竜崎に言われるまでもなく、覚悟は出来ていました。
僕にできることがあるなら、キラをそれで捕まえられるならと思っていました。
もちろん、迷いはありました。
命がけ、ですから。
でも、マネジャーをできなくなった、僕がここで役に立てることは、あまり多くありません。
竜崎や、月くんのように、キラについて推理なんて、僕にはできません。
局長や模木さんと比べても、外に出るわけに行かず、この建物の中で資料整理と、カメラとにらめっこする毎日。
それが、僕だけにできることなら、やってみたい。
そう思えました。
そしていよいよ明日、僕は命を賭けて、キラと対峙します。
竜崎も月くんも、まず死ぬ事はない、と言ってくれたけれど、「絶対に」、とは言わなかった。
キラが二人の想像を越えていたら、僕は死ぬ。
そう思うと、怖くなってきて、どうしようもなくなってきました。
僕の人生に後悔はないのだろうか、と、頭の中でグルグル回ってる。
今は、深夜2時。
一人でモニターを眺めて会議室に居ます。
モニターの中では、竜崎が自室のPCで調べものをしていて、そのすぐ横のベットで月くんが寝ている。
隣のモニターでは、ミサミサが、寝そべってスタンドの明かりで本を読んでいる。
(ミサミサ…)
今までの自分なら、絶対にそんな事はしなかっただろうと思います。
何がしたいとか、そういう考えがあったわけじゃないです。
ただ、明日死ぬ前に、ミサミサと、二人っきりで話してみたい。
そういう考えが芽生えて、いても立ってもいられなくなり、気が付いたら、モニタールームをからっぽにして、
ミサの部屋の扉をノックしていました。
「あれ?マッツー?」
扉を開けたミサは、キョトンとしていた。
こんな時間に、僕が一人でやって来たのに驚いたんだと思う。
「どうしたの、こんな時間に? わかった、竜崎さんが何か用とか?あの人もお構いなしよね。夜中だって言うのに。
あ、でも呼び出しなら内線使うよね。じゃあなんだろう。うーん、何かあっても、ミサにはぜんぜん教えてくれないんだから」
ほっぺを膨らませて、ミサは竜崎への不満を僕にまくし立ててくる。
ほんの少し前、ミサミサのマネージャーをしていた頃の、楽しい思い出が蘇る。
あの頃は、二人で移動し、いろんな話をした。
竜崎の愚痴や、月くんや局長のことなどを話すと、ミサミサは目を輝かせて聞き入っていたものだ。
もっとも、その興味の対象が月くんに集中しているのは間違いないけれど。
そんなことを思い返しながらボーっとミサミサを見ていたら、目があった。
「少し、いいかな?」
部屋の中を指差して、どうにか僕は切り出した。
こんなことで、心臓がドキドキする。
何度も入ったことのあるミサの部屋だけど、一人でここに入るのは、ミサと二人っきりになるのは始めてだ。
僕の表情に、何かを察したのか、ミサはコクンとうなづいた。
辺りを伺いながら、僕はミサに続いて、部屋の中へと入っていった。
今、誰かがモニタールームに入ってきたら、どうなるだろう。
それが、もし、月くんや竜崎だったら、いや、局長でも模木さんでも、僕はクビ、だろうな。
悩んだ末に決めたことなのに、臆病な自分が顔を出してしまう。
ベランダから飛び降りて死んだ振りをした時にくらべれば、これくらいなんともないはずなのに。
ベッドに腰掛けて僕の方を見上げているミサミサは、やけに楽しそうだ。
「なにか、話があるんでしょ、ミサに相談? ワッ、もしかしてー、恋愛相談とか?
マッツーも角におけないわね。誰々?事務所関係の子?
あ、そうかマッツー死んだことになってるもんね。いいよ、ミサが取り持ってあげても。
その代わり、ライトとミサのキューピット役お願いし…」
まくし立てるように喋りつづけるミサミサの言葉を、僕は頭を振って制止した。
「あ、やっぱり…」
ミサが悪戯っぽく微笑みかけてきた。
「マッツーの顔見ればわかるよ、怖くなったんでしょ、さくらテレビに出るの。」
図星だった。
Lとともにキラ捜査を始めた時から覚悟はしていたつもりでした。
宇生田さんが亡くなってからは特に、死に直面して捜査している自覚があったつもりでした。
でも今度のテレビ出演は違う。
死ぬとしても僕だけ。
僕の死と引き換えに、キラの殺人方法の謎が解ける唯一のチャンス。
だからこそ、自分から引き受けた。
キッパリと決意した、それなのに…
黙っている僕を見て、ミサは微笑む。
「あ、やっぱりそうなんだ。そりゃ、死ぬのは誰でも怖いよね。」
ミサは少し考え込んでいたが、唐突に、ニーっと笑った。
「マッツーも男なんだねー。」
「?」
「ミサは、いいよ。」
少しはにかんだミサの言葉に、サーっと血の気が引くのを感じた。
心臓の音が急速に大きくなり、早鐘のように鳴っている。
「それでマッツーの踏ん切りがつくなら。」
ミサに全部見透かされていた。
悩んでいることも、その救いをミサに求めてここに来たことも。
「マッツーが夜中にミサの部屋を訪ねてくるなんて、絶対ヘンだもん。」
不思議に嬉しそうにいうミサを、呆気に取られてじーっと見つめていた
死ぬ前に話しておきたいとだけ思ったつもりだったのに、と良心がとがめる。
「キラ逮捕のために死ぬかもしれないマッツーに、ミサがしてあげられるのは、それくらいだもんね。」
自分の口から言えなかったことがいっそう恥ずかしかった。
こうなることを期待していた自分がいることを、ミサに知られてしまったことが恥ずかしかった。
言わないままでもいいと思ったことを、ズバリと言われてしまい、どうしていいかもわからない。
ミサの目を見ることも出来ず、伏目がちにしていると、ミサは勢いよく立ち上がった。
「シャワー浴びてくるから、30分後にもう一回来て。」
スタスタとクローゼットの方に歩きながらミサの言った言葉に促され、フラフラと立ち上がりドアに向かう。
「ぜーったいに、誰にもわからないようにしてくださいね。特にライトと竜崎さんには。」
扉を開けながら振り返り、コクリと頷いて外に出た。
モニタールームへ戻る途中、頭の中では、様々な思いが葛藤していた。
(僕もシャワーを浴びた方がいいかな。)
(モニターを切ったのがもし誰かに知れたら・・・)
(月くんに知られたら・・・)
(いや、竜崎に知られたら・・・)
(あ、避妊はどうしたら・・・)
モニターに細工
自分の部屋から、ミサミサの部屋への道のりが、やけに長く感じられた。
耳鳴りがして、目が霞み、頭がガンガンしています。
心臓が張り裂けそうなくらい高鳴って、胸が苦しい。
罪悪感というものが、こんなに自分を苦しめるものだとは知らなかったです。
ヨツバに潜入したあの時でさえ、今の自分に比べたら、ずっと冷静でした。
見つかったらキラに殺されるかもしれないとわかっていて、独断で潜入したあの時。
ミサミサや竜崎を始めとする、みんなのお陰で僕が死なずに済んだ偽装落下の時も。
死の恐怖を感じながら、ウソをつき通して見事にキラを欺くことができたんです。
今の自分が恐れているものの正体は、きっと自分のエゴなんだとわかってます。
わかっているけど、この歩みを止めることはもう出来ません。
それは、きっとミサミサが自分を受け止めてくれると言ったからです。
誰よりも好きな恋人がいるのに、死の手向けとは言え恋人でもない男とSEXができるでしょうか。
彼女がどういう気持ちで引き受けてくれたかはわかりません。
だけど、彼女の中にもきっと、僕と同じように罪悪感が渦巻いているんだというのは想像がつきます。
だからこそ、月くんや竜崎には絶対に知られたくないと言ったのでしょう。
竜崎がもしこのことを知ったら、きっと月君に伝わることは間違いないですし、月くんに咎められるのも間違いありません。
月くんなら、たとえどんな理由でも、彼女を犠牲にしたりはしないと思います。
学生時代、好きだった女性に自分から声を掛けたことは一度もないままでした。
告白された相手と惰性で付き合って、そして別れてがあって、警察に入ってからは恋愛からは、ずっと遠い世界にいました。
もし、死ぬ前の1日自由に行動が出来たら、どうしても会っておきたい人がいました。
童貞だった僕のはじめての相手、大学の先輩だった彼女は、ほんの少しミサミサに似ていました。
そして、先輩とのふれあいは、そのたった一度だけ。
その後は、言葉も交わせていません。
モデルのミサミサに先輩の面影を重ねていた僕。
ミサミサがキラ容疑で拘束されたときも、捜査本部の中で僕だけが邪な思いを抱いていたと思う。
先輩とミサミサは違うとわかっていても、ミサミサを見るたびに思い出してしまう。
そんな思いのまま、僕はミサミサを利用するような形で抱こうとしている。
自分で口に出したわけじゃないけれど、彼女は察してくれた。
そして、受け入れるとまで言ってくれた。
自室でシャワーを浴びながらも、ずっとぐるぐるとミサの言葉が頭の中で回っていました。
思い出すたびに、卑劣で卑怯な自分が嫌になっていきます。
そして、ミサミサの思いやりに心を打たれてしまう。
そして、ようやく自分の中で出した答えは、ミサミサに先輩を重ねない、ということでした。
素敵な人気モデルのミサミサを、一人の女性として抱くんだ。
自分にそう言い聞かせて、ようやく納得できたんです。
ミサミサの部屋の前まで来たら、またドーっと汗が出た。
大きく深呼吸を、1回、2回、3回。
手を上げてノック・・・しようとして躊躇う
やっぱり、きちんと断った方がいいだろうか。
自分のこと、先輩のことを正直に話して・・・
いや、それよりも潔く抱かないと言ってしまおうか。
明日のテレビ出演はもう決まっている。
僕がしっかりやりさえすればそれでいいんだから。
・・・・
・・・・・・・
ココン
悩み震える手がドアをノックしてしまった。。
「マッツー?、どうぞ。」
僕は周囲を確認し、滑り込むようにミサの部屋に入った。
誰か来るかと焦ってドアを閉じてはじめて気付いたけれど、室内に入ると、照明が落ち、薄暗くなっていた。
閉じたドアのノブを握っている掌が汗びっしょりになっているのがわかる。
なんだか力が入って指がドアノブを放してくれない。
強引に引き抜くようにすると、ガチャン、と大きな音を立て、汗で濡れたドアノブが指の隙間からツルリと抜け落ちる。
強張る掌を軽く曲げ伸ばしして、振り返ろうと体を捻ろうとするとバランスを崩して倒れそうそうになる。
膝が小さく震えていた。
足全体がガクガクと痙攣するように震えている。
自分で決めたことなのに、まるで肉体に咎められているような気分になる。
そう、今なら、今ならまだ止められる。
たった一言、ミサミサに謝るだけで済むはずだから。
考えてみれば、こんな関係は、僕もミサミサも苦しいだけじゃないだろうか。
僕が救われるために、ミサミサが犠牲になっていいんだろうか。
一番好きな月くんと、満足に二人の時間も取れていないのに、こんな僕と・・・
決めたはずなのに、またぐるぐると頭の中で思いは巡る。
「マッツーどうしたの?」
背後、奥のベッドからミサの声が飛ぶ。
呪縛が解けたように、スーっとからだから緊張感が抜けて軽くなる。
膝の震えも、筋肉の強張りも、ウソか錯覚だったかのように、なくなってしまった。
「だ、大丈夫です。今、行きます。」
マネージャーだった頃の習慣のせいだろうか、反射的に振り返り、ほんのすこし裏返った声が出ました。
ごく自然に、ごく普通に足が出て、スタスタとミサミサのベッドに向かって歩き出す。
ふと目線をベッドの方に向けると、バスローブ姿のミサミサがベッドに入って上半身を起こしているのが見えた。
薄明かりの中の、ほとんどシルエットのようなミサの姿が目に入っただけで心臓が爆発しそうな勢いで脈打った。
顔が熱い、体が熱い。
全身に
近づきながら気恥ずかしくなり、俯いて足元だけを見ながら進む。
目を合わせるのが、ミサミサの顔を見るのがなんだか怖い。
ガクガクも、緊張も抜けたはずなのに、一歩ごとに、ドキドキが大きくなり、体がドンドン熱くなる。なんだか歩きにくい。
足を前に出すのが辛い。腰のあたりに、何か邪魔になるものが・・・?
腰・・・・・・?
足を止めて、ぼーっと下を見ていた目を凝らす。
視界の中央で、自分のズボンの中央がパンパンに膨らんでいる。
足の運びを妨げているていたのはこの強張りに間違いありません。
ズボンとパンツの締め付けを物ともせずに、カチカチに堅くなっています。
恥ずかしい・・・
まだ側に辿り着いてもいないのに、何をやってるんでしょう僕は・・・
こんなこと気付かれたら、ミサミサに軽べつされてしまう。
歩幅を小さくし、腰を引いてやや内股気味にズボンの膨らみが目立たぬよう歩き始め、ついに・・・ようやくミサミサのベッドの側に辿り付きました。
ミサミサのベッドサイド。
マネージャーとして何度もここに立ち、話しをした場所なのに、落ち着かない。
体がすくんで・・・、声も出ない、顔を上げられない。
ミサミサを抱こうとしている自分が立つことがあるなんて、思ってもみませんでした。
明るく楽しく話していたあの時と今では、まったく違います。
それは、きっとミサミサも同じはず・・・
じゃないかと思います・・・・・
きっと・・・・・・・
「・・・ッツー? マッツー?」
ミサミサに話し掛けられていたのに気付かなかった。
「は、はいっ!」
思わず直立不動になって答える。
ミサミサのクスクス笑う声が聞こえてきた。
「あんまり時間ないし、早くはじめようよ?」
ミサミサの言う通りだった。
時間は限られている。
のんびりしている余裕なんてない。
焦って乱雑に靴を脱いで、セミダブルのベッドに上がる。
膝立ちで乗ると、ギイギイとベッドが軋む。
オレンジいろの薄明かりの中、白いバスローブ姿のミサと向き合った。
腰から下は毛布に包まれていて足は見えないが、のどもとの肌の白さにドキっとする。
もっと露出の高い服や、水着撮影にも同行しているというのに、今のこの姿が、僕のためだけの姿だという気持ちがそうさせるのだろうか。
視線はバスローブの合わせ目から覗いたミサの肌に釘付けのまま、取り憑かれたようにミサの目の前まで這った。
目と目があった。
「・・・・・・・・」
耐えがたい沈黙・・・
「よ、よろしくお願いします。」
ペコリと頭を下げてそう言うと、ミサミサが笑い、僕は少しほっとした。
「マッツー、なにそれ。」
おかしくてたまらないという感じで、ミサミサは大笑いしている。
そのおかげで、重苦しい雰囲気は吹き飛んだ。
「もう、やめてよね。アヤシイお店・・・じゃないんだから。」
いいながらミサの表情が少し暗くなったような気がした。
そう言われると、まるでプロにお願いするような挨拶をしてしまったような気がした。
「す、すいません・・・」
ポリポリと頭をかいて謝った。
「ううん。ダイジョブ!」
首を振ってニッコリ微笑むミサミサ。
思い返せば、第2のキラ容疑で逮捕されてからというもの、いつもミサミサのことを気にしていた気がする。
先輩の面影があるからというだけでなく、彼女に惹かれていた自分を、仕事と言う名の枷が縛っていたあの頃。
いや、本当ならずっと、いつまでも、その枷は僕を縛っていたはずで、今こうして二人でベッドの上にいることの方が信じられない。
ズキン!
下着とズボンに抑えつけられた部分から、もう待ちきれないという疼きが体を突き抜けていく。
手を握って引き寄せる。
驚いて目を丸くするミサミサの顔が目の前に来た。
唇を重ねようと、さらに顔を寄せていく。
ムニュッ…
唇が触れる、と思った瞬間ミサミサのてのひらが僕のアゴにあった。
ミサミサの細くしなやかな指が、僕の唇を押し返していく。
「ごめんね、キスは・・・。ホッペだけ・・・ね?」
チュッ・・・回り込んだミサミサの髪が鼻先を撫で、柔らかい唇が僕の頬に触れる。
そうだ、僕はミサミサの恋人にはなれない。
一晩だけの恋人・・・勝手に舞い上がっていた自分の心が、スーっと冷めていく。
ミサミサは月くんが好き。
そんなことはわかりきっていたはず。
死を賭してテレビ出演する僕を思いやって彼女はこうして、僕を受け入れようとしてくれている。
月くんへの気持ちを、唇を許さないという形で整理したって不思議じゃない、そう納得した。
それでも、不満げな表情を浮かべていたのかもしれない。
「え〜っと、ほら、竜崎さんみたいに『好きになっちゃう』かもしれないかなーって・・・」
以前、ミサミサのキスを頬に受けた竜崎は、確かにそう言っていた。
僕は竜崎とは違いますよ、と言いかけて止めた。
代わりに、精一杯の笑顔、目を閉じ満面の笑みで答えました。
「はい、わかりました。気をつけます。」
また、語尾が少し上ずって震えたかもしれない。
ミサミサも、コクン、と頷き、ニッコリ微笑み、飛び込むように僕に抱きついて来た。
「マッツー、普通の服だね。」
胸元にミサの頬が押し付けられている。
誰かに見られる時のことを考え、いつもの格好で来てしまった自分が、ほんの少し気恥ずかしい。
ミサミサは、バスローブの下にほんのわずかな下着だけ・・・いや、もしかしたら下着をつけてない可能性だってある・・・。
バスローブが触れている部分が、急になまめかしく感じられて来る。
自分の鼻から漏れる息が熱い・・・
まさか・・・
思わず鼻に手を当てて確認する。
大丈夫、鼻血は出ていない。
「どうしたの?」
ミサミサの笑顔が営業スマイルに近いような気がしてきた。
月くんといる時にみせる笑顔じゃない。
いや、マネージャーだった僕に見せていた笑顔ともやっぱり違う。
「さっきからヘンだよ、ミサに敬語使ってるし。」
「あ!・・・」
まったく気付かなかった。
ミサミサに敬語で話したことなんてなかったのに・・・
自分でミサミサに先輩の幻影を重ねて、そのまま先輩と同じように話し掛けていた。
そして、思い出した。
さっきのミサミサの、いつもと違う笑顔を、あの日の先輩もしていたことを…
卒業後に聞いた別の先輩の話が頭の中で蘇ります。
『彼氏がね、変態だって悩んでたんだ、アイツ。3Pとか乱交とか連れまわされてたらしいよ。
松田が入ったときにずいぶん気に入ってたから誘われたかと思ってたけど違ったんだ。』
先輩が何を思って僕を誘ったのか、未だに僕にはわからない。
ミサのこの表情の理由も、僕にはさっぱりです。
あんなに悩んで決めたことなのに、また心が揺れてきた。
ミサミサと先輩がやっぱり僕の中では重なっていることは間違いない・・・
せめてこの笑顔の謎が解ければ、僕にも先輩の気持ちがわかるかもしれない。
月くんや竜崎なら、すぐ察しがつくのかもしれない。
でも、相談なんて出来ません。
僕に出来るのは、あの頃の気持ちに戻って、先輩の心情に近づくこと。
それが、明日死ぬかもしれない僕に出来る唯一の・・・心残りなんです。
「ミサミサ・・・いえ、ミサさん。」
「え・・・?」
「今日はこの口調でお願いします。」
ミサミサの表情が曇ったのは、意味がわからなかったからに違いない。
けれど、すぐに頷いてニッコリ微笑んだ。
「そうしたいなら、それでいいよ、マッツー・・・あ、呼び方も替えた方がいい?」
「いえ、そのままでいいですよ。」