「ユーリア、ちょっと太ったんじゃね?」
貫きの騎士からぶんどったデモンズソウルをユーリアに渡し、そこから学んだ魔法で谷の一番奥のイカ男を殺し、気持ち悪い赤ん坊たちを産み落としていった乙女を殺したのはついさっきだ。
あのオチは俺としては納得のいかない物だ。デーモンとなった以上、俺に殺されなければならないとは言え、いきなり自害しやがった。
はっきり言って気分が悪い。
綺麗に物語を幕引きしたつもりだろうが、てめーがこんな所で引き篭ってっから、大勢の坊主共が死んだんだ。
谷の鳥頭達も、要は頭をパーにして痛みを感じなくさせただけだろ?
てめーが自害した所で、そいつらは復活なんかしねーよ。俺と違ってな。
だからユーリアに礼を言うつもりだったのに、少し八つ当たりっぽく上のセリフを吐いたんだと思う。
言っておくが別にユーリアがデブったわけではない。
あの監禁生活から解放され、ここに住んでりゃ、そりゃ体重も増えるだろう。前が異常なわけだし。
だがその時、俺はユーリアの瞳に明らかな殺意が混じったのを確認した。
「え?」
たまに侵入してくる黒いファントムが、充足感を満たすために斬りかかってくる瞳とよく似ていると思ったのは、俺の周囲に数十の火柱が立ち昇った時だった。
ちょっ、おま、それは走りあら……
ユーアーデッド
「ノーモーションで炎の嵐うつんじゃねーよ!ご覧の通りソウル体だよ!」
他にも言い方があったとも思うが、こいつは「言うことすら無く」殺しにかかって来やがった。冒険間も無い異世界の戦士を、鍛え上げられた得物と上位魔法でカマを掘りに来る黒ファントムの方がまだ紳士的だ。
「魔女の魔法はフレーキ殿が言うには、デーモンの感情の体現。私の感情を昂らせたあなたが悪い」
「だからってバグ技で返すな!何度も復活するからって、痛い物は痛いんだよ!」
バグ技ダメ絶対!あのフレーキファンのクソ魔導士ですら、見兼ねて労ってくれたんだぞ!?
あまりにもチート過ぎるツッコミに、俺が怒りを示すが、ユーリアは些事と言わんばかりにローブを弄くっている。
おいユーリア。とりあえず人の目を見て話そうか。
「しかし、私が太っただと?おかしな事を……ボーレタリアの儚い瞳の石と呼ばれたこの私は肥満とは無縁だ。儚さなら負けない」
「それ、微妙じゃね?一回こっきりの消耗品扱いじゃないか」
しかも谷でマラソンしてれば結構な数見つかるし。
「……あ?」
「……お前、そんなにガラ悪かったか?」
俺も生まれはボーレタリア有数の貴族だったが、誰に似たのかガラの悪さは筋金入りだった。
だからここまで来れたんだが。
仮にもお坊っちゃまだったら、城の要石の前で座り込んでたソウル体兵士みたく、早々に心折れてただろう。
「あんな場所で幽閉されてたら、嫌でも荒むわね」
「それ、自分でいじっちゃかんだろ」
そこはさすがの俺もいじっちゃいかんと思って、極力触れなかった所だから。
「大体、私のどこが太ったと言うのだ。かぼたんやアンバサ娘に比べたら、ウエストの締りが違うではないか」
「男の目の前でローブたくし上げた事より、かぼたんって呼んだ事の方が驚いたわ!何!?お前ら仲良しだったの!?」
意外過ぎる。ソウル貢いでる俺ですら、ちゃんと火守女と呼んでるんだ。
「ええ。サンドイッチを片手にピクニック行く仲だ」
「どこに!?楔の神殿にそんな名所があったの!?」
四方八方を冷たい壁に閉ざされているこの神殿のどこに?来たばっかの時に散々抜け道探したんだぞ。
俺の言葉を聞き、ユリーアはさも当たり前のように女神像が見守る魔法陣を指差す。
「あの魔法陣の下にな。綺麗な海岸に出るぞ」
「そこはダメぇぇぇ!理由は言えないけどそこはダメぇぇぇ!」
そうだよな、火守女が連れてってくれるんだし、行けないわけがないか。
よく考えたら、俺が冒険してる時、火守女が何してるかなんてわかんねーしな。
「あなたはさっきから否定ばかりだな。私の事が嫌いなのか?」
ユーリアの瞳は帽子の鍔に隠れて見えないが、声が少しだけ上擦っている。
俺の語彙がキツいのは生まれつきなんだが、そうやって返されると少しだけ辛い。損な性格だ。
「好きとか嫌いじゃなくて、そりゃあんな怒涛のボケを振られれば、誰だってツッコミするわ」
「嫌いなのか……もう、魔女魔法教えてあげないもん」
「何をそんなに意固地に……つーか俺、デモンズソウル全部お前に貢いだから、お前に教えてもらう魔法無いんだけど」
斬り合い、苦手なんだよな。剣で殺した時に、手に残る死の感覚がどうもダメだ。
魔術の方が気兼ね無く殺せる。その感覚の時点で、狂ってるのは明らかか。
「そうだったね。しかし、なぜ私の魔法に使うのだ?私よりフレーキ殿の魔法の方があなたには良いと思うのだか……」
フレーキのはやっぱり使い易い。ユーリアのは一撃必殺ながら博打性が高いため、確実に決まるシチュエーションを選ばなければ、やられるのはこっちだ。
それが楽しいと言えば楽しいが、デーモンと殺し合う時は、自然とフレーキの魔法を選びがちである。
黒石及び生身狩り狩りの時は、発火と嵐でド派手に攻めるが。
「先週はフレーキに全部やったからさ」
「……先週?なんだその時空列は?」
「……いや、魔女の方が良いってことにしてくれ」
こっちは伝わらないのか。
「そうか。あなたは私が好きなのだな。しかしすまない。私は魔女だから無理だ」
「何にも言ってないのに振られた!?」
何その展開!?普通に話してただけだからね!
「そんなあなたが私を肥えたと言うのだな。よしわかった。ならば触ってみるが良い。その手で確かめてみてくれ」
「喜んで!」
やっとエロ展開きたー!えぇい!ボロ布が邪魔だ!確か火に弱いはずだから発火の先っちょを当てて……ゲヘヘヘヘ。
「ただし触れた瞬間、かぼたんに教えてもらった吸魂であなたのソウルを奪い尽くし、奴隷兵その一にする」
動揺して運良くキノコのタリスマンを手元から滑らせたおかげで、奴隷兵その一にならずに済んだ。って、
「なにその代償!?重すぎる!」
「あなたなんか折れた直剣と奴隷の盾だけで老王を倒してしまえばいいのだ」
「お前本当は先週の意味知ってるだろ」
そいつは最後のデーモンだから、知ってる奴は必然的に世界を救った奴だけである。
「なんの事だ?壊れた折れた直剣など知らないし、焚き火マラソンも知らない」
「奴隷王!?しかも初回から見てる!」
微笑劇場では伝説と言われたあの演劇を!もちろん俺も見ました!
いや、違う違う違う!
「つーか本当にこれ大丈夫なのか!?趣旨外れすぎだろ!」
赤目骸骨に打刀で挑むくらいに外れてね!?
「こんな物語があっても良いではないか。大体、私があなたと性行為に及ぶなど無理だ」
「言い切ったぁぁぁぁぁ!何!?俺そんなにかっこ悪い!?自分じゃ結構作り込んだ顔だと思ってるんだけど!?」
「いや、そう言う意味ではない。私はただ、未だに男性に触れられるのが怖いだけだ」
それを聞き、かつてユーリアの受けていた「恥ずべき所業」を思い出し、俺は自分自身の欲望を恥じた。半分ふざけていたとは言え、半分は本気だったのだから。
そして今、俺がやろうとした事は、あのブタ帽子どもと同じじゃねーか。
「それにあなたの顔も、あまり好みではない」
「サラッと言っちゃったよ!そこは隠しといても良いんじゃないかな!?俺の精神衛生上さぁ!」
あの空爆デーモンから覚えられる魔術師殺しの奇跡持ってこようかと思うくらいに傷付いた。
「恐らく「俺の本気を見せてやる!」と意気込んだ物の、ランダム機能が上手く働かず、適当な所で心折れたのだろう。中途半端な顔だ」
「謝れぇ!フェイスメイキングで心折れた同志に謝れぇ!」
思わずユーリアの身体を包んでいるボロ布の襟を掴んで恫喝してしまったが、怒って良い所ってあると思うだよね。
「まぁ、顔など、どうせ誰も見てないけどね。ファントム体だと青かったり赤かったりで見えないし、主人の顔は確認する暇がないし」
「もういいからお前黙れ!」
ユーリアが目深に被っている帽子の鍔をさらに下ろし、目どこか口元まで隠して、ささやかな抵抗とした。
「……ところで、あなたは本当に私が肥えたと思うのか?」
しばらく危険な口を閉じていたユーリアだが、軽く形を整えて帽子の深さを元を戻しから、再び口を開いた。
やっぱりちょっとは気にしていたか?そこまで大袈裟に言ったつもりは無いんだが。
「あぁ、まあ。つっても、本当にちょっとだぞ?神殿の中は食べ物結構あるし、肥えたつーよりはふくよかになったってくらいか」
気づいてるの俺くらいだろうが。
「そうか。確かに最近は神殿の隅に座り、あなたの魔法の記憶を手伝うだけだったからな。運動不足だとは思っていた」
ここは確かに安全だが、体が鈍りそうではあるか。気が向いたら純粋刃石を取るために祭祀場行ったりする俺とは違い、基本ここの住人は神殿に篭ってるからな。運動不足も仕方ないか。
「よし。不本意だが、あなたがそこまで言うのならばダイエットをしよう」
「腹筋でもするか?なんなら付き合うぞ」
触られるのは嫌らしいから、隣で並んでするくらいなら大丈夫かな。
こちとら魔力関係を重点的に上げてるとは言え、身体能力は常人を凌駕している自信はある。
それでもビヨールさんとかスキルヴィルさんとかライデル公さんとタイマンしろとかは勘弁だけどな!
あの三人が組めば、俺必要無くね?
「ここはボーレタリアだ。腹筋よりもマラソンだ」
そう言って立ち上がり、ユーリアは要石の立ち並ぶアーチ階段へと歩いていった。
「ユーリア?そっちは要石の階段だぞ?まぁウォーミングアップも兼ねて階段の昇り降りも悪くないか」
しかしユーリアは、かつてソウル体兵士が座り込んでいた付近の床で立ち止まり、発声練習代わりに声色を整えてから俺と向き合った。
「ボーレタリア城〜一周〜地獄のマラソン大会〜「私とあなたと時々赤目」開幕〜」
それは普段の伸びやかで高い声とは段違いなダミ声だった。
「なんか変なの始まった!?あ、バカコラ!要石起動す」
言い終わる間も無く、すでに慣れ親しんでいる全身が空気に解ける感覚が駆け巡り、俺は意識を失った。