【XX周目かの世界より】
いけすかない女、というのが、彼の彼女に対する第一印象だった。
彼の存在を彼女は一顧だにしなかったから。まるで彼がオブジェや何かであるかのよう
に脇をすり抜け、言葉を交わそうとすらしなかったから。
──ああ、でも、仕方がない。
ボーレタリア王城に続く要石の前に座り、男は俯いたまま自嘲する。
──諦め、心折れてしまった戦士に、価値はない。これは正当な反応だ。
同じ姿勢でいることは苦痛ではない。何時間でも、何日でも。生身を失いソウルのみで
構築される肉体は様々な制約から解放されている。食事、排泄、睡眠、死。“デーモンを
殺す者”として楔の神殿に囚われた男は、死ぬことも疲弊することもなく此処でこうして
ずっと座り続けている。何も成さず。死すら選べず。
──何だったろう。
──ああ、そうだ。女の話だ。
胸元を革ベルトで締めつける独特な防具を身に着け、見たこともない紋様の刻まれた
タリスマンを腰からぶら提げ、長い黒髪と黒い布とで顔の大半を隠した、戦士とも、盗賊
とも、はたまた魔術師ともつかぬ雰囲気を漂わせる奇妙な女。
彼女がデーモンスレイヤーとして楔の神殿に現れたのは、つい先日──時間の感覚の
曖昧な男にとって、という但し書きはつくが──で、それから彼女は恐ろしい勢いで各所
のデーモンを屠っていっているようだった。何しろデーモンの縄張りに生身で突っ込んで
いって生身で帰ってくるのだから恐れ入る。
──彼女は、自分とは。
──心の折れた己れとは違うのだという、劣等感めいたものと。
──どうせ彼女も最後には己れと同じく心折れるのだという皮肉っぽい予感が、男の中
でずっと燻っている。
とん。微かな足音。気配。
視線を上げると、要石からくだんの女が現れたところだった。
黒髪の合間から鮮やかな緑の瞳が覗いている。南の国の海の色だ、と、誰かがそんな
喩えをしていた。
女は言葉ひとつ発するでもなく戦士を一瞥すると、滑るように立ち去っていった。黒革
のブーツは足音も気配も完璧に消す。
女が鍛冶師に防具の修理を頼むのを、心折れた戦士はなんとはなしに盗み見ていた。
鍛冶師の隣を定位置とする男が驚いたように声を上げる──「その服、どうしたんだい。
穴が空いてるじゃないか」──思い返せば、女の防具の腹の部分がぽっかり口を開けていた
気がする。切り裂かれた痕とも魔法や炎で焼かれた痕とも違って見えた。例えば極太の槍
でつらぬかれたらあんな傷も出来るだろうか。その場合、中身も無事では済まないだろう
が──「平気よ、トマスさん」
布を通してやわらかな。落ち着いた。女にしては低い声。
彼女の声。
「現にこうして生きてるし」
心折れた戦士には決して話し掛けぬ女の、声。
とてつもない気分の悪さを感じて男は目線を床に戻した。静寂が戻る。男の視界には
神殿の床とソウル体の己が身だけが映る。
何だ。これは何だ。ソウルの身体だ。楔の神殿に囚われて、肉体を取り戻しにも行けない
戦士の成れの果てだ。見慣れたものだ。受け入れたものだ。諦めを、受け入れた果ての
ものだ。それが何故こんなにも、
足音。気配。視線。
顔を上げる。
女がいた。心折れた男を見下ろしていた。
不思議と見下ろされる屈辱は感じなかったが、女の目がどうにも気に障った。放って
おいて欲しかった。
「……どうした?」
耐え切れず、男の方から話しかける。女の目が僅かに見開く。男が話しかけてきたのが
意外なのか、それもそうだろう、男だって自分から会話を持ちかける破目になるとは思わな
かった。
「お前の探してるのは、その要石の先さ。デーモンを殺しに行くんだろう? 名誉か、金
目当てかは知らないが、ご苦労なことだ」
要石を親指で差し、男は吐き捨てるように笑う。
「せいぜい頑張れよ」
そして。息を呑む。
女が瞳を揺らした。それだけのことなのに、男は視線を外せなくなる。
「あと、一体……いや二体、だから」
「──は?」
突然の呟きに反応が遅れる。
女の目は相変わらずの落ち着いたものに戻っていた。何時もと違うのは、女が男を見て
話していることだけだった。
「今度ここに戻ったら、貴方に渡したいものがある」
声が、男に向けられる。布越しでもやけに明瞭に届く、低く心地の好い響き。
「……俺はお前から何かを貰ういわれはないぜ」
「そうだね。“貴方には”、きっと、ない」女が自らの口元にそっと手を遣り、黒布を引き
落とした。男は再度驚く。女が顔を晒すのを初めて見て。女の顔立ちが、老成した瞳の
印象を裏切り幼いのを知って。「だから、これは“お願い”」
「私が今度戻ってきたら、貰って欲しいものがある。だからそれまで、」
女は。そこで不意に苦笑する。
「“なんで”って思ってるね? “今まで口も聞いたことのない相手の頼みをどうして
聞かなきゃならないんだ”って」
図星だった。
分かっているのであれば最初から頼むな──という気には、どうしてかなれなかった。
女の目が余りにも真剣だったからか。女の声が、微かに震えていたからか。
「ごめん」
呟いて、女が布を顔に戻す。
「“貴方に”無理は言えない。そうだった。ごめん。忘れて──ッ?!」
咄嗟に立ち上がり女の腕を掴む。細い。剣を振るうだけの筋肉自体はあるが、数多の
デーモンを殺してきた人間のものとは思えぬかぼそさだ。男はうろたえ、女に振り払われる
のを待った。そうされるだろうと思った。
「……」
「……」
けれど、予測した事態は起こらなかった。
「……」
「……」
「……貴方は、」
沈黙ののち。女が、喘ぐように囁いた。
「自分が誰か。まだ、言える」
「──」
──成程。そう来るとは。
掴んでいた手を離す。
「俺は心の折れた臆病者さ。ここで唯座って時を過ごすしかない無能。デーモンスレイヤー
様のお邪魔をして悪かったな」
質の低い皮肉は、女が顔を背けるには充分だったらしい。
女は無言のまま要石に触れ姿を消し、男は元の位置に座り直した。
胸には、年端もいかない子どもを苛めてしまったかのような罪悪感が。手には、懐かしい
ものに触れたかのような温もりが。それぞれ残っていた。
【XX周目より以前の世界より】
楔の神殿の一角に、押し殺した喘ぎ声が響いていた。狭い場所に溜まった粘液を掻き回す
重い水音も。
「ふっ……ああ……っ」
太い柱の陰に隠れ己が秘部を慰めるのは、まだ若い女。黒革のズボンとブーツ、顔に
着ける盗賊の覆いは乱雑に脱ぎ捨てられ、手袋も別の方向に転がっている。右の手袋の上
に放り出されている布きれは、彼女の下着だった。
上半身を拘束するバインディッドクロスだけのあられもない姿で、女は自慰に耽る。
冷たい床に横倒しになり、頭と右肩を石づくりの床に擦りつけ、ひたすらに右手の指を
濡れた孔へと突き立てる。
「っ、ふ、う……!」
女の緑の目には涙が浮かんでいる。真っ赤になった頬を、涙と汗とが伝い落ちる。
身体と床とに挟まれた右腕はひどく動きにくそうで、利き腕とは思えぬ不器用さで女の
柔肉をめくり、粘液を掻き出している。女は背中を丸め、指が少しでも多くの快楽を生み
出せるようもがく。
つぷつぷ。細い指が粘膜を擦る。きしきし。バインディッドクロスの革ベルトが乳房を
締めつける。「あ──ひっ──あ──」自分自身に追い詰められ、女は昂ぶってゆく。
女が。陰核を弄る右手をそのままに、左の手を開く。
左手の中にはうすじろく輝く鉱石に似た塊があった。
ソウルの塊だ。かつて生きていた誰かの、命を、力を、想いを練り固めたもの。
女はソウルを握る。常ならば容易く砕け砕いた相手へとソウルを与えるそれは、今は
硬く沈黙していた。
女の手がソウルをまさぐる。自身を掻き回す指よりも優しく、何かを求めるかのように
丹念に探る。そこに残ったものはないかと、伝わるものはないかと。幾度も。幾度も。
やがて。
「……ふ。は、ははは」
望んだものが無いと知り、女は乾いた笑いを洩らし。
「はは、は、はははは──っあ、ぐ、あぐあああッ!」
自らの秘裂をこじあけソウルを捩じ入れた。
身体がのたうつ。ソウル自体に実際の男根ほどの質量はない。けれどソウルは硬い。
冷たい。歪で滑らかな表面は女の肉と全く馴染もうとせずひたすらに異物感だけを送って
くる。
女はぼろぼろ涙を零し。それでも犯す手は止めず、やわらかな襞を傷つけながらソウル
を咥え込もうとする。腰を揺らめかし、指で秘裂をいっぱいに拡げる。痛みを和らげよう
と滲み出た蜜がとろとろ溢れて床を汚した。
朱い肉に白いなにかが呑み込まれてゆく。透明な粘液と赤い体液の混ざったものが滲む。
「ひぐっ、んっ、ぐっ」
挿入で痛めつけるだけでは飽き足らず、僅かに外に残った部分を掴んで抜き差しする。
入る度、出ていく度に女の腰が跳ねる。歯を食い縛る様子から感じているのは快楽ではなく
苦痛と知れた。
それでも。
「ひ、ぐ、あ、あ、ああ」
女の声が上擦る。苦痛に耐え切れなくなった脳が痛みを快楽に変換しだしたのか、似ても
いない誰かの肉を思い出しているのか。目を固く瞑り膣と陰核とを嬲る女は、空想の中に
溺れているようだった。
ソウルの動きも滑らかさを増す。じゅぶじゅぶと派手な音を立て、女はぎゅっと身を
縮め──「あ──、──ッ!」
腹側の肉を抉り突き上げる冷たい塊に、女は絶頂を迎えた。
引き攣りぶるぶる震えていた太腿から力が抜け、くたりと崩れる。
そのまま、一拍、二拍。
「──」
荒く息つく女が秘所からソウルを抜き、愛液まみれのそれをてのひらに載せる。濡れて
もほの白い輝きを失わぬ塊を眺め。
ぱきん。握り潰す。
「──」
砕けたソウルからソウルが流れ込む。誰かの命、力、
でも、記憶は、ない。
女は肩を震わせ。「そうだね、」やがて、笑いだす。「はは、こんな、ことしたって──
はは、はははは!」
汚れた下半身もそのままに狂女の如く笑い──「嫌だ」
「嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だいやだ──!」
蹲り、叫ぶ。
「失くしたくない忘れたくない狂いたくないそんなの嫌だ私は、私は──!」
慟哭。
からっぽになったてのひらに爪を立て女は泣く。
泣いて。泣いて。涙も枯れた頃、女はのろのろと身を起こす。散らばった衣服を集めて
身に着け、強張る脚を叱咤し立ち上がる。
まだ殺すべきデーモンは残っていた。
デーモンを殺す者は立ち止まるわけにはいかなかった。
口元を布で覆う寸前。
──今度こそ、と。蒼褪めた唇が声なく囁いた。
【XX周目より以前の世界より】
自分と性交渉を行いたい旨を女から告げられた瞬間、デーモンとの戦いで心折れ大分
卑屈になった男はまず「からかわれているんだな」と考え、こういう下品な悪ふざけを
仕掛けても不思議ではない“ハイエナ”の姿を探した。デーモススレイヤーたる女は自ら
こんな悪戯をする性格ではなく、なれば他に扇動者がいると踏んだからだ。
いなかった。
黒髪緑眼の女が自分の手を引き人気のない場所へ導く段になって、男はようやっと事の
重大さを悟った。
「お──おいおい?!」
「どうかしたか」
先導する女が眉をひそめる。長い髪と口元を覆う黒布で顔の大半は隠されているが、
多分そうだ。
「冗談はこの辺にしとけよ」
「私は冗談で性交渉をする女じゃない」
女は憤慨したようだった。腰のショーテルが不穏な刃鳴りを立てる。斬られた瞬間大量
出血しそうな音に男は口を噤んだ。
男の定位置である神殿広間から離れ、左右に柱の立ち並ぶだだっ広い部屋にまで来た
ところで、女がふと溜息をつく。男もなんとなく目線を落とす。床には幾つもの文字が
輝いていた。戦い方や装備について、新米デーモンスレイヤーへのアドバイスだ。男も
遥か昔──まだ自分に力があると信じていた頃読んだ覚えがある。
彼女も読んだのだろうか。男は脈絡もなく考える。
女だって最初からデーモンの長を屠る強さであったはずがない。それとも。デーモンを
殺せる人間は、最初から強いのだろうか。
そうかもしれない──ソウル体でいるところを殆ど見ない、今も生身の女を眺め、男は
結論づける。
「──」
「──」
そうしてぼんやりしていたせいで、女が見つめていることにしばし気づけなかった。
「私を抱きたくないのなら、正直に言ってくれて構わない」
言葉は意外なものでもなかった。
意外なのは、ずきりと心臓の痛んだ自分にだった。残念がっている? 期待していた?
これだから男ってやつは。
「私が信用ならない、とか」
──女は。言葉を幾度か交わした限りではひどく“真っ当な”性質に思えた。殺し合い
の場に身を置いていれば多かれ少なかれ何処かが歪んでくるものだが、彼女はよく耐えて
いるようだった。
「醜い、とか」
女の容姿はそれほど悪くない。少なくとも今の吐き捨てる口調は卑下に過ぎる。
黒髪はやや色褪せているものの艶を保っており、合間あいまから覗く肌も滑らかだ。
身体にぴったりと添う革製の防具のお蔭で女らしい腰つきをしているのが一目で分かる。
口元は盗賊めいた黒い布で覆われているが、その下に愛らしい唇があることを知っていた。
見た目は全く障害にならない。
「そういうことなら、言ってくれて構わない。けれど、私の言葉を、冗談とだけは取るな」
かてて加えて。ここまで言われて引く男がそうそういるものだろうか?
何故自分を、という疑問は無論あったが、順立てて考えればおかしくもないように思えて
きた。
神殿にいる男で彼女と特に親しくしているのは鍛冶師ボールドウィンと大袋のトマス、
そして金色鎧の青年だが、鍛冶師は年齢的に厳しく、トマスは彼女を娘として見ている
フシがあった。どちらにも話を持ちかけにくかろう。一番相手として有り得そうな童貞臭い
青年騎士はここしばらく姿を消している。あとは神にしか興味のない聖職者連中と、魔術
にしか興味のない魔術師どもだ。
残る“ハイエナ”パッチと自分とを天秤にかけ、たまたま傾いたのが自分の方だったの
だろう。
男は納得し。疑問にケリがついたらこの状況をせいぜい楽しむ余力も出てきた。
女はといえば同衾相手の心境にも頓着せず着々と床の用意を進めている。厚手の衣服を
何回か重ねて敷いただけだが、床でそのままヤるよりはましだ。
この場合女の手際の良さを誉めても失礼には当たらぬだろうか──久々に卑下と自己憐憫
以外で頭を悩ませる心折れた戦士を尻目に、女はぽんと急ごしらえの寝具を叩いて終了の
合図とする。
「出来たよ」
「お、おう」
どもったのが恥ずかしかったが、女は気に止めていないようだった。
「貴方も脱ぐといい」
女がショーテルを剣帯ごと落とす。
悩む暇はなさそうだ。事態はもう始まってしまったのだから。
女の舌が男根を這う。半ば勃ちあがったモノへと丁寧に唾液をまぶし、裏筋をちろちろ
くすぐる。
「ん、っふ」
ぴくんと震える男根がぬるりとした感触に包まれる。先端を咥える女は躊躇いなく幹の
部分を唇でしごく。的確な、ツボを心得た舌遣いだった。
思わず洩れた呻きに、女が咥えたまま目線を上げる。
──見間違い、と思った。
女の目は、“嬉しそう”だったから。
娼婦の如く自らの技術を誇るではなく、堪え性のない男を嬲る風でもなく。恋人へ快楽
を与えることが出来た娘めいた喜びを滲ませていたから。
「もう、いい」
男の言葉に女は素直に口を離す。ぬらぬらと光る剛直が姿を現した。すっかりご無沙汰
していたせいか膨張も甚だしい。
挿入の瞬間射精するようなガキくさいことはしたくないが──危惧を抱えつつ女を仰向け
に押し倒し秘裂に触れる。「……っ」緊張が指にも伝わり、僅かに綻んだだけの場所が
震えた。
残念なような、安心したような。
「じゃあ、今度はお前の準備だな」
「あ、え──うん」
早く突き入れたいのは山々だが、猶予があるのは有難い。指を唾液で濡らして秘裂を
なぞる。ゆっくりとした動きだが、効果は覿面だった。女の息が荒くなる。肌が紅潮し、
甘いにおいがつんと香る。秘裂が開き、とろりとした蜜を零し、第一関節を埋める指を
濡らした。
更に深くまで。脚をひらかせ、指を沈める。
「ひ──う、あ──」女が顎を仰け反らせ喘ぐ。狭い孔を掻き回すと華奢な腰が跳ねた。
孔が更に狭まる。けれど指への圧は低くなる。柔襞がほぐれ、充血し、他人を受け入れる
に必要なだけやわらかくなる。
──ああ、くそ。
指で掻き回しているだけなのに。裸のオンナを組み敷いているだけなのに。高揚が、
酷い。
指を引きぬく。女の腰がひくつく。喪失感にか、次への期待にか。
「挿れるぞ」
「う、ん」
恋人めいた言葉を交わし肌を合わせる。生身の肉の合間にソウル体の肉を潜らせる。女
の顔が歪む。ソウルのみで構築された身体でも、生身と変わらぬ硬度と質量を備えている。
女に与える負荷は変わらない。男の得る快楽も変わらない。
締めつける入り口の感触。ぬるつき絡む柔襞の感触。奥へ奥へと誘う肉の感触。男の
射精を促す全ての動きが余さず伝わる。
技巧も矜持もふっとばして性急に奥を突き上げると女の背中がしなり乳房が揺れた。
服の上からでは分からなかったが、大きい。革生地とベルトの拘束から解放された胸は
柔らかく張り詰めていて、赤く色づく先端だけが硬そうだ。
「ふあっ?! お、っきく──!」
悶える女の乳房を両の手でわしづかみ捏ねる。ぐにぐにと形を変える肉に指が何処までも
沈む錯覚。本当に沈めている場所は一層狭さを増してきちきちに包んでくる。手で押し
潰す。男根で擦り突く。どちらの肉も男の挙措に容易くかたちを変え、男を離すまいと
する。乳房は視覚で、膣壁は触覚で、それぞれ男を刺激し煽る。
先端を掠める毎に女の口から嬌声は洩れて、奥を叩く度に女の身体が揺れる。黒い髪が
衣服の上散らばり、うねる。滑らかな肌は汗で濡れてしっとりとすいついてくる。最も
酷く濡れる場所は下品な音を立て気泡を弾けさせている。おんなの匂いが強くなる。
気持ち好かった。それだけだった。
「ふ──あ──」
だから。貫いたままの女を抱き締めたのは、一瞬泣きそうな何かを期待するような目を
した彼女の思うようなことではなくて。驚くほど軽い彼女の身体を抱きかかえ、起こし、
自分に跨らせる格好に持っていったのはただ単にもっと深いところまで届かせたかった
からだった。
「悪いな、ちょっと、」
彼女自身の体重で奥を押しつけてくる感触に、眼前でたぷたぷ揺れる乳房に、男は腰の
溶けるような快さを感じ、
「──、」
「……? おい、どうした?」
「──、あ、」
震える彼女への対応が遅れる。
「あ、あ、うあああああッ!!!」
男根を包む肉がきゅうっと締まった。
快楽ではなく。おそらく、恐怖で。或いは、悔恨で。
女の全身が震えている。男に貫かれて。男の勝手で扱われて。
女が狂ったように身をよじり、細い腕が傍らの床を探るのを、男は呆然と見ていた。
確か横にはショーテルがあって、そいつは女の獲物だったはずだ。
斬られる恐怖は、無いわけではない。けれど、なんとなく斬られた方が良い気がした。
── い女を泣かせるオトコは、死んだ方がマシってものだ。
男根に絡みつく肉の温もりと死にかけているのに勃起したままの性器の輪郭をやけに
はっきりと感じつつ、男は。
叫ぶ口内に黒布を押し込み酸欠で顔を真っ赤にする女に、ようやっと我に返った。
「この……馬鹿か?!」
腹筋で上体を起こしもがく女を腰に乗せたまま押さえつけ口から布を引きずり出す。
嘔吐寸前の咳とひゅうひゅう言う呼吸を経て、女の顔色は蒼から紅へと戻った。
と思ったら今度は自分の手を横咥えにして歯を立てる。ぶつり、赤い血玉が生まれ、
ひとつ、ふたつと落ちる。
悲鳴を堪える目的なのは明白だった。
楔の神殿は如何な構造か、柱一本隔ててしまえば例え炎の嵐を乱発しても音の届かぬ
場所だから、女が悲鳴を聞かせたくないのは他の誰でもなく同衾相手である心折れた戦士
だろう。
生身の肉を自ら傷つけ女の目に涙が浮かぶ。
男にはどうしたらいいのか皆目見当もつかなかったがとりあえず女の華奢な手が噛み痕
だらけになるのがどうにも我慢ならなかったので顎を掴み無理矢理こじ開け、身をよじる
女の口に代用品として自分の指を突っ込む。
ソウル体でも怪我はする。痛みはあるし、血の代わりにソウルが流れ出すこともある。
そういったもろもろを覚悟しての──ことだったかは定かではないが、とにかく男は
“そう”し、指先に温い唾液と舌の弾力を感じ。
予測していた痛みがないのに戸惑う。
「ふっ、ぐう、う」
女の舌が男の指に絡む。指の腹をしゃぶられるとぞくぞくした。女の舌遣いは尽くす
もののそれで、ありもしない愛情を錯覚させるものだった。
抜くと、名残り惜しげに舌が震え、唾液が細く糸を引いた。
「……、」
何事かを言いかけた女の口に再度突っ込む。女は目を白黒させている。
口を塞いだ理由は男自身にも遥とは知れなかったが、不安げな眼差しで見つめる女から
謝罪の言葉でも聞こえた日には死ねもしないのに死にたくなること請け合いであった。
視線が絡む。繋がったままの場所が熱い。熱。足を崩し胡坐をかく男の性器は未だに熱
と硬度を帯びていて、男の腰を跨ぎ抱きかかえられる女の秘裂は温もりとやわらかさを
取り戻しつつあった。
「……その、悪かった」
女が首を横に振る。
「続けていいか」
女がこくりと頷く。
男は逡巡し、「噛むなよ」言って、指を抜く。
女が言葉を発するより。再び女自身の手を噛むより、早く。
彼は彼女に口付けていた。
近くで見ると、彼女の瞳はほんとうに碧だ。
舌で舌を押し、狭く濡れた口内をまさぐる。頬の肉をこそげ、歯列をなぞる。鉄錆びた
味がした。気のせいかもしれないが、気に喰わなくて何度も舐めて味を薄めようと躍起に
なった。
女の重みが増す。男根を包む肉がさざ波立ち熱を増す。
切なげな吐息を男へと口移し、彼女は抱く男に全身を預けてきた。生身の両腕がソウル体
の首へと回され、かき寄せる。豊かな乳房が胸板に押しつけられひしゃげる。その熱、
その重み。彼のため誂えたかのようにひたりと寄り添う肉の熱。
尻を掴んで──当然ながら彼女は尻も張り詰めてやわらかい──固定し、突き上げる。
「……ッ!」女の身体が跳ねる。秘裂が引き攣り、咥え込んだ男根をぎゅうぎゅう絞る。
生の肉。ソウルの肉。両者の差異は障害にもならない。柔襞を巻き込んで男根が行き来する
度、奥をごりごりと突かれる度、女が高い泣き声を洩らし男にしがみつくのがその証拠。
息が苦しくなる。唇を、舌を離す。
女の口からはもう余計な言葉は零れなかった。荒い呼吸だけが男の鼻先に当たる。上気
する肌、潤む緑眼、離れまいと寄り添う肉。女の全てが男を煽る。
「も……ね、もう……!」
甘ったるく切羽詰まった懇願に、男は応える。
再度の接吻。痺れる悦楽。
激しく抉る動きに、女は腰を合わせることが出来ない。代わりに悶える身体を押さえつけ
男を限界まで呑み込む限界まで沈める。膨れた襞を拡げられるのも、奥を抉られるのも、
全部を受け止める。
やがて。
男の動きが速まり、ひときわ大きく突いて最奥へと先端を押しつけて。
実際の精液ではない何かの奔流は女の胎へと注がれて。絶頂を示す女の嬌声は、絡み合う
舌の上に消えていった。
涙が。女の目から、零れる。
──どうせ、
──貴方は。
呟きは音になる前に消えて。女は最後に、男を弱々しく抱き締めた。
【XX周目より以前の世界より】
「こうなるのにな。分かってたのにな」
ぱきん。
女の手の中でソウルが砕ける。新しいソウルが女のものとなる。
「一緒だ。他のソウルと、貴方のソウルと、何も、何ひとつ変わらない。同じだ、他と
同じ、他の知らない誰かと同じ。だから平気。全然平気。分かってたから、どうせこうなる
どうせ同じ結末だと分かってたから、だから平気だし、私はまだ戦えるし、折れてなんか
いないし、“次”にだって行けるし、だから──」
だから。
続きを、女は口に出せなかった。
嗚咽が楔の神殿の一角に響いていた。