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【XX周目より以前の世界より】  
 
「だから」と、女は言った。  
 
「だから、一緒に死んで?」  
 
 吐き出される精を胎の一番深くで受けながら、彼に跨る女は言った。黒布で口元を覆って  
いるのに、声はやけに明瞭に届いた。盗賊らしい黒装束一式を必要最低限はだけただけの、  
碧の目が綺麗な女だった。  
 射精の悦楽に浸っていた彼はしばし阿呆のように女を見上げ、出し終えて満足した男根  
が膣壁に擦れる刺激で我に返った。下肢で男を咥えた女が、姿勢を変え傍らのショーテル  
を取った。  
 ソウルのみの身体でも、恐怖を感じれば血の気が引く。  
 彼は何事かを喚きながら自らも剣へと手を伸ばす。  
 混乱し床を這い回る手に、華奢な手がそっと剣を握らせたのを。彼は把握していない。  
 
 女は、泣きそうな、縋るような目をしていた。  
 
 刃を振り上げる女が何故そんな表情をするのか、彼には分からなかった。  
 そもそも彼は。女が何者なのか。自分は、何者なのか。そんなことすら忘れていた。  
 
 唯ひたすら哀れなほどの死への恐怖と滑稽なほどの生への執着に突き動かされ、彼は剣  
を彼女の腹へと突き立てた。  
 彼女の緑眼から光が失われ。  
 冷たい刃先が静かに彼の喉を撫ぜていった。  
 
 
 ──暗転。  
 
 
 女が目覚めたのは何時もの場所で。楔の神殿、女神像の前でだった。  
 そっと腹を撫でる。治りきった古傷──ボーレタリアに入る以前に受けたもの──以外  
は滑らかな、娘らしい肌の感触。その他には何もない。何も。  
 女はゆっくりと視線を走らせる。王城の要石の前、今はもう誰もいない空白に。  
 歩く。歩く。覚束ない足取りで、階段を昇る。神殿二階の一隅、ひっそりと静まり返った  
場所まで、歩く。  
 
 そこには未だ情交の残り香が漂っているようだった。ソウル体となった女の錯覚かも  
しれなかった。床に残った淡く輝くソウルの残滓だけが確かなものだった。  
 女がソウルに触れる。元の持ち主と巡り合い、ソウルは当然のように女の中へと巻き  
戻ってゆく。  
 記憶しているよりも、多く。例えばそう、戦士ひとりぶん程度を増やした量のソウルに  
女は口の端を上げた。  
「笑える」  
 笑うために。  
 泣くように。  
「どうして、私は、まだ」  
 呪いにも似た疑問に答えるものはいなかった。  
 
 
【XX周目かの世界より】  
 
 ドラゴンの炎吹き荒れる中、熱風を肺に吸い込まぬよう息を止め、走る。水のヴェール  
が術者の身代わりとなって蒸発する。歯を食い縛る。目指す場所、王の居城は、もうすぐ  
其処。  
 視界が白熱する。  
 地面に叩きつけられる。軽装鎧の身体が悲鳴を上げ、喉は新しい空気を求めて痙攣する。  
 呼吸を意志の力で押さえ込み、走る。耳に轟々と唸り。吹き荒れる風、炎、ドラゴンの  
咆哮、身体じゅうをぐるぐる回る自分の血。  
 最後の一駆けは殆ど転がるようにして。  
 女は、ボーレタリア玉座へと続く回廊へ辿り着いた。  
「が……っは! うえっ、げほっ!」  
 肺いっぱいに新鮮な空気を取り込み、女はえづいた。急激な酷使に、死から逃れた安堵  
に、身体が震えている。  
 此処までくればドラゴンの死角に入る。炎を浴びる心配はもうない。呼吸を落ちつけた  
女は、ぱしんと頬を叩いて喝を入れ、背中から紫炎の盾を下ろした。炎を防ぐ大盾は真っ黒  
に焦げていたが、持ち手を守るという役目は立派に果たした。  
「よし」  
 呟き、別の盾を背負い直す。鮮やかな色彩で異教の神の描かれる盾は、守りに使うには  
些か心許ない代わりに所有者の体力を僅かずつ回復する魔力を秘めていた。  
 今からの“敵”に盾が有効ではないと女は知っていた。“かのデーモン”の一撃は彼女の  
腕ごときで受けきれるものではない。  
「……よし」  
 受けなければいい。  
 斬られなければいい。  
 傷を負うより先に、自分が死ぬ前に、殺す。  
 それが純粋な力ではデーモンに劣る女の戦い方だった。  
 
 タリスマンを手に聖句を唱え、一度きりの復活を願う。祈る対象は聖職者の信ずる“神”  
ではないことを女は既に知っていた。女は、何度も繰り返していたから。  
 勝つための最適解は既に在る。  
 あとはなぞるだけ。繰り返すだけ。  
 
 ──何故、を。彼女は自問する。  
 
「……帰らなきゃ、ならないから。約束、はしなかったけど。お願いは、してしまった  
から。私から反故にするなんて出来ない」  
 
 ──何故、を。彼女は自問する。  
 ──どうして。何度も、何度も。  
 
「なんでだろうね」  
 歩く。歩く。誰もいない階段を上がり、玉座へ続く無人の廊下を進む。  
「あの一度だけ、だったのに。“また”なんて無いかもしれないのに」  
 昇降室の扉を開ける。死しても尚王に仕える奴隷たちがぎいぎいと滑車を回す。浮遊感。  
小さな箱部屋に乗った女は、上へと運ばれてゆく。  
「でも」  
 停止。  
「私は、これ以外を知らないから」  
 呟いて。扉を開ける。一歩を踏み出す。  
 朽ちた玉座にてボーレタリアを見下ろす、白い偽王を殺すために。  
 
 
【X周目かの世界より】  
 
 すらりとした脚がふらふら目の前を横切っていくのに男は僅かに目を向けたが直ぐに  
興味を失った。  
 ソウル体の脚だった。新しいデーモンスレイヤーはまた何処かで死んだのだろう。心  
折れた自分が言える立場ではないが、よくもまあ飽きずに死ぬ。  
 どさり。重い音。落下音。硬いものの砕ける水っぽい音。  
 ──また自殺か。  
 男はうんざりする。楔の神殿名物の身投げだ。せっかく得た生身の身体を、デーモンを  
殺す者は枷になると簡単に投げ捨てる。この世界以外でも日常的に行われる光景。  
 ふらふらと。復活した女が心折れた戦士の前を横切ってゆく。  
 彼女の傍らを白い幻影が軽快に駆け抜けてゆき、後ろの階段を上がっていった。あの  
幻影も自殺志願者だろうか。わざわざ痛い思いをして、ご苦労なことだ。幻影の後を追う  
女を眺め、フンと鼻を鳴らす。  
 ──。  
 
 ──違和感があった。  
 デーモンを殺す者は、死ねば生身を失う。これは正しい。  
 デーモンを殺す者は、自ら死んで生身を捨てることがある。これも正しい。  
 繋がらない。  
 何処かで殺され生身を失った女が、此処で死ぬ理由が見当たらない。  
 
 どさり。重い音。けれど生身よりは軽い音。ソウルの身体が落ちる音。硬いものの砕ける  
水っぽい音。床に激突した女の頭が砕ける音。  
 
 女の女神像前での復活と高所からの自殺の往復がそろそろ二桁に届きかけた頃、  
「……お前、何をしているんだ」  
 男はようやっと声を掛けた。  
 男は苦り切っていた。こんなもの自分の役柄ではない。死ぬなら親身になって心配する  
であろう人間の前で死ねばよいものを。  
 呼び止められた女はびくりと身を竦ませ男に向き直る。長い黒髪を銀のコロネットで  
留め、首から下を板金鎧で固めた兵士風の装い──というか、いかにも“ありあわせの装備  
で頑張ってみました”という感じの女だった。  
 だが。彼の目を引いたのは、女の格好ではない。  
 汚れた沼のように澱みきった緑の瞳。  
 心折れた者の目、自分と同じ目だった。  
 
 咄嗟に女の手を掴み、自分の横へ座らせた理由。彼女は自分の同類だと思ったから。  
折れたのは自分だけではない、と思い、薄暗い喜びが生まれたから。その、他者の挫折を  
喜ぶ己れに嫌悪と罪悪感が湧いたから──笑える話だ。罪悪感、まだ自分にそんなものが  
あったとは。そして。彼女の澱んだ目は、戦士のそれではなく、泣きそうな唯の小娘の  
ようにも見えたから。  
 とにかく。  
 デーモン殺しを諦めた男は、デーモンに殺された女を座らせ、自分も横に腰を下ろす。  
 沈黙。  
 沈黙──「放って、おいて」  
 微かな嗄れ声がした。  
「どうせ死ねないんだから、気にしないで」  
 ああ、出来れば自分も気にしないでおきたかったさ──男は、は、と息を吐き。思った  
のとは別の台詞を口にした。  
「だが、痛いだろう」  
 女が顔を上げる。幼げな顔立ちだった。男よりもずっと若いのだろう。  
「どうせ死んでも死ねないんだ。ここでじっとしているのと、何が違う? 痛くないだけ  
マシだろう?」  
「……」  
 女はぽかんと口を開け──「そう、かも」  
 
「だろう? だったらここに座ってりゃいい……俺みたいにな」  
 女の唇から微かな吐息が洩れる。うん、と聞こえた気がした。  
 
 どのくらいの時間、二人雁首そろえてぼーっと座っていただろう。  
 不意に。膝を抱えていた女がもぞもぞ動き。  
「……痛い」  
 呟いた。  
 手が、後頭部を押さえている。落下時に砕けた部位だ。  
「痛いも何も、前の傷は全部治っちまうだろうに」  
「そうだね。じゃあ、痛かった」  
「……お前実はバカなのか?」  
「ひどいな!」女は憤慨し──気の抜けた顔で笑う。「かも、しれないけど。貴方は口が  
悪いよ」  
 華やかではないが愛らしい笑顔だった。男の、折れた心の何処かを揺さぶるには充分な。  
「ありがとう」  
 全く必要のない礼を言い、女は立ち上がる。  
「行くのか?」  
「うん。じっとしているのとか、待つのとかは苦手だから」  
「ハ。また殺されに行くとは、ご苦労なことだ」  
 女の手が微かに震えた。ほんの一瞬、言うのではなかったと後悔した。  
「……それでも、他に道なんてないし」  
 前向きなことだ、と思った。やはり彼女は自分と“違う”のだ、とも。  
「──なあ、」  
 その。自分とは隔たりのある筈の女が、おずおずと訊ねてくる。  
「また、死にたくなったら……次も、ここに来ても、いいかな」  
 死ぬのも、痛いのも、実はあんまり好きじゃないんだ──これからまた死にに行く女は  
そんなことを言った。  
「どうでもいいさ。……好きにしろよ」  
 余計な一言をつけ加えてしまったのは、彼女への罪悪感が残っていたからだろう。  
 だから彼女の安堵と微かな親愛を込めた笑顔を向けられて。男はどうしようもない心地  
になってしまった。  
 
 
 それが切欠で彼と彼女は言葉を交わすようになった。男はいつも同じ場所にいて、女は  
様々な場所に赴いて死ぬ度に男の隣に座った。  
 女は、本当によく死んだ。死ぬ度にべそべそ泣いて、或いはぶつぶつとあれが悪かった  
こうすれば良かった、と反省だか自虐だが判別し難い独り言を呟いていた。  
 彼女が男に対して何かを要求することはなかった。慰めであれ、激励であれ、男からも  
与えることはしなかった。そんなことの出来る人間ではないと自覚していた。  
 
 その日までは。  
 
 
「なあ……お前、死に過ぎじゃないのか」  
 今日も今日とて嵐の祭祀場のローリング骸骨にブチ殺された彼女は、男の言葉に傷ついた  
表情を見せた。  
「私はどうせ弱いよ……放っておいてくれ……」  
 いじけて三角座りの女を、男は呆れた様子で眺め。  
「……お前、ちょっとローリングしてみろ」  
「はい? なんで?」  
「いいからやってみろよ」  
 突然の要求ではあったが、根が素直なのか女は首を傾げつつ従う。  
 頭部以外を板金鎧で覆った身体が前転し。がしゃがしゃ耳障りな音を立てのたのた起き  
上がる。  
 成程。こいつはダメだ。これは死ぬ。というかこれでボーレタリアまで辿りつけたという  
のが不思議でならない。  
「なんでローリングしただけでそこまで言われなきゃならないんだ! わ、私のローリング  
はそんなにおかしいのか?!」  
「いや」ソウル体だというのに頭痛を感じながら、男は溜息交じりに告げる。「おかしい  
以前に、出来てねえだろ」  
「いやちゃんと転がって起き上がっただろうが!」  
 言っても分からないそうなので行動で示した。  
 その場で床へと飛び込み、肩口を支点に回転、着地の衝撃を逃がす。しかし回る勢いは  
殺さずそのまま立ち上がる力に転化する。この間、一秒にも満たない。  
「……」  
 女は悔しげに唇を噛み。「……私には出来ないよ」  
「いや出来る。というか出来るようになれ。まずはそのクソ重い鎧を脱げ。それでも  
出来なきゃ死ぬかもう諦めろ」  
「な」女は驚き、抗議する。「鎧を脱ぐ、だって? 冗談も休み休み言え。私の体力で鎧  
もなしに敵の攻撃に耐えるのは無理だ」  
「それじゃあ訊くがな」  
 抗議に、男は返す。  
「お前、鎧を着けていれば敵の攻撃に耐えられるのか?」  
「……! そ、それは……」  
「耐え切れないから何度も死んでるんだろ。鎧の上から削り殺されるのと、鎧なしで一撃  
で殺されるのと、何が違う?」  
 一拍。  
「違うな。全然違うな」  
「え」  
 男は溜息を吐く。  
 誰が死のうが生きようが、挫折した自分には関係ない。関係ないが──死ななくてもいい  
人間が死ぬのは、やはり気分が良くないものだ。  
 
「鎧の上から殴られりゃ死ぬ。鎧なしで殴られても死ぬ。けどな、当たらなければ怪我も  
しないし死にもしないだろ。お前の力じゃ鎧を着けたまま避けるのは無理だが、脱げば  
何とかなるかもしれん。違いってのは、そういうことだ」  
 女はじっと、男が居心地の悪さを覚えるくらいにじーっと見つめて、  
「頼みがある」  
 なんだか必死な様子で懇願してきた。  
「私に訓練をつけて欲しい」  
「俺にそんな義理はないぞ」  
「……分かってる。けど、」女の目は、必死だった。目の前の相手しか存在しないように  
必死だった。  
「このままじゃ、私はどうにもならないままだ……お願いだ、礼は、必ずするから! 私  
は、死ぬのも、痛いのも、もう嫌なんだ……!」  
 
 助けて、と。  
 デーモンスレイヤーであることを未だ諦めていない女が、此処から進むことを諦めて  
しまった男に、言ったような気がした。  
 
 ──誰かに助けを求められたのは、本当に久々だったから。  
 ──心折れた自分にも、役目があるかもしれないと、思ってしまったから。  
 
 男は、つい頷いてしまった。  
 
 
「防具は限界まで軽くするとして、だ。武器はどうする」  
「力はあんまりないから、重いものは持てない」  
「銀のコロネット持ちってことは、魔法も使えるんだろ。そっちで戦えば少しはマシに  
なるんじゃないか」  
「魔法は……教わったけど、上達は全然しなかった。触媒だって“姿隠し”のために持って  
いるようなものだし」  
「……お前、思った以上に弱いんだな」  
「言わないで……」  
 とりあえず手持ちの防具で一番軽い魔術師の衣服一式を装備させ軽快なローリングが  
可能であることは確認した。次は攻撃手段だ。  
 何時も使っているというロングソードとヒーターシールドを持たせ、軽く打ち合う。  
「お前程度の力で、盾で防ごうと考えるな! 受けて、相手の剣を崩すと考えろ!」  
「……ッ! は、いっ!」  
 盾めがけ剣を思い切り振り下ろす。金属と金属が擦れ、ヒーターシールドを支える腕が  
加重を逃がそうと躍起になる。  
 突き出された直剣の一撃を、今度は男が盾で弾く。大きく体勢を崩したところに、一突き。  
 女の反応は速かった。  
 
 横へと滑る、軽やかなローリング。「わ、っと」勢い余ってたたらを踏んだが、装備の  
軽さに馴れてしまえはどうということもなくなるだろう。  
 意外にも剣筋は悪くない。先のロングソードでの攻撃も、力がないと嘆く割にはなかなか  
の威力だった。  
「お前な、」  
「うん?」  
 ──これは、試してみる価値がある。  
「刺突剣は使ったことはあるか?」  
「うん。前はレイピアを使っていたけれど、こっちの方が頑丈だから今は預けっぱなしだ。  
それがどうかしたのか?」  
「持ってこいよ」  
「え」  
「剣を見る。もう一戦だ」  
 
 獲物を変えての再度の打ち合い。  
 予測は正しかった。  
 女の剣は一変していた。直剣の重さを扱いかね大味になっていた刃筋が、軽いレイピア  
に替わった途端安定する。鋭い一閃が矢継ぎばやに男を襲い、いくつかは盾が間に合わず  
大きく間合いを取って避ける破目になった。  
 これか。これが、彼女の本来の剣か。  
 重さに任せて振るう剣よりも。敵の隙を狙い防護の僅かな間を抜くスタイルの方が彼女  
に相応しいということか。  
 全く。  
 自分の生きる術も知らずに。  
「よく此処まで来れたよなあ──!」  
 剣を叩きつける。女が盾で受け──  
 
 受けない?!  
 
 切っ先が空を切る。女がいない。黒髪の残像だけが視界にある。何処に、どこに、  
「────ッ!」  
 ぞわりと総毛立つ感触が生まれる。理屈より理解より先に身体が状況を把握する。背後。  
致命狙い──!  
 
 鈍い衝撃が左手に来る。悲鳴もあげず女の身体が石床へと転がってゆく。「しま……っ!」  
咄嗟に裏拳の要領で振り抜いた盾が、女の顔面をまともに捉えたのだ。  
 ソウル体、戦士同士とはいえ顔はまずかっただろうか──似合わないフェミニズムが頭  
をよぎる男の前で、女は身を起こし。  
「今の──なんだ?!」  
 物凄い勢いで男ににじり寄ってきた。  
 
「ああいや悪かった悪かったからまずは鼻血を」  
「今の何だろう! なんか身体が有り得ないくらい軽かった!」  
「鼻血を拭けって──何だって?」  
 女は興奮しきりだった。ソウル体なので殴られた頬の赤みもだらだら垂れる鼻血の色も  
目立たないのだが、高揚に顔が真っ赤になっているのは何故か分かった。  
「レイピアがあんなに軽かったのも狙ったところに持っていけたのも初めてだし、失敗は  
したけど何時後ろに回ればいいのかも分かったし──なんでだろう!」  
「いや落ち着けよ」  
 当たり前のことだろう、と男は女を宥める。  
「負け続けのお前だって幾らかソウルを喰らったろう。ソウルでの強化は普通の鍛錬なんか  
目じゃない効果を及ぼすんだよ」  
「ソウルの……そっか、そうだったんだ」  
 女は握るレイピアをじっと眺め、  
「行ってくる」  
 鼻血もそのままに凛々しく宣言した。  
 は、と間抜けな声を洩らしたのは男の方。  
「行くって、何処にだ」  
「祭祀場だ。この感覚を忘れない内に骸骨どもに一矢報いてやる」  
 女はくるりと背を向け走り出し。  
 男の元に戻ってくる。  
 
「ありがと」  
 
 はにかむ姿は育ちの良い令嬢でも通る愛らしいものだった……服の袖でこっそり鼻血を  
拭っていなければ。  
「俺は何もしてないだろ」  
「いいや」  
 卑下も含んだ返答に対し、女はきっぱりと言い切る。  
「貴方がいなければ私は先に進めなかった。貴方のお蔭だ。ありがとう」  
 
 真直ぐな目。  
 その色は、もう澱んではいない。透き通る南の海の色。  
 
「行ってきます」  
 
 今度こそ女は駆け出す。  
 残された男はひとつ頭を振り、自分の定位置に戻る。そこで何時も通りの姿勢を取る  
ことになるだろうが。今度はそこに、“待つ”という行為が加わりそうだ。  
 
 
 その後。ローリング骸骨に競り負け、奴らには刺突武器より殴打が有効と気づくまで  
三度ほど死ぬ彼女の洟水を拝むことを、男はまだ知らない。  
 
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