「困ったなぁ……」  
 私は崖からぶらさがったままぼやいた。  
 ビトーが死に際に私を放り投げ、その拍子に岩の裂け目に柄の先が引っ掛かってしまったのだ。  
 かれこれ数日に渡って、その憎たらしい主の死体を眺めながらぶらさがっている。  
 はやく適当な持ち主に拾われて、異端のごみどもをずたずたにしてやりたい。  
 そのためにも下に落ちたいけれど、風もないし、望みは薄そうだった。  
「ん?」  
 なにかの気配を感じ、視線をそちらへ向けた。  
 ぐちゅり、ぐちゅりと粘着質な音をたてながら、いやに巨大なナメクジが近づいてきている。  
「ひぃ……」  
 私は剣先から血の気が引いて行くのを感じた。  
 当然、身動きなんてとれない。  
 ただそのナメクジが素通りしてくれるのを願うだけだ。  
「早くどこかへいって……!」  
 
 どれだけそうしていただろうか。  
 状況は、私の願いとまるで逆の方向へ進もうとしていた。  
 今やナメクジは目と鼻の先、いや、鍔と柄の先まで迫っている。  
 そして次の瞬間、私は思わず悲鳴を上げた。  
「や、やだ……!」  
 なんと、ナメクジが私の柄に乗りかかってきたのだ。  
 ヌルヌルした粘液の感触に、思わず刃振るいした。  
「いや! いやー!」  
 必死で叫ぶが、辺りには誰もいない。  
 その間にも、ナメクジはどんどん私の刀身を這い登ってきている。  
「あ……やぁ……」  
 自慢の蒼い刃が、ナメクジに蹂躙されて行く。  
 それだけでも私は泣きたくなったが、別の異変に気がつき、余計に惨めになった。  
「うそ……うそよ……!」  
 ナメクジの腹側の律動が、だんだんと心地よく感じられてきてしまったのだ。  
「んあぁ……」  
 自分でも驚くほど甘い声が漏れ、私は自己嫌悪に陥った。  
 尚もナメクジの動きは止まらず、与えられる刺激も変わらない。  
「あ……ああ……」  
 なすがままにされ、声も抑えきることが出来ない。  
 私はそれでも、心までは侵させまいと気をしっかり持とうとする。  
「そ、そうだ……っくぁ……下に落ちれるかも……」  
 そう思い、視線を移動させ――  
「う……そ……」  
 絶句するしかなかった。  
 気付かない内に、私めがけて無数のナメクジが崖を這い登ってきている。  
「いやああああっ!」  
 それでどうなるものでもないと分かっていても、恐怖と絶望に悲鳴をあげてしまった。  
 聖遺物として崇め奉られてきた私が、こんな場所で、こんな下等生物の玩具にされるなんて。  
「くるな……くるなぁっ!」  
 無意味と分かっていても、私は唯一残された方法で、精一杯の抵抗を続ける。  
 しかし心の片隅はどこか冷静で、与えられる快楽に素直になってしまえばいいと、囁き始めていた……。  
 

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