「オストラヴァったら!  
 危険なことがわかってるのに、どうしていっつも一人で行動しようとするの!?」  
「す、すまない。  
 いつも君の手を煩わせてしまって…」  
一刻も早く父上と直接話がしたくて塔の騎士の要石からボーレタリアに入った僕を待っていたのは、騎士達の攻撃だった。  
以前は僕を守ってくれた騎士達は、ソウルを求めて僕に武器を向けてくる。  
窮地に立たされた僕を助けてくれたのは、またしても君だった。  
 
 
『デーモンを殺す者…?君が?』  
初めて聞いた時には驚いたものだ。  
何しろデーモンを殺す者は、まだ幼さの少し残る女性だったからだ。  
年齢は、僕より少し下かもしれない。  
そんな彼女が次々とデーモンを倒しているのだから、驚きもひとしおだった。  
そして、いつもぼくを助けてくれるものだから、男である自分が少し情けなくなる。  
 
「私はデーモンを倒してから神殿に帰るから、オストラヴァは先に神殿に帰ってて。  
 まだ赤目先生がいる可能性もあるし、黒ファントムも入ってくるかもしれないから。  
 いーい?」  
下から覗き込まれ、威圧感に押されてつい頷いてしまった。  
「すみません…いつも君にばかり辛い思いをさせて…  
 何度も助けてもらって…。」  
「いーの、気にしないで。  
 オストラヴァを守れなかったら私、自分を許せないから…」  
最後の方は僕に背中を向けてボソボソと喋るものだから、少し聞き取り辛い。  
「君は…ボーレタリアとは直接の関係は無いのに…  
 どうしてそこまでしてくれるんですか?」  
素直に疑問を口にすると彼女の顔は真っ赤になった。  
風邪でも引いているのだろうか?  
「〜〜!鈍感!早く神殿に戻って!」  
逆鱗に触れてしまったらしい。  
これ以上怒らせては危険なので、脱兎のごとく要石に向かう。  
足を進めながらも、神に彼女を守るよう祈るのは忘れない。  
神殿で、帰りをお待ちしています。  
 
ボーレタリアの要石から戻ってきた彼女を出迎える。  
やはり今回は手強かったらしく、あちこちに傷がある。  
何も出来ない自分が酷くもどかしい。  
 
「君のために、何か僕に出来ることはありますか?」  
とっさに口から出た言葉だった。  
「もう渡せる物は無いので、僕自身が動くことしか出来ないのですが…。  
 マッサージとか、膝枕とか…。  
 子守歌や、伝説をお聞かせすることも出来ますよ。  
 色々な国に行ったので、ストックはかなりあります。」  
僕が話している最中、口を開けて呆けていた彼女が突然笑い始める。  
仕舞には腹を抱えこんで笑うまでに至ってしまった。  
「あ、あの…僕、何か変なこと言ったでしょうか?」  
不安に感じて彼女に話し掛けると、ひーひー言いながらも理由を説明してくれた。  
「だ、だって…マッサージならともかく、膝枕って…  
 仮にも王子様なんだから、そんな事するなんて普通自分から言わないでしょ。  
 あー、おかしい。」  
彼女の為にと思い、僕はとんでもないことを口走ってしまったらしい。  
しかし、彼女もなかなかに凄い事を言った。  
膝枕は駄目なのに、マッサージは良いらしい。  
普通の女性なら逆じゃないだろうか…。  
 
笑い続けていた彼女がようやく落ち着くと、僕の目をじっと見つめて口を開いた。  
「じゃあさ、デートして?」  
「デ、デート…ですか?」  
「そ、デート。  
 全部終わったら、私とデートしてよ。」  
 
突拍子もない彼女の言葉にたじろいでしまう。  
でも今のボーレタリアには何も無いし、一体どこで…。  
そんなことより、女性経験の無い僕がちゃんと彼女を満足させてあげられるんだろうか…。  
本番の前に一度練習に…で、でも、肝心な練習相手がいない…。  
ど、どうしよう…こんなことなら家庭教師にちゃんと教わっておくんだった…。  
妃を迎える前でいいと先延ばしにしていたのが仇になるなんて…。  
いや、むしろメタスに聞いておくべきだったか。  
彼は女性経験豊富だったから…。  
もうこの際ビヨールで練習を…!  
 
「――ト――ヴァ?オストラヴァ!」  
「は、はいっ!?」  
「あ、やっと帰って来てくれた。  
 随分長い時間自分の世界に閉じこもってたみたいだけど、大丈夫?  
 …やっぱり…私とデートはイヤ…?」  
「ち、違うんです!そんなことありません!」  
瞳を潤ませる彼女を見て酷く焦る。  
普段が気丈に振る舞っているからこそ、こんな表情をされるとどうしたらいいのかわからない。  
何より女性を泣かせるなんて、紳士としてあるまじき行為。  
「その…デートなんて久方ぶりなので、どこに行こうか考えてしまったんです。  
 何しろボーレタリアはあんな状態ですし、オペラ座もダンスホールも今はありませんから…。」  
「そうだったの?そんなこと、気にしなくていいんだよ。  
 2人で出掛けて、一緒にご飯食べるくらいでいいの。」  
「…え」  
それだけ…ですか?  
急回転をしていた頭は、ほんの一瞬で正常に戻された。  
そ、そうですよね。  
女性からそんなこと、誘ってきませんよね。  
彼女の前で恥をかかずに済みそうなことに内心ほっとした。  
「まぁ…本当は理想のデート、あるんだけどね?」  
その後、彼女から理想のデートとやらを延々と聞かされ続けた。  
サンセットビーチがどーのこーの、ディナーは100万ソウルの夜景がどーのこーの、  
宿はロイヤルスイートがあーだこーだ…。  
やっぱり、メタスに女心について聞いておくべきでした…。  
それにしても…彼女、さり気なく宿の話題出しましたよね?  
やっぱり…その…  
いえ、考えないようにしましょう。  
 
デート理想論を聞かされてから暫くして、彼女は突然ソウル体になって帰ってきた。  
ここ最近は肉体でいることが当たり前になっていたので、正直驚いた。  
一時的なものだろうと思い様子を見ていたが、なかなか肉体を取り戻せないらしい。  
恐ろしいデーモンに苦戦しているのだろうか…。  
それとも、デーモンに辿り着くことすら出来ない程厳しいステージがあるのだろうか…。  
心なしか、顔色もあまり良くないように見える。  
何か力になれることはないかと、僕は彼女に声をかけた。  
 
「最近、顔色があまり優れませんね。  
 どこか具合が悪いんですか?」  
「あ…オストラヴァ…。  
 ちょっとデーモン討伐に行き詰まっちゃって…。」  
彼女らしくもない。  
言葉を濁し、いつもの明るさはなりを潜めている。  
一体どこのデーモンに苦戦しているのかと問えば、ラトリアのデーモンの長らしい。  
黄衣の老人が平行世界から黒ファントムを連れて来るのだが、これが滅法強いと言う。  
何度も挑戦したが、未だに勝つことが出来ないそうだ。  
「黒ファントム…ですか…。  
 一度ラトリアから離れてみてはいかがですか?  
 煮詰まった状態では、上手くいくものもそうはいきません。  
 リフレッシュ…という言い方には語弊があると思いますが、気分を変えてみてはどうでしょう。  
 君には平行世界の戦士を呼ぶ力があると聞きますし、彼らを呼ぶのも一つの手かもしれません。」  
少しでも彼女の力になりたいと発した僕の言葉に少し間を空けて、彼女はようやく小さく笑った。  
「…そうだね、デーモンがいるのはラトリアだけじゃないもの。  
 私、少しムキになってたみたい。  
 助言ありがとう。」  
ようやくいつものように笑顔を見せる彼女に一安心する。  
やっぱり、君は笑っている方がいい。  
僕の言葉が彼女に他の道を示すことができたのは嬉しいことだ。  
 
同時に、相反する感情が芽生えてくる。  
平行世界の戦士なんて、呼んで欲しくない。  
そいつが男で、君のことを攫っていってしまったらと考えると…。  
 
「オ、オストラヴァ!?」  
気付けば彼女を腕の中に閉じ込めていた。  
僕の腕の中にいる彼女は、いつもより更に小さく、細く感じる。  
この体のどこにデーモンを倒す力が隠されているのか。  
薄い肩では、武器を振り回すことすら厳しいのではないかと思う。  
「本当は、僕が一緒に戦いたい。  
 でも、力の無い僕には君の足手まといになることしか出来ない。  
 すみません、女性の君ばかり戦わせてしまって。」  
最後にキツく抱き締めてから解放すると、予想通り僕のフォローに入ってきた。  
君は本当に優しい。  
世界を窮地に立たせ、君を苦しめる原因となった男の子供にすら冷たく接しない。  
 
一度頭を冷やしてからラトリアに再挑戦すると言って、彼女は嵐の祭祀場へと向かった。  
彼女を見送った後、僕もボーレタリアに向かう。  
僕は、僕のやり方で彼女を守る。  
父上を説得して、古き獣をもう一度封印してもらおう。  
世界からソウルの業が無くなれば、彼女を苦しめるデーモン達もいなくなる。  
これが、今の僕が彼女のために出来る最善策だろう。  
 
 
君に気持ちを伝えるのは、世界が平和になってからで良いだろう。  
約束もあるし、二人でいる時間もきっと沢山ある。  
ボーレタリアの復興をする僕を隣で支えて欲しいと伝えたら、君はどんな表情を見せてくれるだろうか。  
恐らく遠くはないであろう未来に思いを馳せる。  
そのためには、やらなければならない事がある。  
聡明な父上なら、きっとわかって下さる筈だ。  
小さな体で彼女が討伐したつらぬきの騎士…メタスの要石からボーレタリアに入った。  
 

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