好きだとか、そういう甘い言葉を欲しいと思わなかったといえば、嘘になる。けれど、決してそれだけが欲しいわけでもなかった。  
 ただ、わたしは竜崎さんの気持ちがつかめず不安で、苛々して。自分の気持ちだけが先行している。会わずにいた時間はわたしの不安を大きくさせていくばかりで。  
 だから、竜崎さんの気持ちをわかろうともしなかった。それはわたしだけでなく、竜崎さんにも影響は与えていたのかもしれないのに。  
 
 なかなか会う時間を持てない竜崎さんが捜査の合間を縫って時間を作ってくれた。  
 それなのに、わたしは苛々したままで、自分の不安だけをぶちまけてしまった。  
 吐露して、泣いて、そして竜崎さんを困らせた。泣き啜るわたしを引っ張るようにして人目のつかない路地裏まで連れていくと、竜崎さんはズボンのポケットに手をつっこんで無言でわたしを見つめるだけ。  
 それがまた、不安になる。  
 もしかしたら、こんな風に泣いて喚く女の子なんて要らない、とか思われたのかもしれない。余計に悲しくなって涙が止まらなくなった。  
 
 ひとしきり泣いて、鼻を啜ると竜崎さんがぽつりと言った。  
 すみません、と。  
「謝って欲しいわけじゃないの。そうじゃなくって―――」  
「そうではなく……そうですね、間違えました。  
 私は粧裕さんを失いたくない。だから、会えないのが粧裕さんにとって負担でも、  
不安にさせても、私は粧裕さんを待たせる。ただの私の我侭です」  
 思わず彼を見上げた。  
 一杯涙を流した私の目はしょぼしょぼしていて、視界がぼやけている。それでもわたしをまっすぐに見る竜崎さんの視線をしっかりと受け止めた。  
 
「私は死ぬのは怖かった。だから死にたくなかった。それでもキラを捕まえるためには死を覚悟しました。でも今は、死ねない。そう思います。  
 粧裕さんが居るから死ねない。私が死んで、その後誰か他の男が粧裕さんの横にいるのだと思うと、私は死にたくない。そんなものは見たくない。死ねないんです。だから、粧裕さんを失うなわけにはいかない。  
 キラを捕まえて、粧裕さんを失うのでは意味が変わってしまうんです」  
 それは好きだと言われる以上に甘美な言葉で、わたしはもう言葉が出ない。  
 竜崎さんを見て、そして自然に両腕を彼の首に回した。  
「竜崎さん、絶対に死なないでね」  
 竜崎さんの腕がわたしの背中に回されて、わたしはとても安心した。  
「はい」  
 
 竜崎さんの声にもう一度安心すると、お尻をまさぐる竜崎さんの手に気付いた。  
「ちょ、ちょっと」  
 待って、と言いかけて唇を塞がれた。啄むように与えられるキスの合間に「待ちません」という竜崎さんの呟きがわたしの口の中に無理矢理溶け込まされる。  
「や、ん」  
 竜崎さんの手はいつの間にかわたしのショーツの中にまで入っている。  
 彼の指は既に熱を帯び始めていたわたしの中へ簡単に侵入する。キスだけで感じてしまったのがバレてしまって恥ずかしいのと、こんなところでという羞恥心が交わり、わたしは足を必死で閉じようとする。だけど、もう入り込んでしまった彼の手を防ぐには遅すぎた。  
 
ぐちゅりと卑猥な音を立てているのが耳に響いた。  
「こんなとこで、やだ! 誰か来たら……」  
「来ませんよ」  
「来るよ!」  
「来ません」  
 抱きかかえられたままで、竜崎さんが顎をしゃくった先を見ると、いつの間にか黒い大きな車が路地の入り口を塞いでいた。  
 いつの間に?!  
「ダメだよ……」  
 くちゅっと鳴る自分の体の中心から力が抜けていきそうになりながら、理性をどうにか保って、竜崎さんを押しやろうと腕に力を入れる。  
「ワタリさんが見ちゃう」  
「見ません」  
 外されたシャツのボタンの隙間から入れられた竜崎さんの指先に、わたしはもう膝から崩れ落ちそうになる。  
 
 優しく触れ、そしてこすられる。竜崎さんの指が与える感触が頭の先まで私の神経をしびれさせていく。  
「大丈夫です。ショーツは汚さないように下ろしますから」  
「ダ……メ……」  
 喘ぎながらわたしは拒絶の言葉を出す。でも、それはほとんど音にならず、吐く息だけだった。  
「自分から抱きついて誘っておきながら?」  
 誘ったつもりなんかない、と反論したいのだけど、絡められた舌では言葉は出ない。  
「んっ ん、ふ……」  
 口から漏れるのはそんな音だけ。  
 彼が不意にわたしを離したので、良かった、と安心すると路地に置かれたゴミ箱に両手をつかされた。  
 
「え?」  
「すぐには―――終わらせませんけれど、時間はあまりありませんので、我慢してください」  
 後ろから耳元で告げられると同時に襲った感触に、わたしは悲鳴を上げそうになった。  
けれど、その口を手でふさがれ、わたしは息だけを吐き続ける。  
 後ろから激しく突き上げられ、立っているためにわたしの両手は力一杯ゴミ箱の縁を握り締める。  
「あ、んっ」  
「我慢できないなら、私の手を噛んで声を堪えてもいいですよ」  
 そんなの、できっこない。  
 耳元に竜崎さんの荒くなっていく呼吸を感じると、こんな所でこんなことをされているのに、たまらなく竜崎さんが愛しくなる。  
 愛しくて、大切で、抱きしめたくて。  
 
「あああっ んんっ」  
 堪えきれない声を結局竜崎さんの手に歯を食い込ませてようやく凌ぐ。・  
 竜崎さんの手に歯を立てていることさえ、怖いくらいの快楽をもたらす。  
 もっと触れたくて、お腹をしっかりと支えてくれている竜崎さんの手の上に自分の手を重ねる。すると、竜崎さんがわたしの手を握り、そのままもっと力強く、わたしの体重すべてを抱えるようにわたしの体を引き寄せた。  
 わたしは嬉しくて、幸せで、竜崎さんの吐息がもっと近くに感じるようにと耳をすり寄せる。  
 お腹のあたりからぞわりと這い上がってくるような快感に、膝ががくがく揺れ始める。  
 何度も突き上げられて少しずつ失っていく理性と感覚。もう自分がちゃんと立っているのかもわからない。  
 上下の感覚さえ無くなって、たまらずに見上げたはずの空なのに、自分の視線が上に向かっているのか、地面を見ているのかもわからないし、そんなことはどうでもいいことに思えてきた。  
 感じていたいのは、彼の存在だけ。わたしを責め続ける彼の熱い部分と自分の熱が交じり合う感覚に酔って、溺れて、浸って、そのまま時間が止まってしまえばいい。  
 
「粧裕さん」  
「ン くぅ」  
「粧裕さん」  
「あっあぁ、ん、やぁン……」  
 何度もそうやって切なげに名前が呼ばれて、わたしの足の指に力がぎゅぅと入り、次の瞬間に全ての力が抜け落ちた。そうしてようやく竜崎さんがわたしから離れる。  
 ズルリと抜け落ちたような喪失感と同時に膝を着きそうになったわたしの腕を捕えて立たせてくれる。  
「すみません。我慢できませんでした」  
 わたしを抱き寄せながら、そう言われると、怒りたい気持ちも冷めてしまって、愛しさだけが沸き起こる。  
 
「それで―――結局ショーツを汚してしまったので、ノーパンで帰っていただくことになりました」  
 地面に落とされたわたしのショーツを竜崎さんが指で摘みあげながら目の前に翳す。  
「竜崎さんのスケベ!!」  
 叫ばずにはいられなかった。  
「大丈夫です。ワタリに送らせますから」  
「全然大丈夫じゃないないよ、もう。ワタリさんにどんな顔して送ってもらって言うんですか」  
 抗議すると、もう一度軽くキスされた。  
「私も一緒に車に乗りますし、粧裕さんを見るなとワタリには言いますから」  
 結局全然大丈夫じゃないけれど、歩くよりはマシかと思って車に乗せてもらった。  
「粧裕さんは今、ノーパンで恥ずかしいそうなので、前だけ見て運転するように」  
 車に乗った竜崎さんがそう言うと同時にわたしは竜崎さんの頬を思いっきりひっぱたいた。  
 愛しさ半分憎らしさ半分とはこのことだ。  
 どうしてわたしはこんな人を好きになっちゃんだろう。  
 
 
 汚れてしまった手で革張りのシートに触れるのも気がひけて、何も汚さないよう両手を握り締めていた。  
「ああ、手も汚れましたか」  
 握り締めていた手を竜崎さんが自分のTシャツの裾で拭いてくれる。  
 驚いてされるがままになっていると、俯いた竜崎さんのツムジが目の前にあることに気付いた。  
 それがなんだかおかしくて、声を出して笑ってしまう。笑っているところへ竜崎さんが視線を上げて見るから、照れてしまった。  
「ア、アリガトウゴザイマス」  
 体を縮こめてお礼を言うと、竜崎さんは何も言わずにシートに足を上げて座りなおした。  
 ふぅと溜息をついてわたしもゆったりとシートに座りなおす。  
「あっ」  
 思わず上げてしまった声を自分の手で押さえた。  
 ぶるりと身を震わせて、足に力を入れて膝をくっつける。  
「どうしました?」  
「ど、どうしよう……」  
 半泣きになりながら、竜崎さんを見る。  
 その間も、ドロリと液体がお尻のほうへと流れていく気持ち悪い感触に、わたしは足をモジモジさせ続ける。  
 竜崎さんが中で出しちゃうから、こんなことになっちゃうんだ。  
 ショーツもないし、スカートは絶対汚れてる。  
「ふぇ……」  
 恥ずかしさと情けさと、気持ち悪さで鼻がつーんとして、目に涙が溜まってくるのがわかる。  
「ああ、なるほど」  
 顔を赤らめているだけのわたしを見て、竜崎さんはわかってくれたみたいで。  
「ワタリ、一番近いデパート……ショッピングセンターでもいい、15分以内で貸し切るように。粧裕さんの服と下着を買えるところで」  
 貸し切り? え? えええ?  
 
「って、竜ざ―――」  
「それから服を購入したら、粧裕さんの服をクリーニングへ。これもすぐに仕上がるように」  
「わかりました」  
「すぐに済みます」  
 指を咥えて竜崎さんがそう言った。  
 呆気に取られたまま、駐車場で車を降りると竜崎さんがTシャツを脱ぐ。  
「後ろはこれで見えません」  
 わたしの腰にTシャツを回して前で結んでくれた。  
 手を引かれるままに店に入ると、本当に貸し切りみたいで、店員さん以外は誰もいない。  
「この方に似合うスカートを。それからショーツも選んでください」  
 竜崎さんがそう言と、店員さんんはすぐにスカートとショーツをいくつか持ってきてくれた。  
 言われるままに試着してみると、竜崎さんは相変わらず指を咥えたままで見つめる。  
「どうせなら、シャツも一緒に買いましょう。それからショーツに合うブラジャーも」  
 無表情で言うことがそれですか?!  
「竜崎さん、そんなのは要らないから、いいです」  
 そんなわたしの言葉は無視された。  
「ブラジャーのサイズは何ですか?」  
 ってどうして竜崎さんが聞くわけなの?!  
「……Aの……70……」  
 小さいのは自分でわかってるから。竜崎さんだって……知ってるでしょう? 小さいとか改めて言わないで欲しい。  
「小さいですね」  
「ぎゃっ」  
 結局、上から下まで買ってもらって、わたしは竜崎さんにお礼を言おと、帰りの車の中で口を開こうとした。  
 けれど―――  
 
「礼は不要です。私が汚してしまったんですから」  
「でも……」  
「また、会ってください。それでいいんです」  
「……はい」  
 どうしてわたしの考えることの先を行っちゃうんだろう。  
「それから、粧裕さん」  
「はい?」  
「中学生の小遣いでは買えない服です。ご両親が疑わないよう、ちゃんとこちらで対処しますから、安心して服は着てください」  
「対処?」  
 そんなところまで考えが回ってなかったわたしは鸚鵡返ししかできない。  
「ワタリが車で泥を跳ね上げて粧裕さんの服を汚した。その侘びの着替えだとワタリがご両親には話します。ですから―――」  
 それに話しを合わせるように、と言われてわたしはうなづいた。  
 それからポツリと竜崎さんが付け足した。  
「本来なら私が話したいところですが、粧裕さんとの繋がりを見せるわけにはいきませんから」  
 それが少し悔しいです、と言った竜崎さんの表情が、いつもの無表情ではなく、苦笑いで、わたしはなんだか切なくなった。  
「竜崎さん、ありがとうございます」  
 これだけしかわたしには出来ないけれど。これだけしか出来ないから。わたしは竜崎さんの手を取って、お礼を言う。  
「竜崎さん、また時間を作って会ってくださいね」  
 竜崎さんはもう表情のない顔に戻っていて、少し勿体ない気がするけれど、そんな竜崎さんがわたしは好きなのだと改めて思った。  
 今度会うときは、今日買ってもらった服を着て会いに行こう。  
 そんな小さなことしかわたしには出来ないけれど、それだけでも、わたしがどれだけ竜崎さんが好きなのか、竜崎さんならわかってくれるはず。  
 これほどわたしのことを気遣って、考えてくれる人なのだから。  
 

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