冬の明け方の空気は身を切るようだ。
まとめてみればスーツケースひとつだったが、ハルにはどっしりと重く感じた。迎えに来たレスターは、
顔色をうかがいながらも、あえて尋ねることはなかった。
メロが死んだ。
その事実は、メロを知る者に少なからずショックを与えたはずだった。しかし、ニアは「問題は
ありません」とだけ言った。
「私はこのまま、ミスター模木のところへ行く。リドナーはニアと本部で待機を」「はい・・・」ぬるい
コーヒーが、ハルの胃をちくりとさす。
「只今戻りました」「はい、お疲れ様でした」じゅうたんを敷きつめられた部屋にうずくまったニアは
相変わらず、なんの色もない声を発した。整然と並べたらたモニターは全て閉じられていて、連絡用の
パソコンだけがついている。ニアは珍しく、パズルをしているようだった。
「ミルクパズル・・・?」つぶやくと、ニアがふと、こちらに意識をやったようだった。
「随分使い込んだようなものですね」ハルが、思いつきのまま話をするのは、久しぶりのことだった。
SPKに入ってからは、必要なことだけを話すようにしていた。それがニアの話し方でもあるから。
「・・・ええ、これはハウスにいた時、使っていたものです」
ハルはニアの隣に座り込んだ。ニアは一息おいて言った。「死ぬとは、思いませんでした」
「ニア」
ハルの皮膚は冷え切っていたが、伸びてきた手をびくりともせず受け入れた。徐々に、二人の呼吸が
交じり合う。むさぼってくるようなハルの唇に、ニアはゆっくりと舌を差し込んでなだめた。ニアの指から
パズルがこぼれて、代わりに整えられた爪をもつ指がくいこむ。
「っ、・・・リドナー」
ハルは空いたほうの指で、ニアのシャツを捲し上げて、胸に触れた。腹の辺りは上下して、意外に筋肉が
ついていたことに気づく。ん、んと鳴る喉を舐めながら、ハルはゆっくりとニアの下肢に触れていく。
「は、あ・・・」根のほうから先へと、布越しに焦らすように触れる。ニアの象牙色の肌がほてり始めて、
うっすら色づく。先を押すように触れれば、ニアはびくりと腰を浮かせて、歯を食いしばった。
「ニア」ハルはのしかかった状態で手早く服を脱ぎ捨て、裸の胸をニアの顔に寄せた。ハルがニアがズボンを
脱ぐのを手伝うと、今度はニアがハルに乗りかかってきた。が、顔を見るとふいと肩口に顔をうずめた。
「ニア、触って・・ええ、それでいいのよ」ハルはニアの首筋にゆるゆると触れながら、ぎこちない愛撫を
楽しんだ。恐る恐る、すべるように、形を確かめるように、そしてふいに力を入れてみる舌の動きが、
ハルの呼吸を乱した。いつのまにかお互いの腰は密着して、ニアの熱が気持ちをこれ以上ないほど高ぶらせる。
白い足をゆっくりと開けば、ニアも気づいて自身をみた。若い体はしっとりと、吸い付くようだ。
「リドナー」「いいのよ、そのまま腰に力を入れて」先端がハルの入り口にぎゅっと握られて、ニアは目を
固く閉じた。ハルが尻をさすれば、ニアは息を吐きながら中へ、中へと進んでいった。
「あ、ああニア!」「んん、リドナー、はあ・・・」
思い出そうとしたことがなにもかももみくちゃになって、やがて端においやられていく。ニアの銀色の髪が
一定のリズムにのって揺れて、その間から苦しそうな表情がちらちらとみえる。「ニア、もっと・・・」
顔を寄せれば、かわいいニアのあえぎ声がハルの心をしびれさせた。猛る性器と相まってまだ声変わりを
したてのようなニアの声が、たまらない。その声が漏れる口を、唇の先でつついた。
「あ・・ハル、も・・、はあ、」肩を抱きしめれば、ニアの腰の動きは速まって、ハルは思わず声をあげた。
ニアはあ、と大きく息を吐くと、ハルの上に溶けた様になった。ハルも腰を震わせながら、足をからめてニアをとらえた。
シャワーからでてくると、壁一面のモニターは全て同じものを映していた。
「これが・・・デスノート」「はい。しかしこれはジェバンニが魅神のノートをそっくり写したものです」
指人形を動かしながら、ニアはキラと対面してからのことを繰り返しイメージしているようだった。くしゃくしゃに
なったままのニアの髪に口付けして、ハルは目を閉じた。
無言の何かが、足に喰らいついている。逃れる間もなく視界ががたがたと落ちて、上げた自分の声で目が覚めた。
長いため息の後、ハルはふと人の気配に気がついた。
ドアがキイと半分ほど開く。半分に切ったグレープフルーツを握ったニアが立っている。
「・・すみません」「ハーブティーかミルクか、持ってきましょうか」「いえ・・・ここにいてください」
ニアはベッドに腰掛けると、グレープフルーツをスプーンでざくざくといじめ始めた。
「食べますか?」「いえ」香りが広がって、けだるい頭もようやく目覚めを迎え入れる。ふと、ほんの数時間前の
衝動が急に体の奥から涌いてきて、シーツに包まった。
自分は、ニアとセックスをしたのだ。まだ少年のような相手と。上司であるこの人と。
それは今までのハルからして、考えられないことだった。なんの駆け引きもおふざけもなく、自分から押し倒すなんて。
たばこどころかジャンクフードさえ口にしないニアの柔らかく甘い唇と舌、張りつめた滑らかな肌、癖のある髪から覗く
ほてった耳朶を味わって・・・ゆるやかなカーブを描く肩に爪をたてた。キラのことで頭が一杯のはずの彼が
自分の我侭に付き合ってくれたのは、慰めのつもりだったのだろう。
「メロのおかげで、魅神が動き出しました。問題ないといったのは、そういうことです」「はい・・・?」
「ジェバンニにはもうひとがんばりしてもらっています。レスターはミスター模木と打ち合わせをしています。
当日、直接ここに迎えに来ていただきます、リドナー。」「はい」名前を呼ばれて、ずきりと胸がうずく。しばらく
あった間に、気が遠くなりかける。ニアはハルの肩に唇を落とした。「少し休んでください」少し触れた程度なのに、
ハルの鼓動は隠し切れないほどに高まった。「リド・・」「ここにいて欲しいんです。ニア、・・」
我ながらみっともないとも、はしたないとも思える。だけれど、ニアを捕えようとする腕をとめることが出来ない。
白い首筋に顔を押し当てて、ハルは必死の懇願をした。
横になったニアは、しげしげとハルの顔を覗き込んでくる。思わず目を伏せると、まぶたに熱い指先と唇が触れて
きて、口元が緩んだ。「くすぐったいのですか?」「ええ」少しずつ、シャツの奥へ奥へと手を進めて、背中の
広さを確かめる。昨晩つけた爪のあと、キスのあと、それから、まだあどけなさの残る小さな尻へ指の腹を滑らす。
ぞくりとくる刺激をニアは楽しんでいるようだった。次第に高ぶって、口付けも深く、熱心になっていく。主張し始めた
ニア自身を無視して、足の先から付け根まで、丁寧になで上げる。ニアは薄ピンクのシミーズの肩紐をひっぱって訴えたが、
結局自分でズボンと下着を蹴って脱いだ。
ニアのシンボルは、透明の体液をからませて、悦んでいる。ハルはニアの内腿に走る静脈を舌全体をつかって撫で、
彼の体を開いていく。「リドナー・・・、こんな、あっ」ふつふつと湧き上がる羞恥心を指一本でかき乱す。
探られて、あてもなくシーツを掴んで乱れるニアは、たまらなく可愛い。ハルも早く繋がりたいという欲求を
押さえ込んで、ニアの指を自分の中へ導いた。「っふ・・ニア、気持ちいい・・・」空いた片方の手は、胸の突起を
弄っている。シミーズをだらしなく引き下げて、体液でつるつるになったハルの光景に、ニア目を奪われてしまう。
「リドナー・・・、入りたいです」
要望を囁くと、ハルの内部を探っていた指を、ゆっくりと上下させた。不満げに突き出した唇をそっと舐め、シャツに
手をかける。早く脱がして欲しくてニアは体をゆすったが、ハルはボタンひとつひとつを確かめるように外していった。
オスのにおいが、ハルの頭を満たしていく。薄暗い部屋に幻のように浮き出る、ニアの白い肌。
「私も早く入って欲しいわ、ニア。でも・・・」ハルは身をかがめて、ニアを口に含んだ。同時に、手で包んで強く
刺激する。襲い掛かってくる快楽。とめることの出来ない嬌声。目の周りを赤くはらせて、ニアが達する。
荒い息が髪に当たって、ハルはぼんやりとしたニアの目を見つめた。ニアの口が、なぜ、と動いている。
「わからないの?・・・あなたは若いわ」言っている途中で、濡れた手のまま、へその辺りをなでまわす。そんな
ちょっとした刺激に、ニアは再び息を吹き返し始めた。抱き寄せて、低い鼻先に自分の鼻先をそっと押し当てる。
灰色の睫毛が涙で湿って、くっきりと浮き上がっている。ぱちくりと瞬きすると、人形のようだった。
「満たして欲しい」「もっと触れて欲しい」「名前を呼んで欲しい」今まで経験したどの男性にも、こんなことを
言ったことはない。寧ろ、自分がしたことででてくる相手の反応の方が興味深くて、次のゲームをするのに参考に
なる、と思う程度だった。幼い頃から優秀で、求められているものは大抵、難なくこなすことが出来た。自分が何を
求めているかなど、あまり意識する必要も感じなかった。なのに、ニアを前にして、初めて涌いてくる欲求。
「ハル、気持ちいいですか」「ええ・・もっと、もっと深く突いて」目を閉じて、体の中のニアを注意深く捉える。
ニアは応えて、より大きな動きでハルに押し寄せてくる。腰をうごめかせて迎え入れるたびに、互いの性器がどくんと
脈打ち、小さな震えが起こって、ともすると口から唾液がこぼれてしまいそうになる。ニアが気づいてハルの唇を吸う
時、ハルはこの上なく幸福な気持ちになって、思わずくすくすと笑った。体を通じて、彼も笑っているのに気づく。
「なぜ笑っているの」「ハルが笑っているからです」じんわりと、それでいて確実に限界は近づいてくる。ああ、
もうなのかと思うと、弾かれて、真っ白になる。ニアが大きく背を反らせて、なにか叫んだのを聞いた。
ピピピ、と機械音が響く。「ジェバンニです」ベッドから這うように出ると、髪をひねりながらパソコンに手を伸ばす。
2、3操作をすれば、ジェバンニが画面に映る。一瞬、裸のニアに眉をしかめたが、彼は過程を報告し始めた。
ハルはニアの持ってきたグレープフルーツを手にとって、果汁を舐めた。「はい・・・それでお願いします」通信を
切ると、まだ火照る体をベッドに投げ出した。指をグレープフルーツに浸してニアの口元に持っていけば、濡れた唇が
吸い付いてくる。くいと髪を引かれるままに、ハルは再び、ニアに口付けた。