「声を、出すなよ…」
仮面を脱いだ暗殺者の荒い息が耳元にかかる。
重苦しそうな鎧はいつの間にか脱ぎ捨てていたらしく、抱きすくめられた背中は
冷たい金属ではなく生身の肉体を感じていた。口元を塞ぐ手も素手だ。何より、
腰に押し付けられる熱い塊がこの上なく生を主張している。
「大人しくしていれば、悪いようにはしない。…今は、な」
欲望に歪んだ声が囁き、布の切れ端を口に押し込まれた。恐ろしい事にその布は
今自分が着ている上着を引き千切った物らしく、見覚えのある柄が視界をよぎる。
「どうせ儚く散る運命だ、せめてその前に命を感じたいだろう?」
「ん――!……!!」
全く勝手なことを言ってくれる。だが、まるで身動きも取れず声も出せない状況では
如何ともし難かった。力の限り暴れたつもりでも、身じろぎ程度しか出来ない。
魔力には自信があったものの、その引き換えにとことん非力な自分を“デーモンを殺す者”は
呪わずには居られなかった。
もがいている内に腰の剣と触媒を抜き取られ、背中に隠していた曲剣さえ遠くに打ちやられる。
ガシャン、と金属が石の床に叩きつけられる音がして、絶望的な気分になった。
――ラトリアで牢に篭められていた彼をわざわざ助けたのは、こんな未来のためではなかったのに。
丁寧な物腰と落ち着いた口調に騙され、すっかり彼もデーモンと戦っているのだと
思い込んでしまった。何が丁寧なものか。丁寧な人間は他人の着ている服を破いたりはしない。
上着はただのぼろきれと化し、器用な暗殺者がそれを使って後ろ手に両手首を拘束してくれる。
すぐに好き放題に肌を撫で回され、何が楽しいのか執拗に乳首を捏ねられて、
段々と吐き気がしてきた。大して肉も付いていない魅力のない身体だとは思うが、
からと言ってこんな男に好きなようにはされたくはない。ユルトの手が、下衣に掛かっている……
ふと、視界の端に己の持ち物だった木の棒が映った。軽い素材のお陰か、どこかへ
放り投げられてしまったと思っていたそれは存外にすぐ側に転がっている。
――あれさえ取り戻せれば、こんな中年兎の一匹など、魔女直伝の炎の嵐で
骨も残さず焼き尽くしてくれる。
その機会を逃さぬよう、降伏の意を示して彼は全身の力を抜いた。