---監視カメラを付ける前の、出会ってすぐの話---  
 
 
突然の出会いに、私は今でも驚いている。  
目つきや雰囲気は異常なまでに尖っているが、まあ整ったほうの容姿。(ちょっと痩せすぎな気もするけれど)  
バカみたいに単純なくせに、以外と回転の速い頭。(すぐに自我を忘れるのは若さゆえ、なのかしら)  
まさかこの仕事で、こんな男性…いえ、男の子と出会うなんて思ってなかった。  
 
仕事を終え、張り詰めた空気から開放されたハル・リドナーは一度だけ深いため息をついて体の力を抜く。  
(仕事はおわり。気分を切り替えないと)  
いつも外食やデリバリーだと高くつくし、美容面でもよくない。  
久しぶりに生意気な゛来客゛のためにもディナーを作ろうと思い、ハルは近くの大型マーケットに愛車を走らせた。  
 
時刻は夜の9時半…  
一般家庭ならとうに食事は終えているであろう時間にも、このマーケットはなかなかの客が入っていた。  
「パスタと…スープ…の具はポテトとニンジンでいいかしら」  
一通りの食材をカートの中へ放りこみ、あとデザート用にショコラプリンをふたつ、選んだ。  
゛彼゛は甘党なのだ。それもかなりの重度の。  
 
玄関の前についたのは、すでに10時をきったところだった。  
「ただいま。メロ?」  
「おせーよ。腹へった」  
生意気な。  
一体何様のつもりなのか。  
メロはブーツのまま、ソファにふんぞり返ってテレビアニメを観ていた。  
お気に入りのアイボリーのソファが、メロのブーツに付着した泥のせいですこし茶色く滲んでいる。  
「…泥が」  
「あー?うるせえな。俺の好きなチョコ色の泥だ文句あるのか」  
なら、そのチョコ色の泥というやつを顔面に塗りたくってやろうか。  
「…貴方は一応、よそ者なのよ?文句があるなら出て行ってかまわないわ」  
「うるさい。腹へった」  
よほど空腹なのか(それもそうか)、メロは苛立ちを隠せない様子でテーブルについた。  
 
私は一体何を考えてこんな子を家に置いてるんだろう?  
毎日毎瞬間にそう自問自答するのだけれど、本気で出て行ってほしいと思うことはなかった。  
仕事で疲れきった私がディナーを用意しているあいだも彼は手伝う気などさらさらない様子で、携帯をいじっている。  
一体誰とメールしているのだろう?  
何も知らない彼と同棲しているなんて、仲間や…ニアにに知れたらどう思われるだろうか。  
顔をしかめる皆を想像している間に、皿には出来上がった料理が乗せられていく。  
 
「お待たせ。さぁ、頂きましょう」  
「…何だよこれ」  
銀色のスプーンを乱暴にスープ皿につっこみ、ひときれのニンジンをすくってみせる。  
私に見えるようにスプーンを突き出し・口を尖らせて彼は言う。  
「俺はニンジンが嫌いなんだ」  
「子供みたいね」  
かまわずスープを口に運ぶ。  
いちいち相手をしていられない。厳密な捜査で疲れきっているのだ。  
 
カシャン!  
スプーンをテーブルにぶち付けた、荒い音がダイニングにこだます。  
ああ またか。  
彼は気に入らないことがあるとすぐに拗ねてみせるので 同棲して数日で私はすでに慣れていた。  
ほんの数日のあいだに彼が何度暴れたのか、想像してみてほしい。  
 
「今日は帰らない」  
そう言い残し、メロはどかどかとフローリングを踏み鳴らして出て行ってしまった。  
お金はあるそうなので1日くらいの宿には困らないだろう。  
銃も持っていると見せびらかしていたから絡まれても大丈夫だろうし。  
私は静かに、静かになった部屋を見渡した。  
(…寂しい。かもしれない)  
数人の友人は温かい家庭を築き始めている。明るい夢を追いかける者もいる。  
血の滲む努力の末、憧れのSPKという職に就けたのは素晴らしく嬉しかったし、なによりやりがいもある。  
が、  
帰宅したときのこの孤独な気持ちといったら。  
夕食を終え、食器を流し台に置き、バスローブを腕にひっかける。  
白いバスローブにはチョコレートの小さい破片が付着していた。  
こういうしんみりした日はさっさと寝るに限るわ、また明日捜査と向き合えば孤独な気持ちも沈着するだろう。  
熱いシャワーがこり固まったハルの身体をほぐしていく。  
 
 
"ガタッ"  
 
何か倒れたような、誰かが部屋に侵入してきたような物音。  
最近じゃこのあたりも物騒だ。  
泥棒か…もしくはSPKを逆恨みする罪人かもしれない。  
嫌な予感が胸をよぎり、ハルは素肌にバスローブを纏い、護身用のスタンガンを握った。  
あたりを見渡しながらゆっくりとダイニングに移動する。  
玄関には…見慣れた姿があった。  
 
「メロ!」  
玄関先に倒れたメロの身体には、出来立てであると思われるアザやらかすり傷などが無数に付いている。  
誰かに殴られでもしたのだろうか?  
もとから重症の怪我を負っていたところへ、いたるところに傷を作り、瞼まで腫れあがっているメロをみて  
早く手当てしてあげたいという衝動に駆られた私は、あまりに華奢な腕を肩にかけると引きずるようにしてソファに横たわらせた。  
アイボリー色のソファに対しメロの着ている黒いコートが目に映える。  
耳を澄まさないと聞こえないくらい小さい、苦しそうな悔しそうな呻き声が聞こえた。  
(…抱きしめたい)  
?何だろう、この気持ちは。愛でも友情でもない…同情なのだろうか?  
 
「待ってて」  
奇妙な心内を打ち払うようにそう告げ、ベッドサイドに置いたメディカルボックスを取りにかかる。  
清潔そうな純白のボックスから、消毒液やらガーゼやら包帯やらを一通り出しているあいだ、  
メロは腫れた瞼のあいだからじっと、私を見ていた。  
「何」  
「…痛ぇ」  
当然だ。  
そんなにアザを作っておいて痛くない人間などいないだろう。  
どうして・どんな目にあったのか聞こうと思ったが、やめた。  
手負いの男の子に、なぜそんなふうになったのか聞くのはデリカシーに欠けると思ったのだ。  
第一聞いたところでどうにもならない。  
メロの腕についた傷に消毒液を垂らした。  
痛いイタイと喚くと思ったが、ぐったりと横たわったままのメロ。余程消耗したのだろうと解する。  
・  
・  
・  
なんとか応急処置を済ませることができた。  
ソファにうな垂れた格好で天井を見上げているメロをみて、マーケットで買ったプリンのことを思いだした。  
「ショコラプリン、食べる?」  
「…」  
「ねえ」  
「…」  
「いらないのね」  
今日も持ち帰った仕事があったんだっけ。  
仕事前に糖分を摂ろうと、冷蔵庫のほうへ立ち上がったそのとき  
 
「キャッ…」  
腕を思い切りに引っ張られ、ソファの上…メロの上に急倒してしまった。  
ガリガリの腕のくせして、そう思わせるほどの強く横暴な力であった。  
消毒液のにおいと、汗のにおい。  
その中にほのかに香るオーデコロンの香りまでも感じれるほどに密着してしまう。  
顔を近づけられ、咄嗟に目をつぶったわたしの口内に血の味が広がり、  
口も切ってたのだと気付くことができた。  
 
ちゅ、くちっ、  
乱暴に・欲するままに舌を動かすメロ。  
息をする間もなく口内を混舌され、胸が締め付けられるほどに苦しくもある。  
パートナーに対しての気遣いなんて一切感じられないキス。  
もしこれが私と同年代の男なら、頬を引っぱたいてさよならだ。  
しかし相手がメロとなると、頬を叩くきなど全く起きない。  
口内に神経を集中させるために軽くつぶっていたまぶたを開き、私に口付けを送る男(の子)を盗み見る。  
長いまつげ・白い肌・美しいブロンドの髪。女も羨むような要素が沢山ある。  
虚勢を張って、わざと荒々しい雰囲気をつくっているが、顔の造形は繊細で綺麗だ。  
切羽詰った様子でキスを続ける彼をじっと眺めていると、ふと目が合った。  
 
「見るな」  
「貴方も今見たじゃない」  
少しはにかんで見せると、私のその余裕が気に食わなかったのか  
眉間にしわを寄せた彼は、私の羽織っていたバスローブを荒っぽく脱がせた。  
お風呂上りのシャワーの温もりを吸ったままの、ピンク色に染まった肌が、露になる。  
彼とのセックスは嫌いじゃない。  
"余裕"とは程遠い、必死な行為が、私を熱くするからだ。  
余裕しゃくしゃくな顔をして下手な愛撫をする同年代の男とはそこが違うんだわと、  
バスローブがカーペットに放り投げられるのを見ながら思った。  
 
「恥ずかしくねーのかよ」  
「…恥ずかしいわよ」  
下着までも巧みに脱がせ終え、彼はにやりと笑む。  
自分とは相当な年齢の差のある男の子の前で、裸にされて、今から彼の思うままに弄ばれることになるのに。  
何をこんなに興奮しているのだろう?  
もしかしたら痴女なのかもしれないな、心の中でかすかな笑いがこみ上げた。  
 
華奢で引き締まったメロの首に腕を回し、顔を引き寄せる。  
リードされることを嫌う彼に行動を制されないよう、両太股を胴に絡めた。  
ぎゅっと太股を締めるたび、彼のブロンドの髪が揺れて消毒液のにおいが鼻をつく。  
「もう勃ってる。傷まみれのくせに」  
レザーパンツのうえから、彼のペニスを手中のなかで握り締める。  
横柄に主張するそれは、革越しにも脈打つ鼓動が聞こえるようなほどに滾っている。  
ぐっと堪え、への字に曲がったくちびるをますます横に伸ばすメロの表情を目前に、私はにこりと上品な笑みを浮かべてやった。  
 
彼の腕に引かれ、ソファから降りてフローリングへと腰を落とす。  
カーペットも敷いていないフローリングは、風呂あがりのせいか、上気した肌に気持ちよかった。  
下着すら身につけていない裸のまま、少年に見せ付けるように脚を開く。  
まるでストリップ嬢だな、こんなわたしの姿を両親が見たらどう思うだろう?まあ、どうでもいいことだけど。  
「おい」  
「…あぁ」  
メロのジェスチャーで、彼がシックスナインを所望しているということが分かった。  
床の上にだらりと横になった彼に、ゆっくりと身体を重ねる。  
 
汗と、雄の、蒸れたその…においに酔いそうになりながら舌を這わせた。  
彼は私の性器を愛撫せず、こちらの様子を伺いながら、指先でアンダーヘアを弄んでた。  
何よ、余裕のある表情しちゃって、本当は射精したくてたまらないくせに・・・Fuckit。  
隆起した裏筋を指でしごきながら、口をすぼめてペニスを吸い上げる。  
射精を促すようなフェラチオに、メロはうっと低い呻き声をあげ、私の性器へ愛撫しはじめた。  
熱を帯びた舌がねっとりとわたしの、わたしの濡れたそこを這っている。  
身体の芯が疼いて本能的に、恥部を彼の頬に擦り付けてしまった。  
「お前…本当に、仕方のない女だな」  
振り向くと、にやりと不適な笑みを浮かべながらメロがそう言った。  
羞恥心?背徳感?そんなもの、必要ないじゃない?  
私は熱い息を深く吐いた。  
 
彼のペニスを咥えたまま、私は情けないほどの歓声を上げていた。  
もっとも、口いっぱいに頬張ったそれのせいで、声にならない声だったけれど。  
「ん、う゛っ、ん゛んん…!」  
「…ハル…お前、ちゃんとしゃぶれよ」  
「ん・・・っ!」  
クリトリスを根元から吸い上げ、何度も何度も舌でしごかれる。  
昏倒しそうな意識のなか、私はメロに言われるまま、なんとかペニスを口に咥えて吸い付いている状態だ。  
年上の女が自分の上で声をあげて腰をくねらせ、自らの愛撫に歓んでいる姿を彼はどう思っているのだろう。  
馬鹿な女と思っているのだろうか。  
年上のくせに、はしたない女だと?  
「…おい」  
「あ、は、っ・・」  
前戯なんてもう十分だろうと言いたげな視線。何よ、自分から誘っておいて。  
でも、私自身も挿入の瞬間を待ちわびているのは事実だった。  
子宮がきゅうきゅうと伸縮し、男性器を欲している。  
伸縮するたびに膣穴から愛液がぽたぽたと漏れ、メロを汚した。  
メロの頬も、唇も、黒く光るそのコートも、私の、わたしの愛液で濡れている。  
 
彼の身体の上でうつ伏せになっていた胴を起こし、フローリングに横になった。  
胸が大きく跳ねるほどに、荒くなった息。  
ぐち・・・  
「あ・あっ」  
焼けた鋼のように熱い男性器の先端が、入り口に触れる。  
狂おしいほどに待ち遠しくて、自ら腰を押し付けてしまう。  
冷たいメロの眼に、なぜか胸が熱くなった。  
(私は、淫乱なうえにマゾヒストなのかしら?)  
(ちがう、私にそんな性癖はないはず。彼が、メロがそうさせているだけよ)  
最後のいいわけを自分自身に言った。  
「ん゛っ…あ…!!」  
「…っ」  
少年のペニスが無遠慮に、一気に奥まで突き刺さる。  
あまりの快感に意識が飛びそうになったが、それだけは避けたかった。  
メロと繋がっていたい。  
最後まで、メロを感じていたい。  
いつまで一緒にいられるか分からない彼。  
 
頬に、涙が伝った。  
快感への歓びなのか、孤独を紛れさせてくれた彼への愛なのか?  
とにかく今は彼を求めよう。  
閉じた瞳から、もう一粒の涙がこぼれた。  
 
ハルの膣内は熱く、俺のそれを根元から飲み込んでいた。  
先端が子宮口を突付くたび、ハルは泣くような嗚咽を漏らす。  
ゆっくりと腰を引き、ゆっくりと内部をえぐるスローペースな行為。  
がっつくのは好きじゃない。必死になっている自分自身に嫌になるからだ。  
(一体、いつまでこんな毎日を送るつもりだ)  
こんなときにこんなことを思うのは間抜けなことかもしれないが、ふと思った。  
 
ハルと初めてのセックスをしたのは、無理矢理家に転がり込んでからすぐのことだ。  
別に、恋愛感情だの性的欲情だの、そういった下劣な思いからではなかった。  
ハルが俺をからかって、つい感情的になってしまって、それで。  
一回セックスしてしまえば、百回することも同じだ。  
考えるのが嫌になったとき、後悔したとき、迷考したとき、俺はハルを抱いた。  
ハルは一度も拒むことはなく、いつも俺の言うままに従い、ハルは俺の逃げ道になっていた。  
(エリートは皆、そんなふうに従順なのか?)  
俺の嫌味にも笑うハル、大した女だ、こっちは銃を持っていてそれで、いつでもお前を殺せると脅してやったのに。  
 
ここに来て、もう結構な時間が経つのではないか。  
いつまでもだらけた生活をしているわけにはいかない。  
俺はそのへんの思春期のガキ共とは違うんだ、油を売ってる暇はないはずだ。  
そう思うと、いままで何も考えず抱いていたハルと別れるのがすこし、惜しい気もした。  
(寂しい?)  
(いやまさか、この俺が。)  
ハウスを出てから今まで、いつ死んでも…いや、殺されても仕方ない状況で生き抜いてきた俺が、寂しいはずなどない。  
別れのつもりでキスをしてやろうと頬に唇を寄せると、涙の筋がついていることに気付いた。  
 
「…何泣いてんだよ」  
思わず腰を後退させ、引き抜いたペニスを自身の手中に納める。  
ハルはいつものように、お上品ぶった顔でこう言った。  
「別に。情緒不安定なのかしら、私。仕事のストレス、だったりしてね」  
明らかに無理をしたその表情に、俺は無性に憤り、もう一度ハルに覆いかぶさった。  
抱けるのは、これで最後かもしれない。  
こいつが、ハルが、俺の最後の女なのかもしれない。  
孤独とはちがう何か、耐えようのない感情があることをはじめて知った。  
 
ぬち…っ・・ぐちっ、  
激しく突くたびに締め付けるハルの胎内。  
がっつくのはポリシーに反するが、見栄やプライドなどはどうでもいい。  
無我夢中で彼女の、ハルの身体を貪る。  
冷たいフローリングの上、男に組み敷かれ、好きなように弄ばれているハルは、いつものように俺の思うままにさせてくれた。  
「ん…っふ…!」  
「……っハル…」  
愛しい。これがセックスなのか。別れる前に知れてよかった。  
 
ハルの胸元に、汗とは違う粒がいくつか落ちていた。  
俺の涙だった。  
情けない、何を泣いているのか。  
ハウスに預けられたときも、ニアに負けたときも、Lが、Lが死んだ時も、こんな情けない涙は流さなかったのに。  
感情を押し殺すために腰を打つたび衝撃で、俺の涙はぼろぼろとハルに落ちた。  
ハルの、切れ長なその瞳がじっと俺を捉えていたが、なぜ泣いているの?などとは言わなかった。  
ハルも泣いていた。  
あとで、情緒不安定ノイローゼの淫乱女と罵ってやろう。  
意地の悪いことを考えているはずなのに、涙は止まらなかった。  
 
わんわん泣きながらも、ちゃんと勃起するもんなんだな。  
人は、こういう感情になったときに、結婚するものなのだろうか?  
俺はもう、普通に結婚して家庭を持つなんて、できるわけないし…したくもないけれど。  
涙がようやく枯れ、二人の頬は固まった涙が張り付いていた。  
「んっ、メ、メロッ…!…っ…!」  
「ハル…」  
穏やかなセックス。彼女の胎内の一番奥で、射精する。  
妊娠させちまったらやべーな。  
(●●ちゃんのおとうさん、何してるの?)  
(えっとねー、キラの首狙ってるー)  
なんてな。  
 
・  
・  
・  
その次の日、俺とハルは『離れる』ことになった。  
情緒不安定ノイローゼの淫乱女 といってやると、「情緒不安定ノイローゼの我侭男」と言い返されてしまった。  
嫌味を言って言い返されたのは、はじめてだった。  
ボロボロになったコートは、ハルの家に捨てていくことにした。  
置き土産だと言うと、こんなゴミいらないわよ、とそっぽを向かれた。  
Fuck。キラを殺したら、絶対泣かせに戻ってやる。  
(L、ニア、見てろよ)  
新しいコートを羽織って、手袋をはめた。  
・  
・  
・  
・  
メロが、心臓麻痺で。  
メロが、死んだ?  
SPKに届いたその情報を、私は信じることができなかった。  
いやしかし、それは事実だ。  
これは仕事として届いた情報、受け止めなければ。  
脳で分かっていても、体が理解してくれず、血の気が引くのが分かる。  
ニアがこちらを盗み見たのに気付いて、慌ててトイレに駆け込んだ。  
 
この前ので妊娠していたり、しないだろうか?  
変な話、  
もし子供ができていたら産みたい、かもしれない。  
 
なんとか仕事を終えた私は、仕事帰りにドラッグストアに寄った。  
「妊娠検査薬下さい」  
はじめて言った言葉だった。  
 
リビングの隅には、ドロや血でぼろぼろになった、ゴミ同然のコートが落ちていた。  
駆け寄り、抱きしめる。  
まだ、未だ、温もりがある気がした。  
涙がこみ上げ、零れ落ちたそれが、黒いレザーの上に粒をつくる。  
(キラ…絶対、絶対に捕まえるわ)  
 
"情緒不安定ノイローゼの淫乱女"  
耳元で、囁かれた気がした。  
 
 
--完--  
 

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