「アル・アジフ、俺に―――俺に何が出来るだろうか」  
アズラッドの瞳を特徴づけていた、その暗さはもう、ない。  
復讐の黒い炎にその身を焦がし、魂をも燃焼させ、その戦いを終えたのだから。  
アル・アジフは彼の瞳を見て確信する。  
この者は弱くなった。魔導書にこのような問いをするのが何よりの証だ。  
この者は陽の下に還る事が出来る―――還さねばならない。  
消し炭と成り果てたその存在によって新たな一節を刻む事もなく。  
「面妖な事を問う………汝の望むところをなせばよかろう?  
アレの封印さえ済めばズァウィアは程無く分解するが、彼奴の発した瘴気に中てられるモノも多かろう。  
怪異に対する刃を持たざる者共を前に、汝の力を示してやるのも一興」  
別離の予感から来る胸の痛みを、アズラッドの真意を察した事による熱を流し去るように、一息に喋る。  
その偽りの返答を咀嚼するアズラッドを精一杯不敵に見据える。  
「………いや。覇道の芸事に関してではなく―――」  
『黙れ』と言うべきだ。酷薄に嘲るべきだ。そんな演技など一心同体たるこの魔術師に対しては全くの無駄であろうとも。  
しかし、それをするには少女の心は余りにも癒され過ぎていた。  
「―――おまえの為に、なんだが」  
 
長い沈黙を、プロペラの低いうなりだけが満たす。  
アズラッドから注がれる視線が、力なきもの――例えば、あの小娘――に時折向けられたそれと同質のものが酷くこそばゆい。  
アル・アジフは、動悸と紅潮を静める術を識らない我が身を呪った。  
それでも、ふん、と鼻で笑い、皮肉めいた不器用な声色を作る。  
「そうさな、流石にこの高度では妾の寝屋も冷えるというもの」  
その視線から逃れるように、掌でアズラッドの両眼に蓋をする。  
そのまま、床に敷かれた毛布の上に横たわる彼の顔を覗き込み、  
「少しばかり、暖を取らせてもらおうか………」  
面食らっている様子のアズラッドを少しばかり愉快に感じ、契約時とは真逆の体勢で口づける。  
魔術書が自発的にする、呪を伴わない、無意味な行為。それを魔術師はそっと髪を梳る事によって受け入れた。  
 
「ぅ………ふぁ!?」  
ただ軽く押し付けるだけの行為を続けるアル・アジフの唇の隙間を、アズラッドの舌がなぞる。  
ビク、と一瞬震えてからその意図を解し――早くも底を見せてしまった事を悔いながら――おずおずとその口腔を明け渡す。  
ぬるりと滑り込んで来る舌は、微かな血の味を伴っていた。  
歯茎を丁寧になぞり、強張ったアル・アジフの舌を導くように絡められる。  
幾度も解け、すれ違い、その度に互いの舌先を求め合った。  
「ん………んぅ………」  
くちゃくちゃという水音に混じる、アル・アジフの喉奥からのうめきが甘くなるのを感じてアズラッドはその舌を己の内に戻す。  
「う……っ?」  
アズラッドの唇との間でアル・アジフの舌が躊躇する。  
自分から進入する事への羞恥に顔を引き攣らせるアル・アジフの着衣にアズラッドの手がかかる。  
が、包帯を巻かれ、指の数本に至っては添え木すらしてあるその手ではそれを剥ぐ事は叶わず―――  
はらり、と。数枚の紙片と化した衣服が、アズラッドの指の隙間から逃げるようにして体内に収納された。  
 
目の前の少女、その女である事を主張して間もない身体でもなく、自ら肌を晒した事による羞恥に灼かれ唇を噛むその様子でもなく、  
「………便利なものだな」  
実に何年か振りの軽口を叩く。尤も、元来堅物であるアズラッドにその自覚があるのかどうか。  
「………も、もっと他に言うべき事があろう」  
零れそうになる笑みをこらえ、胸元に添えられたままのアズラッドの手をとってそっと口づける。  
「っ?」  
薄く湿った唇の感触と共に、傷の痛みがほんの少しだけ和らぐ。  
アル・アジフはそのままの姿勢でアズラッドの瞳を見返し、  
「術衣を纏った時を思い出せ。今すぐに回復させる事は叶わないが………こうして誤魔化してやる事位なら出来る」  
と言った。覗かせた舌先で、つう、と腕に巻かれた包帯をなぞってゆく。  
流石に全く同じと言う訳にはいかないのか、この施呪は痛覚以外の感覚、その幾割りかをも道連れにしていった。  
アズラッドの褐色の肌を貪るかのように、彼の首筋や胸板にアル・アジフの唾液が塗される。  
「っ………くっ」  
アル・アジフの滑らかな指先もそれを追うように這いまわり、アズラッドの口端から吐息を漏らさせる。  
古傷が肌に描く微妙な丘陵、共にした5年間に刻まれた年輪のようなそれを一つ一つ確認してゆく。  
真新しいものは特に念入りに。血液の芳香に蕩ける己を、浅ましく感じる余裕すら失いつつある事を自覚する。  
未発達な双丘の先端がその硬さを増しつつ、アズラッドに押し付けられる。  
アズラッドは、アル・アジフの震える吐息と共に伝わるそんな感触に気怠く酔い、その部分の筋肉を不随意に反応させる。  
甘い毒で主を犯しながら一心にじゃれつく愛玩動物。そんな印象を抱きながら。  
霞む思考の中から確かな物を選び出すように………下腹部をさらさらとくすぐる前髪を一房手に取る。  
 
肌を舐め回す事に没頭していたアル・アジフがそれを受けてアズラッドの顔に視線を戻し、  
「ぁ………こ、これは」  
丁度胸元辺りにあるアズラッドのその部分の様子に気付き、それに伴って思考を曇らせていた熱が引く。  
生彩に欠ける、といった形容をするしかない彼の全身の内で、その部分だけが不自然なほど力強く脈打っている。  
ごく、と唾を飲み、窮屈に覆う布からそれを開放した。  
「う………ぁ!?」  
天井を向くそれを前に、今更ながら自責する。消耗している人間に、余計な部分に血液を回させてどうする、と。  
だが、構うものか。これは妾の正当な取り分だ。だから―――少しばかり、借りるぞ?  
彼を復讐に駆り立て、未だ、そして恐らくは命尽きるまで縛りつづける女に対し宣言する。  
その上で膝立ちになり、潤み始めた入り口に添えて一息に―――  
 
「んっ!」  
―――自らに楔を打つ筈が、幼い秘部はそれを拒み、力を上に逃す。  
結果的にそれで陰核を強く擦られる事になり、  
「んっ………んぅ…っ」  
その余韻にぶるぶると背を震わせる。  
息を整え、  
「ふぁ……!」  
もう一度。  
「あうぅ……っ」  
立ち上がろうとする乳飲み児の様に幾度も幾度も試み、その度に秘所の表面を刺激され、アズラッドの陰茎にその蜜を塗す。  
その様を見兼ねたのか、消耗と快楽にたゆたっていたアズラッドがその手をのばした。  
「ふ………ぇ?」  
自由の利かない指先で、アル・アジフの脇腹から腰骨へと撫で下ろしてゆく。  
「は………ん………ふっ、っ!」  
愛撫とは言い難いその単純な動きにも、アル・アジフは敏感に反応する。  
彼の指はついに腿の間に侵入し、ぷくりと充血した陰唇をゆっくりと扱く。  
「ぁ、アズ、ラッド……ま、待て……っ、ひ………!?」  
蜜を塗した指でその発生源を、陰核を、そっと撫で続ける。  
「んーっ!ふっく………っ、あ…あぅ……う……」  
何拍か置きに訪れていた刺激を連続して与えられ、かぶりを振り続けるアル・アジフ。  
透明に近い体液が今まで以上に溢れ、アズラッドの掌をべっとりと濡れ光らせた。  
「アル―――」  
最後まで言い切れなかったのか。気怠げな囁きと共にアズラッドの指がアル・アジフを開放する。  
愛称めいたそれは、快楽の中に溺れるアル・アジフの意識を引き上げるにのは充分な力を持っていた。  
アル・アジフは、胸内で奏でられる低音の存在をより強く意識する。  
 
「呂律が………上手く―――」  
アル・アジフ。死霊秘法(ネクロノミコン)。あらゆる禁断の智識を網羅する最強の魔導書。  
だが―――その業を背負うには余りにも脆い少女の名は―――  
「………構わん」  
焦点のぼやけた目と目を合わせる。やや怪訝な色の浮かぶアズラッドの瞳を前に、  
「アルで、よい」  
笑顔で言う。主が燃え尽きる事を恐れ、人に焦がれるモノが最強の魔導書などであるものか、と自嘲しながら。  
呆気にとられるアズラッドをよそに、アル・アジフは再び腰を持ち上げ、  
「ぐぅ……はぁ………っ」  
アズラッドによって解された秘所で、彼の陰茎を包み込んでゆく。  
「あぅ…い゛っ……!」  
未だ三分の一程を体外に残したまま、膣奥に辿り着き、再び腰を持ち上げて、下ろす。  
「は……っ……んぅ!ぅー…」  
赤いもののまとわりついた陰茎を出し入れする様は、純潔を失ったばかりの少女としては余りにも痛ましいものだった。  
アズラッドの萎えきった腕力ではどこか自傷行為にも似たそれを止める事はできず、説得するに足る言葉も持ち得ない。  
「ん゛っ!……アズラッドっ………はぅ」  
「アル………」  
倒れこんで来たアル・アジフの背に腕を回し、出来得る限り優しく撫で続け、  
「んむ………ふぅ……っちゅ………」  
苦しげな呼気を唇で受け止める事によってそれに代えた。  
白磁のような少女の四肢が、褐色の肉体と絡み合い、ゆるゆると蠢き続ける。  
客観視すれば誰であれ、粘性の高い水音を背景に際立つ淫らなそのコントラストに息を飲むことだろう。  
痛みに引き摺られる不完全な快楽に打ち震えるアル・アジフ。消耗した身体で彼女にそれを与えるアズラッド。  
やがて、そんな平衡状態を、アル・アジフの体内で二度、三度と脈動するモノが乱す。  
「っは、……ぁー……んぅ…っ!」  
吐き出された体液の熱さに震え、アズラッドの苦痛にも構わずその身体を思い切り抱きしめる。  
今のアズラッドに対しては、その苦痛すら意識を繋ぎ止める鎖とはなり得ず、彼の意識は暗転した。  
 
アル・アジフはゆるく上下するアズラッドの胸に頬を寄せて、垣間見えた彼本来の姿を反芻し、思う。  
まるで、憑き物が落ちたかの様な―――否、ここに一つ残っている、と。  
未練がましく体内に咥えていた、硬さを失ったそれを引き抜き、アル・アジフは実に数百年振りかの涙を零し続けた。  
 
 

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