「ありがとう! たすかったよ」
男の笑顔に心拍数が上がる。
あまり人付き合いのいい方ではない。人と話すこと自体、慣れていない。
そのうえ、自分がついこの間まで陥っていた境遇を知るこの男と話すことが、
こんなに楽しいなんて、自分でも信じられない。
もっと長く話していたい。
「わ、私などの力でよければ、いつでも言ってくれ!」
なのに、自分の口から出るのはいつものさよならの言葉で、男は手を振り去っていった。
独りになると、また襲うのは、私などの魔法で、本当にいいのだろうか、という思い。
ただ、フレーキ様の魔法のほうが貴方にふさわしいと言ったとき、男の顔が少し曇ったわけはわかってきた。
男の魔法の覚えは、あまり良いほうではない。
魔法の理論など、自分とてさほど理解できているわけではない。
が、その行使自体にもある程度の理論は必要なのだ。
おそらくは、フレーキ様の用いられる高度な魔法は、男には使いこなせないのだろう。
もしその予想が正しいのなら、随分酷いことを言ってしまったことになる。
それなのに、何も言わず、相変わらずの笑顔で接してくれる。
男と話すのは嬉しかったが、同時に怖かった。
いつか怒らせるんじゃないか、嫌われるんじゃないかと不安だった。
「私などでよいのか……、本当に?」
知らずこぼれた言葉の答えはわかっている。でもまだ、もう少しだけ気付かずにいさせてほしい……。
ソウルの力というのは、本当に凄いものだと思う。
自分の努力などでは到底不可能な力を身につけることができるのだから。
無口で控えめなユーリアとどう接したらいいのかわからなかった、というのが、そもそものきっかけだった。
だが、魔法の力は便利なもので、戦い方の幅も広がった気がする。
そんな話もしてみたいと思うのに、いざとなると、魔法を教わったり、記憶の手助けをしてもらったり。
少しでも長く話したくて、両手で触媒を持ったら威力が二倍になるのか、などと口走って、ぽかんとされたり。
このままではアホの子と思われてしまうかもしれない。いやそりゃ頭はいいほうじゃないけどな。
ほとんど機械的な作業を続けながら、頭の中はそんなことでいっぱいだった。
隠し通路に入って黒骸骨を倒す。落とした物を確認し、目当てのものではないことに、もう溜め息もでない。
機械的に次の作業に入るだけだ。初めは恐ろしくて仕方が無かった「死」も、今では多少面倒なだけ。
心などとうに折れているのかもしれない。ただ、ユーリアのことを考えているときだけは……。
男は最近、あまり自分のところへ来ない。
それはいつかは来るはずの、仕方の無いことで、寂しい気持ちにもすぐ慣れると思う。
ただ、その表情が少し、冷たくて、暗いように見えるのが気にかかる。
そういえば、近頃はほとんどソウル体で、生身でいるところを見たことが無い。
強敵に苦しめられてでもいるのだろうか。何か、自分にできることは無いだろうか。
そう思って、ふと、男が苦戦しているのは自分の魔法のせいではないか、という考えに襲われる。
穢れた魔女の魔法など、覚えたところでどれほどの役に立つのか、むしろ足を引っ張るのではないか。
気がつくと、凝視していたらしい。視線に気付いた男が、笑顔で手を振る。心が跳ねて、慌てて手を振りかえす。
けれど、男の笑顔に疲れが滲んでいて、どうしようもなく、無理しているのがわかってしまって、不安になる。
あの人の役に立ちたい。役に立てない。だって、魔女の魔法の本質は……。
久々に生身になって何気なく神殿で自殺して、ユーリアにどん引きされた。
それからユーリアの視線が厳しいような気がする。いや、それはもっと前からか。
もしかして、下心がばれているのかもしれない。
彼女が受けていた仕打ちを考えれば、こんな思いは嫌われるだけだと思う。
そんな気持ちが声の掛けにくさに拍車を掛ける。このままそっとしてあげるのがいいんだと、思う。
心が本当に折れてしまうかもしれないけれど、そんなのは仕方がない。
なんとなく見えてきてしまった「先」に、進みたく無くてやたらと武器を強化してみたりする。
この霧を晴らした後に、ソウルに酔った自分が、デモンズソウルさえ喰らった自分が、一体何者であり得るのか。
そんな自分と一緒にいることが、一体誰の幸せになると言うのか。
酷く寂しくて、今、一緒にいて欲しいと思った。でも、それはきっと、彼女に求めてはいけない願い。
「こんばんは!」
自分で思うより飛び出した声は大きくて、神殿に響き渡ったそれにびっくりする。
「こ、こんばんは……」
男はたぶん、もっとびっくりしたのだろう。目をこれ以上なく丸くして、私を見詰める。
「デーモンの討伐はどんな調子かと思ってな。私の魔法は、役に立っているか?」
頭の中で練りに練ったシナリオどおり、一息に言葉を紡ぐ。
「ぁ、ああ、すごい助かってるよ。ありがとう。」
すこし、シナリオとは違う言葉が返ってきて戸惑ってしまう。
苦戦している、役に立たないという答えが帰ってくる予定だったのに。
「あー……、それは、何よりだ!」
「うん、ありがとう……」
しばらく、沈黙が続く。しばらく座れなかった隣にいてはからずも心が安らぐ。
けれどその笑顔は疲れきっていて、今にも折れてしまいそうに見えて。
「あのっ」
「あの!」
意を決して掛けた声が重なる。用が無いならもう行くよ、そう言われるんじゃないかと不安になる。
「このあいだは、ごめんな。びっくりさせて。目の前で人が飛び降りしたら、そりゃびっくりするよなあ……」
「謝るのは私だ。貴方にも事情があっただろうに、あんな大声で叫んでしまって……」
思い出すだけで顔が赤くなる。
神殿に縛られたものは死しても魂となって蘇る。それを知らないわけではなかったのに。
「いや、嬉しかったよ。」
予想外の言葉に驚いて、男を見詰める。
「久しぶりにさ。俺って人間だったんだって気になれた。
俺が死んで、まるで人間が死んだみたいに驚いてくれる人がいて、嬉しかった」
どこか虚ろに笑う男が、消えてしまいそうな不安に駆られて、その手を握る。
「貴方の、役に立ちたいんだ。」
驚いた顔で、でもこちらを向いてくれて、嬉しいと思ってしまう。
「私を、抱いてくれないか。」
デーモンを倒しにいかないか、ぐらいの力強さで、今なにか凄いことを言われたような気がする。
もしかして心を病んでるとか思われたのか。いや、病んでるっちゃ病んでるわけだが。
「あ、あの、ユーリア?」
鋭い視線にたじろぎながら、おずおずとその名を呼ぶ。と、急にその表情が泣きそうに崩れて、心臓が跳ねる。
「だめか……。私が、穢れた魔女だからか……?」
その涙声に、思わずその痩せた体を抱き寄せていた。
「や、役に立ちたいとか、そういうのって、良くないんじゃないかと思うんだよな!」
言いながら、この手を離せそうに無い自分に焦る。心臓が出血状態なみにドクドクいってる。
「どうしても……いや、なのか……?」
今にも泣き出しそうなその声に観念する。どんなに嫌われようと、止められそうに無い。
「本当に……いいのか?」
低い声で、耳元で囁かれてクラクラする。
きっとこう言えば、優しいこの男は自分を傷付けまいと抱いてくれるだろう。
必死に考え抜いた台詞だった。けれど、同時に、本心だった。
拒絶されなかったことに心底安堵する。そして、罪悪感に襲われる。
そもそも魔法の力は生殖の行為と密接な関係に有る。魔女の魔法の本質もまた。
公使どもがこの体を欲したのも、ソウルの業とその魔力に惹かれたからだ。
ただ体を欲したのなら、ボーレタリアの女たちはもう少し長生きできただろう。
奴らにその力を渡してやるつもりは無かった。でも、今この男になら……。
それだけ、本当にそれだけだから、だから、全ての力を失ったって問題無い。
もう役に立てなくなって、会う理由も無くなったって問題無い。
男に手を引かれて歩きながら、ずっと心の中で繰り返す。だから、これで、十分だから。
肩に手を置いて、あまりの薄さにどきりとする。
今まで触れた女たちはみな貧しくて、痩せた小さな体には慣れている。
でも、女の体ってこんなに華奢なんだったっけ。
長らく無骨な獲物を振り回すことしか縁のなかった手では、少し力を入れただけで壊れそうで、少し怖い。
恐る恐る、といった感じで彼女の体を横たえながら、その目に怯えの走るのが見えた。
「ユーリア、俺もこんなの久しぶりだから、うまくいかなかったらごめんな。
怖かったり、痛かったりしたら、すぐに言ってくれ。」
冷え切った体で、少し青ざめた顔でユーリアは頷く。まあ、言われても止まれる自信は正直ない。
そもそも今ここで止めたほうがいいと、理性は警鐘を鳴らしている。
でも、ごめん。君の優しさに、今だけでいい、甘えさせてくれないか。
そんなことを言われたのは初めてで、戸惑ってしまう。
私の知っている行為は、ただお互いに自分の必要を満たすためだけのものだった。
相手に自分の気持ちを伝えたことなど無くて、正直伝えられる自信はなかったけれど、頷いてみせる。
額にかかった髪をかきあげられて、どきりとする。ゆっくりと男の顔が近付いて、唇に触れるだけのキス。
こんなキスは知らない。ただ触れているだけなのに、愛しい男の存在がこんなに感じられたことは無い。
と、男が離れていく。あ、と声が出る。嬌声でもないのに、すごく恥ずかしくて、頬が火照った。
「ユーリア、ちゃんと息しろ。大丈夫か、さっきから息詰めてるぞ」
「あ、ああ、悪かった。気が付かなかった……」
男は自分の体で掌を擦り、暖かくなったそれを私の下腹部に当てる。じんわりと温もりが伝わってくる。
「ここにゆっくり息吸い込んで……ゆっくり吐いて。うん、ユーリア、そんな感じだ」
微笑みかけられて、強張った体から、力が抜けていくのがわかる。
いや、強張っていることにさえ自分では気付いていなかった。この男は、ちゃんと自分を見ていてくれる。
こんなことは初めてで、戸惑ってしまう……。
正直限界だった。こんなに素直で初々しい反応は初めてで、今にも暴発してしまいそうだ。
彼女に強いている無理や、自分の体がどれだけ人間離れしているかという自覚……、
いやっつーかこんな余裕無いのが女にばれたらかっこ悪いというつまらない男の意地で踏み止まる。
でも、少しずつ彼女の体が温かくなって、表情が柔らかくなるのが素直に嬉しい。
左手で彼女の頬を撫でながら、右手で張りのいい乳房に触れる。少しその体が跳ねるけれど、強張りはしていない。
「俺、ユーリアの体が見たい。いいかな」
言葉で伝えてとは言ったけれど、彼女が本当の気持ちを言葉にしてくれるとは思っていない。
だから、その表情を注意深く観察する。笑顔で頷いてはくれるけれど、その眉根は少し寄せられて、体が強張る。
やばい、ショートカット失敗?!と内心の焦りをひた隠し、彼女の服に掛けていた手を離す。
「わっ、私は、貴方の肌に触れたい……」
急に力強い声で言われてびっくりした。一瞬それどんなプレイと噴きそうになって気付く。
俺がじゃなくて俺も脱いでなのな。思わず出そうなガッツポーズを抑えて、頷いた。
男があんまり嬉しそうでちょっと驚く。子供みたいで、可笑しくなる。
そしてなにより、必死の思いで伝えた言葉が受け止めてもらえたことに、安心する。
そんなに喜んでもらえたら、もっと喜ばせたくなるじゃないか。
鍛えられた傷だらけの体を抱きしめる。直接触れた肌と肌が熱い。
二人でここにいるという感覚が心地よくて、気が付くと私は笑っていた。
びっくりしたように目を丸くする男の額に汗が浮かんでいる。
すぐそこにある男の唇にキスをする。私の知っている、濃厚なキス。
唇を、舌先を軽く噛まれて体が跳ねる。胸に、腰に触れる大きな手が体を熱くする。
私の体を気遣うように優しい愛撫が、愛しくて、もどかしい。
こんな風に、本当に楽しそうに笑う彼女を見るのは初めてで、あんまり綺麗で見惚れてしまう。
口中を貪れば、痺れるように甘くて酔いそうになる。こぼれる息が熱い。
彼女の茂みに触れれば、しっとりと潤っていて、その先に進む指を滑らかに導く。
膨れた花芯を押しつぶすと、彼女の掠れた吐息。別の指で、蜜壷の入り口をかき混ぜる。
「ひぁ……っあんっっ」
彼女の背がしなやかに反る。奥まで入れた指が締め付けられる。
「ユーリア、中に入ってもいいか?」
潤んだ瞳で見上げられる。顔にかかる髪が白い肌を強調して、とても綺麗だと思った。
「も……無理……」
一気に体が凍りつく。何そのパリィ致命? へたりかけた俺の耳に、彼女の微かな声が届いた。
「早く……ぅっっ」
しなやかな、ほっそりとした腕で抱きしめられる。頭に一気に血が上って、俺は思わず口走っていた。
「好きだ、ユーリア」
耳元の、男の声がうまく聞き取れない。いや聞こえてはいるのだけれど、混乱する。
「な……に……? ぁあ!」
しかし、問い返そうとする私の声は一気に押し入る男自身に遮られた。
心の準備が出来ていたとはいえ、その質量に息が詰まった。奥まで突き上げられて鈍痛が走る。
「はぁ……ぁう……ああっっ」
耳を、首筋を舐められて、嬌声が止まらない。
何度も打ち付けられる腰から、じんじんと甘い痺れが広がっていく。
自分の喉から零れる掠れた声も、自分の膣から聞こえる濡れた音も、恥ずかしいのに嬉しい。
だんだんと痺れていく思考力の中、ふと、なにか大切なことを忘れているような思いがよぎった。
私が男を誘ったのには、なにか理由があったはずだ。このまま、快感に流されていてはいけない。
けれど、それが何だったのか、ふわふわしている頭の中からうまく取り出すことが出来ない。
必死にそれを探し出そうとして、答えを求めてもどかしく頭を振る。
……ああ、そうだ、私は。
限界が近いのか、彼女が切なげに首を振る。
俺の息子を締め付ける蜜壷が微かに痙攣を始めていて、持って行かれそうになるのを必死に耐える。
たぶん、どのデーモンを倒したときより頑張ってるぜ。褒めてくれ。
さっき思わず漏らした本心は、聞こえなかったのか微かに問い直す声がしていた気がする。
聞こえていないといいと思う。聞こえていても、誤魔化しきろうと思う。
男ってのはバカな生きもんだから、惚れた女に何時までも笑っていてほしいなんて思っちまう。
俺にはもう用意できない未来だった。それなら、今だけでも幸せに笑ってほしい。
でももう、それも終わり。彼女と、自分の限界に俺は腰を引こうと……。
「私も、好きだ……」
耳に飛び込む彼女の声に、タイミングを外される。頭の中が真っ白になる。
同時に締めつけられて、俺は絶頂を迎えていた。文字通り絞りとられる感覚に、最後の一滴まで注ぎ込む。
全身に走る快感と、充足感。そして戻ってくる思考力……。
全身で男を受け止めて、幸せすぎて涙が零れる。その力強い腕に抱かれて、何時までも安心感に浸っていたい。
心地よい気怠さの中、ふとさっきの「答え」が再生される。
……違うだろう! 私!
いや、違わないが、違わないけれど、目的は違ったはずだ。
魔女の業を使うのを忘れていたのはおろか、女として彼の愛撫にもろくに応えず、重い告白までしてしまった。
幸せな気持ちがしぼんでいくのがわかる。さっきとは違う涙が零れそうだった。
私の上で脱力したままの男も、呆れ果てているのだろうか。無言が酷く不安をあおる。
「……ごめん」
男の、静かな声。心臓を突き刺されたような痛み。
それは、そうだ。優しさに付け込んで抱かせた挙句、あんな時に告白などされて嫌にならない男などいない。
「……中で出しちゃった……」
論点が予想外で、違う意味で思考が止まる。何か言わないとと焦る。
「いや、それは、嬉しかったが……」
何か、重い方向に失敗した気がする。別に、性嗜好というわけではなくて。
「いや、だから貴方の子供が生めたら嬉しいという意味で……」
いや、だからもう何も言うな私。そもそも、上手く自分の気持ちを伝えるなんて私には無理なんだ。
丁寧に触れようと思ってねちっこくなっちゃったんじゃないかとか、いざ本番じゃ我慢できずに中出しかよとか、
役に立とうと健気な彼女に、重い気持ちを負わせてしまったんじゃないかとか、「好き」って、マジで?とか。
頭の中がぐちゃぐちゃで、とりあえず手近なところから謝ろうと思ったわけで。
……俺の子?
俺と、ユーリアの子供? それは、考えたことも無い未来。きっと来ることのない未来。
声を上げて笑う。どうして、俺は世界でたった一人の人間みたいに思ってたんだろう。
「男の子がいい? 女の子がいい?」
ああ、でも、俺には無くても、彼女には未来があるんだ。新しい世界で、幸せになる未来が。
「顔は、まあユーリア似だな。性格も……ユーリアか。頭はユーリア似がいいな。
けど体力は俺だぜ。俺、病気とかしたことないし」
この世界に未来があることが、嬉しい。未来の彼女の隣にいるのが他の奴でも、嬉しい。ちょっと癪だけど。
ほんわりと目元を染めた彼女が微笑みながら言う。
「一人目は、男の子がいい。貴方によく似た男の子だ」
いや、やっぱすげー癪だけど。だけど俺は笑ってみせる。
「な、ユーリア。もっかいやろっか」
それからの男の快進撃は見事なものだった。あっという間に残るデーモンを殲滅し、獣への道を開いてしまった。
その合間にも時々キスをし、時々触れ合う。世界が滅亡の淵にあるとは思えない幸せな日々。
あの日、獣の元へと赴く男を見送ったとき、騒いだ胸を信じれば良かった。そう何度も後悔した。
火防女に手を引かれ、穴の中へと落ちていった男の最後に残した言葉は「ありがとう」だった。
──そして、男は帰ってこなかった。
今、私は南の国へと向かう荷馬車の上でゆっくりと揺られている。
霧が晴れ、世界が救われても、荒れ果てた北方の地が回復するには長い時間を要するだろう。
獣がまどろみに導かれ、世界は急速に変化した。ソウルの業は失われ、私はただの女になった。
そんな私に神殿の住人たちは優しかった。当座の生活、これからの暮らしを心配し、手助けをしてくれた。
一番驚いたのは、ウルベインだ。彼は、世界を救った英雄の頼みでは仕方が無い、と言った。
それに彼は私に真実を見せてくれた、とも言って、笑った。憑き物の落ちたような、いい笑顔だった。
春先の、暖かな日差しと柔らかな風に、夢見心地になりながら、目立ち始めた腹部に触れる。
性格は、私に似ればいい。あんな勝手な男に似なければいい。
またあんなふうに置いていかれたら、きっともう耐えられない。
……そう言ってみせたら、男はどんな顔をするだろう?
きっと困った顔で謝ってくれるだろう。そして、笑って、抱きしめてくれるだろう。
額を春風に撫でられて、気持ちよくて微笑う。いつかきっと、また巡り会ったらなんて言おう?
その言葉は、もう決めてある。それは……。