Souls of the mind...  
 
夢現に、不思議な声が聞こえる。どこか懐かしいような、初めて聞くような。  
目の前が明る過ぎて何も見えない。目を開けているのか閉じているのかもよくわからない。  
体が痺れて怠るい。自分の体では無いような感覚すらする。  
「ぁ……」  
(わ……たし……は……)  
喉が掠れて声が出ない。息をするのさえ苦しかった。  
力の入らない体を、無理矢理起こそうとして崩れ落ちる。  
一気にかかったフリューテッドアーマーの重みに、体が悲鳴を上げた。  
 
「オストラヴァ……」  
そっと、壊れ物でも扱うように、誰かの手に抱き起こされる。  
微かに戻る視界に入ったのは、グルームヘルム。  
そう、さっき、霊廟の鍵を託した……。  
(……っっ!!)  
呼びかけようとする声は喘ぎにしかならずに、呼吸が乱れて酷く咳き込む。  
「落ち着いて。何も言わなくていい。大丈夫だよ」  
若い男の声。  
体を抱きしめる手は優しく、初めて聞くはずのその声は、どこか懐かしい。  
「もう、全部終わったんだ。世界は、色の無い濃霧から救われた」  
混乱する。言葉の意味が、理解できない。  
それはつまり父が死んだということで、そして……そして自分も確かに死んだはずなのだ。  
「数多のデーモンを殺してソウルを喰らった、あ……俺は、要人になった」  
(要の……人……?)  
「そして、あんたを蘇らせたんだ。オストラヴァ」  
理解……できない。  
 
それから長い時間、デーモンを殺す者の話をどこか違う世界の話でも聞くような心地で聞いていた。  
オーラントの姿をしたデーモンは倒され、濃霧の元凶たる古い獣はまどろみに導かれた。  
楔の神殿でずっと火を守り続けていた娘が、獣とともにまどろみに沈んだのだという。  
神殿に囚われた、または神殿に逃げ込んでいた人々は、あるいは開放され、あるいは人の住む地に帰っていった。  
 
そして男は要人となり、ただ一人、神殿に囚われた。  
 
……どうして、そんなことになったのだろう。  
あのとき、オストラヴァは友にこの世界の行く末を託した。  
この強い友人ならば、きっと世界を救い、そして幸せな人生を送ってくれるだろうと  
何の疑いも無く信じていたのだ。それは同時に自分の責務から逃げ出すことでもあった。  
「ごめ……なさい……」  
やっとのことで、声を振り絞る。ようやく出たのは、女の子のような、酷くか細い声。  
「別に謝ることはないよ。あんたにはこれから、厭ってほど償ってもらうつもりだからさ」  
「はい……」  
男の腕の中で、力なく頷く。自分にできることなら、否、自分にできないことでもするつもりだ。  
人ならざる永遠の苦しみを負わせてしまった償いは、どんなことをしてもしきれるものではない。  
たとえデーモンになってでも、この人の苦しみを癒し続けなければならない。  
 
……にしても、だ。先ほどからの、この違和感は何だろう。  
声がおかしいのは、喉が枯れているからだろうか?  
身じろぎした体にも違和感を感じる。ようやく感覚が戻り始めたばかりだからだろうか?  
心身の酷い痛みと気怠さと、そして違和感とに、気を抜けば意識が闇に沈みそうだった。  
しかし、いつまでも男に体を預けているわけにはいかない。  
デーモンを殺す者には及ばなくても、オストラヴァとて鎧を纏って戦えるほどには鍛えている。  
その上フリューテッドで固めた体重を預けられては、いくらデーモンを殺す者でも負担なはずだ。  
 
全身が上げ続ける悲鳴を無視して、体を起こす。  
苛み続ける痛みに我と我が身を抱きしめて、眉を顰める。  
違和感? いや、やっぱりこれは夢なんじゃないだろうか?  
鎧の上からでもわかる、ふっくらとした感触。いくら女性に縁が薄くても、これは間違いようの無い……。  
「な……ななっっ?!」  
恐る恐る、自分の足の間へと手を伸ばす。いくらなんでも、これは夢だろう。否、夢だといってくれ。  
遠くなりそうな意識を必死で繋ぎ止めながら、男を見上げる。  
確かデーモンを殺す者は、あまり大きくは無い自分よりもさらに小柄だったような気がするが、  
要の人になると、体にも変化があったりするんだろうか?  
自分より一回り大きな体格を見上げても、すっかり日は傾いて、  
兜をかぶったままの男の表情など伺うことはできない。  
先ほどまでとは打って変わった別人のように能天気な声で、彼は言った。  
「いやあ、だって俺、オストラヴァが女の子だったらすっげえ好みってずっと思ってたんだもん!」  
今度こそオストラヴァは、意識を手放した。  
 
「確かに、どんなことでもして償うと思いましたよ?」  
だけど、あんまり方向性が明後日じゃないだろうかとオストラヴァは呟く。  
これからどれほどの時間だか二人っきりになるなら、そりゃあ野郎よりは女の子の方が嬉しいだろうさ。  
自分だって男だから、その気持ちは痛いほどわからなくは、ない。  
しかし、本当は男だとわかっていて、気持ち悪くはないんだろうか? そう思わずにはいられない。  
そして、ただでさえ女体に免疫の無いオストラヴァは、自分の体を持て余さずにはいられなかった。  
手洗いを我慢しすぎて失敗し、新米要の人に後始末をされたときには、恥ずかしさに気を失いそうだった。  
兜越しでもわかる冷たい視線を感じながら、明後日をさらに斜め上に裏切る自分が情けなすぎて、  
もうどうしていいかわからない。  
ちなみに、オストラヴァは鎧を脱いでいる。  
ここで鎧を着る必要はなかったし、蘇生直後の体力的にも無理があった。  
否応無しに自分の体が目に入るのは辛かったが、それは男の命令でもあったのだ。  
 
そして、男は相変わらず鎧を着込んでいる。  
世界にまだ危険があるのかどうかは、知らされていない。危険な野生動物が棲息しているのかもしれないし、  
ここからさらに北にいるという巨人たちに関係するのかもしれない。  
男は時々どこかへ行って、しばらくすると帰ってきた。  
要の人というのが、具体的に何をするものかはわからなかったし、どんな力が有るのかもよくわからない。  
こちらからの質問は、禁じられている。  
 
初めは、近寄られるたびに過剰に反応してしまっていた。  
笑顔で迎えなければ、と思いながら、涙目になっているのが自分でわかった。  
けれど、男とは普通に会話を交わすだけで、デーモンとの戦いの中、出会うたびに安らげたあの頃のように、  
いや、向こうからも声が返る分、ずっと楽しい日々が続く。  
国を、世界を背負っていた昔とは違う、ただ平穏な日常を守り、心を許せる友とだけいられる日々、  
いつしか、それがいつまでも続くような気がしていたのだ。  
 
「おかえりなさい。今回は、早かったんですね」  
オストラヴァは、明るい笑顔で男を迎えた。  
たった一人で待つのは辛い。きっと、男も寂しかっただろうと思う。  
要の人は、もう一人いるのだというけれど、「何を考えているかわからない奴」と、  
呟くように言っていたのを覚えている。  
「寒くありませんでしたか? さ、火の近くに……。すぐに温かい飲み物を作りますね」  
季節は巡り、初めての冬を迎えようとしていた。  
古い獣がまどろみに沈み、ただの廃墟のようになった神殿は、人が暮らすには厳しい環境だ。  
男がどこからか、いや、おそらくはボーレタリアの廃墟から持ってきた道具の類で人並み以上の  
生活空間は確保していたけれど、北の果てのこの地で冬を越せるかどうか不安が無いといえば嘘になる。  
男の表情が、このところ冴えないように見えるのも、気のせいではないかもしれない。  
 
以前には、どこか無理を押し隠していた男の体は、いつの間にか健やかなそれになっている。  
鎧を脱いだのもその頃で、危険に備えていたのではなくて、  
傷ついた体を自分に見せないためだったのかもしれないとも思っていた。  
もっとも、未だに男の素顔は見せてもらっていないのだが。  
それが、この関係の不自然さを忘れさせてはくれなくて、  
同時にそれでも一緒にいたいと思う自分の気持ちにも気づいていた。  
 
「こう寒くなると、花も見つからなくて……殺風景ですみません」  
男は存外、少女趣味なものを好んだ。  
少女趣味な少女が好みだったのかもしれないが、恐ろしくて聞いたことは無い。  
けれど、可愛いものや綺麗なものを見るときの男は優しくて、そんな男を見ていると、嬉しくなった。  
自分を女の体にしたのも、単に可愛いものが好きだっただけなんじゃないかとさえ思う。  
揶揄うような言葉はあっても、オストラヴァの体に触れようとしないのは、男だったらもうちょっとなんとか  
有るもんじゃないかと思わなくもなかったが、なんともないのは心底ありがたかったから、あえて触れずにいた。  
「あー、だいじょぶだいじょぶ。だって可愛いオストラヴァが待っててくれるもん」  
ちょっとだけ笑顔が引きつるのが自分でわかる。  
だが、その軽口がどこかいつもと違っていて、どうしようもなく胸が騒いで、だから喜ばせたいと思ってしまったのだ。  
「はい。いざとなったら、私が可愛くなりますから、安心してください」  
軽口に、いつもの調子で返したつもり。けれど、いつものように滑ってしまっただろうか?  
「あの……?」  
 
「ふぅん? それは、今は可愛い顔してないってコト?」  
軽い口調に、本気の冷気が潜んでいて背筋が寒くなる。  
「え? いや、そういうことじゃなくて、えと、そういうことじゃなくてじゃなくて……」  
自分で自分の顔を可愛いというのも、男として素直には口にできずに歯切れが悪くなる。  
そもそも、女になってから、自分の顔をよく見たことなど無い。  
(ここには鏡はないし、大体君だって私が自分の顔を見るのは嫌っていただろう?)  
「じゃあ、少しばかり可愛がらせてもらおうかな?」  
腕を掴まれ、今度こそ笑顔が凍る。力では敵わない。いや、敵っても抵抗などできない。  
そもそも男の時だろうがなんだろうが敵わなかったわけなのだが、  
いや、じゃなくて、だからなにがどうしてこんなことになってるんだ?!  
 
「あの! えっと、君の趣味を評価したわけじゃなくて、  
うん、君が可愛いって思うんなら、可愛いんだよ! 異論はありません!!」  
床に引き倒されながら、必死に思いつく限りの言い訳をする。  
可愛いモノ好きとして、自分の感性を否定された気がしたのかもしれないとか考えてみたのだ。  
「意味がわからん。あんた、自分が何言ってるかわかってんの?」  
冷気が凄みを増しているような気がする。体のラインをなぞる大きな手に、上げそうになる悲鳴を押し殺す。  
「意味がわからないのは私のほうです!」  
叫んでしまって、男の手にこめられた力にうめく。  
それでも、本能的に逃げようとする体を必死に抑えて、唇を噛んだ。  
彼がそれを望むなら拒むことなどできない。  
 
組み敷いた体は小さくて、けれど、耐えられない苦しさに耐えようとする顔はオストラヴァのそれだと思った。  
彼が生きていた頃は、鎧姿でしか出会ったことは無くて、  
フリューテッドヘルムの隙間から覗く青い目だけが記憶に残っている。  
あの時、目の前で力尽きた彼の重苦しい兜を外してやって、  
幼さの残る悲痛な表情に胸を引き裂かれる思いがした。  
しかし、どちらかといえばおっとりとした、はっきり言えば間の抜けた普段の彼の印象は、  
あのころとは似ても似つかぬ少女の姿でも結局あまり変わらなくて、  
人間外見より中身なんだとしみじみ思わされたものだった。  
 
慕う気持ちが無いといえば、嘘になるかもしれない。  
男の体を持つ者として、なんの疼きも感じなかったわけでもない。  
それでも、あんまり倒錯した行為だとは思ったし、なにより彼がそれを望んでいないことぐらいわかっていた。  
すべてが終わるまでぐらい、耐えられると思っていた。  
けれど今、理由にもならない理由、彼にはなんのことかまるでわからないだろう理由で押し付けているのは、  
もうすぐ終わるこの毎日に縋り付きたいという儚い衝動。  
 
首筋に舌が這って、肌が粟立つ。  
こういうときどうすればいいか、やっぱり勉強しておくんだった。うまく受け入れられれば良いのだけれど。  
自分でも現実逃避だな、と、思う。  
頭の中を真っ白にしてしまいたい気持ちと、応えなければという思いの狭間で息が詰まる。  
頭が痛くなるぐらい瞼を閉じて、せめて涙をこらえようと思うのに、それさえ上手くいかない自分が情けない。  
自分で触れることすら未だに慣れない乳房を弄られて嗚咽が漏れる。  
恐怖に耐えようと、彼の名前を呼びたいと思って、教えてさえもらえないことをまた思い出す。  
結局自分は、彼にとって寂しさを紛らわすだけの玩物なのかもしれないと、そんな気がして心が凍った。  
息ができない。陸にいるのに、溺れてしまう……。  
 
案外と鍛えられた、しなやかな腰を撫ぜると少女の体が跳ねる。小ぶりな胸を露わにして、先端に吸い付けば、  
悲鳴とも泣き声ともつかない音が白い喉からこぼれた。秘所に手を添わせて中を掻き回す。  
激しく首を振り、未知の感覚から必死に逃れようとするオストラヴァの頭を掴んで、口中を蹂躙した。  
尖った花芯を摘み上げ、うなじを強く吸い上げる。  
言葉にならない声を上げ、体を激しく痙攣させて、少女の体が堕ちた。  
虚ろな瞳は何も映さず、頬には幾筋もの涙の痕が光る。  
この体のどこをどうすればイイかならよく知ってる。  
「安心しなよ。痛くはないからさ」  
果たしてそれが慰めになるのか、オトコゴコロは知らないが。  
 
彼の声がして、飛ばしかけた意識が戻ってくる。  
言葉の意味が労りではないことはわかっても、声音が少し優しいような気がして、助けてと言いそうになる。  
いつも、たった一人で怖くて死にそうな自分を助けてくれたのは彼だった。  
戦いの日々、彼から一言の返事ももらえたことは無かったけれど、いつでも静かに自分の話を聞いてくれた。  
あのころ、叶うことなら聞かせてほしかった労りの言葉を、今こんな形ででも聞けて嬉しいと思った。  
お礼らしいお礼もできなかった自分が、やっと彼の役に立てるかもしれないんだ。  
そう思って、恐怖にこわばる顔で、笑いかけようとしても、なんだか泣きそうな表情しか作れない。  
怖い、怖くてどうしようもない。竦む体を開かれて、心臓が破裂しそうだ。  
でも、君が一緒にいてくれるなら、きっと大丈夫。耐えられると思う。だから、だから……。  
「おね……が……い……。君の……君の名前を呼ば……せてぇっっ!!」  
 
縋り付こうとする手を押さえつけられ、見下ろす男の表情は見えないけれど、  
それは随分苦しげに感じられて、息を呑む。  
 
「人の名前を聞くんなら、先に言うことが有るんじゃないか? オストラヴァ」  
 
(何……を……?)  
回らない頭で考えても、答えは出ない。  
おずおずと見上げる視線に、男は苦笑を以って応えるしかない。  
 
「結局あんたは俺のことも信じてなかったんだろう? 自分が何者かすら偽って、俺を騙していたんだろう?」  
オストラヴァにはオストラヴァの事情があったんだろうと思う。  
世界を破滅の淵に立たせている男の息子として、彼が嘗めたであろう辛酸も予想はつく。  
でも、裏切られた思いというのが自分の本当の気持ちであることも理解していた。  
挙句の果てに、世界の行く末を託して勝手に死んでしまったことを、恨んでいないといえば嘘になる。  
肝心の、一番大事なときに、自分に助けを求めずに死んでしまったと詰りたい気持ちを止めることができない。  
 
「! ち……が……ぁっ」  
「何が違うんだ? 都合よく人を利用して、最後は全部押し付けて逃げた。  
適当なエサで釣られてくれる相手は、さぞ面白いかったろう?  
自分に必要な間は助けを求めて、必要でなくなったら、それまでなんだよね?」  
「違い……ます……っっ! 私、私……は……ぁあっ、ぁああーーーーーっっ!!」  
 
名前を問われた瞬間に、キレたフリでくるんでいた気持ちが本当にキレてしまった。  
“オストラヴァ”が本当の名前ではないと聞かされたとき、心が闇に堕ちる気がした。  
友と思っていたのは、自分だけだったのだという思いが、打ち消せなかった。  
必死に何かを伝えようとする言葉を、突き上げて強引に掻き消す。  
理由を教えてほしいのに、本当のことを聞くのが怖くて、泣き叫ぶのも構わず強引に貫く。  
何度も、何度も、何度も汚して、意識を飛ばすたびに頬を叩いて引き戻す。  
その破壊衝動がようやく止まるころには、オストラヴァはぐったりと動かなくなっていた。  
 
(寒い……)  
気がついたとき、オストラヴァは自分のベッドに寝かされていた。  
体中が痛くて、力が入らない。下半身には感覚すら無い。  
傷自体は癒されているようだけれど、心身の消耗が激しすぎる。  
「気がついたか? オストラヴァ」  
掛けられた声はあんまり静かで、心が騒ぐ。  
(ああ……そうだ……私……)  
「悪かっ……」  
「ごめんなさいっっ」  
か細いけれど、はっきりとした声。そのまま男に何も言わせまいとするように、必死に言葉を紡ぐ。  
「ごめんなさい。今度は、ちゃんとできるように頑張ります。頑張りますから……許してください」  
「……あんた、何言って……」  
「嫌なんです。こんなふうに、このまま別れたくないんです。だから、もう一度、お願い……しま……」  
 
驚いた風に黙ってしまう男に、自分の予感が正しかったことを知る。  
泣きそうになるのを、無理に笑ってみせる。今泣いたら、きっと心配させてしまうから。  
「だって、今言わなければと、思ったんでしょう?  
ずっと言いたくて言えなかったことを、もう言えなくなってしまうと思ったんでしょう?  
……ありがとう、伝えてくれて。私は、アリオナ。オーラント王の子、アリオナです。  
ごめんなさい、もっと早く言わなければいけなかったのに。  
私は何処でも忌み嫌われる存在だったし、君に迷惑を掛けたくなかったのも本当です。それに……」  
 
「それに……?」  
本当の名前なんてとっくに知っていたし、そんな理由だろうとも思っていた。  
けれど、今、彼の口からそれを聞けたことが、自分でも驚くぐらい、嬉しい。  
「それに、女の子みたいな名前で恥ずかしくて……。オストラヴァのほうがカッコい……っ、はぅっ!!」  
 
脱力した男の頭を鳩尾にくらって、悲鳴を上げる。  
「そんな理由……はは……っっ。くだらない……」  
「そんなに笑わなくっていいでしょう!」  
つぼにはまって笑い続ける男に、今更ながらに恥ずかしくて顔が火照る。  
「それに……、私は、君にオストラヴァって呼ばれるのが好きだったんです。  
目を覚まして、君がいて、そう呼んでくれたのが嬉しかったから……」  
 
「……本当に、いいの?  
辛くないようには頑張るけどさ。その体じゃ流石に気持ちよくまではさせてやれないよ?」  
「はい。初めて君の役に立てそうなんです。だから、大丈夫……」  
口唇に、啄ばむようなキスを落とす。くすぐったげに目を閉じるオストラヴァの額を撫でる。  
「だけど、お願い……。君の名前が呼びたい……」  
そっと、壊れ物を扱うように、横たわる体を抱いて笑う。  
「俺の名前は……」  
耳元に囁きかける。  
オストラヴァが、嬉しそうに微笑った。  
「君の名前も、女の子みたいですね」  
もう一度脱力しそうになって、なんとか腕の下の体を押しつぶさずには済んだ。  
「あんたって、ホント鋭いんだか鈍いんだかわかんない……」  
 
不思議そうに見上げる瞳を、口付けで閉じさせた。  
「あんたはずっと、俺を助けてくれてたんだよ。  
あんたを助けるたびに、自分はまだ人間なんだって、そう思えたんだよ。  
自分もまだ、誰かを助けることができて、……そして、助けてって言ってもいいんだって思えた。  
だから俺は、心が折れたって、友と助け合いながら進むことができた……」  
 
──拡散する世界の戦友たちが差し伸べる手  
    オストラヴァの目の色をした、ソウルサイン──  
 
できるだけ、体に負担がかからないように、今度は気持ちよくなれるようにと  
優しく体に触れる。口付けする。汗ばんだ髪を梳くように頭を撫でると、  
体に回された手に力が篭る。甘い声が聞こえる。うわ言のように名前を呼ばれて、  
耳元でそっと呼び返す。  
体の緊張が解けるのを見計らってゆっくりと進めば、しっとり熱い秘所がさっきよりずっと  
強く感じられた。女のほうが倍イイんだなんてのは、やっぱり嘘かもしれないと思う。  
全てを受け入れられているような感覚が、怖いくらいに気持ちいい。  
我慢できずに奥まで進んで、腕の中で息を呑む気配に少し慌てる。  
 
「大丈夫……です……から……。君と、もっと繋がりたい……」  
そう言って、微笑う。びっしょりと汗をかいて、きっと熱が出ていると思う。  
全身が悲鳴を上げていたけれど、止めてほしくなかった。  
もうこれきり、逢うことができないならせめて、共にいた証がほしい。  
人の身には永遠のような時を経ても褪せない証を、君と私に。  
どうすれば彼が喜んでくれるだろう? 触れる手に、口唇に、息に、応える。  
抱きしめる彼の鼓動が、自分と同じぐらい早くて、同じ気持ちなんだと安心する。  
ふと、彼の心の内に触れたような気がして、嬉しくて涙がこぼれる。  
「泣いて……も、イイんですよ……。私は……ココにいます……。だから、安心して……」  
 
ああ、どうして彼は、そんなことにばかり鋭いんだろう?  
ずっと一緒にいたい。離れたくなくて泣く。ずっと辛くて、やっと泣くことができて、嬉しくて泣く。  
「お願い……一緒に……」  
そう言われて、暖かくて、一つに混じり合う感覚がして、一瞬とも永遠ともつかぬ時。  
オストラヴァに全てを預けて……男はようやく、自分を解放した。  
 
夢現で聞こえる少女の声。初めて聞くのに、懐かしい気がする。  
「きっとさ。あんたのお父さんや、先輩要の人がさ、あんたみたいに“助けて”って言えたら、  
きっと世界は悲劇なんかじゃなかったんだよ」  
「お……あたしが困ったときは、助けてよね。あんたが困ったときは……あたしが助けるから」  
「あたしたちは、助け合うだけじゃ生きていけないけど、戦うだけでも生きていけないんだ。  
だからあんたは、みんなに、それを伝えてあげて」  
「頼りにしてるんだからね。しっかりしてよ!」  
うん、わかった。わかりましたから、お願いだから、あと少しだけ、君と……。  
 
目を覚ますと、また、酷い違和感。自分の体が自分のものじゃないみたいだ。  
覚醒する意識の中、目に入るのは、南方の草花。見覚えの無い景色に、心臓が跳ねる。  
無理矢理、体を起こそうとして、感覚が掴めずにくずおれる。  
必死にその名前を叫んで、懐かしい声が聞こえた気がした。  
自分の手を見る。小さかったはずの手は、しなやかだけれど大きな、男の手。  
おずおずと、自分の体に触れる。この男の体は、懐かしき自分の体。そしてあのとき感じた……。  
 
「ぁ……」  
どうして気がつかなかったんだろう。  
あの人が、自らの体を危険にさらしてまで、自分を助けてくれたことに。  
いつもいつも、本当に、一番気がつかなければいけないことに気がつかないで。  
気がついたときには全て終わった後で、気がつけばいつも……。  
「いや……だぁ……っっ、独りに……しないでください……!」  
寂しくて、涙が溢れた。縋るように我と我が身を抱きしめれば、あの人の手を思い出す。  
この音は、あの時聞いた鼓動。助けてと叫びたかった。そして、助けてと言ってほしいと思った。  
もう少し、もう少しだけ泣いたら、きっと顔を上げられるから、どうか今だけは許してほしい。  
 
──あの人の声が聞こえた気がして、空を見上げる。冷たい体に血が通っていくのがわかる。  
 
私は、一人なんかじゃない。だって、見上げれば、ソウルサインの色をした──  
 
 

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