「なんで…」
ユーリアは、蹴り飛ばされた腹を押さえながら、絶望に満ちた声でうめくように呟いた。
「デーモンを殺す人」…火防女は彼をそう呼ぶ。その名の通り、デーモンを殺すために霧に閉ざされたボーレタリアに踏み込み、楔の神殿に魂を縛られる事により事実上の不死となった者。
全てのデーモンを葬り、英雄となりうる可能性を持つ者。本人は、英雄なんて大層なもんは目指していない、俺は探求心の強いただの放浪者だ…そう言っていたが。
そして…私を王城の塔から、絶望の毎日から助けてくれた人。魔女と忌み嫌われてきた自分に、優しく接してくれる数少ない人。自分の、魔女の魔法を必要としてくれる人。
…正直に言うと、自分は彼に惹かれていた。ただ、魔女という忌み嫌われてきた自分の存在や、あの塔でされた事を考えると、想いを伝えても拒絶されるのではないか、そう考えてしまい踏み出す事が出来なかった。
しかし想いは強くなる一方で、これ以上抑えられなくなっていた。だから、決めていた。あの人が次にデーモンを殺したら…その時に、伝える事に。
例え拒絶されたとしても、このままでいる事には耐えられそうにも無かった。まあ、またウルベイン達(そういえば最近見ない)から何か言われそうだが、
フレーキ様(やはり最近見かけない)の言葉ではないが、そもそも彼らの陰口など最初から気にもしていない。
ある日、神殿に帰って来た彼はまっすぐに自分の所に来た。そこまでは別に珍しい事でも無い。
拾ってきた妙な道具や武器を見せてくれたりなどしょっちゅうだし、大量のメイル・ブレイカーや三日月草を押し付けられたりして困った事もある。白くべたつく何かを渡された時は反応に困ったが。
「ユーリア、お前に大事な用があるんだ。ちょっと上まで来てくれ」
そう言って私の手を取った彼の表情は、滅多に見ない穏やかで優しいものだった。当然、私の胸は高まった。
「あ…ああ。わかった」
自分でもわかるぐらいに汗ばんだ手で、私の手を握る彼の手を引っ張り、立ち上がる。そのまま彼に手を引かれて、神殿の最上部の部屋まで登った。
「ここなら…誰も来ないな。音を出しても聞こえないし。」
「!」
その言葉を聞いて、自分の顔が赤くなっていくのがわかった。彼は優しい声で続ける
「…ユーリア」
「は…はいぃ!」
…妙な返事をしてしまった。私らしくもない。
「い、一体どうしたのだ、こんな所に連れて来て。用事があると言っていたが…」
この時、私は天にも登るような気持ちだった。…次の瞬間で地獄に叩き落とされるまでは。
「死んでくれ」
そう言ったあの人の手には剣が握られていた。
「え…」
何を言われているのかわからなかった。次の瞬間、右肩に激痛が走った。妖刀「誠」。その刃に斬られた者は肉や神経や筋をズタズタに引き裂かれて骨を削り取られて、想像を絶する苦痛に見舞われ、その傷が元通りになる事は二度と無いと言う、呪われた刀。
彼はそれを、何の躊躇もなく私に対して振った。 「誠」から与えられたあまりの激痛に前のめりになった私の腹を、彼は穏やかな表情のまま、思いきり蹴り飛ばした。その勢いで背後の壁に叩きつけられ、一瞬意識が遠のいた。
再び頭がはっきりとしてきた時に、腹部の痛みがより鮮明になり、思わず左腕で抱えるように押さえた。先ほど斬られた右肩はそうとう酷いらしく、
右腕は全く動かず、もはや痛みすら感じない。流れた血のせいか、右の胸から腹部が生暖かい。股間が熱いのは蹴られた衝撃で小水を漏らしたのだろう。だが、今の私にそれを恥じている余裕は無かった。
「なんで…」
やめて…あなたはそんな事をするような人では無いはずだ…どうして…私はあなたが…酷い…
様々な言葉がユーリアの頭の中に渦巻き、けれども出て来たのは、そのたった一言だけだった。
「なんでって言われてもなぁ…仇の指輪欲しいんだよ」
男は困った、といった様子でさらりと言った。
「ゆび…わ…?」
「そ。お前殺したら金色仮面から貰えるの。」
それを聞いたユーリアはますます絶望したような表情になった。それもそうだろう、自分の想い人から、自分の命が指輪以下と言われたような物である。
「あ、そうそう、お前の想いは知ってるよ」
面倒そうに言う男の言葉に、ユーリアはますます混乱した
「ならば…なぜ…」
「次の周までに出来るだけ道具は揃えたいんだよ」
当然のように言う男の言葉は、ユーリアにとって全く意味がわからかった。
「次…周…?」
男はああ、と言い、ユーリアがわかりやすいように説明する。
「ほら、ここは異世界と繋がっているだろ?例えこの世界の獣を眠らせた所で、もっとデーモンの力が強い異世界に飛ぶの。まあ、別にわざわざ飛ばなくてもいいんだけど、色々集めてみたいなーって思ってな。もう一周くらいしようと思って。
大丈夫、次の周では大事にするから。まあ次で終わらせるつもりだから、ユーリアは嫁にでもするよ」
男の言う事をある程度理解した、いや理解してしまったユーリアは、今度こそ本当に絶望した。
「そんな…ならば今の私は…何の…助けられて…必要って…」
うわ言のようにブツブツと呟くユーリアに、男は再び「誠」を構えた
「んなわけで、さっさと次の周進みたいから。じゃあな」
次の瞬間、ユーリアの胸を呪われた刀が貫いた。ユーリアは急激に意識が意識が遠のいていく中で、自分が想った男が呟く言葉を聞いた。
「最後に火防女を殺して一周目終了か…」
「次の周はオストラヴァとオッサン生かしたいなぁ。」
「そういえば、ユーリアもいいけど…セレンも美人だよなぁ…」