「あんた随分魔力強いんだな。俺、魔法とか全然使えないから尊敬するよ」  
そう言ったのは私の隣を巨大な剣を肩に担いで歩く男だ。  
体は青くほの光り、彼が様々な世界を渡り歩くソウル体…  
ファントムであることを物語っている。  
「そう…かな…。他の人と比較したことないから、良くわからないけど…」  
 
今私たちがいるのはかつては女王が治め、栄華を極めた塔のラトリアだ。  
尤も、黄衣の老人の裏切りにより女王は命を落とし、  
現在のラトリアはタコのような看守や、恐ろしいガーゴイルが我が物顔でうろついている。  
かつての女王の似姿のをしたデーモンを倒した私は、さらなるデーモンを倒そうとやってきた。  
だが、この凶悪な雰囲気…とてもじゃないが単独行動に耐えられるものじゃない。  
途方に暮れた私が見つけたのは、青く光る文字だった。  
神に救いを求めるかのように青文字に触れた私の元にやってきたのが、巨大な剣を担いだ男だった。  
『あんたが今回のマスター?デーモン倒すまでちゃんと守るから、よろしくな』  
人好きのする男の笑顔は、恐怖に怯える私を安心させてくれた。  
 
「私より、あなたの方が凄いと思う。  
 そんな巨大な剣、私にはとても振り回せないもの」  
「これ?これはやっぱ男女の差じゃない?  
 むしろあんたみたいな細い女がこんなもん振り回してたら怖いって」  
まあ、いないことも無かったけどな。  
そう言うと男は子供のように笑った。  
 
道を塞ぐ敵を倒していく私達が異変に気付いたのは、ほぼ同時だろう。  
「…お客さんだな」  
「うん…」  
今まで私達が歩いて来た道から強力なソウルが近付いてきるのを感じる。  
道中の敵は全て倒してきたから、この強力なソウルは…  
「黒ファントム…」  
生きた戦士のソウルを奪う者。  
「気を付けてくれよ。  
 ここに来る奴は足場を利用して落下死を狙ってくる奴が多い。  
 それ用の武器や魔法を持って来る。」  
男が注意を促している間にも、強力なソウルはどんどん近付いてくる。  
遂に私達の前にトゲのある剣を構えた黒ファントムが現れた。  
「俺が奴を引きつけるから、あんたは援護を頼む」  
言うや否や、男は黒ファントムに向かって走り出した。  
トゲのある剣をローリングで交わし、カウンターを浴びせる。  
重い一撃に耐えきれない黒ファントムは後ろに吹き飛ばされた。  
立ち上がろうとする黒ファントムに私は火線を詠唱する。  
威力的には賢者に教えて貰ったソウルの光の方が上だろうが、今回は怯ませることが目的だ。  
狙いどおり、灼熱の炎に苦しむ黒ファントムの背後を男が取り、その巨大な剣を突き刺した。  
力無く崩れ、消えて行く黒ファントムを恐怖と高揚した気持ちで見詰める私の肩に何かが乗る。  
見れば、私を守ってくれた男の手だった。  
「お疲れさん。無事で何よりだよ」  
「あなたがいなかったら、きっとやられてたと思う。  
 ありがとう」  
感謝の気持ちを伝えると、男ははにかんだように笑った。  
「よせって。  
 あんたの援護が無かったらキツかったんだからさ。  
 俺たちいいパートナーじゃない?」  
冗談めかして言う男に自然と笑顔になった。  
 
その後は謎の籠に閉じ込められたウサギを助けたり(男からは何故か気を付けるように言われた)、  
酸を吐く人面虫の沼を迷いながらも抜けることができた。  
途中、酸に服が溶かされ目のやり場に困る男に後ろを向いて貰ってスペアに着替えるアクシデントもあったが。  
そういえば、エドとボールドウィンはどうやって服を直しているのだろう。  
刀鍛冶は裁縫も実は得意なのだろうか…  
 
とりとめないことを考えていると、大きな石階段の前までやってきた。  
男によると、途中黒タコのいるこの階段を抜ければ第二の囚人達の塔まで辿り着くらしい。  
黒タコの麻痺魔法すら華麗に避け、後ろを取る男には驚かされた。  
こんなにも強い男が、もしも黒ファントムとして侵入してきたら…。  
縁起でもないことを考えてしまう。  
今日は助け合う仲間でも、明日は命を奪い合うかもしれない。  
それがソウルの業…  
一刻も早く、負の連鎖を止めないといけない。  
強く、意識しなおした。  
 
 
「この霧の先がデーモンだ」  
ラトリアの中央に位置する巨大な肉塊を落とし、いよいよデーモンの前までやってきた。  
男と共闘出来るのもあと少し。  
恐ろしくて堪らないラトリアなのに、何故かもっと続いて欲しいと感じるこの旅。  
理由が見当も付かないほど、子供であるとは思わない。  
 
「ところでさ」  
重い沈黙を破るかのように、男が言葉を発した。  
「あんた、どこのデーモンまだ倒してないんだ?」  
実に非常に唐突である。  
そんなことを聞いて一体何の得があるのか疑問に思いつつも答える。  
あまりデーモンを倒せていない自分が少し情けない。  
「そっか、今度はそのエリアにサイン出すかな」  
読めない男の言葉に疑問符ばかりが頭の中を駆け巡る。  
「そこに行けばあんたにまた会えるかもしれないんだろ?  
 だったら行くしかないよな」  
現れた時のような笑顔を見せる彼に心臓が跳ねる。  
「今度会った時には名前を教えてくれよ。  
 俺達は、必ずまた出逢う」  
男に背中を押され、デーモンの待つ霧の中へと入った。  
 
これまで戦ってきたデーモンと違い、2体のデーモンを相手にするのは至難の技だ。  
加えて極めて足場が悪い。  
囮を買って出てくれた男が居なければ、私は間違いなく死んでいただろう。  
膨大なソウルを放出しながら消えていくデーモンの向こうで、彼は笑いながら手を振っていた。  
「ありがとう」  
こぼれた私の言葉は、彼に届いただろうか。  
 
マンイーターを討伐した後は男と逢うこともなく、獣になりそこなったオーラントを倒した。  
霧に包まれ、疲弊した世界から解放されるとばかり思っていた私は、  
更にデーモンが凶悪になった世界に再び呼ばれることとなる。  
どうやらもう暫く帰ることは出来ないらしい。  
 
 
 
 
そして今、私は汚れた沼を見渡す崖の上にいる。  
腐敗物が流れ着き、沼に浸かればたちまち毒に犯される腐れ谷。  
暗く、恐ろしかった場所も一人で旅が出来る程には強くなったと思う。  
未だに黒ファントムは怖いけれど。  
目指すデーモンの方角を見詰める私の前に、青く光る体を持つ仲間が現れた。  
 
 
 
「会いたかった。  
 約束通り、あんたの名前を教えてくれよ」  
私を守ってくれた剣を肩に乗せ、微笑みながら男は言った。  
彼がいてくれるなら、きっと巨大腐敗人を同時に十体だって相手にできる。  
涙腺が緩み、頼りになる男がぼやける中で私は口を開いた。  
 
「私の名前は――」  
 
 

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