「松田、もうあがりだろ?今日つきあわないか?」  
特別捜査本部。ひととおりの仕事を終わらせ机につっぷしてため息をつく松田に、相沢が声をかけた。  
 
「あ、相沢さん。つきあうって・・・・・もしかしてあそこですか〜?」  
「ここんところずっと缶詰だっただろ。明日は休みだし、少しは気を抜かないとな。」  
相沢はニンマリと笑いながらポンっと松田の肩をたたく。  
「なんか不謹慎ですよ相沢さん・・それに僕、ああいう場所ってどうも苦手で・・・・」  
「何いってるんだ、そんなんだからお前はいつまでたっても青いんだよ!」  
「え、あ、・・・すみません」  
「・・・・・・うーん。ま、いいか。お前も疲れてるみたいだしな。まぁまた付き合えよ。」  
「は、はい・・・どうもすみません。お疲れ様です」  
ペコリ、と頭をさげる松田に相沢はヤレヤレ、と笑いながら部屋を出て行く。  
 
「はぁ〜・・・・・相沢さんも元気だな〜」  
また机につっぷして頬杖をつく。  
「なんだ、相沢は帰ったのか」  
「局長!」  
振り向くと、総一郎が帰り支度をしていた。  
「なんだか浮かれていたな、相沢のやつは」  
「ああ、ハイ、なんかキャバクラにいくとかで・・・・あっ」  
しまった、とあわてて口を押さえて総一郎の顔をうかがう。  
「仕方ない奴だな。・・・・まぁ、そういう息抜きも必要なのかもしれんが」  
聞かなかったことにしてやるよ、と苦笑する総一郎に、松田はほっと胸をなでおろす。  
「お前は相沢についていかなかったのか」  
「いやぁ・・・僕、ああいう所はちょっと・・・」  
 
そう頭をかきながら、以前、相沢について初めてキャバクラというものに行った時のことを思い出す。  
露出度の高い服に、濃い化粧、派手に巻いた髪のキャバ嬢に囲まれ、相沢に飲まされ、もう  
何がなんだか、というかんじだった。どうやって店を出たのかも覚えていない。  
相沢の話によると、酔った松田はキャバ嬢相手にお説教をしていた、ということだった。  
 
「ああいう所にいる女の人ってどうも苦手で・・・」  
「なんだ、お前ちゃっかりいい人でもいるのか」  
「い、いえ、そんなんじゃないんですけど」  
 
顔を赤らめながら、僕なんて・・。と弱弱しく笑う松田に、総一郎も苦笑する。  
(今時珍しい、純粋な奴だ。)  
だからだろうか、総一郎はどの部下よりも松田を可愛がっていた。  
ドジで、バカ正直で、女性に関してもウブな松田だが、捜査に対する熱い思いは他の誰にも負けていない。  
松田のそんな性格は、総一郎にだけでなく、他の誰からも好かれるものだった。  
 
しかしそんな性格ゆえ、なかなか彼女をつくることができずにいるのだろう。  
 
女性捜査員や受付譲からは「顔はいいのにねぇ・・」という声も多い。  
けっしてモテないわけでもないが、致命的なのは本人が鈍感すぎるということだろうか。  
 
「松田」  
「は、はい!」  
「どうだ、よかったら久しぶりにうちで飯でも食っていかないか。今日は息子もいるだろうし」  
今まで何度か松田や相沢達を招いたことはあったが、月とは顔をあわせたことがなかったのだ。  
 
「息子さんと会うのは初めてですね。粧裕ちゃんとも久しぶりだなぁ・・」  
「粧裕も、お前になついているからな、ずいぶん会いたがっていたし喜ぶだろう」  
「じゃあ、お言葉に甘えて・・・」  
 
そうして二人は捜査本部をあとにした。  
 
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 
 
「ピンポーン」  
 
玄関のチャイムを鳴らすと、ドアごしからドタドタドタと言う足音。  
「おかえりなさーい!お父さん!」  
明るい声とともに勢いよくドアがあく。  
「ただいま、粧裕。」  
「あーっ松田のお兄ちゃん、いらっしゃい!!!」  
「こんばんは、粧裕ちゃん、久しぶりだね」  
松田は粧裕に目線を合わせにっこりと笑う。  
 
「どうぞどうぞ、あがって!」  
粧裕はせかすように松田の腕をひっぱる。  
「わわ、お、お邪魔します」  
 
「松田お兄ちゃんおなかすいたでしょ?すぐできるから座ってて!あ、上着お預かりしまーす!」  
粧裕はそういって松田の上着を脱がせる。  
「ありがとう粧裕ちゃん、気が利くね〜」  
「いえいえ♪あ・・・・・・」  
粧裕はふいに手に取った松田の上着を見つめる。  
「・・・?どうかした?」  
「あ、いや、ううん。・・・・あのさ、松田のお兄ちゃんって、香水つけてる?」  
「ああ、少し、ね。ほら、本部ってみんなタバコ吸うんだよ。僕吸わないからどうも気になって・・」  
「そう・・・・」  
「粧裕ちゃん?」  
「なんでもない!これ向こうにかけとくねっ」  
粧裕は隣の和室へ上着を持っていく。丁寧にハンガーにかけると、くんくん、と鼻をきかせた。  
 
「これ・・・・」  
 
(・・・・・・お兄ちゃんと同じ匂いだ。)  
タバコの匂いと混じっているが、特徴のある甘い香りは、月のものと同じだった。  
 
「おーい粧裕、ビール出してくれ」  
「あっ!はいはーい」  
ハッと我に返り、粧裕はあわててリビングに戻ると、冷蔵庫からビール瓶とグラスを出す。  
「ギンギンにひえてますよ〜!お仕事おつかれさまでした!」  
「ああ、ありがとう。松田にもついでやってくれ」  
「あ、じゃあちょっとだけ・・・僕弱いんで・・・」  
「ちょっとなんていわずに♪」  
粧裕は松田のグラスにビールをそそぐ。  
「・・・そういえば粧裕、月はまだ帰ってないのか」  
「えっ」  
総一郎の言葉に、粧裕は一瞬止まる。  
「わわわ、粧裕ちゃん!」  
「ぎゃっ!!」  
グラスから並々と泡がこぼれおちる。  
「ごごめんなさいっ・・・おっとと・・」  
粧裕はあわててこぼれおちる泡をグイっと飲んだ。  
「こら、粧裕!」  
「ぷは〜!仕事のあとはやっぱコレだねっ」  
「うっわ、半分も飲んじゃって。あ、ほら、ヒゲになってるよ」  
松田がハンカチを取り出し、粧裕の口元を優しくぬぐう。  
 
「あ、ありがとう。。」  
「20歳未満なんだから、ダメだよ?しかも僕達警察の前で・・」  
にっこり諭すように微笑んで松田は粧裕の頭をなでる。  
「・・・まったくだ。それで、月は帰ってくるのか?」  
「あ、うん。たぶん・・・もう少ししたら帰ってくると思うよ。」  
 
「そうか。」  
意味ありげにため息をついて粧裕を見る。  
 
「あなた、お食事の準備できましたよ。さぁ、松田さんもどうぞ」  
いつのまにか、ダイニングには豪勢な料理が並んでいた。  
 
◆◆◆◆◆◆◆◆◆  
 
午後9時半。食事も終わり、松田と粧裕はテレビゲームに熱中していた。  
『ピンポーン』  
 
チャイムが鳴る。  
「あら、やっと帰ってきたのね。粧裕、あけてあげて」   
「あ、うん。」  
パタパタ、と廊下を駆け、ドアをあける。  
 
「ただいま、粧裕」  
「おかえり・・・お兄ちゃん。」  
 
いつものように、月は粧裕の頭をやさしくなでる。  
粧裕は月の手をとり、ぎゅうっと握る。  
「・・・どうした?寂しかったのか?」   
「うん・・」  
囁くように、小さな声で。  
月も、粧裕の手をきゅっと握り返す。  
 
「月、遅かったな」  
突然、廊下のほうから声がして、あわてて二人はつないだ手を離す。  
 
「ああ、父さん。ちょっと友達と話し込んでてさ。・・・・・・誰か来てるの?」  
「ああ、捜査本部の松田が・・」  
総一郎が言いおわる前に、ひょっこりと松田が顔をだし挨拶をする。  
「あっ、お邪魔してます。はじめまして月くん」  
「ああ、どうも・・・」  
 
月は作り笑顔を浮かべながらまじまじと松田を観察する。  
(この人もキラ捜査本部の一人か・・・やっぱりたいしたことなさそうだけど)  
総一郎から話は嫌というほど聞かされていた。  
いつも「松田が、松田が」とまるで自分の息子のように嬉しそうに話すのだ。  
 
(父さんはやけにこの人のこと気にいってるみたいだな・・思ったとおりの優男か。  
 とても頭がキレるようには思えないな。)  
 
松田はそんな月の心中も知らず、ニコニコとしている。  
 
「飯はまだなんだろう。用意してあるから着替えてきなさい」  
「ああ、はい。松田さん、どうぞごゆっくり」  
 
ライトはそういっていそいそと階段をあがった。  
 
「いやー想像以上だなーさすが局長の息子さんだ。なんかもう、僕なんかとはオーラが違うっていうか」  
「まぁ、親が言うのも何だが、月は完璧すぎて何も口出しする所がないのが寂しいところだがな、お前と違って」  
「局長〜それはないですよ〜」  
「はは」  
 
泣きそうな顔をする松田をたしなめるようにポンポン肩を叩きながら総一郎は、さぁ飲み直しだ、とリビングへと向かう。  
 
(お父さんは、松田のお兄ちゃんといると本当に楽しそうだなぁ・・・)  
 
粧裕はそんな様子をほほえましく見守っている。  
 
「粧裕ちゃん、ゲームの続きやろうやろう!」  
「あっうん!やろう!」  
 
松田は早く早く、と言った様子ではしゃいでみせる。  
 
(ほんと、お兄ちゃんとは正反対だなぁ。)  
 
子供の自分に合わせてくれているというよりも、もはやこれが素なんだろうな、と粧裕は思った。  
 
◆◆◆◆◆◆◆  
 
『いい奴そうじゃないか、あの男』  
リュークは部屋に入るなり月に話しかける。  
『俺あいつ結構好きだぞ』  
「まぁね。・・・・父さんもずいぶん気に入ってるみたいだし」  
月は荷物をおくとジャケット脱ぎをバサっと放り投げた。  
『お前の妹もあいつのこと気に入ってるようだな』  
「・・・・・・・・・・」  
 
ピタ、着替える手をとめてじっとリュークを見る。  
『なんだ、不満なのか』  
「何が言いたいんだよリューク」  
『別に。なんでもない。それより、ジャケット、シワになるぞ?かけないでいいのか?いつもは・・・』  
「うるさいな、あとでやるよ!」  
月はリュークを睨みつけるとそのまま部屋を出て行く。  
(ムカムカするな、クソ・・・・)  
『・・・・・ククク』  
リュークは意味ありげに笑うと、階段をおりる月を追った。  
 
リビングでは、ゲームに飽きたのか粧裕と松田が楽しそうに話をしていた。  
 
「たぬき?たぬきってあたし本物みたことないよ!」  
「僕の田舎じゃあね、たぬきなんて普通に横をあるいてるんだよ」  
こんな顔してるんだ、と松田は自分の目をパチクリさせてたぬきのモノマネをする。  
 
「ぎゃっそれおかしいって松田お兄ちゃん!全然可愛くないよ〜」  
キャハハ、と粧裕が笑い転げる。  
「ほんとだよ、ポン太はこんな顔してるんだから。」  
「ポン太?」  
「うん、僕がつけたんだ。僕んちによく遊びにくるよ」  
 
(なんて低レベルな会話なんだよ)  
月は夕飯を食べながらリビングの方を眺めていた。  
(恐ろしいくらいに粧裕とレベルが同じだな)  
自分には真似できない、といった様子でチラリと松田を一瞥する。  
リュークも松田と粧裕の話に興味深々のようだ。  
『タヌキってなんだ?タヌキもリンゴ食うのか?』  
さっきからそんなことばかり聞いてくる。  
『なぁなぁ、あいつに聞いてくれよ、ポン太もリンゴ食うのかって』  
(・・・・僕がそんなこと聞けるわけないだろ)  
ため息をついてリュークに静かにしてろ、と目線を送る。  
 
「イノシシもいるよ。おばあちゃんの畑にいたずらしにやってきてさぁ〜」  
「そのイノシシはどんな顔してるの?」  
「二匹いるんだけど、こーんなのと・・・・こーんな・・」  
松田は鼻をふくらませ、思いっきり変な顔をしてみせる。  
「やだ〜っもうお腹イタイって笑わさないでってば〜」  
 
ヒイヒイいいながら粧裕は腹をおさえる。  
 
「本当にあの二人は仲良しねぇ」  
幸子が顔を緩ませながら呟く。  
「ほんと、松田さんなら粧裕を預けてもいいわね」  
(な、何いってるんだよ母さん!)  
突拍子もない母の言葉に月は動揺してつかんでいたエビフライを落とす。  
「おいおいおい、先走りすぎだろう、粧裕はまだ15になったばかりだぞ」  
総一郎はそういいながらも、満更でもないという表情だ。  
 
「二人とも何いってるんだよ、そんなこと、松田さんに失礼だろ。粧裕はまだ子供なんだし」  
出来る限りの平静さを装い月は口をはさむ。  
 
「うふふ、そうね。・・・あ、そういえば」  
幸子は食器を片付けながら電話のほうに向かい、貼ってあったメモを取る。  
「今日、夕方ごろユリちゃんって子から電話あったわよ」  
「え・・・・・」  
「なんか、月の携帯につながらなかったからって、心配してたわよ」  
「あ・・・・そう。」  
(自宅にはかけてくるなっていったのに・・)  
月は不機嫌そうに箸を置く。  
 
「なんだ、お前ちゃっかり彼女いるのか」  
総一郎はそういってビールをぐいっと飲み干す。  
「そんなんじゃないって・・・・・。てゆうか飲みすぎだよ父さん。」  
「粧裕もそろそろ兄離れしないといけないな?なぁ、粧裕」  
いつの間にかこちらの話を聞いていた粧裕に総一郎はわざとらしく問いかける。  
粧裕は顔を曇らせて月のほうをチラリと見やった。  
 
(彼女なんて、いらないって言ってたくせに・・・・)  
粧裕は、キュッっと唇をかみしめると松田のほうへと行ってしまった。  
「松田のお兄ちゃんのお話、もっと聞かせてほしいなー」  
粧裕は月にあてつけるように、松田に甘えた声ですりよった。  
 
(粧裕、違うよ)  
月は心の中で叫ぶ。  
(あいつは・・・利用してるだけで・・。彼女なんかじゃなくて。)  
 
そう思って、月はハッっと我にかえる。  
(・・・・別に粧裕に誤解されようと、構わないじゃないか。粧裕は妹なんだし。  
 ・・・何を焦っているんだ?僕は・・・。どうかしてるぞ・・?)  
 
そう言い聞かせながらも、楽しそうにじゃれあう松田と粧裕を見て月はギリ、と歯をくいしばる。  
「・・・・・・さぁーて、ユリに電話してこなくちゃな!ごちそうさま!」  
わざとらしく、大きな声でそう言うと月は二階へとあがっていった。  
 
 
(何よ、お兄ちゃんのバカバカバカ!)  
粧裕は不機嫌極まりないといったようすでクッションをぎゅうっとにぎりしめる。  
 
「粧裕ちゃん、どうしたの?」  
豹変した粧裕の態度に、松田はオロオロしながら声をかける。  
(ユリっていうひと・・・美人なんだろうなぁ・・・)  
「粧裕ちゃん〜」  
(あーもう、ムカツクムカツクムカツク〜っ))  
粧裕はにぎっていたクッションを横になげつける。  
 
「いてっ!!」  
「あ・・・」  
 
はっと気がつくと、粧裕が投げたクッションは見事に松田に顔面にヒットしていた。  
「まっ・・松田お兄ちゃん!」  
ごめんなさい、とあわてて松田に駆け寄る。  
「大丈夫・・・?」  
驚いて派手にこけた松田をおこしながら問いかける。  
「・・・・粧裕ちゃん・・どうしたの?」  
「え・・・・?」  
「僕、なにか気にさわるようなこと言っちゃったかな・・?」  
鼻をさすりながら起き上がった松田は申し訳なさそうに粧裕をみつめた。  
まるで捨てられた子犬のように、漆黒の瞳をうるませている。  
 
「・・・・・・ぁ・・」  
上目づかいで自分を見つめる松田に、粧裕は思わず顔を赤らめる。  
(なんか・・可愛い・・・)  
自分よりも10歳くらいも年上の男性に、失礼とは思いながらも粧裕はそう感じてしまった。  
さっきまでの苛立ちはすっかり消えていた。粧裕は優しく微笑むと松田の頭をくしゃっとなでる。  
 
「ごめんね、松田お兄ちゃん・・・お兄ちゃんのせいじゃないよ」  
「ほんと?怒ってない?もしかして僕がさっきゲームに勝っちゃったから・・・」  
「違うって違うって!ほんと、もうなんでもないの!」  
粧裕はニッコリと笑う。松田もやっと安心したのか、パッっと顔を輝かせる。  
「そっか・・・よかった。」  
大げさに大きく息をつくと松田はいつものようにニコニコと微笑んだ。  
 
松田の笑顔を見ていると、こっちまで嬉しくなってしまう気がした。  
 
総一郎は二人のそんなやりとりをダイニングからこっそり観察していた。  
自然と顔が緩んでしまう。  
 
別に、松田と粧裕をつき合わそうと考えているわけではない。  
粧裕が他の男に興味を持ってくれることが嬉しかったのだ。  
 
他の男であれば、たとえ10歳以上離れた男でもいい。  
 
(・・・・粧裕が、ライト以外の男に興味を持ってくれさえすれば。)  
 
総一郎は、深くため息をついた。  
あの日、総一郎は、見てしまったのだ。  
 
捜査のため仕掛けた監視カメラに映し出された、真実を。  
 
 
『お兄ちゃん・・・お兄ちゃん・・・・・・!!』  
 
そう何度も連呼しながら、自身を慰めている粧裕の姿。  
はっきりいって娘が自慰を覚えていることにもショックを受けた。  
しかし何よりも、実の兄の名を囁きながら身悶える娘の姿は、見るに耐えられなかった。  
 
(粧裕・・・・・・!お前は!!!)  
 
総一郎は、愕然としてその場に突っ伏した。  
 
昔から、仲のいい兄妹だと評判だった。  
総一郎にとっても、それが自慢だった。  
しかし、粧裕の月に対する想いは、普通の兄妹愛のそれとは  
まったく違うものだったのだ。  
 
「ふむ・・・・・」  
気がつくと、後からLがのぞきこんでいた。  
「なっ!!竜崎!!!」  
あわてて、モニタを隠すが、粧裕のあえぎ声はLに筒抜けである。  
「・・・・・・なるほど。」  
Lは一人で勝手に納得したようにうなずく。  
「りゅ・・・竜崎」  
「心配しなくてもいいと思われます。兄への恋愛感情つまり特有の近親相姦愛というのは思春期の少女が  
 抱くこと多いと言われていますし。」  
そんなことを言われても、総一郎にとって何の慰めにもならなかった。  
 
「しかし、早めにお兄さん離れさせてあげなければいけませんね。  
 けして報われる想いではありませんし、こうして娘さんが息子さんを性の対象として見ている以上、  
間違いがおこらないとはいいきれません。  
それに一度そうなればズルズルと関係を持ってしまうことになる例はきわめて多いです。」  
 
Lはそういうと総一郎を押しのけ、モニタを凝視した。  
自らの指で昇りつめた粧裕のあられもない姿が映し出されていた。  
 
「娘さんについては、もう少し調査の必要がありそうです」  
 
総一郎は声も出なかった。  
 
 
◆◆◆◆◆ 
 
 
それからというもの、総一郎は粧裕と月の関係を探るようになった。  
Lからの忠告を思い出す。  
 
『もし、娘さんの気持ちがお兄さんに伝わってしまい、お兄さんがそれを激しく拒絶するような  
言動をとったりしたら危険です。カール・グスタフ・ユングの妹ヘリーのように、思いつめ、発狂し、衰弱の中早世するかもしれない。それに娘さんからお兄さんを無理に引き離すようなこともやめたほうがいいですね。思春期の少女の心はもろくとても傷つきやすい。』  
 
Lの話は大げさだとは思いながらも、総一郎は決して気づかれないように二人の様子をうかがった。  
よく考えれば、これだけ仲の良い兄妹も珍しい。  
粧裕はもちろん月にベッタリだが、月も粧裕に対して過剰に心配性なところがあるようだった。  
粧裕が出かけるときはいつも、どこへ行くのか、何時に帰ってくるのかと問い、自分が暇なときはいつも迎えにでたりしていた。  
 
(まさか、月も・・・・・?)  
監視カメラからは月にあやしいところは見られなかった。しかし総一郎は不安でならなかった。  
 
そして、しばらくして、その不安が的中することとなる。  
 
月が大学の飲み会があるといい出かけた日のことだった。「遅くなるから」といって出て行った  
月を、粧裕はリビングでずっと待ち続けていた。  
 
「粧裕、もう寝なさい」  
12時をまわってもリビングに居座っている娘を見て総一郎は呆れ顔で声をかける。  
「ん〜!明日テストだし、部屋じゃ寝ちゃいそうだから、ここで勉強してるよ。  
 お父さん明日も早いでしょ?おやすみなさい」  
粧裕はそういってニッコリ微笑む。  
明らかに月の帰りを待つための口実のように思えた。  
それにテスト勉強にしても、玄関で物音がするたんびにそちらのほうへ意識をむけるのでは  
勉強に集中もできないだろう。  
総一郎はやれやれとため息をつき、先に休むことにしたのだった。  
 
午前3時をまわり、玄関をあける音で総一郎は目を覚ました。  
(月が帰ってきたのか。)  
総一郎はなんとなく階段を降り、リビングへと向かう。  
 
「粧裕・・?」  
リビングに入った月はソファで寝ている粧裕を目にする。  
「こんなところで寝て・・・お?勉強してたのか。」  
月はテーブルにある粧裕のノート取った。  
「なんだ全然解いてないじゃないか・・・・・・まったく。」  
独り言を続ける月に、なんとなく声をかけず総一郎はそのまま廊下から覗いていた。  
月は酔っているのか、顔が少し赤かった。  
「粧裕、起きろ。風邪ひくぞ」  
そういって粧裕の顔をのぞきこむ。  
しかし粧裕は寝息をたてたままだ。  
 
「可愛いだろ?」  
「・・・あはは、きっと僕を待ってたんだよ」  
 
月はまるで誰かと喋っているかのように独り言を続ける。  
 
(一体、誰と会話してるんだ?)  
総一郎は不思議で仕方なかったが、月が酔っているということで自分を納得させた。  
 
月は総一郎に覗かれていることもしらずに粧裕の寝顔を観察し続ける。  
いとおしそうに優しく微笑み、粧裕の髪をなでた。  
「粧裕・・・・・・・・」  
そう呟くと、月は粧裕の唇にそっと口付けをした。  
 
「愛してるよ、粧裕。」  
 
月は粧裕を抱くようにしてそのまま寝息をたてはじめたのだった。  
 
 
◆◆◆◆◆  
 
 
「・・・・なた、あなた!!」  
「あ・・・」  
 
総一郎は幸子の声で我にかえった。  
随分と長いこと思いふけっていたようだ。幸子が心配そうに総一郎を覗き込む。  
「疲れているようね。今日はもうお休みになったら?」  
「あ、ああ・・・・うむ。」  
胃が、痛い。  
あの時の月の行動は、総一郎を絶望へとおいやった。  
結局、月も粧裕のことを恋愛対象としてみていたということか。  
(いや、あの時の月は酔っていた。しかし・・・。)  
・・・・今日のように玄関で手をつないだり、しかも自分が来たときに離したり。  
(どう考えても普通の兄妹の関係ではないことはわかるじゃないか・・・・)  
考えれば考えるほど、キリキリと胃が痛む。  
 
「あはははは」  
明るい笑い声がして、思わずそちらに目をやると、松田と粧裕はまだ話し込んでいた。  
粧裕と松田の距離は、さっきよりもかなり近づいている。  
時折、粧裕は甘えるように松田の腕に絡みついたりしていた。  
そのたびに松田は顔を赤らめながら、さりげなく腕をほどく。  
 
「ねぇ、松田のお兄ちゃんってカノジョとかいるの?」  
ぐいぐいと迫るような様子で粧裕が松田に問いかける。  
「はは、僕にいると思う?」  
「えー、超いそうだよ〜松田お兄ちゃんかっこいいし」  
「わっそんなこと、初めて言われたよ!」  
心底驚いたように目をまるくする松田。  
実際職場では松田に目をつけている女性も多いのだが、本人はまったく気づいていないというのが現状である。  
(まったく、松田らしい。)  
総一郎は目を細めて微笑んだ。  
 
「ねえ、ほんとにいないの?」  
「いないよ。ほんとだよ。」  
あはは、と弱弱しく笑う松田に、嬉しそうに粧裕が問いかける。  
「じゃあさ、じゃあさ、粧裕をお嫁さんにしてくれる?」  
「えっ・・・ええっ!?」  
 
松田は突然の粧裕の申し出に、またもやソファから落ちそうになった。  
 
「なな、何言ってるの・・粧裕ちゃんまだ中学生でしょ!?」  
「だから、粧裕が大人になるまで待っててよ!」  
「は、はぁ・・・・」  
 
ハイッ、約束!と言って粧裕が小指をさしだす。松田はつられるように小指を差し出した。  
小指を絡めあい、ゆーびきーーりげーんまーん、と歌いだす粧裕を見て、  
総一郎は心が救われるような気がした。思いっきり顔緩ませて二人を見つめる。  
(それでいいんだ、粧裕)  
「あ、あなた・・・?」  
さっきまで眉間に皺を寄せていた総一郎の変わり様を、幸子は怪訝そうにうかがっていた。  
 
「ゆびきった!♪」  
粧裕は約束だよ〜?と松田を上目づかいで見上げる。  
 
(あ・・・・。)  
以前会ったときよりも、グンと大人っぽくなっていた粧裕に、今更松田は気づいた。  
しばらく合ってない間に、化粧を覚えたのか、粧裕の唇はグロスで艶めいている。  
思わず顔を赤くして目線をそらす。  
(・・・・どうかしてる・・。)  
相手は中学生だぞ?松田は自分にそう言い聞かせるが、胸の高鳴りは抑えられない。  
 
(・・・ほんとに、待っちゃうよ?)  
 
松田は、実家の母から勧められた見合いを断らなきゃな、そんなことを考えていた。  
 
 
(くそ、不愉快だ。)  
月は扉をしめていても聞こえてくる粧裕と松田の楽しそうな笑い声にイラついていた。  
『おっ・・・おい、ライト!』  
リュークがあわてて声をかける。  
「なんだよ・・・うるさいな」  
『ライト、あいつ殺すのかよ』  
「は?」  
 
気がつくと、デスノートを広げていた。  
今にも誰かの名前を書いてしまいそうな勢いで、ペンをにぎって。  
「あ・・・」  
ライトは、自分が恐ろしいと思った。  
『あ、そういえば、ユリって女に電話しなくていいのか?』  
リュークは必死に月の意識をそらそうとしているようだった。  
「・・・・・・・大丈夫だよ、リューク」  
月は自分が松田を殺そうとしていたことを恥ずかしく、そして恐ろしく思った。  
(そんなにくやしかったのか?僕は)  
自嘲気味に笑う。  
(粧裕が他の男と話しているだけで、殺してしまいそうになるなんて・・・)  
 
「あいつは殺さないよ」  
『そ、そうか。・・・・まぁ、妹が悲しむもんな?』  
「・・・・・・・」  
・・・もし、今松田を殺したら。  
粧裕はどうなるだろうか。  
泣き叫び、悲しみ、心を壊してしまうかもしれない。  
(そんな粧裕、見たくない・・・)  
月の胸がキリ、と痛んだ。  
 

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