ち上げてきた。
「噂どおり、なかなかいい顔立ちじゃないですか。…ククク、こんなにいいツラしてんだから、隠すことはないだろうになぁ…?」
男の切れ長の目がさも楽しげに歪み、丁寧な口調がいやらしいものへと変化してゆく。
私は、この頃には既に不穏ななにかを感じ取っていた。
目には映らずとも、きっとなにかおぞましい黒い悪意が、この男から放出されているに違いないのだ。
…それにしても、この匂いはなんだろう。
この男からする匂いのようだが、やけに甘ったるく、体から力が抜けるようだ。
男は刀を放ると、今度は手で私の頬をさするようにしてあごを持ち上げ、いきなり口を塞いできた。
「…ッ!」
口内に侵入してきた熱い舌が、絡み付いてくる。
さながらなにか別の生き物に口内を犯されているかのようだ。
行為はそのままに、男は手を後ろに回し、今度は私の鎧をガチャガチャと脱がせ始める。
息苦しさに耐えられなくなり、噛み切ってやろうと思ったとき、男の指が背中をくすぐる刺激で体が反応してしまった。
その反応が愉快だったのか、男は口を離すと、耳元で低く嗤った。
「ご心配なく。お前が沈黙の長だってことは黙っててやる。お前が俺をこうやって時折楽しませてくれさえすれば、な。」
そう言い放った後、再び体を愛撫し始めた。
既に鎧は手甲以外、全て剥がされており、体を纏うものは薄い下着だけの状態となっている。
首筋を唇が這う感触は、気持ち悪くはあったが、理性を溶かしてしまうような、…そんな妖しさも兼ね備えていた。
「…いい加減に、…しろ…!」
与えられる感覚にのまれまいと、力なく訴えたが、男はやめてくれそうになかった。
さっきから抵抗しようと試みていたのだが、―――腕は縛られているから仕方ないとして、どうにも足が言うことを聞かない。
頭も心なしかフラフラして、思考がうまく働かない状態だ。
なぜだ?この甘い香りのせいだろうか?
私の考えを見透かしたように、男はまたニィ…と、嗤った。
「体に力が入らないでしょう…?クク、刺激が強いから、お前みたいに魔力が低い奴はそうなる傾向にあるみたいだけどなぁ?
もうわかってると思うが、コレのせいだよ。」
そう言って、懐から細かい意匠が凝らされた小瓶をとりだした。
いい匂いなのになあ、と男が瓶のふたを開けた瞬間、ひどく刺激のある甘い匂いが鼻をついて、むせてしまった。
「ああ、悪いね。これはな、一時期この国でお前みたいな奴らがたくさん中毒になって、使用が禁止されていたものだよ。
まあ、今は手に入りやすくなって、俺たち魔術師は大助かりさ。尤も、俺みたいな使い方してる奴は他にいねえだろうがな!」
ゲラゲラと下品に笑う男には、出会ったときの、上品な印象の面影など全く残っていない。
まるで人が変わったかのようで、その変化に若干の恐怖を覚える。
「…!…ッく…」
不意に胸元を舌が這い、思わず声が漏れてしまった。
先端を舌先で転がされると、ますます声が漏れ、羞恥と自己嫌悪が募る。
胸を舐められて感じてしまうなど、まるで女のようだ。
いっそのこと、殺してくれたほうがどれほど楽だったろうか。
抵抗できない身となった今となっては、この快楽に抗い、せめて男を楽しませないことだけが唯一の抵抗だと思った。
しかし…実際、胸だけでこんなにも感じている。
これから待ち受けているであろう行為に、果たして私は私を失わずにいられるのだろうか。
その時、男が指を股間に手を滑り込ませ、既に少し勃ちあがりかけていた私自身を扱いてきた。
「…っく…や、め……!」
まるで身体の中心に神経が集中しているようだ。
私に絡みつく指は、まるで一本一本生きているかのように動き、与えられる至高の感覚に足が震える。
触手じみた指に執拗に扱かれ、一気に息が荒くなった。
「……ッ!!…」
これ以上我慢できなくなり、男の手の中に熱を放つ。
「もう達したのか?クックック…俺より先に達するとは悪い奴だよ、全く…」
男は、自分が今撒き散らした体液を絡ませるようにして、後孔を指で解し始めた。
「…!!…」
今まで経験したことのない未知の感覚が下半身を襲う。
指が中で動く刺激から逃れようと、身を反りたかったが、もはやそれすらできないほど体の自由は奪われていた。
下では孔を掻き回され、上では再び口内を舌で犯される。
抗いがたい快感に、頭が変になりそうだ。
先ほど果てた私自身が、その刺激でまた頭をもたげ始める。
―――漆黒に染まった室内に響く、喘ぎ声、粘質の音…。
男に抱かれているはずなのに、感じてしまうのはなぜだろう。
私の舌を解放した口はおもむろに、先ほどまでの勢いを取り戻した猛りを含んできた。
そのまま根元から先端へと、舌で辿るように舐められると、ますますそれは質量を増していく。
男の舌と粘膜が強く絡みついてきて、自分でも驚くほど艶っぽい声がでてしまう。
「ハハ、お前でもそんな反応するんだなぁ?傑作だよ、……ククク…!」
もう、私の人間性なんて、どうにでもなれだ。
快楽と自己嫌悪が交互に襲って来ていたはずなのに、いつの間にか私は快楽のみに支配されてしまっているようだ。
それに身も心も支配された後は、堕落に身を任せ、ひたすら与えられるものを享受し続けるのみ。
私は…もう、待っているのだろう。
男が、次はどんな魅惑的なものを寄越してくるのか。
もういい、もう。
この流れに乗ってしまえば、楽になれる。
だから、はやく寄越せ。
男は最後に強く吸うと、口を外し、ズボンから大きく反り返った彼自身を取り出した。
そしてそのまま、体を重ねると、先端から垂れた蜜で濡れた後孔にあてがう。
「…ッあ!!…ぐ…っ!…」
強烈な異物感とともに男の猛りが挿入され、体が跳ねる。
指で解されていたとはいえ、かなりきつく、鈍い痛みが下半身を襲う。
中で粘膜が擦り切れる感覚がしたあと、滑りがよくなった。
内壁が出血したのかもしれない。
後ろから突かれつつ、再び前を巧みに扱われる。
「…は…っぁ…はぁっ…!!」
甘い香りと快楽の海で、朦朧としながら、喘ぐ。
男も私のなかで次第に熱をおび、絶頂が近いのだろうということがわかった。
腰の動きが速くなるにつれ、男も声を漏らすようになってくる。
「…っクク、…だすぞ……っく、気絶なんか、するなよ、…すぐ終わっちゃぁつまらねえからな…!!」
その言葉が合図となって、男の熱が、私の奥で爆ぜた。
火傷しそうなほど熱いそれに、私は絶叫した。
同時に、私も先端から精を吐き、頭が真っ白になり、気を失いそうになるが、
男に私自身を強くつかまれる刺激で、すぐに我に帰る。
「…言ったろ?すぐ終わっちゃ、つまらないって、さぁ……?…ククク、アッハハハハ…!!」
反響するその狂った笑いは、私の解放など、考えてすらいないようだった。
いや、…むしろそれでもいい。受け入れ続けよう。
―――…貴公の、望むまで、な。