青きファントムの背後から、私の身の丈ほどはありそうな大剣――グレートソードをずるりと引き抜くと、その男はわずかに口元を喜色に歪ませてみせた。  
ファントムの背中から腹部に穿たれた楕円形の穴は、まさしく致命の一撃として彼の命を奪い、さながら青い水蒸気のようにその体を雲散させる。  
その様をグレートソードにもたれかかりながら見ていた男は、やがて耐えきれないように、背中を丸めてくっくと笑いだした。  
いや、嘲笑っていた。巨大な穴を穿たれ無残な姿をさらし蒸発する私の仲間を、さもおかしいことのように嘲笑っていた。  
不穏な気配がする。奴の態度こそクリーンなものとは言い難いが、しかし私たちが制定した規則を、彼は守っている。  
道場。私たちはこの集いをそう呼んでいた。嵐の祭祀場の一角に仲間と三人で、さながら道場破りを待つように、黒ファントムを待ち受ける。  
本来なら、黒きファントムを確認した時点で、あらゆる手段を行使し排除に身を乗り出すのが一般的なものだろう。  
しかし、道場では三人で襲ったりはせず、一人ずつ、私の世界に侵入してきた黒きファントムと対決するのである。  
この集いは、あくまで切磋琢磨のためにある。経験に勝る見聞など存在しないように、何度も何度も対決を重ねて、自らの腕を強化していくのである。  
この男は、すでに二人の仲間を屠っている。屠るとは言っても死ぬわけではなくソウル体として再び蘇るのだから、あまり気負いする必要はないのだが、  
それでも仲間がやられていく姿は、何度目の当たりにしても慣れるということはない。とくに、その相手がこのような男ともなると……。  
「いやはや、なんとも他愛のない。お嬢さん、次はあんたかね?」  
男がこちらを振り向き、あきれたように両手を広げてみせた。  
「はい、最後は私です。ずいぶんと、お強いようですね」  
そう答えながらも、私はその黒きファントムの意外な姿に少々気を取られていた。  
鉄塊のような剣を振り回すその膂力、奇妙な形をしたタリスマンから放たれる炎魔法とその火力。  
黒いオーラに身を包まれているとはいえ、力強くかつ狡猾に立ち回る男の戦い方に、私は歴戦の古強者のようなイメージを抱いていたのだ。  
しかし、まじまじと男を観察すると、的外れとは言えないが、その予想が外れていることが伺える。  
男は、意外にも容姿が端麗であった。コロネットに包まれたウェーブした髪は金色、  
ややきつい感じではあるが、妖しい光を放つその瞳は艶やかで、高い鼻と薄い唇に相まって、さながら貴人のように思える。  
しかし、首から下は特大剣を振るうに適した体つきで、まさしく筋骨隆々なのである。  
そう、まるで、屈強な工夫の首から上だけを美麗な貴族とすげ替えたような、アンバランスな容姿なのだ。  
首から上だけを見ると見とれてしまうような顔立ちだが、その下は暴力そのものを具現化したような体つき。  
その奇妙な上下の親和性は、私の精神を揺さぶって、どうにも心を不安にさせるのである。  
――このままではいけない。戦う前からこの男のペースに飲み込まれてしまっては……。  
私は頭を振って、男の残像を振り払った。腰の鞘に収めていた打刀を引き抜き、左手で握りしめた魔を払う暗銀の盾を構えた。  
先の二戦で、私は男の剣が、祝福儀礼された物であることを見切っている。  
少々受けに不安が残るが、じわじわ体力を削られていくよりはマシと、付与された魔力を完全に払うことのできるこの盾を選んだのだ。  
ニヤニヤ笑いを顔に張り付けたまま、男は右手だけで特大剣を肩に担ぎ直した。前に垂れた金髪を乱暴に書き上げ、首をコキコキと鳴らす。  
お願いします、と私が一礼すると、男は芝居がかったおどけた動作で、よろしくお願いつかまつるぅ、と一礼を返した。  
どうにも気に入らない。まるでこちらの生真面目な立ち居振る舞いを、不真面目さで返すような一礼だった。  
私が盾を構えながら横に移動して間合いを計ると、男はこちらにじりじりと接近し、同じく間合いを計りだした。  
 
奴の持つ特大剣は、その見た目通りの強大な破壊力と、長大なリーチを誇る。  
その重さ故に攻撃動作は緩慢になりがちだが、この男の立ち回りを見る限り、それを利用しているように思える。  
私の仲間である青きファントム二人は、奴の武器が特大剣と知るや、ひたすら攻め込んでいった。  
しかしその緩慢さを利用していると思われる男は、攻め込んだファントムを受け流すように剣を振るい、  
その重量をもって吹き飛ばし、無防備になったその体にめがけて炎の魔法を打ち込むのだ。  
それからは完全に男のペースである。魔法の被弾はさらなる特大剣の応酬を呼び、それが再び魔法の被弾へと誘う。  
気がつけば、這々の体で男に弄ばれているのである。  
男は、隙だらけのように「見える」立ち回りをしているのだ。無計画に飛び込んでしまえば、それからはずっと弄ばれる。  
私はそう結論づけて、前面に構えた暗銀の盾を、よりいっそう強く握りしめた。  
その瞬間だった。突如あらぬ方向へ男が走り出したかと思うと、その推進力を利用した縦割りの奇襲が、頭上から襲来した。  
これは受けきれない! 刹那でそう判断した私は咄嗟のローリングでその範囲外へと下がる。  
特大剣の一撃は私の鼻先をかすめただけに終わったが、地面から放たれたその衝撃波は頭を揺さぶった。  
頭がくらくらして視界が定まらなくなり、さらには鼻の下に熱い液体が垂れるのを感じる。  
「くっ」思わず呻いて鼻血を拭った私の視界に、張り付けたニヤニヤ笑いをしている男が揺らいで写っている。  
「おやおや、これは申し訳ない。綺麗な顔が台無しだ」  
男の挑発に血が上った私が打刀を力任せに振り回すと、すでに詠唱を完了していたと思われる男の触媒から、視界いっぱいの火の玉が飛来した。  
当然避けきることはできない。まともに直撃した火の玉は突き抜ける衝撃と共に私の体を焼き、苦痛に喘いだ喉が、熱で灼けて締め付けられるのを感じた。  
炎が視界から去ると、目の前にいたはずの男は、忽然と姿を消していた。背後から、嫌な気配を感じる。  
――攻撃が、さらなる攻撃を呼ぶ……自分で分析した男の行動パターンが頭をよぎり、すぐに身をかわそうと地面に飛び込んだが、  
時既に遅し、といった状況だった。私が火の玉に被弾してよろめいている間、男はこちらの背後に潜り込んでいたらしく、  
下を薙ぐようにして振られた剣が、その重量をもって私の体をひしゃぎ、吹き飛ばした。  
惰性で背中と後頭部が地面をこすり、大岩に肩をぶつけて、私の体はようやく静止した。  
視界が赤く揺らいでいる。口中は鉄の味で満たされており、油断すると胃の内容物を吐き戻してしまいそうになる。  
荒い呼吸で胸が上下するたび、折れたと思われる鎖骨がどこかに刺さって、電撃のような苦痛が体中を駆け巡る。  
私は呻いた。あまりの苦痛に、涙が溢れてくる。ぼやけてよく見えない視界に男の影が差した。  
危機を感じ取った私は、こんな状況においても手から離さなかった打刀を全身全霊で突き出したが、その手は男のつま先で払いのけられ、  
そのまま足踏みにされてしまった。体重をかけられた右手が、ぎりぎりと締め付けられる。  
左手の盾で男の足を叩いたが、男はまったく意に介さず、私の体の上にのしかかってきた。  
「くぅっ、あぁっ、ウゥッ! や、殺るなら……ひ、ひと思いに、やって……くれ!」  
もはや力を失った私の手から武器と盾を奪い、適当にそこらに放った男は、そう言い切った私を見つめて、  
腹の底から、意地の悪いデーモンを思わせるような高笑いをあげ始めた。  
 
「ずいぶんといい声で鳴くじゃあないか、お嬢さん! そうでないと、つまらない!」  
ようやく視界が戻ってきた。私の上で喜色満面の笑みを浮かべている男のローブの腹部には、  
私がでたらめに斬りかかった際に付いたと思われる傷口からの出血の跡が残っていたが、男はまったく意に介していなかった。  
背筋を冷たいものが走り、鳥肌が立つのを感じる。  
手に入れたソウルを火防女に渡し、望むままに体を変貌させていく私たちは、姿形はともかく、本質的にはほとんどデーモンと同じである。  
そしてデーモンと同等の力を持つようになった私たちは、普通の人間なら致命的となる攻撃を受けても、死に瀕するということはない。  
私の負傷の具合だと、一般人ならもう死んでいる。この男の場合だって、一般人なら平然としていられるわけがないのだ。  
私たちはデーモンである。この男の狂ったような所行を目の当たりにして、そのことを強く意識した。  
しかし、今は違う。私は瀕死で抗う力も持たず、男は依然として私を破壊し尽くそうと、その狂気をもって力を振るう。  
体ががたがたと震えだした。私はこの男に怯えている。デーモンよりもデーモンらしいこの男に、恐怖を感じている。  
「震えてるよ、お嬢さん。怖いのかい、この俺が?」  
触媒を握った左腕を男が掲げ、一息に私の胸部奥深くまで突き刺した。  
痛みはなかった。しかし、強烈な異物感が胸を満たし、息ができなくなる。  
男はすぐに腕を胸から抜いたが、しかし出血するということはなく、頭が真っ白になって、奇妙な虚無感が募っていく。  
抜き出された男の左腕には、絡みつくように私のソウルが渦を巻いていた。  
「き、さま……! なに、を……アァッ!」  
言い終わらないうちに、男の左手が再び私の胸を貫いた。  
虚無感は更に募り、思考が徐々にまとまらなくなっていく。いったい、この男はなにを?  
何度も何度も抜き差しが繰り返され、もはや口答えすらできなくなったころ、男はつぶやくように独りごちた。  
「吸魂」  
されるがままに横たわるしかできなくなっていた私が目線を移すと、男は変わらぬ喜色の笑みで、作業を続けていた。  
「お嬢さんは疑うだろうがね、私はもう何度もボーレタリアを救っているのだよ。  
 何度も何度もあのなりそこないを真っ二つにして、そのたびに別の世界のボーレタリアで目を覚ますんだ。  
 その過程で、私は火防女のデモンズソウルを手に入れた。あの魔女に協力してもらって、火防女ほどではないが、ソウルを操るようになった」  
男はようやく、吸魂をやめた。その額には玉のような汗が浮かんでいるが、その顔は充実感に満ちている。  
私はというと、体中の力がすべて抜け落ちてしまったようで、ずんと沈んだような喪失感に体を支配されていた。  
「さすがに、あの娘ほど自在に操ることはできない。しかし、逆のことはできるのではないかと気づいた」  
男はそういうと、だめ押しとばかりに力強く胸に左手を挿入した。  
 
不意打ちのように差し込まれた手は、先ほどとは違い、中で蠢くように蠕動している。  
気持ち悪かった。中で、なにかが行われている。奪われるだけではおさまらない、おぞましい「なにか」が……。  
少しだけ、あの感覚に似ていた。火防女にソウルを渡して、力を得ているときの、あの感覚。  
体中でソウルがはじけて、血肉と成っていくあの感覚。  
しかし、この男の行う謎の行為には、虚無感と喪失感、そして異物感と嫌悪感が伴う。  
私は力なく喘いだ。男は行為に集中しているようだが、私の喘ぎに反応しては、唇を歪ませることを忘れない。  
しばらくして、ようやく男の手が離れた。  
やり遂げたとばかりにやれやれと息を吐きながら私の体の上から退いた男は、ローブの端で額の汗を拭いながら、こわばった体を伸ばしている。  
ふと気づいた。仰向けになった私の視界に映る男の姿が、先ほどよりも大きく見えたのである。  
初めは目の錯覚かと思った。しかし、異常はさらに重大なところに起こっていた。  
服が、ぶかぶかだった。私のサイズにあつらえられたはずの服と鎧が、まるで重石のように体を覆っている。  
袖口から、手の先が見えない。同じく、足先も見えない。胸当てのサイズが、まるで合っていない。脇腹がスカスカだ!  
動転して体を起こした。「いったいなにをした……」そうつぶやいて、自分の声がまるで少女のように幼いことに気づいた。  
汗を拭い終わった男が、こちらを見下ろしながらニヤニヤ笑いで言い放つ。  
「お嬢さん、いや、お嬢ちゃん。私は根っからの稚女狂いでね。今のあんたくらい子供で、それも上玉のべっぴんじゃないと、まるで股ぐらが勃たないんだ」  
子供……私はようやく理解した。男は、ソウルを使って血肉と技術を与える火防女と、まったく逆のことをやってのけたのだ。  
つまりは、ソウルを奪って、私を小さく整形しなおし、姿形を子供の頃に戻してしまったのだ。おそらくは、その後ろ暗い欲望のために……。  
男の不穏な空気を悟った私は立ち上がって逃げようとしたが、余った服の裾が足に絡まってすぐに転んでしまい、男に頭をわしづかみにされた。  
男の指の間から見える視界には、服の上からでも分かるくらい股間が隆起しているのが見えている。  
男が胸当てを乱暴に引きはがし、上着をはぎ取り、下着もその怪力によって破かれた。  
羞恥心に顔が熱くなるのを感じる。裸なんて、親と従者以外に見られたことがない。家柄ゆえに、純潔だって守り通している。  
――それが、今ここで、無残にも散らされようとしている。  
泣き叫んで助けを呼んだが、道場を開始する前に処理した骸骨戦士以外のなにものも周りにはなく、悲鳴が嵐にかき消されるだけであった。  
「ボーレタリアにはむさ苦しい戦士しかいない。子供なんかいやしないし、いたとしてもソウルを奪われて亡者に成り果てている。  
 なあ、ずいぶんと溜まっているんだ。今の私は。せいぜい楽しませてくれたまえよ」  
 
男は乱暴だった。狂ったように腰を動かし、私の中を縦横無尽に暴れ回った。  
股間から生えている根は鋼鉄のように固く、猛々しく、刺激を求めて抜き差しを繰り返す。  
痛い痛いと私が泣き叫ぶと、男はよだれを垂らしながら私の顔を舐め、さも嬉しそうに唇をむさぼってくる。  
ふくらみの無くなった私の乳房を吸われ、不覚にも声を漏らしてしまうと、男は気持ちいいのかい?、となおも愛撫を続ける。  
動作は乱暴だが、男の指は、楽器の調律をする音楽家のように正確で、私が反応してしまう場所を探り出しては、ねちっこくそこを攻め続ける。  
きっと、この男はとても上手いのであろう。心で拒絶していても、突き上げてくる快楽に抗うことができない。  
それが情けないことであって、まさしく醜態そのものであることは分かっていても、強大な男の力を目の当たりにした私は、  
諦観と恐怖に体を満たされてしまっており、この快楽を受け入れるしかないと、すぐに納得してしまうのである。  
「あっ、んっ、はぁっ、だめぇ」  
いつしか私は痛みを感じなくなっており、男の腰の動きに合わせて淫らな声をあげる、いやらしい人間の女になっていた。  
いや、人間の、女の子供だろうか。どっちだろうとどうでもいい。この快楽は、男が私に飽きるまで続くのだ。  
頭が真っ白になっていく。今回で何度目かの絶頂を、迎えそうになっている。  
あの快楽の最高峰をちょっと思い浮かべただけでも、下腹部がじんじんと熱くなるのが分かる。  
もっと。もっと欲しいの。もっとちょうだい。  
「おいおい、自分から腰を振ってるじゃないか。とんだ淫らな娘っ子だな」  
男の羞恥をあおり立てる言葉が、私の快感を更に刺激する。男に抱きついて、足を絡めた。こうすると、もっと動くことができる。  
「まったく、神様ってのは最高だ。ソウルの業は、私のこんな汚い欲望をも満たしてくれる。  
 最高だぜ、神様ァ! 古い獣様よ! 愛してるぜ!」  
私の中で、なにか熱い液体がほとばしった。びくん、びくん、と振動する男根が引き金となって、  
下腹部から頭、つま先に至るまで、この世のどんな娯楽も及ばない、最高級の快楽が突き抜ける。  
「こども、できちゃう……」  
いや、できないのだろうか? この頃の私に生理などあっただろうか?  
そんなことも、どうでもいい。私は男に魅了されていた。力を失った私が生きるには、この男の力が必要なのだ。  
暴力への恐怖の隣り合わせの感情は、その力へのあこがれだ。私は、この男が欲しい。憧れている。  
妊娠したっていい。それよりも、もっともっと私を犯してほしい。もっと、気持ちよくなりたい。  
力なく男の胸にもたれかかると、男は私の首に、冷たいなにかを巻き、カチリと錠が落とされた。  
私の首には、犬に巻くような首輪がつけられていた。  
「ラトリアからくすねた物だよ。お前は、今日から私の肉便器だ。私のことはご主人様と呼べ」  
本望だった。  
「はい、ごしゅじんさま……」  
チラリと、故郷の両親の顔が思い浮かんだ。少しだけ寂しい気がしたが、すぐにそれはかき消えた。  
 
 

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