僕は…………これでいいのかな。
見上げる空はやけに星が綺麗だ。
4年前、夜神局長の下に配属された時は
やっと本格的な捜査ができるぞって喜んだんだっけ。
小さい頃から憧れてた。バシバシ難事件を解決していくかっこいい刑事。
でも……そんなには上手く行かないよ。そんなこと前から気付いてたけど最近それを一層感じるんだ。
それから、そんな僕の上をすいすい追い越していく存在も。
Lはもちろんだ。でも月君なんかまだ大学に入ったばっかりだっていうのに
今やLの片腕と言ってもおかしくない。
彼を見ていて僕は一種の憧れと、―――妬ましさを少し、感じるんだ。
彼らのなかで僕は役に立っているのだろうか。
「おつかれさまでしたー!」
ミサの声で我にかえった。一瞬向けられた照明がまぶしくてクラクラする。
「行こ、まっつー。もう自動解散だって」
そうだ。今日は映画の撮影の付き添いに来来てたんだっけ。
東京から車で二時間。どうりで星も綺麗なはずだよ。
僕は荷物を持ってミサの後に着いていく。まだざわざわとしている公園を出ると薄暗い路が続いていた。
「待って、ミサミサ。駅はこっちじゃないよ」
今日は迎えがないからタクシーで帰らなければ。
「そっちじゃタクシーはつかまえられないだろう?」
「いいから、ちょっと来て」
何故か切羽詰まったミサの声に、僕はしぶしぶそのまま着いていった。
公園が見えなくなるくらい離れると(とは言っても道は曲がっているので
さほど遠いわけではないが)ミサはそこにあった古びたベンチに腰かけた。
「どうしたんだい?」
僕はミサの前にしゃがみこんで目線を合わせた。
「…気持が悪くて……とても車で揺られて帰る気分にはなれない…」
「えっ」
そういえば少し顔色が悪い気がする。
「そうか。ごめんよ、気が付かなくて」
ミサは力なく首を振った。ああ、僕は唯一与えられた仕事さえ……。
「でも電車は止まってるしなぁ……どうしようか」
時間はもう12時をまわっていた。あの監督は時間を守らないから嫌になる。
しかし時間を潰せそうな場所も無さそうだったし…。
「ねぇ、まっつー」
「ん?」
「………今日ここに泊まれないかな」
「え、…あー………」
そういう選択肢も普通ならあるだろう。でも『普通』ならだ。
「あのねミサミサ、君はその、一応、キラの…容疑者、だからさ…」
「もちろん!…私だってそんなこと分かってるよ。でもほんとに気持悪くて…うぅっ」
遂には泣き出してしまった。本当に気分が悪そうだ。あああどうしよう。
でもこのままじゃ風邪でも引いたら大変だ。ああー
公園の方のざわめきももうすっかりはおさまり、ミサの嗚咽だけが響いている。
「分かった。竜崎に頼んでみるよ」
ピヨピヨピヨヨー
「おい竜崎、電話が」
「はいはいはい」
ずいぶんまぬけな着信音だな、などと言う月を尻目に竜崎ことLは電話を取った。
辺りを見回したが僕達以外誰もいないようだった。
竜崎はすぐに電話に出た。
「はい」
「あ、もしもし?松井です」
「言わなくても分かります」
「えっ?あ、そうですよね。携帯ですもんね」
はは…と乾いた笑いを出す。なんか緊張する。
「松井マネージャー、どうしました?」
ミサが涙を拭きながら上目づかいでこちらを見ていた。
まかせてミサミサ、僕が竜崎を説得してみせるよ!
「どうしたんですか」
怪訝そうな声に意識を引き戻される。
「あっあの!今、まだ撮影現場近くにいるんです」
「撮影現場……まだそんなところにいるんですか」
ペラペラと紙をめくる音が電話越しに聞こえる。
ミサのスケジュールを確認しているのか、――――それとも全く関係のないキラの資料でも見ているのか。
「はいあの、本来ならタクシーですぐ帰れるはずなんですが、あの、ミサミサの体調が少し優れなくて………」
「それは大変ですね」
ちっとも大変になんて思ってなさそうな声だ。
「や!少しじゃなくて、かなり悪そうなんです!」
「………はぁ」
「その上、この近くには時間を潰せる場所ありませんし、でも外は寒いですし……」
紙をめくっていた音が止まった。
「つまり、そちらに泊まりたいということですか」
あっさり言われて言葉に詰まりそうになる。
「そ、そうです」
「ミサさんは本当にそんな体調が悪いんですか?」
近くで座っているミサを横目で見ながら僕は答えた。
「もちろんですよ!」
「そうだとしても、こちらとしては吐いてでもちゃんと車に乗って帰ってきて欲しいんですけどね」
「そんな…」
「分かってます。…わたしだってそれ程鬼じゃありませんよ」
「えっ、じゃあ――」
グッとこぶしに力が入る。
「いいでしょう。今回は特別です。……しかし。条件があります」
「はい!」
「ミサさんと同じ部屋に泊まって下さい」
「はい?」
「いつもと変わりませんよ。今夜はカメラのかわりに松井さん、あなたがミサさんを監視するってことです」
「え、あの」
竜崎の発言に愕然として言葉にならない。
「そうでなければ即刻こちらに戻ってきてください」
「え…」選択肢はないということか。
「あ、一応恋人の月君に了承を得ましょうか、月君」
何か話しているようだがよく聞き取れない。
「…いいそうです」
そんな…月君まで……
「なにをごちゃごちゃ言ってるんですか。…それとも松井さん、自信がないんですか?」
自信って何のですか!なんてつっこむ余裕もなくなっていた。
星が光る寒い夜なのに僕はだいぶ熱くなっていた。
そして、僕はこの条件を飲んでしまったのである。
そのあと竜崎はいろいろ細かい指示をしてから、一方的に電話を切った。
ピッ
「さて、と。月君知ってましたか?松田さん達の着けているあのベルトには盗聴器も付いているんですよ」
電話を切ると、真顔のまま月の方に向き直って話しかけた。
「は?」
「まあ普段はオフにしてるんですけど、わたしの好きな時にオンにできるんですよ」
「……なにが言いたいんだ?竜崎」
「…気にならないんですか」
竜崎は少し心外のような、口をつきだした表情をした。
「ならないよ。下らない。それに適当なことを言うな」
「あら、バレましたか」
「……松田さんはそんな人じゃないだろ」
「そうですね、そんなことできる人じゃありませんでした」
「………」
「さあ、今日はもう休みましょう。松田がへまをしないように祈って。」
もぞもぞとベットに潜り込む竜崎を横に、月は細い窓から覗く夜景を見つめた。
――――ビルのネオンは綺麗だが、本当の星なんか見えないな。