「ジャスミン!明日と明後日休みだよな?」  
メガロポリスの明かりさえも少なくなる深夜である。  
居住スペースの薄暗い廊下を歩いていたジャスミンをバンが呼び止めた。  
「そうだけど……なに?」  
「明日俺も非番なんだけど、一緒にどっか行かね?」  
「バンと?どこに?」  
ジャスミンは不思議そうに首を傾げた。  
地球署の仲間といえど、女同士や男同士ならともかくとして  
男女で――しかもジャスミンと休日を共にする者は今まで殆ど無かった。  
それはとりもなおさずエスパー能力を有する彼女が仲間のプライベートを  
(もしくは彼彼女に関わる人間のプライベートを)覗かない様にする為でもあり、  
またその特殊な能力が元で思念に敏感なジャスミンを  
人混み雑踏に連れて行かない為の仲間の心遣いでもあった。  
連日連夜の仕事で、一緒に連れ立っては出かけることが無いというのも  
また原因ではあるのだが。  
その証拠としてジャスミンは今日までここ数週間休みらしい休みが無かった。  
当然ジャスミンの「能力」の出番も度々あるわけで、  
それをボスが気遣ってくれたお陰で二日連続の休みを頂戴したのだ。  
「それは行ってみてのお楽しみ、ってことで。じゃ明日な!」  
まるで子どものように胸を張って言うが早いかジャスミンの返事も待たず  
バンはとっとと自分の部屋の方へ帰っていった。  
 
翌日、バンはTシャツにジーパン、  
ジャスミンは白いノースリーブにジャケット、サブリナパンツという  
一目には地球の平和を守る宇宙警察の人間とは分からぬ  
今時の若者らしい格好の二人は、その今時の若者が乗るには  
おおよそ似つかわしくないおんぼろバスに乗っていた。  
今時床が木で出来ていて、アスファルトで舗装してあるはずの道を  
走っているのにバス全体がよく軋む。  
そんな車体の傷みかこの路線の重要度が低い所為かは知らないが  
バスには二人以外に乗客は見当たらない。  
どこに座っていいか分からず、結局一番後ろの繋がった座席に  
少し間を空けてバンとジャスミンは座った。  
休みの日だというのにまるでいつもみたいだな、とバンはこっそり思う。  
「ねぇ、バン。どこ行くの?」  
戸惑い気味にジャスミンはバンに訊ねた。  
普段バスに乗る機会の無い彼女には行き先の見当もつかない。  
バンは何か企んでいるかのように、にいっと笑う。  
「お 楽 し み」  
ようではない。企んでいる。そしてそれを  
――到底隠しきれてはいないのだが――隠そうとしているのだ。  
例えば今ジャスミンが手袋を外して少しバンに触れば  
それは容易に分かる筈だ。だが自分がそれをしないのも、  
彼女がそれをしないのも二人はお互いに分かっていた。  
それがジャスミンが自分に課したルールであると、地球署の皆は分かっている。  
 
――バスの時刻表  
――皆の休日の割り当て表  
――休みの日の私?  
「ジャスミン、着くぞ?」  
頭の斜め上からの声で目を覚ましたジャスミンは、  
バンに凭れて居眠りをしていたことに気付いて慌てて身を離した。  
あまりにそれが素早かったので逆にバンが驚いたほどだ。  
「え、俺なんかした?」  
「ううん、何も……ごめん。……どこ?ここ」  
 
「海だーーーーー!!!」  
早くも砂浜でスニーカーと靴下を脱ぎ捨てて、砂に足をとられながら  
波打ち際に向かって駆け出したバンの背中を見て、ジャスミンは  
まるで姉のような態度で微笑んだ。  
まだシーズンにはなっていない上、平日故に砂浜には誰も居ない。  
「おーい!!ジャスミン、こっちこっち!」  
バンは両手で大きく、もう顔も見えないほど遠くなっている  
ジャスミンに手を振った。自覚は無いがこちらも弟然としている。  
仕様がなく、ジャスミンも靴を脱いで砂浜を歩き出した。  
(そういえば、こんな場所に来るのは初めてかな)  
海も山も、夏になれば人がいる。  
幼い頃から数年前まで――、いや今も  
彼女にとって季節の場所というのは憧れでもあり、恐れでもあった。  
 
「どうしてここに?」  
ジャスミンが波打ち際に来た時には、既にバンは  
ジーパンの裾を捲り上げて脛の辺りまで海に入っていた。  
「だって、一人で海は寂しいじゃんか」  
「バン?」  
僅かな言い淀みをジャスミンは見逃さない。  
自分の名を呼ぶ声に込められた静かな尋問の調子に、  
観念したようにバンは小さくため息をついて言った。  
「……だってジャスミン休みの日全然出かけねぇじゃん」  
「?出かけてるわよ、買い物とか公園とか」  
「そうじゃなくって!あー、だから、こう……遠くにさ」  
言いたいことをうまく纏めきれていない様で、  
つんつん頭をバンはがしがしと掻いた。  
ジャスミンは首をかしげて彼の答えを待つ。  
「……俺が言いたいのは、考えず行こうぜ!って感じの」  
「ふ、いきなりどうしたの?」  
まだ困った様子のバンにくすくすとジャスミンが笑うと、  
少し怒ったような顔をした後、真面目な顔で彼女を見つめた。  
「俺、エスパー能力がどんなもんなのかなんて正直よくわかんないけど、  
もっと気楽にやってもいいんじゃねぇの?ジャスミンは人の秘密が  
見えるの気にしてるんだろうけど、エスパーじゃなくったって  
秘密なんて結構分かっちゃうもんだろ。相棒なんてさ、  
誰だかわかんないけど女の人の写真こっそり持ってるんだぜ?」  
言った後で、バンは慌てて俺が言ったって内緒な、と付け加えた。  
 
「でも、秘密を知られるのは嫌でしょ?  
仲間だから、知られたくないこともあると思う。  
ホージーも仙ちゃんもウメコも」  
「そりゃそうだけど……。そんなに恐がらなくていいじゃん」  
「え?」  
「ジャスミン、俺たちが何思ってるか知るの恐いんだろ?」  
ジャスミンは驚いたようにバンの目を見たまま黙り込んだ。  
バンはそれを見て自分が考えていたことが  
間違っていなかったことを確信した。  
「そりゃ、嫌な思いすること多いよな。デカの仕事だって  
犯罪のこと調べたりするんだし。だけど――いや、だからさ。  
……うー、だから……」  
また言葉が上手く出てこなくなったらしく、バンはうんうん唸った後  
いきなりジャスミンの肩をがしりと掴んだ。  
「ジャスミンなんか固いじゃんか!スキンシップが足りないと思うの俺は!  
俺は相棒の相棒でもあるけど、マシンドーベルマンで  
ジャスミンの相棒でもあるんだし!俺のことは知ってもいいじゃん!  
俺は恐くないんだからってことを言いたいの、俺は!」  
うん、そうだと一人で納得してバンは両手を腰に当てて  
その考えを落ち着かせるようにやたら頷いた。  
 
「……ほんとに」  
「ん?」  
「ほんとに恐くない?」  
「ん!」  
バンは精一杯真面目な顔をして頷いた。  
傍から見ていたら人はこの時の彼を子どもっぽいと評したかもしれない。  
「じゃ触っていい?」  
「ん?うん」  
黒の革手袋を外して少し腕を上に伸ばし、華奢な手がバンの頬にそろりと触れる。  
その手はほんの僅か震えている。  
バンは柔らかい手だな、と思った。指が細い。  
親指がそっと撫でるのがくすぐったかった。  
何か見えてるのかな、あとバンは思う。  
だが直ぐ後にま、いっかそんなの、と暢気に思った。  
小さくちゃぷり、と水音をたててジャスミンが足を一歩踏み出す。  
まだ手袋をしたままのもう片方の手がバンのTシャツの肩に触れる。  
水底の砂の上で色の白い足が背伸びをした。  
 
夕焼けに染まるデカベースの廊下である。  
小さく疲労から来るため息をついてホージーは自室へと歩いていた。  
今日はバンとジャスミンが休暇をとったために普段より仕事は多かったのだが  
この男にそんなことはあまり関係なく、むしろ定刻より早く仕事を終えた。  
エリートだの優秀だのの言葉が付きまとう所以である。  
自室に戻って一息ついてからまた仕事に戻るつもりであった。  
ふと、向かいからバンが歩いてきた。  
「おい、お前夜から仕事に戻るんならそろそろ……どうしたんだ?お前」  
忠言でもするつもりであったが、どうにも様子がおかしい。  
呆けている。  
「おい、聞いてるのか?」  
聞いていない。  
そのままぼぉっと歩いて何も言わずに自室へと帰っていったバンに  
ホージーは怪訝な顔をして首をかしげた。  
 
 
完  

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