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 ソウル体になって長いその男は、生身の感触を久しく忘れていた。無論この身体でも  
痛みを感じれば五感もある。けれど、その感覚が肉の身を持っていた頃と同一であるか  
どうか、男には確信が持てなかった。  
 身体の前で両手を組む。指を組み換える。出来る。感触もある。ソウル体の身体は生身  
と同じように動く。  
 動くのに。  
 自分は、  
 
「わっ!」  
「うおおっ?!」  
 
 予兆なく背中を叩かれ比喩抜きに飛び上がる。耳元で弾けるような笑い声がした。  
「ははっ、奇襲成功!」  
 陽だまりの猫の如く目を細め笑うのは、黒髪緑眼のデーモンスレイヤーだ。曖昧な燐光  
を纏う姿は男と同じくソウル体であることを示しているが、活力に溢れる印象は明と暗  
ほどに異なった。  
 今日の彼女は何時もの魔術師装備から髪を留める銀のコロネットだけをそのままに、  
盗賊めいた黒一色の格好をしている。足音が聞こえなかったのは布で裏打ちしたブーツの  
効果だろう。  
「なあなあ、足音も気配も全然気づかなかっただろ? ラトリアのタコ看守もこいつで  
後ろからばっさりさ!」  
 女は片足立ちになりその場でくるくる回ってみせる。身に着けているのは後ろ暗い職業  
の人間の好む色無し音無し装飾無しの装束だというのに、はしゃぐ彼女は新しい服を与え  
られた幼女の如しだった。  
 一瞬翻るスカートの幻影が見えた気がして、男は眉間を押さえた。引きずられ過ぎだ、  
どうかしている。  
「……デーモン殺しは順調なようだな」  
 座り直しての男の言葉に女は「うん」と頷き、自らも腰を下ろす。  
「最近、“敵に倒されない内に倒す”っていうのがどういうことか、分かってきた気が  
する。あ、弓も作って貰ったよ」  
 ごそごそ背負い袋を探る女を、男は遮る手の動きで止める。  
「興味ないんでな。……それより、さっきの。気配を殺すのはやめてくれ。気分が悪い」  
 気配を絶たれ気づかぬ内に背後を取られるのが嫌なのか──彼女を信じていないのか。  
気配に気づけぬ己れが嫌なのか──自身を信用していないのか。少し考えればどちらの  
理由かは明白だろう。  
 しかし。  
 
「ご……ごめん」  
 顔を曇らせ謝る女に気を取られどうでもよくなる。  
 ──クソ。何だってんだ。  
 ──お前は、デーモン殺しも板についてきた女は。心折れた自分よりも余程強くなった  
のに。  
「もう、しないから。許して欲しい」  
 捨てられる不安と、縋りつく懇願と。僅かに甘い媚びすら含んだ声に表情に、庇護欲と  
滅茶苦茶にしたい欲と、心の両端が揺すぶられる。  
 服装も悪い。この鎖骨をまるごと露わにするデザインといい、身体の輪郭をくっきり  
浮き立たせる材質といい、魔術師ローブのときにも思ったが質量豊かな胸といい、男の  
よからぬところを刺激してしまう。最後のは服装は関係ない気もするが、とにかく背丈の  
関係でちらちら覗く谷間が悩ましい。あ、関係あった。  
 オーケー、落ち着こう。  
 まず視線を胸から引き剥がして、この。たかだか戦い方を教えた程度の女自身よりも  
弱い相手に潤んだ瞳を向ける女に「これから気をつけろよ」とか何とか言って、ほっと  
して笑う彼女を見物するとしよう。  
 
「──前に“礼をする”って言ったよな」  
 
 舌と声帯が理性を裏切る。  
「え、あ、うん」女はいきなりの話題転換に間抜けな反応を返す。  
「私に可能な返礼なら……なにか必要なものはあるかな?」  
「モノじゃねえよ。武器も装飾品も、俺には必要ない」  
「……うん、でも、それじゃあ」  
 不安げに目を泳がせる女。  
 ──止めろ。止めておけ。こいつはガキだ。おっぱいばかりはご立派だが、このほけっ  
とした様子じゃ自身が──“女”であることが異性にどう影響するのかこれっぽっちも  
理解していない。  
 腕を掴む。細い。女は混乱している。  
 舌打ち。女がびくりと身を竦ませる。  
 ──反応が違うだろう。  
 振り払えよ。怒れよ。お前は女で、俺は男なんだ。何を言われるかくらい考えろ。  
 そんな。  
 捨てられた犬っころみたいな目で俺を見るんじゃない。  
 
「抱かせろ」  
 
 男は。自分を、敗残者と自覚していた。無能な臆病者だと知っていた。  
 けれど。下衆ではないつもりだった。  
 そのつもり、だった。  
 
 女は抵抗しなかった。拒絶すらしなかった。人気のない柱の陰に引きずりこむまで終始  
無言で俯いていたはものの、その態度は従順そのものだった。一瞬“抱く”という言葉の  
意味も分からぬほど子どもなのかと疑ったが、覗く耳たぶの赤さからその可能性も消えた。  
幸か不幸か。  
 今現在。女は壁を背にし正座をし、男は彼女の前で胡坐をかいている。互いに無言。  
張り詰めた空気が漂っている。  
 女の目は不安と緊張とで潤み、男は性欲と苛立ちと自己嫌悪とで爆発しそうになって  
いた。  
「……」  
「……あ、あの」  
「脱げ」  
「あの、私は別に──はい?」  
「脱いでそのでかいおっぱいを拝ませろって言ったんだよ」  
「……!」  
 女が胸を交差させた腕で隠す。顔が真っ赤だ、ソウル体のくせに。  
「おおお大きくなんかない! これ服で寄せてあげてるだけだしそんな大きくない!」  
 しかも混乱しているのか明後日な抗議をしてきた。この空回り具合をからかってやりたい  
気分とこの馬鹿さ加減を怒鳴りつけてやりたい気分とが混然一体となって男の側も言葉が  
重くなる。  
「いいから、脱げよ」  
「あ、ああああのあの」  
「……“礼は”“何でも”じゃなかったのか」  
 あう、と女が言葉を詰まらせる。  
 一秒。  
 二秒。  
 たっぷり十を数えて、女がようやっと動く。  
 震える指が上着の留め紐を一本一本ほどき、前をはだける。色気のない下着が露わに  
なり、それも少しばかりの逡巡ののちに取り払われた。  
「大きく、なんか……ない、よな」  
「手をどけろ。見えん」  
 女が泣きそうな顔をして腕を下ろす。命じた側がうろたえるほどに白くやわらかそうな  
乳房が異性の眼前へと晒される。慎ましやかな乳首が外気に触れて震えていた。  
 手袋を脱ぎ、無遠慮にも掴む。ひ、と、女の喉から小さく息が洩れる。構わず力を込める。  
最初指の沈む頼りない感触があったかと思えば直ぐに見た目に相反する硬さが手を押し  
返してきた。誰にも触れられていない、処女の胸の弾力だった。  
 
 頭痛がした。  
 
 確かにこんな状況下だ。純潔を金にすることは出来ないししたところで意味はないし、  
好いた相手に捧げるというのも難しかろう。しかし、だからと言って自分のような人間に  
むざむざ渡す奴があるか。こいつはバカだ。大馬鹿だ。  
 
 ぎゅう、とわし掴む。男の手から白い肉が溢れて零れる。たっぷりとした質量、心地好い  
重み、芯を残す癖に男の力でいとも簡単に形を変えるその柔らかさ。「痛……っ」悲鳴が  
洩れて、噛み殺される。緑の瞳に涙が溜まっている。矢張り彼女は馬鹿だ。痛いなら、嫌  
なら悲鳴を上げればいい。泣けばいい。少なくとも無抵抗で蹂躙を受け入れるべきでは  
ない。細く色めいた息なんか吐くな。どうして乳首が硬くしこり始めているんだ。  
「……きつくするからな」  
「う、ん」  
 いやそうじゃない。抵抗しろ。委ねるな。  
 
 ──この俺に、何を求めているんだ。  
 
 乳房を掴んだまま、指の股で乳首を挟んで擦る。びくんと女の肩が跳ねる。くすんだ  
桜色の乳輪が痛みと不平とを訴えるかのように色味を増す。女の顔が痛みに歪む。身体の  
方が言葉よりも余程正直だ。どうしてこの乳房はこんなにも簡単にてのひらに吸いつくんだ。  
どうして、嫌がっているのを知って、この下衆野郎の手は止まらないんだ。どうしてこの  
女は。  
 
 濡れる緑の目を、見た瞬間。  
 ようやっと。罪悪感が閾値を超えた。  
 
「────え」  
 手を離す。  
「悪かった」  
「え、え」  
 何時の間にか随分と近づいていた身体を離す。  
「冗談だよ」  
「冗談って、え、え」  
「ちょっとからかっただけなのに本気にしやがって。お前は本当に馬鹿だな」  
 責任転嫁する自分を殴りつけたくなる。その自己嫌悪が、ズボンの中で理屈はいいから  
とっととブチこませろと暴れる分身を押さえつける。  
 分かっていたはずだ。彼女が身を委ねた理由。彼女が男に従った理由。  
 捨てられた犬の目。捨てられる子どもの目。  
 何のことはない。彼女は、男の命令に逆らって男の機嫌を損ねるのが。男と──この  
土地で数少ない“人間”と疎遠になるのが、嫌だっただけだ。  
 子どもだった。どうしようもなくガキだった。“大人”が傍にいなければ生きていけない  
と思い込んで精一杯の媚を売る、哀れなガキ。男は彼女の“親”ではないし、男は哀れな  
彼女に劣る存在なのに。身体を提供したところで、彼女の得るものは何ひとつないのに。  
 
 冗談で済ませよう、と。女への庇護欲が囁く。  
 馬鹿みたいに自分を慕ってくる女へ、元通りの関係を戻してやること。それが傷つけた  
唯一の償いだと。なあに馬鹿なんだからそれでカタがつくさ──。  
 冗談で済むものか、と。女を滅茶苦茶にしたい欲が喚く。  
 関係は壊れた。お前の望む通り、お前が壊した。もう戻らない。戻らないなら徹底的に  
壊してやれ。自分の手でとどめを刺してやれ──。  
 
 ぐらつく膝に力を入れる。立ち上がる。立ち去る。何時もの場所に戻る。それでお仕舞い。  
彼女は戻ってこないかもしれない、それでお終い──「──わたし、が、」  
 
 声。泣き声?  
「私が、おかしい、から?」  
 理屈に合わない言葉。  
「やっぱり、おかしいんだ。だから、」  
 緑眼。南の海の色らしい。相応しい喩えだと思う。こんなに揺れて、こんなに濡れて。  
「だから、貴方も」  
 
 ──私が要らないの?  
 
 ──かちん。頭の中で噛み合う音。女は泣いていた。男が“抱かせろ”と言ったときも  
腕を乱暴に掴んだときも乳房を犯したときでも顔は歪めても泣きはしなかったのに、今は  
ぼろぼろ涙を零していた。泣かせたくない、と、頭の何処かが喚く。彼女はもう泣いて  
しまったのに。元凶である彼がいなくなっても独りで泣き続けるだろうに。泣かせたい、  
と、頭の別のところが喚く。泣いているのが許せない、彼女が一人勝手に泣いているのが  
許せない、彼女を泣かせるのは自分だけでいい。  
 守りたい欲。壊したい欲。  
 ふたつの欲が指向性を同じくし、ひとつの行動を導き出す。  
 女を冷たい床に押し倒す。彼女は泣きながら腕で顔を隠す。見ないで、見ないで、醜い  
私を見ないで。乳房が揺れている。先端に口付ける。硬いそれを口の中で転がし、吸う。  
ソウル体は食事を必要としないのに、味覚はまだ残っていた。甘かった。  
 女が。びっくりして、涙も止まった様子でこっちを見ている。突然胸乳を吸われたの  
だから当然の反応か。  
「あ──や──」  
「知るか」  
 胸元をかき合せる腕を押し留め残った衣服を乱暴に脱がせる。  
「で──でも──私──」  
「知らんと言ってるだろうが」  
 滑らかな肌が露わになる。震えて、しっとりと湿っていた。撫ぜるとそれだけでぞくぞく  
した。  
 
「俺はお前の身体でおかしいところなんか知らねえよ」  
 だから。男は続ける。「おかしいって言うなら、確かめさせろ。俺が、お前はおかしく  
ないってのを証明してやるからよ」  
 なんという屁理屈。  
 なんという卑怯者の論理。  
 最低で、最悪で。女の顔もまともに見れず薄い腹を舐める。  
「────やってくれる、の?」  
 その。どうしようもない男の頭を遠慮がちな手が撫でていって。  
 それでもういいと思った。  
 
 
 神殿の床は堅く冷たかったので脱いだ服と脱がせた服とを重ねて仰向けになる女の背中  
に突っ込んだのだが、流石にベッドの柔らかさまでは望めない。  
「マントか何か取ってこようか。トマスさんに頼んで」  
「要らん」  
 女の申し出を一蹴し、男は彼女の肩を撫ぜる。ひくりと震える肌が赤みを増す。朱色を  
全身に拡げるように、華奢な身体を撫でる舐める。息を呑み固く目を瞑る彼女は、しかし  
抵抗らしい抵抗はしなかった。繊細な首筋、おとがい、真っ赤になった耳朶をくすぐると  
「ひゃっ」と頓狂な悲鳴を上げる。半開きの唇に自分のそれを重ねる。やわらかかった。  
「──あ」  
 舌まで突っ込んで思うさま嬲って満足して離したところで、零れた唾液で唇を光らせた  
女はぼんやりと男を見上げ、  
「初めて、だ……」  
「そ、そうか」  
 だろうとは思ったが直に聞くと気恥ずかしい。  
 女は小首を傾げ。男の手に、おずおずと指を絡めて、  
「もう一回したい」  
 おそるおそるといった風にねだってきた。  
 唇を重ねる。今度は女の好きにさせる。彼女は遠慮がちに男のかさつく唇を舐めて、舌  
を差し入れる。口内の浅い部分をまさぐる舌先には、技巧はないが真摯さがある。  
 長いような、短いような時間が過ぎて。女はようやっと口を離し。  
「……味、しないんだな」  
「当たり前だろうが」  
「当たり前なんだ。そっか」  
 なんだかひとつ大人の階段を昇った顔で頷く女に、妙に愛おしいような腹立たしいよう  
な微妙な衝動を感じ発散すべくお留守になっていた乳房をこねる。  
 慣れたのか力を加減したからか、女から微かに上擦ったような吐息が洩れる。指が何処  
までも沈むようなやわらかさと、幾ら嬲っても芯を崩さぬかたさの同居する、絶妙な感触  
だった。  
「あ──なあ──ん! ──待って、聞い、て」  
 
「どうした」  
 切れぎれの声に乳輪をなぞる手を止める。  
「あ…あの……私の、胸、そんなに、気に、なるのか」  
 愚問であった。  
「そりゃあそうだ。こんなでかいおっぱい──」  
 みるみる潤む女の目に、男は自らの失言を悟る。「い、いや、触り心地の好いおっぱい  
──」またしてもの失策であった。「いや、その、エロいおっぱい」傷口に塩を塗り込む  
悪鬼の如き所業であった。組み敷かれる女は泣き出す寸前だ。男も内心割と冷や汗を流して  
いる。  
「ああ、くそ」  
 ぐにぐに乳房を揉む。しっとりしてすべすべして最高の触り心地だ。殆どやけくその  
勢いで叫ぶ。「でかくてエロくて俺好みのおっぱいだからだよ! クソ、気にするなって  
方が無理なんだよ!」  
 ここで泣かれた日には準備万端の下半身をどうすりゃいいんだ──打開策もなく唯ひたすら  
に胸を揉む男に。女は。  
 ぽろりと。女の目尻から涙が落ちて男はぎょっとする。が、泣いたわけではなく溜まった  
涙を振り払うための動きだった。  
「……好き?」  
「好みだよ悪かったな」  
「……そう、なんだ」ゆっくりと。女の身体から力が抜ける。「じゃあ、好きに触って、  
いい」  
「……は?」  
 紅潮する頬。伏せ気味の睫毛が震えている。「でも……出来れば、痛くは、しないで」  
 かぼそい声に理性があらかた持っていかれた。  
 
 硬くしこった先端を吸い、色の境目を歯でなぞり、甘い肉と甘い喘ぎをこれでもかと  
堪能し。  
 男は、ようやっとその傷痕に気がついた。  
 白い肌の中埋もれていた白い古傷が、紅潮した肌の中で浮かび上がる。男の視線に気づき  
女が身を強張らせる。  
 再三言っていた“おかしい”の元凶はこの傷だろう、と男は思い至る。両乳房の間から  
鳩尾を通り腹まで走るその傷痕は、確かに年頃の娘が気にしても仕方がない。  
「別におかしくねえよ」  
 先んじて宣言する。男の言葉に、男が傷痕をなぞる感触に、女が喉に詰まるような声を  
洩らす。  
「戦ってりゃこの程度の傷、誰でも負うだろうよ。別に、お前だけってわけじゃない」  
 傷痕を舐める。癒着した痕特有の固い舌触り。滑らかな肌の歪な部分。コントラストに  
馬鹿々々しいくらいに興奮するのが分かる。  
「そう、なの?」  
「そうなんだよ」  
 
「そう、なんだ……そうだったんだ……」  
 どうということもない掛け合いの内に、華奢な身体から余計な緊張が消える。そっと  
伸ばされるたおやかな手が、男の肩を、頬を優しく滑る。茂みの奥、未だ綻んでもいない  
秘裂に触れると流石に止まったが。  
「あ……」  
 指の腹で幾度かなぞるが腰が揺れるばかりで反応がない。  
 男は女の顔を見る。  
 女は。男を信じきった──というか、“もう”“何をされても、恨まない”との面構え  
だった。  
 ──こいつは。本当に。  
 ゆっくりと、舐める。秘裂ではなく太腿の内側を。そんなところを責められるとは思って  
いなかったのか、女の脚が跳ねる。  
 抉じ開けることも、無理矢理貫くこともしなかった。どうせ死なない身だ、時間だけは  
腐るほどある。  
 たっぷり脚を愛撫し、軽い身体をひっくり返す。  
 
 久方ぶりに、女が抵抗するそぶりを見せた。が、「貴方なら──もう、──でも、いい  
──」と呟いて身を任せる。  
 期待と不安と信頼と怯えと覚悟とを押し込んだその身体を滅茶苦茶にしてやりたいと  
思う。その心に応えたいと思う。どちらも本心から、そう思う。  
 
 女をうつ伏せにし、尻を突き出す格好を取らせる。豊満な、とまではまだまだ足りない  
尻を抱えてほったらかしだった男根を擦りつける。己が一部ながら涎を垂らして喜ぶ様は  
白い肌とはいかにも不釣り合いだ。  
 肉に触れる──秘裂がひらいていなくて良かったかもしれない──綻ぶ素振りでも見せ  
ていたら、何がなんでもブチ込んで泣かせていた──圧に、熱に、男根が震えて悦ぶ。  
“汚す”悦楽に、脳が酔いはじめる。  
 下半身が本能任せに好き勝手しているというのに。  
 男の目線は、眼下の背中に釘づけになっている。  
 日に焼けない、生白い背中。男と比べると哀れなほど狭い背中。そこにぶち撒けられた、  
無数の傷痕。  
 深いものはひとつとしてない。命に支障のある傷も、神経を駄目にするような傷も、  
何処にも見当たらない。単に。後々も残る程度の傷が、背中一面余すところなく広がって  
いる。それだけ。それだけのこと。  
 覆い被さる。  
 傷のある背中に、自分の胸板を押しつける。  
 充分注意したつもりだったが、下敷きになった華奢な身体は重みに耐えかね喘いだ。  
 
「痛む、か」  
 
 過去の傷。今の重み。どちらを指してかも分からぬ問いに、女も答えようがなかった  
らしい。  
 沈黙の内。床についた男の手へと、細い指が重なる。冷たかった。触れるのが精一杯と  
震えていた。  
 どうしようもなかった。歯を食い縛って、耐えるしかなかった。  
「お前は、」  
 但しわけの分からない情動に身を任せる前に、告げておかねばならないことがある。  
「何処もおかしくねえよ。何処もかしこも、……俺の、好みだ」  
 震える手が。同じく震える手を、握った。  
 
 
 前戯にはたっぷり時間を掛けた。掛け過ぎて、うっかり漏らしてはいないかとこっそり  
確かめるほどに、長く。女の肌が余すところなくほの朱く染まる程度に、長く。  
 そんな風な経過だったものだから。組み敷いた女がおそるおそる先走り塗れの男根に  
触れた瞬間情けない声を上げたのも致し方なきことだろう。出さなかっただけ上出来だ。  
「あ、ご、ごめん」  
 女は焦点の定まらない瞳でふわふわと謝って、  
「私も、貴方になにかしたくて──ごめん──」  
 触れるか触れないかのところでの愛撫を繰り返す。無意識にだろうが、生殺しだ。“女”  
というのは残酷極まりない。クソッタレ、と呟いて秘裂をなぞる。ひくつくそこは固さは  
減ったようだが、まだ閉じていて、  
「ふ…あ……っ」  
 甘ったるい鼻声が聞こえた。  
 女から。  
 蕩けて、泣きそうな、男を責める目で、見ている。  
「も……」  
 何だ。何でそんな顔されなきゃならないんだ。こちとら気を最大限遣っているのに、  
まだ強請ることがあるのか。  
「もっと──」  
 上気した顔。霞がかった瞳。荒い呼吸。これは──。  
 
「──もっと、深、くっ……! ごめん、ごめん──! も、我慢、できない──っ!」  
 
 やはりこういうときに反応が速いのは頭よりも身体だ。脳ミソが理解するより先に指が  
秘裂へ潜ろうとする。抵抗。抉じ開ける。無理矢理。薄い膜を引き千切るように、二本の  
指で押し広げる。  
 途端。  
 溢れた。女の背が大きくしなった。高い声──嬌声、が、溢れて、鼓膜から脳髄まで  
一直線に駆け抜けた。  
 
 どろどろの肉の間に指が挟まれていた。ぬかるんでいた。蕩けていた。語彙の全てを  
引っ張り出しても尚足りないくらい、其処はたっぷりの蜜を湛えて膨れていた。よくもまあ  
今まで溢れなかったものだ。  
 動かす。にちゃにちゃ音がする。動かす。熱い粘液が絡まる。動かす。襞が絡んでぎゅう  
っと締めつける。快楽に指が溶けそうになる。  
 女の嬌声が止まない。処女の肉の中に限界まで高まる熱を押し込めていた女は、今や  
快楽から遮るものも無く男の下で悶えていた。  
「あ、あ、──ひうッ?! っは、ああッ!」  
 二本目を突っ込み、掻き回す。声のトーンが高くなる。乳房が呼吸につれ激しく上下  
する。本数を増やしたのに、溢れる蜜で指の滑りは良くなる一方だ。  
 
「……やっぱり……私、おかしい……」  
 喘ぎに混じる自虐に無性に腹が立って細腰を持ち上げるように抉る。女が泣く。涎と涙  
を垂らしてよがる。  
「だって……はじめて、なのに……っ! 初めて、って、痛い、のに、私、痛く……おかしい  
よ……! 気持ち好いの、おかしいよお……ッ!」  
 
 頭の何処かが切れた。  
 
 ──気持ち好い、か。もしかしたら、ソウル体同士なのが貢献しているのかもしれない。  
 世界との境界線を曖昧にした身体は不安定で、自分以外と混じりかけては元のかたちを  
取り戻す。世界とソウル体の境目が曖昧なように、ソウル体とソウル体の境目も曖昧だ。  
自分とも他人ともつかぬ身体だからこそ、受け入れ、快楽を素直に享受することが可能に  
なったのかもしれない。  
 
 知らない。  
 そんな理屈は知らない。  
 今、自分の手で開いて自分の下で喘いで自分によって絶頂を迎えようとしている女が。  
唯々愛しくてならないだけだ。  
 
 限界だった。  
 おそらく、どちらも。  
 大きく綻んだ其処に男根を当て。一気に、貫く。ぬるりとした感触に包まれたかと思う  
とそこかしこの柔襞が絡みついて奥へと送って途中微かな引っかかりを感じた気もしたが  
締めつける心地好さに手招きされがむしゃらに奥を目指し。  
 しなる女の身体を抱き締め、男は腰の溶けるような快楽を味わった。  
 悦楽。達成感。解放感。  
 嫌な予感が頭を冷やしたのは、貫いたままの女に口付けしている最中のことだった。  
 ──これ、もしかして、挿れただけで出したんじゃなかろうか。  
 
 身体をひくつかせ、とろんとした目で抱かれる女を前に、男の矜持は崖っぷちまで追い  
詰められた。挿入即射精とか、何処の童貞だ。自分は童貞でも早漏でもない。きっと。  
おそらく。多分。  
 男としての誇りを回復すべく、腰を動かし女の中にあるはずの男根を前後させる。女  
からひゃあとかそんな感じの切羽詰まった嬌声が聞こえたはものの、心苦しいが構う暇は  
ない。  
 膣の感触で男根の様子を確かめようと思ったのだが。  
 駄目だった。  
 何処をどうしても蕩けて快いばかり、この法悦の前では自己の存在なぞ塵芥に等しい。  
つまり気持ち好すぎて何も分からない。しかし引っこ抜いて万が一萎えていたら──神  
かけて冗談じゃない! この女に早漏だと思われるくらいなら今すぐ首かっ切る方が万倍  
マシだ!  
 ぐるぐるうだうだ悩んだ末に。男は、女に声を掛ける。  
「おい」  
「は、ひゃ、ひゃうい」  
 呂律が回っていない。あと目も焦点を結んでいない。大丈夫だろうか。  
「今、どうなってる」  
「ふえ?」  
「今、お前の中が、どうなってるか。言えるか」  
「ふえ──?」  
 なか──? 呟いた女の、男根を咥え込んだ場所がうねる。華奢な身体がびくっと震える。  
「中だよ。どうなってるか、言ってみろ」  
 もうひとつ突っ込んで言えば中に存在する男根の様子を聞きたいのだが、そこまで直接  
言うのは恥ずかしかった。  
「あ、あ」  
 そんなことを命じられた女の方が恥ずかしいだろうとまでは思い至らなかったが。  
 
「あ、」襞がぎゅっと絡みつく。そこを引いて、襞を巻き込んで奥へ進む。「あ、いっ、  
今はっ、おなかの、ところ、ごりごりって……!」先端らしき部位を押しつける。「奥、  
いっぱい……! やあっ! 拡がるから……! 元、戻らなくなるからあ……ッ!」  
 
 ああ、この様子だとばっちり勃起している良かった良かった──そんなことどうでも  
よくなる。  
 泣きじゃくる女を抱き締め突き上げる。女の声が高くなる。自分が女の何処にあるかも  
分からないのに、女を高めているのは自分だという興奮がある。華奢な身体が痙攣を始めて  
いる。耐える表情。崩したくて、抉る。目が眩む。こちらも限界。込み上げる射精感。  
彼女より先に果てたくない。その一心で堪えてひたすら最奥をこそげ落とす。  
「ひう」  
 
 女の目が見開かれる。細い腕が男の背中に回り、強く抱き締められる。  
 
「あ、ああああ──!」  
 
 全身を痙攣させしがみつく女へ、男は余すところなく吐き出した。  
 どろどろに溶けて。溶けあって。このまま離れずとも構わない──そんな気すらした。  
 そんな願い。叶わないと分かっていたのに。  
 
 
 
 
「──子どもの頃、王子様を待ってたよ」  
 男の腕を枕に、女はそんな寝物語をした。  
「笑わないのか? 笑っても怒らないよ?」  
「いや、いい」  
 片腕を女に貸し、もう片方の手で女の背中を撫でて。男は答えた。  
「そうか」女は嬉しそうに。けれど申し訳なさそうに笑う。「ごめん。ありがとう」  
「えっと、それで、そうそう。王子様を待ってたけど、来なかったから。待っても、誰も  
来てくれなかったから。だから待つのは得意じゃない」  
 待っても救いは何処からも来ないから。  
 彼女は笑って、男の胸に額を押しつける。  
「……あったかい」  
「ソウル体だろうに」  
「そうだね。……こうしてて、いいかな」  
「好きにしろよ」  
「うん。好きにする」  
 彼女はそうしてしばらく男の胸で静かにしゃくりあげていた。  
 再びデーモンを殺し、デーモンに殺される覚悟がつくまで。彼女はずっとそうしていた。  
 
 
 
 
「じゃ。行ってきます」  
 笑って手を振る女に、心折れた戦士は応えられなかった。  
 彼は。定位置から離れ、要石の前に立つ。手を伸ばす。中空で止まる。そのまま。腕が  
震える。疲労ではなく、恐怖で。自己嫌悪で。  
「……クソ」  
 吐き捨て、ずるずると座りこむ。  
「畜生、畜生」  
 その要石の先は、彼が最後に死んだ場所だ。もう己が死体は朽ち果てただろうか。もう  
己がソウルは塵と消えただろうか。  
 
 確かめるのは容易いはずだ。この先に行き、己が目で見ればいい。道中の化け物どもは  
倒せばいい。倒せなくても殺されても、どうせ楔の神殿で蘇る。辿り着くまで死に続ければ  
いい。  
 それが、出来ない。  
 心折れた自分には、出来ない。  
「畜生が」  
 彼女には出来るのに、自分には出来ない。  
 ──縋る目。信頼の目。そんなもの自分には値しないのに。  
 嫉妬。劣等感。どす黒い感情が渦巻いている。デーモンスレイヤーたる彼女を、自分の  
腕に抱かれてまどろんでいた彼女を、酷く傷つけかねない昏い淵。  
 どうすればいい。  
 彼女の身体を滅茶苦茶にしてやりたかった。どろどろに蕩かして、喘がせて、動かなく  
なるまで思うさま嬲ってやりたかった。  
 彼女の心を守ってやりたかった。よく泣く彼女の、よく死ぬ彼女の、支えになれれば、  
と思っていた。  
 どちらも本心だ。どうしようもなく。  
 けれど自分は此処から動けない。負け犬。敗残者。唯一歩を踏み出す、それすら叶わぬ  
臆病者。彼女への昏い感情を溜めこんでいつか手酷く傷つける、卑怯者。  
 彼は、ゆっくりと元の場所に戻る。  
 ボーレタリア王城に続く要石、その前に。  
 
 ──分かっていたはずだ。  
 ──デーモンを殺すことを諦めたその日から。  
 ──こうなることは、分かっていたはずだ。  
 “そう”ならなかったのは、自分が臆病者だったから。もしくは──彼女が、いたから。  
 
 彼は静かに腰を下ろす。何時も通り、膝に肘を載せ、前屈みの姿勢を取る。負け犬には  
相応しい姿勢だ。彼は自嘲する。  
 だが。もういい。もう終わる。終わらせる。  
 
 ──負け犬には。負け犬なりの、遣り方がある。  
 
 
「あんた……誰だ?」  
 男の言葉を彼女は最初性質の悪い冗談ととった。  
「あんまり縁起のいい冗談じゃないぞ、それは──な、冗談、だろ?」  
 語尾が不安に揺れたのは、それだけ彼女が彼をよく見ていたから。ということになる  
のだろう。  
「ああ……俺は、誰だ? ……全部忘れちまったよ……」  
 彼女の顔が強張り、慌てて男の肩を掴む。  
 
 掴んで揺すぶって、必死で呼びかけても。男は彼女を見ようともしない。  
「……ッ! 待ってろ! 今、貴方はちょっと調子が悪いだけだ! そうに決まってる  
……!」  
 彼女は踵を返し、神殿の一角に向かう。そこには聖職者がいて、多くの聖職者が医療の  
技を持っていることを、女は知っていたからだ。  
 しかし頼みの綱は己が無力を恥じるように首を横に振り、彼女は呆然とした。  
 
「──何、止まっているの」  
 彼女は呟く。  
「待っても、助けは来ない──何処にも、来ない!」  
 
 そして。顔を上げ、男の元へと向かう。俯き何事かをぶつぶつ呟き続ける男を、そっと  
抱く。  
「……祭祀場で、徳の高い聖職の方が閉じ込められているそうなんだ。その方を、連れて  
くる。きっと何とかなる」  
 抱き締める。何も伝わらないソウルの身体を、強く。  
「待ってて。私が返るまで、待っていて」  
 手を──離す。  
 背を向け、駆け出す。  
 このまま会えなくなるような。悲しい予感を、押し潰して。  
 
 
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