夜神粧裕は風邪を引いてベッドの中で寝転がっていた。  
その日、彼女は学校を休み、一日中、家で養生していたおかげで、  
夜を迎える頃にはすっかり微熱にまで体温を落とし、  
体調は快方の一途を辿らせていた。  
それでも、まだ粧裕の身体にはだるさが残っていた。  
間接の節々は痛み、何度か咳を出している。  
肌にはじっとりと薄い汗が張り、気持ち悪い。  
きっと今、自分は臭っているだろう、と、  
思春期を迎えた中学生の粧裕はそれが気になりパジャマに鼻先をくっつけてみた。  
すんすんと鼻を鳴らし、においを嗅ぐ。  
 
「汗くさい・・・」  
 
誰に言うでもなく一人ごちる。  
自分は今ひどい格好をしているのだろう。  
しっとりと汗ばんだ額を触り、粧裕は肩を落とす。  
髪はぼさぼさ、身体中汗のにおい。  
今、この姿を誰かに見られたら、恥ずかしくて死んでしまう、  
粧裕はこの時、本気でそう思った。  
彼女は溜息をつく。他人に見られることはないが、  
この家には、4つ年上の兄、夜神月がいる。  
粧裕は月にだけは今の自分の格好を見られたくはなかった。  
自分とは違う、優秀な兄。  
粧裕にとっての月は劣等感さえ湧いてこないほどの優秀さだった。  
家族とはいえ、月も粧裕にとっては異性だった。  
いや、クラスメートの目よりも月の目の方が気になる。  
同い年の男子学生よりも、月はひどく大人に見えた。  
あれだけかっこいいのに、どうして特定の女性と付き合わないのか、  
粧裕は不思議でしょうがなかった。  
また粧裕は溜息をつく。それは先程のよりも深い物だった。  
 
「そういえば今日お兄ちゃんに会ってないなぁ」  
 
他の人の前ではわからないが、少なくとも自分の前では月は優しい兄だった。  
昨日の夜から風邪をひいてしまったので、  
数えれば丸一日、彼と顔を合わせていない。  
粧裕は無性に恋しくなった。  
 
「お兄ちゃん・・・」  
 
いるはずもないのに兄を呼んでみた。  
と、その時、粧裕の部屋のドアは二回ノックをされた。  
トントンと乾いた音が部屋を木霊した。  
粧裕は突然のその音に身体を僅かに飛び上がらせた。  
まさかと思いつつ、粧裕はドアの向こう側に返事をする。  
 
「はい? 誰? お母さん?」  
「僕だけど・・・」  
 
ドアから兄の声がした。  
粧裕は慌てて声を張り上げる。  
 
「な、な、何? お兄ちゃん」  
 
急に大きな声を出したため粧裕は軽く咳き込んだ。  
 
「お腹、減ってないか?」  
「え?」  
 
そう言えば、今まで寝ていたため食事はあまり摂っていない。  
胃には何も入っていなかった。  
それでもまだ熱が続いているためか食欲は湧いてこない。  
 
「減ってるけど、食欲ない」  
「そうか。でも、何か食べたほうがいい。  
 果物なら食べれるか?」  
 
粧裕は少し思案してみる。  
果物なら食べられそうだ。  
 
「うん。それなら・・・」  
「待ってろ、今、持ってきてやるから」  
 
ドアの向こうから月の気配は消えた。  
粧裕は慌てる。もうすぐ兄がこの部屋に入ってくる。  
ドキドキと胸が早鐘なる。  
粧裕はベッドから立ち上がり、暗い室内の中、  
記憶した場所にある電気のスイッチを入れ、部屋を明るくした。  
そして机の上にある鏡の前に立ち、ぼさぼさの髪を整え、  
今できる限りの精一杯のおしゃれをした。  
パジャマも変えたかったが時間はない。  
粧裕は乱れたシーツを戻した後、  
すぐさまベッドの中に潜り込んだ。  
とんとん、とドアが控えめにノックされた。  
さっきと同じ強さに感じられた。  
兄のライトだ。粧裕は「いいよ、入っても」と言って  
彼を招き入れた。  
ドアが開かれ、月は部屋に入ってくる。  
手には皿を持ち、その上には剥かれた桃が何個かのっていた。  
しかし、粧裕には月の顔がうまく見ることができない。  
 
「どうしたんだ、粧裕?」  
 
俯き、月の顔を見ようともしない粧裕に月は不思議そうに声をかけた。  
 
「なんでもない。桃、ありがとう」  
 
粧裕はそういうのが精一杯だった。  
招き入れたものの、兄の月が自分の寝起き姿を見られていると思うと、  
恥ずかしさが急に募ってきた。  
 
「ああ、いいよ。それじゃあ、ここ置いておくから、ちゃんと食べろよ?」  
 
月は机の上に皿を置く。  
 
「え? もう行っちゃうの?」  
 
粧裕は顔を上げて、つい月を見た。  
この格好はあまり見られたくはなかったが、  
それでも、もう少し、月と話をしたかった。  
風邪のため、心細くなっているのか、  
優しい兄に対して、何か思い始めているのか、  
粧裕は自分自身よくわからなかった。  
 
「なんだ? 寂しいのか?」  
 
少し笑いながら言う月だったが、椅子を引き入れ  
既に妹が暗に思っていた願いを聞き入れようとしていた。  
 
「さ、寂しくなんかないもん」  
 
月は椅子に座ると、粧裕はぷいっと顔を背けた。  
 
「いいさ、風邪をひいてる時は誰でも甘えたくなるもんだからな」  
「お兄ちゃんも」  
「いや、僕はあまり甘えたくはならないな」  
「ぷっ、何それ。誰でもじゃないじゃん」  
 
粧裕は吹き出し、少しの間、笑った。  
 
「そう言えば、お母さんは? いないの?」  
「ああ、母さんなら、父さんと出掛けたよ」  
「え? 何それ。娘が風邪ひいてるのに」  
「仕方ないよ。父さんと母さん、今日は結婚記念日なんだ。  
 父さんも母さんも行き渋ったけど、  
 僕が、粧裕の面倒は僕が見るから行ってこいって言ったんだ」  
「そうなんだ・・・」  
 
月は言い終えると、机の上にある桃を見遣る。  
 
「食べないのか? お腹減ってるんだろ?」  
「え、あ。うん」  
 
熟し始めた桃に月は銀色のフォークを刺す。  
じゅくっと果汁が溢れ、桃の壁面に滴り落ちる。  
それを見ながら粧裕は桃を待ち構えているように口だけを開けていた。  
月はそんな粧裕の姿を見て、体を固めて少しの間、動きを止めた。  
 
「食べさせてってことか?」  
「え? あっ!?」  
 
月の言葉で我に返ったように声を出すと、  
粧裕は慌てて唇を合わせ、閉じると、手の平で口を押さえた。  
 
「ち、違うよ! そうじゃなくて・・・」  
 
粧裕は勢いよく首を振り、せっかく整えた髪を乱す。  
どうして自分がこんなことをしたのか粧裕には見当がつかなかった。  
微熱に浮かされてボーっとしてしまっていたのだろうか?  
何にしろ恥ずかしさが込み上げることには変わりなかった。  
 
「いいよ。食べさせてやるよ」  
 
月はそのまま桃を刺したフォークを粧裕の口に持っていく。  
粧裕はドキドキしながらも兄の持つ、フォークの先端の物体を  
口内に含み、もくもくと咀嚼した。  
桃を飲み込むと、月は再び桃を粧裕の口に運んでいく。  
 
「美味しいか?」  
「うん。お兄ちゃんが剥いたの?」  
「ああ」  
 
粧裕は桃を噛む。  
 
「お母さんが剥いたみたい。お兄ちゃんってほんと器用だね? 」  
「そんなの関係ないさ。器用さより──」  
「器量でしょ?」  
 
ごくんと飲み込んだ後、兄のセリフに言葉を被せる。  
月は少し微笑み粧裕を見る。  
その瞳に粧裕はどきりと胸を高鳴らせた。  
身体中、熱くなるのは風邪のせいだろうか?  
粧裕は自分の気持ちがわからず、  
慌てて月に話しかけた。  
 
「そういえば、お兄ちゃんってなんで彼女作らないの?  
 もてるんでしょ?」  
「おいおい、誰がそんなこと言ったんだ?  
 僕はもてないよ」  
「うそ」  
「ホントさ。自分の好きな娘に全く振り向いてもらえないからな」  
「ええ? そうなの?」  
 
粧裕は驚く。  
この兄が全く振り向いてもらえない女の子なんか存在するのだろうか?  
 
「どんな娘? どんな娘? 私にだけ教えてよ」  
 
月は少し迷ったような表情を浮かべる。  
 
「僕よりは年下」  
「年下なの?」  
「そう。それに黒髪で、可愛い奴かな?」  
「黒髪で可愛い奴って、漠然としすぎ」  
「苗字は珍しい・・・」  
 
「珍しいってどれくらい?  
 私たちみたく『夜神』ぐらい?」  
 
月は苦虫を噛み潰したような顔をするが、すぐに戻す。  
 
「・・・そう。そして、すさまじいぐらい鈍感だな」  
「ああ〜、鈍感なんだ。だからお兄ちゃんのアプローチにも  
 気付かないってわけね?」  
「そうだな」  
 
月は頷く。  
 
「粧裕、桃まだ食べるか?」  
「うん」  
 
月は慣れたように、粧裕の口に再び、桃を運ぶ。  
 
「お前って、鈍感だよな?」  
「私の何処が鈍感なのよ?」  
 
月は大きく溜息を吐いた。  
 
粧裕は大きく成長していた。  
その姿は昔よりも身長も伸びていて、  
気にしていたバストも膨らみ、そして、ウェストも引き締まり、  
大人の雰囲気を漂わせていた。  
正に粧裕が理想としている、女性像である。  
これなら兄の月と釣り合いが取れると粧裕は喜んだ。  
兄がこの姿を見たら、どう思うのだろうか?  
粧裕は胸を期待で膨らませて、月に会いに行こうとした。  
月は既に自分とは別の自宅から少し離れているマンションに住んでいた。  
内緒で兄のマンションに向かう途中、事件が起きた。  
歩道を歩いている時、粧裕は横付けにされた黒のワゴンの中に  
あっという間に連れ込まれてしまったのだ。  
数人の男に手足を掴まれ、粧裕が悲鳴を挙げる暇も与えず、  
実に手際よく彼女を車内に引きずり込んだ。  
数人の男に囲まれ、口に封をされ、手足を麻縄で縛られた時、  
粧裕は自分が拉致されたということを理解した。  
「ん〜、ん〜」と粧裕は閉じられた口で必死に声を上げるも、  
周りの男達はそれぐらいの声なら外に出ないと思ったのか、  
全くの無表情でそれを無視した。  
だが、中には粧裕が声を出そうとする姿を見てにやにやと笑う者もいた。  
粧裕はその笑いを見て、身体を震え上がらせた。  
きっと声を上げても、仮に暴れたとしても無駄だろうと粧裕は心奥で悟る。  
ブオン、とワゴンはマフラーをたてて、発進させた。  
ワゴンのガラスはスモーク張りで外から車内を伺うことは不可能。  
きっと自分はこれから酷い目に遭うのだろうと思うと、  
心の底から恐怖が込み上げ、その綺麗な瞳から涙を零れさせた。  
粧裕は心の中で兄を呼んだ。その声が届くはずがないということが判っていたが、  
彼女は呼ばずにいられなかった。不安を、怖さを少しでも紛らわせるために。  
 
「粧裕、大丈夫か?」  
 
気付くと兄が目の前にいた。  
周りが暗くても月だとわかったのは聴きなれた声と  
細い双肩に触る兄の手の平の優しい感触からだった。  
 
「お、お兄ちゃん?!」  
 
粧裕はいつの間にか涙をこぼしている自分に気付かず、  
間の前にいる兄に無意識に抱きついた。  
 
「良かった・・・良かった、来てくれて・・・」  
 
粧裕はそのまま声を出して泣き出す。  
 
「お、おい!?」  
 
月は驚きながらも、妹を優しく抱きすくめ、  
泣く彼女を安心させるように、優しく頭を撫でた。  
兄の匂いがする。男の匂いだった。  
逞しく、強く、それでいて守ってくれるような懐かしい香り。  
しばらく粧裕の頭を撫でた後、月は言う。  
 
「粧裕、怖い夢でも観たのか?」  
「夢・・・?」  
 
落ち着いて周りを見てみると、暗いながらも自分の部屋だということがわかる。  
大きくなったと思われた自分の乳房を触ってみても、  
全く成長していなかった。  
 
夢だったんだ、と粧裕は身体を脱力させ、月にもたれかかった。  
しかし、夢だと分かっても、心臓はドキドキと高鳴ったままだ。  
本当に怖かったのだ。あんなリアルな夢を観たのは生まれて初めてだった。  
少しの間、兄の腕の中で粧裕は静かに息をして、  
自分を落ち着かせていた。  
月は迷惑そうな顔もせず、粧裕を抱き続けた。  
気分が落ち着いてくると、粧裕は自分自身、  
とてつもなく汗をかいていることに気付く。  
ぴたっと肌にくっつくパジャマが空気に晒され、冷えてくる。  
自分の汗臭さを兄に嗅がれてると思うと、  
急に抱き締められていることに羞恥を感じた。  
 
「バカ! お兄ちゃんのエッチ!」  
 
粧裕は月の胸をドンッと強く押した。  
「おっと」と月はよろめいたが、  
あまり力の強くない粧裕に押されたので、少々体勢を崩すだけだった。  
 
「あ、悪かったよ。そんなつもりじゃなかったんだ」  
 
月は頭をかく。  
 
「ただ、部屋の前を通りかかったら、粧裕が僕を呼んでるからさ・・・」  
「あ・・・」  
 
粧裕は声をポツリと出すと、すぐに突き押したことを後悔した。  
呼んだから来てくれたんだ、あんな怖い夢から助けてくれたんだ。  
粧裕は先程の夢を思い出し、身体を震えさせた。  
 
「それじゃあ、パジャマ着替えろよ? 風邪がぶり返したら困るから」  
 
月はそう言うと、粧裕に部屋を出ようとする。  
 
「待って、お兄ちゃん!」  
 
が、粧裕がそれを引き止めた。  
月は振り向き粧裕を見遣る。どうした、という表情だ。  
薄暗いながらも兄の表情はしっかりと読み取れた。  
 
「あのね、私・・・今、怖い夢、観たの・・」  
 
粧裕はもじもじとシーツを手先で弄りながら月に話す。  
 
「だからさ・・・、あのね・・・」  
 
だが、肝心の最後の頼み事の部分が粧裕の口から出てこなかった。  
 
「いいよ・・・、粧裕が寝付くまで一緒にいてやるよ」  
 
月は粧裕の考えを見透かしたように言う。  
 
「あ、ありがと・・・」  
 
粧裕は驚きながらも礼をする。兄に自分の考えが全てお見通しだと感じ、  
少し気恥ずかしくなり、顔を赤らめる。  
 
粧裕が着替えるまで、部屋の外に出ていた月は粧裕の「いいよ」という  
言葉を聞いて、室内に再び入った。  
ががっと椅子を引き、そこに座ろうとする。  
 
「え? お兄ちゃん、座るの?」  
 
月は粧裕のその言葉を聞き当たり前だろ、という表情で粧裕を見る。  
 
「一緒に寝ようよ、私はいやじゃないから・・・」  
「おいおい・・・」  
 
月は肩を竦め、笑う。  
 
「いいから、いいから、昔は一緒に寝たでしょ?」  
 
粧裕は布団を上げ、ぽんぽんとシーツを叩く。  
 
「お前、いくつになったんだ?」  
「だって怖いんだもん」  
「そんなに怖い夢を観たのか?」  
 
粧裕は頷く。思い出してもまた身体を震えさせる。  
 
震える粧裕を見て、月は心配そうな顔をする。  
 
「わかったよ・・・」  
 
月はそう言うと、布団を持ち上げ、体を粧裕の隣に入り込ませる。  
粧裕は震えた身体を落ち着かせるため、月の胸に頭を埋める。  
すると月は粧裕の髪を梳くように優しく頭を撫でた。  
粧裕はその感触に気持ち良さそうに目を細め、  
身体の震えを落ち着かせていった。  
「もう一つ、あったな・・・」と月が唐突に口を開く。  
 
「もう一つ?」  
「ああ、僕の好きな人の特徴」  
「え? 何?」  
 
月は言うかどうか決めかねるような顔をするが、  
すぐに決心したように言葉を紡ぐ。  
 
「物凄く怖がりで、甘えたがる奴」  
「へぇ〜、そうなんだ」  
「・・・そして物凄く鈍感」  
「ふ〜ん、ひどい女だね、お兄ちゃんの想いに気付かないなんて」  
 
こんな優しい兄の恋心が気付かないなんて馬鹿な人間がいる。  
粧裕はそう思い、兄の想い人に対して嫉妬を覚えた。  
自分なら兄の気持ちに応えられるのに。  
月はまた溜息をついた。とてつもなく深い溜息を。  
 
粧裕はまた夢を観た。  
それは誰かに自分の唇を奪われる夢だった。  
目を瞑っていたため誰だかわからなかった。  
だが、今度の夢には全く恐怖を感じなかった。  
懐かしい兄の香りが粧裕を包んでいたおかげだろうか。  
粧裕はその唇の感触に身を委ねた。  
身体の芯まで温かくなるソレは粧裕が今まで味わったことのない感触だった。  
唇を押し当てられる。そうただ唇を押し当てるというキスだったが、  
粧裕は身体を熱くさせた。風邪のせいだろうか。  
わからない。  
誰かの吐息が零れる。誰かは目の前にいるのだ。  
熱い吐息は粧裕の唇を湿らせる。  
もう一度、唇が押し当てられた。  
とても優しかった。ファーストキスを奪われたが、全く嫌な感じはしない。  
誰かはコツンと粧裕のおでこに額を当てた。  
 
「ごめんな」  
 
遠くで兄の声が聞こえた気がした。  
粧裕はゆっくりと瞼を開く。  
そこには月がいた。月は心底、驚いた顔をしていた。  
こんな動揺した月の表情を見たことがない。  
粧裕はくすっと笑った。  
そうだ、お兄ちゃんがこんな顔をするわけがない。  
粧裕はそう思い「いいよ」と言う。  
夢の中なら好きなだけ兄に甘えられる。  
月は粧裕の唇の再び自分の唇を密着させる。  
彼の片腕は粧裕の背中に回され、もう一方は艶やかな黒髪を撫でながら  
後頭部に回されていた。  
それはさっきよりも強引で濃密だった。  
 
月の舌は濡れた粧裕の唇に触れられる。  
そして、ゆっくりと彼女の口腔に入り込んだ。  
粧裕は目を瞑り月に任せる。  
 
「んぅ・・・」  
 
ぬるりとした兄の舌で粧裕は身体を震えさせた。  
ぞくぞくとした高揚が背中を駆け巡ったのだ。  
月の舌は丹念に粧裕の口内の地図を描くように、這わされた。  
 
「ふぁ・・・」  
 
思わず、粧裕は声を漏らす。  
初めてのディープキス。夢の中とはいえ、とても心地の良い物だった。  
粧裕もよく分からなかったが、こういう感じかなと、  
兄の舌に自分の舌を絡ませてみた。  
蕩けるような感触が粧裕を包む。  
月は粧裕の頭を優しく撫でながら、絡ませをより深くする。  
粧裕の身体の中で唾液音が木霊した。  
ぴちゃぴちゃ、と鳴るそれは全く別のところで響いているように感じられた。  
月は手探りで背中に回した腕をゆっくりと上に這わせる。  
急な外部からの刺激で、粧裕は少しだけ身体を浮かせた。  
月は粧裕に、安心しろ、というように再び彼女の頭を撫でる。  
彼の指は動く。粧裕を気遣うようにうなじにまで昇らせ、  
その指は粧裕のパジャマの襟の部分にまで到着させた。  
指はパジャマを捲ると、粧裕の健康そうな肌を曝け出させる。  
何をするつもりなのか、いつの間にか粧裕は期待で  
自らの脚を兄に絡ませていた。  
月はゆっくりと粧裕の唇から自分の唇を放す。  
唾液と梯子が伸びるが音もなくそれは消えていった。  
 
「お兄ちゃん・・・」  
 
粧裕は荒い息を交えながら月を呼ぶ。  
何するの、という最後の言葉は出てこない。  
月はそのまま粧裕の唇から顎を通り、  
首筋を通過させると、鎖骨にまで辿り着かせた。  
月は粧裕の肌にキスをする。  
 
「あ、だめ・・・」  
 
くすぐったいような感じもするが、何回もされている内に、  
それは快感へと変わっていった。  
粧裕は今まで感じたことのない甘美に腰をもじつかせた。  
 
「あはぁっ、ダメだよ、お兄ちゃん・・・。キスだけだよ」  
 
月は器用に粧裕のパジャマのボタンを外し始める。  
ただ身体に口付けをされているだけというのに、  
のぼせたように頭の中を熱くさせる。  
兄妹なのにこんなことをしている、  
その事実が麻薬のように兄のキスを快楽に変えているのかもしれない。  
 
「だめ! だめ! こんなの・・・」  
 
本当は嫌ではない。それなのに本能からか、粧裕は拒みの言葉を出す。  
絡めた脚に月の勃起が感じられる。  
兄は私に欲情している。  
それが粧裕を喜ばせたりもした。  
自分みたいな娘が優秀な兄を興奮させている。  
それが嬉しかったのだ。  
しかし、兄の指先の動きは上から三番目のボタンを外された時に止まった。  
そして、ゆっくりとまた兄の指先でそれは止められていった。  
月は粧裕の言葉を受け入れたのだ。  
 
「あ、・・・」  
 
粧裕は何か言おうとしたが言葉は出なかった。  
ボタンを止め終えると、月は「馬鹿だよな、僕・・・」と言った。  
しばらくすると月の気配が消えたことに粧裕は気付く。  
しん、と静まり返った室内で今起きたのは夢なのか現実なのか、  
粧裕にはわからなかった。ただ熱に浮かされた自分自身がいたことは確かだった。  
 

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