多分私は調子に乗っていたのだと思う。
気付けば囚われていた楔の神殿、そこにいた虚ろな男に言われた通りボーレタリアに侵攻した私はあっさりとデーモンを倒していた。
貴族の子女として生を受け、魔法の素養に恵まれていた私を父はいたく気に入り、数多いる姉妹兄弟の中で特に私に鍛練を課していた事も一因であろう。
ともかく私には、それなりの戦闘能力が備わっていた。
肉体を取り戻し、楔の神殿に戻ってみれば、顔を塗りつぶした不気味な女に誘われ要人なる人物にこの世界の現状、及び私の行動方針が示された。どうやら私は、彼らに利用される為この地に呼ばれたらしい。
正直私は舞い上がっていた。
救世である。
自分が物語りの中の英雄か何かになった気がした。
私は要人の問いに二つ返事で返し、意気揚々と新たなデーモンを狩るため解放された要石へと向う。
そして――――……
今私は地に倒れ伏していた。
甘かった。自分の考えは途方もなく甘過ぎた。
新たに開かれた地。そこはボーレタリア城とは様々な意味で異世界であった。
襲いかかる異形のモノ共、見た事も無いそれはまるで人の骨が蘇ったかのような、不吉で汚らわしい姿をしていた。
落ち窪んだ眼孔からは不気味な青い光を爛々と輝かせ、私を覗き見ている。
抵抗する気力さえ無い私をどうなぶろうか考えているのだろうか。それともこいつらの様に骨にされ、化け物にでもされるのだろうか。
どちらにせよ私には関係が無い事だ。
どうやら私の物語りはこれで終幕の様であるから。
諦念が思考の大半を殺ぎ落とした時、私の視界に青く灯る――……骸骨どもの青とは一線を画した綺麗な青で描かれた文字が映った。
これはなんなんだろうか。
薄ぼんやりとした思考で考える。
綺麗な光りを発しているその文字からはなにやら生命力の様な物が立ち上ぼっている気がした。
数瞬、私がその文字に気を取られれているその時ふと気付くと骸骨が私の頭上で大剣を掲げているではないか。
その光景に思わず私はギュッと目をつぶり、体をちぢこませた。
怖い。
ぎらつく剣は恐怖そのもので見ている事が出来なかった。
しかし眼をつぶればそこは暗闇、聴覚が新たな恐怖を誘う。しばらくしても骸骨は未だ剣を振り下ろさない。
その間に耐えられなくなり、薄めを開けてみれば、そこにはまだ青い文字は淡く灯っていた。
その揺れる光に私はふとその文字に触れてみたいと思った。今にも命が絶えそうな状況の私にはその光が救いの様に見えたのだ。
骸骨は今にも剣を降り下ろそうとしている、私は少し手を動かしその文字に触れた。
――――瞬間、触れた事を咎めるかの様に剣が一気に振り下ろされた。避ける暇も体力も無い。
降り下ろされた剣が顔に迫って来ている。アレは確実に私の命を断ち切るだろう。
これで終わりか、あっけないモノだ。
でも……叶うのなら私は――――
――――――死にたくない。
『了承した』
ガギィン……!
鈍い音がなり、私の顔まで数センチの所で骸骨の大剣は固まっていた。
「今回の主人よ。お前の呼び掛けに応じて参上した」
いきなり現われた男は私にそう力強い声をかけながら、ぎりぎりと骸骨の剣を塞き止めている。そしてその体は、先程の文字と同じく綺麗な青で覆われていた。
「え、なっ……」
「では、行く」
そこから先の光景に私は目を疑った。
私があれ程苦戦した骸骨をその男は剣の一振りで細切れにしてしまったのだ。
そして男は何事も無い様に、ごくごく自然に歩き出したかと思うと、次々に襲いかかってくる骸骨や、空を飛ぶ嫌らしい獣。果ては私を死の淵に叩き込んだ悪魔までもを気張るでも無く軽々と滅殺していく。
一体彼は何者なんだろうか。
疑問は尽きる事が無く正体不明な彼に私は視線を釘付けにされていた。
「き、君は一体何者なんだ? どこから出て来た?」
男が辺りの敵をあらかた殲滅し随分静かになった所で、好機と見た私は男に思い切って話しかけてみた。
緊張のため若干どもり気味な私の問いに一瞬怪訝な顔をした男は、一瞬考える様な素振りをしてからこう語り出した。
「私は主人の呼び掛けに応じて、様々な世界を練り歩くソウル体だ。俗に青ファントムと呼ばれている」
「青ファントム?」
聞き覚えの無い言葉に思わず聞き返す。
「そうだ。君の世界の要人はくれなかったか? この青い石を」
そう言って男が懐から出した石に私は確かに見覚えがあった。
「これ握って願うんだ。誰かを救いたいと」
「……」
「そして私の助けを必要としているモノの呼び掛けに応じて、その者に召喚され使役される。それが青ファントムだ」
青いソウルサインに触れたのだろう? と男は私の顔を見つめる。
訳も無く少し顔が熱くなった。
「な、なるほど。あれが呼び掛ける為に世界と世界を繋げる媒介な訳か」
「ああ、そうだ」
話しつつも男は片手間に空の獣を打ち落として行く。すでに今まででは考えられない程のソウルが私の体に溜まっていた。
「もうすぐデーモンだ。気をつけろ」
「あ、ああ」
断崖絶壁を通り、崩れかけた建物に入り込み迫ってくる敵を皆殺しにした末、難なく霧が深く覆う部屋の前にたどり着いた。
ここまでの道のりで私は何もしていない。全ての障害は男が踏みつぶしてしまっていた。
きっとデーモンでさえ彼は軽く屠るのだろう。
私は何故か高鳴る鼓動を持て余しながら、彼の精悍な横顔をジッと見てめていた。
続く……?