「え?お客さん、あんたも噂を聞いて駆けつけてきたクチかい?
何だ違うのかい。そういう輩が最近大量に国中から押しかけてきてたもんだから、てっきりあんたもそうなのかと思っちまったよ。
そのお陰でまあうちみたいな城下町の宿屋はだいぶ儲けさせてもらったけどね。
ああ今はだいぶ落ち着いたよ。御触れが出た時なんて凄かったけどね。
あんたみたいな若い男だけじゃなくて、いい歳した小汚いおっさんまで城への行列に並んでたりして可笑しいやら呆れるやら。全く身の程を知れってんだ。
そりゃ条件さえクリアすれば身分も容姿も関係ないけどさ、あんなのが相手じゃいくら命の恩人でも姫様が可哀想さね。
え?その御触れの内容だって?
なんだいあんた本当に何も知らないのかい?国中今その話で持ちきりだってのに?呆れたもんだ。まあ、異国からの旅人なら仕方ないかもねえ。
この国の姫様の事は知ってるかい?我が国の噂といえば、何かと王子に偏りがちだけど、その下にね、三つ下の妹姫がいらっしゃるのさ。
花の盛りの15歳で、可憐で愛らしい、国中の若い衆の憧れの的さね。
その姫様がね、突然病に倒れられたんだよ。
それがどうも普通の病じゃない。ずっと眠ったまま目を覚まされないっていう聞いた事もないような奇病でね・・・。
国王夫妻も国中の医者や学者を呼んだらしいんだけど、それでも姫様の病を治す方法は誰にもわからなかったんだよ。
そこでね、王様は御触れを出したのさ。
姫様の病を治した者に姫様を与えるってのさ。正気じゃないだろう?
あたしに言わせりゃ、もうやけになったとしか言いようがないね。まあ、実際そうなんだろうけど・・・でも姫様の身になって考えてごらんよ。
いきなり目が醒めらたら、どこの誰ともわからない馬の骨のモノになっているなんて、ぞっとするとしか言い様がないさね。
それで国中の男達が城まで駆けつけたってわけさ。全くもって男ってのはどうしようもない生き物だよ。馬鹿みたいだ。
まあ、先だっての王子の花嫁探しのパーティーでは、国中の若い娘達が城へ押しかけたわけだから、女だって似たようなもんだけどさ。
そう、王子も今回の事では大層心を痛めてらっしゃるとか。そうだろうねえ。仲の良い兄妹であらせられたから・・・。
せっかく婚約が決まったのに未だ式を挙げる気配がないのもそのせいだろうね。
王子の婚約者?平民出身だけど、美人で賢いお方らしいよ。何でも王子と同じ学び舎出身の才媛なんだってさ。
あたしゃ女に学問なんて不要だと思うけど、まあ王子がお選びになった女性だし、問題はないんじゃないかね。いつだって王子の判断に間違いはないからね。
おや、あんた今笑ったね。嘘じゃないんだよ。国中の者にきいてごらん。
王子を悪く言う奴なんてこの国にいやしないんだから。
あの方の機転でこの国は何度も危機を救われているんだ。
うちのような小国が近隣の大国の餌食にならず、肩を並べていられるのは国王の人望と王子の外交手腕があってこそさ。
そのうえ一度戦が始まれば、真っ先に先陣をきって最小の犠牲でわが国を勝利に導く勇気と才覚もお持ちでいらっしゃる。
王子が国王を補佐する様になってから、国はより一層豊かで平和になった。
もうわかったからいいって?そうかい、わかればいいんだよ。
姫様の奇病?ああ結局今の所誰も治せずにいるよ。皆威勢のいいのは最初だけ。姫様を我が手にと息巻いていた男衆も、結局手の打ち様がなくて諦めちまった。
ここだけの話だけどね、あれは普通の病気じゃなくて、何かの呪いじゃないかと思うんだ。しっ。声がでかいよ。不吉な事なんだから、声を潜めておくれ。
何を根拠にって?根拠なんてないさ。でもあまりに不思議じゃないか。
永遠に眠り続ける病気なんて、あたしゃ聞いた事もないよ。それに、有名なお医者様でも治せないなんて、そもそも病気じゃないんじゃないかねえ。
最近不思議な力で人の息の根を止める魔王ってのがいるじゃないか。
あれだってどんなカラクリなのかあたしらには解んないだろ?それと同じで、姫様の奇病も何かの魔法じゃないかと思うんだよ。あ、別に魔王が姫様に呪いをかけたって言っているわけじゃないよ。魔王ってのは人殺し専門なんだろ?
あんな呪術使いみたいなのがそうごろごろいたら困るけど、一人いるんだから他にもいるかもしれないさね。何の為にそんな事をするか知らないけどさ。
・・お客さん、何を考え込んでいるんだい?え?城?この先の角を曲がってまっすぐの所だけど・・ってまさか行く気なのかい?ちょ・・ちょっとこんなにいらないよ。そもそもあんた泊まってないんだし・・って情報代?何だいそりゃ。・・・って・・・いっちまったよ・・・・。」