「ビヨール!!」  
兜を脱ぎ捨て縺れる足で腕に飛び込む王女を、老騎士は悲痛な思いで抱きとめる。  
霧へと旅立ったとき、まだほんの少女だったその姿は、亡き王妃に生き写しの娘盛りへと成長を遂げていた。  
この方にこんなところへ来させてしまった。そうさせぬために戦ってきたというのに。  
いや、その御身に過ぎた年月を、異国で、亡国の王女として、  
どれだけの憎しみと悪意に晒され過ごされたのかと思うだけで胸が痛んだ。  
一介の騎士に縋り付いて泣きじゃくるなど、妙齢の王女に有るまじき振る舞いだ。  
しかし、堰を切ったように溢れる涙を見れば、どれほどの悲運に耐えてこられたか容易に想像が付く。  
「アリオナ様、さぞお辛うございましたでしょう。お守りできなかったこのビヨールをどうぞお許しください」  
今だけは、主従の礼を忘れ、幼い王女にしていたままに、その髪を静かに撫でる。  
最後に見たときにはその肩に豊かに流れていた金髪は、無残に短く切られていた。  
為すべきことは多く、この老体に残された時は少ない。  
差し当たって次にするべきは、王女の後ろで間抜け面を晒しているこの男の正体を誰何することだ。  
 
はい?  
えー、どういうことですか?  
細っこい体で、頼りなくて、どこかほっとけない奴だった。  
まあ、歳も近そうだし、友と言われて悪い気もしなかった。  
ちょっとなよなよしてるような気もしたけど、育ちって奴がいいんだろうと思っていた。  
思ってたんだが。  
さっきまで交わしていた声は、確かに男のものだったよな?  
体格の印象まで変わったような気がするんだが?  
ていうか、アリオナって、ボーレタリアの王女の名前じゃなかったっけか?  
夢にも思わぬ急展開に、脳みそが付いていかない。  
俺はひたすら呆然と、間抜け面を晒すほかなかったのだ。  
 
─────  
つづかない  
 

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