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嵐の祭祀場にて少女は笑う。零れるような笑み。若く、無邪気な目をした少女だった。
それが笑う。
笑って、右手の竜骨砕きで剣持つ骸骨を“壊す”。
敵を“壊した”少女は平然として剣を戻し。
「──ははっ」軽やかなバックステップを踏む。先まで少女が居た空間を鋭い刃が抉り、
引き戻される。
下手をすれば自分の臓腑を抉ったであろう刃を、その持ち手を、少女は愛しげに眺める。
輪郭の曖昧なそれ。赤黒い影とも炎ともつかぬ幻影に彩られたヒトならざる者。誰かの
妄執。誰かの残滓。
黒いファントム。
「──さあ」
“敵”にしか成り得ない対象へ、少女はそれはそれは甘く囁く。
「邪魔な間男はもういないよ──さあ、ボクと踊ろうよ──」
黒ファントムは答えない。
一足にて飛び込んでの突きを以って応えとする。
少女の。弾けるような狂笑が響いた。
「あははははは! 激しいねえ! もっと! もっと頂戴! 激しいの頂戴!」
喰らえば血反吐を吐く連撃を容易く避けて少女は笑う。挑発。誘い。黒いファントムは
揺らがない。ヒトではない敵意と悪意と妄執の塊は、ソウルを奪わんと襲いかかるだけだ。
システマティックな行動原理が、少女は決して嫌いではないのだけれど。
「……ちょっと飽きちゃうなあ」
ぽつり呟き。
くるり。右手を返し、竜骨砕きを地面へと突き立てる。大地が抉れ鉄塊は歪なオブジェ
の如く自立する。
鈍い音がして、黒ファントムの切っ先が竜骨砕きに弾かれた。鉄塊の真後ろにいたはず
の少女は既に距離を取っている。けらけら笑う声が風に混じる。
「ね! これ見て、これこれ!」
自慢げな、甘えるような要望は、恋人とのデートに精一杯のおめかしをしてきた乙女の
如しであった。
「キミの為に用意したよ! ほらほら見て見て!」
黒ファントムが──“見る”。
瞬間。
空気が変わる。
黒いファントムの様子が変わる。
害意を撒き散らすだけであったはずの黒ファントムが、たった一人に対して明確な“殺意”
を持つ。
右手に刀を、左手に同じく刀を携え無邪気に笑う少女へ。ソウルを奪うためではなく“殺す”
ために疾る。
二本の刀は同一のもので、この世に二つと存在しない一振りであった。
刃の部分をわざと砕いた歪な刀──敵の血と脂で隙間を埋めることにより完成する刃
を備えたそれは、『誠』の銘持つ妖刀であり。そして黒いファントムの妄執の核ともなる
刀であった。
それを。
少女は、くるくると。遊び道具のように扱い、回し、刃同士をふざけて打ち合わせる。
冒涜に、黒いファントムが無音で吼える。少女の哄笑が重なる。
突き立つ竜骨砕きを間に置いて、少女とファントムはくるくる周る。戯れ、とは呼べない。
黒いファントムの繰り出す刃、その鋭さと重さを見れば。笑いながら位置を変える少女、その
めまぐるしい早さと位置取りの繊細さを見れば。
手も触れない清いダンスはどれほどの間続いたろう。
不意に。
少女がふらりと足を止める。
その顔は白い。刀を握る手も白い。
──『誠』が妖刀と呼ばれる所以──
──使用者の体力を削り、やがては死に至らしめる呪い刀──
──斬る者。斬られる者。そのどちらにも“死”をもたらす呪いの刀──
浅く息継ぎする少女。その期を逃さず黒いファントムが疾る。“突き”の体勢に獲物を
構え、最後の一足で大きく腕を引き、踏み込むと同時に前へと突き出す。速度と体重と刃
の鋭さの乗った必殺の一撃は吸いこまれるように少女の腹を目指し、
満面の笑みにて迎えられた。
幻影に思考する能力があるとすれば、彼は何を思ったろう。無防備を晒した少女。彼女に
誘われるまま放った致命打が、彼女の左手の『誠』で弾かれたとき。体勢の崩れた刹那、
彼女が抱擁を求めるかのようにふわりと飛び込んできたとき。その右手の『誠』が胴を
貫き貫いたままぐるりと回転しソウルの血と肉とを抉り更に上下左右滅茶苦茶にかき回し
止まったかと思うと腹をしたたか蹴られ倒れたところを一気に引き抜かれ大量のソウルを
撒き散らしたとき。そして今。呼吸を速くし、うっとりとした表情で馬乗りになる少女を
見上げる今このとき。少女の両の手の『誠』が、黒いファントムの両肩をそれぞれ貫き地面
へと縫い止める今、このとき。声無き声で吼える彼は、一体何を思っただろう。
「あっは」
少女はそれはそれは楽しそうな声を洩らし、両肩から『誠』を生やす黒ファントムの腰に
跨ったまま厚い胸板を指でなぞる。
その繊手には指輪が嵌められていた。鋭い輝きを放つひとつと、鈍い輝きを放つひとつ
の、対の指輪。持ち主が窮地に陥った際に指輪の効力は発揮される。例えば今。妖刀に
よって体力を消耗せしめられた今。
少女の手は止まらない。黒ファントムの腹筋をなぞり、下腹部へ。
抵抗は不可能。
黒ファントムの下半身は絡めた脚でがっちり固め、上半身は両肩を地面に串刺しにする
ことで固定した。左右の肩からぎりぎりばきばきと不穏な音がするが、なに人間ならば骨
のある辺りを貫いた。肘などの関節部分であれば引き千切ってしまえばそれまでだが、
この位置ならば早々に抜けることもないだろう。
少女が熱い吐息を洩らす。
「ね」
頬は赤く、目は潤み、唇は濡れてうっすら開いていた。
ゆるゆると。腰が上がる。それでも絡める脚は相も変わらず黒いファントムの下半身を
拘束している。
「見てよ、キミのせいで、ボク」
少女の手が、彼女自身の股へと向かう。
ブーツのみでズボンを穿いていない脚は、白く、しっとりとぬめっている。そこをなぞり、
短い上衣の裾をまくりあげる。と。
「──こんなに濡れちゃった」
汗以外の体液で重く湿った下着が、布一枚下の肉のかたちをくっきり浮かび上がらせて
貼りついていた。
少女は笑って、片手で濡れた下着をずらし、空いている手で黒ファントムの下腹部を探る。
目当てのものは直ぐに見つかった。生身の少女のかたちとにおいに当てられ、鎌首をもたげる
男性器。
自分を殺そうと暴れる男を組み敷いて、少女は男根を衣服から解放し、細い指でしごく。
あっという間に天を向くソウルの肉に、少女は蕩けた笑みを浮かべた。そうしてびくびく
震える幹を握り、先端を涎を垂らす肉の合間へと導いて。
「う…っふ、あ、っはあ──!」
歓喜と共に呑み込んだ。
硬くエラの張ったソウルの塊が少女のなかを一気に拡げいっぱいにする。
胎を満たす質量を、少女は顎を反らしてじっくりと味わう。蕩けた襞を絡ませて、その
形状を膣に覚え込ませる。相手がソウル体だからかそれとも黒ファントムだからか、微細
な棘が潜り込むような、ちりちりと灼ける感覚がある。が、それすらも今の少女には刺激的
で心地好い。
ゆっくりと。ぬるま湯のような熱に浸っていると。
足の下に筋肉の動きを感じた。
同時に、収めた男根が胎をぐちりと掻き回すのも。
「キミも動きたいの?」
両肩からばきばきごりごりと異音を上げ、刀を抜こうと刃部分を掴む手からはぼたぼた
とソウルを流し、犯す女をはね除けようと腰を足を動かそうともがく黒ファントムを、少女
は慈愛の目で以って見下ろした。
「しょーがないなあ、せっかちさん」
少女は。歌うように、囁いて。
体重をほんの少しだけずらした。
たったそれだけで黒ファントムの稼働域は飛躍的に──但し、下半身に限っての話だが
──向上する。
「…っ! うあ、奥、の、きた…っ!」
突き上げられて少女が仰け反る。内腿の筋がぐっと浮き出しぶるぶる震える。締めつけ
られて尚も荒々しく内襞を抉る男根に、少女は舌を突き出し喘いだ。
「ふやあっ! これ、すごいっ! おく、おなか、ぐりぐりするう…っ!」
根元まで埋めて下から腰を回されると唯でさえ丸く拡がっていた膣内が更に引き延ば
される。襞が痙攣し壊れたように粘液を溢れさす。恐ろしいまでに滑りの良くなる胎内を
膨張する男根がごつごつと突き上げた。
「抜ける…っ、抜けちゃう…! 抜いちゃ、やだあっ!」
腰が浮いた瞬間抜けかけた男根に、少女が被せるように尻を落とす。ぶちゅう、っと粘液
の弾ける音がして、黒い男根が朱い肉のなかに消えた。少女の喉から喜悦が洩れる。
自由を取り戻す僅かばかりのチャンスを逃した黒ファントムは、狂ったように暴れて
いる。その動きが少女の快楽を引き出すと知っているのかいないのか。
男根は少女が収められる限界ぎりぎりまで膨れあがり、黒ファントムの動きは殆ど狂乱の
体をなしてきた。
ばきばきがりがり。
異様な音。淡く輝くソウルが黒ファントムを染めている。彼の両肩は砕け、半ばまで
千切れ、『誠』の拘束から逃れる寸前にまで迫っていた。
ばきばきごりごり。
黒ファントムの曖昧な容貌の中、爛々と光る真っ赤な目に射抜かれ。少女は快楽に濁った
だらしない笑みを浮かべた。
殺されるかもしれないのに。恐怖と興奮で狭まるナカを壊す勢いで抉られて、内臓の
位置が変わるまで押し上げられて、少女は苦鳴と紙一重の嬌声を上げる。
「ひぐああっぐあっああっ!」
人ではない、獣の悲鳴。
「おなっおなかやぶれるボクのおなかやぶれちゃう──っ!」
上衣が乱れる。覗く下腹部が膨れて見えるのは気のせいだろうか?
泣き叫ぶ少女。結合部から体液が飛び散る。笑う少女。背中が折れそうなくらいにしなる。
黒い男根を咥える朱い肉が晒される。びくびく震えて奥へと蠢く様が晒される。
「やぶれる、やぶけちゃう、」
少女の手が指に嵌めた指輪にかかる。鈍い窮鼠の指輪。窮地に陥る所有者に、守りの加護
を与える指輪。
「これ、はずしたら」
内側からの暴虐により少女が破壊されるを防ぐ指輪。
「こわ、れ、る? こわされ、ちゃう──? ひぎっ、ひっ、っか、あははは──!}
狂ったように少女は笑う。否、とうに狂っている。胎を貫く快楽に狂っている。
少女の視界が白く霞む。呼吸は限界、熱が──擦りたてられ、砕く勢いで突かれる場所から
熱いかたまりがせり上がり──少女の指から、鈍い窮鼠の指輪が落ちる。
衝撃が熱を打つ。爆発。全身がめいめい勝手に痙攣する。
「あ゛ーっ! ああ゛──っ!」
暴虐的な絶頂に少女は獣の叫びを上げ。死の匂いを間近に嗅ぎ取り──、
黒いファントムは消滅した。
「……あ」
ぜえぜえと息する少女が、同衾相手が消えたと気づくまでにはしばらくかかり。
「あー……そうだ、出血ダメージ」
原因を悟るまでにはそれよりも少しだけ余計に時間を要した。
白く晴れ渡る空の下、少女はふうと溜息を吐いた。
「あうー、惜しいことしたなあ……もう一回くらい、今度はソウル体で試してみたかった
のになあ……」
肉欲の火照りは既にその身体にはない。一発ヤッたあとのすっきりさっぱりした清々しさ
だけがある。
「今度からどうしよ……オストラヴァは可愛いんだけど、齢がなあ……まだ女の子に夢を
見せてあげたいよね。あと、カタギに手を出すのは良くない。ダメ、ゼッタイ」
少女は二本の『誠』を腰にたばさみ、竜骨砕きを地面から引き抜く。
「パッチの奴がもーちょっと頑張ればいいのに。何だよ、抜かずの五発やったくらいで
さー。しかもあれからボクを見るだけで逃げるし。何が気に入らないのさ。気持ち好さそう
にして、泡まで吹いてたじゃん」
身長と比べれば三分の二、体重で比較すると下手をすると自分と同程度の重さの鉄塊を
少女は軽々と担ぎあげる。デモンズスレイヤーの名は伊達ではない。
「あーどーしよっかなー」
デーモンのソウルを喰らい色んな意味で人としての規格を外れつつある少女はしばし
悩み──「あ!」
「そうだ! ラトリアの、ユルトがいたじゃん。アイツ暗殺者だしきっとえっぐいテク
とか道具とか薬とか使えるよ。しかもユルトの後はメフィストフェレスが控えてるし、
一粒で二度美味しいってやつだね! ぃやったあ!」
拳を突き上げ歓喜のポーズを取る少女。
ボーレタリアの空は、今日も色の無い霧に包まれている。