◆◆◆◆◆◆  
 
「きゃぁーミサさん、いらっしゃいっ!!」  
 
今日もまた、彼女がきた。  
突然できた、兄の彼女。  
(ユリさんはどこにいったんだろう)  
ふと疑問に思う。ユリの名前がでてきたと思ったらこんどはミサだ。  
粧裕は複雑だった。  
月に彼女なんて絶対許せないと思ってた。  
(でも・・・・)  
「粧裕ちゃん、こんにちはv」  
そう微笑む兄の彼女は、とても憎めなかった。  
 
(こんなに可愛い人、かてっこないよ・・・・・)  
 
粧裕はもう諦めていた。せいいっぱいのチカラをふりしぼり明るく振舞う。  
「お兄ちゃん、もう少しで帰ってきますからッ★どーぞミサさんあがってあがって〜!!!」  
「ありがとう〜。お邪魔シマースvv」  
いつものように短いスカートを抑えることもせずミサが屈んで靴を脱ぐ。  
「ぎゃっミサさんパンツパンツ!!!」  
「あはっ★ごめーん!ミサってば、はしたないっ」  
ペロっと舌を出してスカートを抑えるミサを見て、粧裕もつられて笑う。  
(かなわないなぁ・・・)  
最初は、正直兄の彼女とはとても思えなかった。  
奇抜な格好や、子供っぽい言動がとても兄につりあうとは思えなくて。  
 
でもしばらく様子を見てすぐわかった。  
(ミサさんは、本当にお兄ちゃんのことが大好きなんだ。)  
 
・・・・・自分もそうだからこそ、わかる。  
 
「・・・・それじゃミサさん、ごゆっくり!!」  
「えっ粧裕ちゃん?ライトくるまで一緒に・・・・」  
「あー・・・・。えっと・・宿題やってなくってっ。すみませんっ!!!」  
 
そういって粧裕はバタバタと二階へ急いだ。  
ドアを閉め、ベッドに突っ伏す。ベッドには買いあさった雑誌。どれもミサが載っているものだ。  
ぱらぱらとページをめくり、ため息をつく。  
「叶うわけないよ・・・」  
 
自分の好きな人は、今では彼女もちの・・・・・、兄。  
もともとが、かないっこない思いだったのだ。  
 
(バカだなー・・・あたし。なんでお兄ちゃんなんか好きになっちゃったんだろう)  
ポロポロポロと涙が頬を伝う。ミサが現れてからというもの、毎日のように涙をながした。  
体重だって、3キロ減った。  
 
(どうしたら忘れられるの・・?どうしたら・・)  
「・・・粧裕?」  
はっと気がつくと、月が部屋に入っていた。あわてて涙をふく。  
「なっおにいちゃ・・・!!!ノックくらい・・」  
「・・したさ。呼んでも返事しないから・・・。って・・粧裕?泣いてたのか・・?」  
月はドアを閉め、粧裕のベッドのほうに歩み寄る。  
(こないでよ・・・・)  
「・・・・ミサさん、居間で待ってるよ」  
低く、うなるように呟く。  
「・・・ああ、知ってる。着替えにあがってきただけ・・」  
 
「だったら早くいきなよ!!!!」  
月の言葉をさえぎるように粧裕が声を荒げる。  
「さ・・・ゆ・・?」  
月は目を丸くし、粧裕を見つめる。妹の、こんな様子を見るのははじめてだった。  
 
「粧裕・・どうした?なにかあったのか?」  
できるだけ優しく声をかけ、粧裕の顔をのぞきこむ。  
「最近どうしたんだ・・?食事もあまり食べなくなったし・・痩せてきてるんじゃないか・・?学校で何かあったのか?」  
月は粧裕の涙を優しくぬぐう。  
(そうやって優しくするから、いつまでたってもあたしは・・・・)  
粧裕はギリ、と歯をくいしばりうつむく。  
「粧裕・・・・いったいどうしたんだ・・?誰にも言わないから、僕に言ってごらん?」  
・・はっきり言えたら、どんなに楽だろう。  
(言えるわけないよ)  
「さーゆ・・・」  
(なんて言えばいいのよ。あたしはお兄ちゃんが好きって言えっての?)  
「・・・・・・・・・・・嫌いよ」  
「・・ん??」  
「おにいちゃんなんか、大ッ嫌い!!!!!!!!」  
 
「さ・・ゆ・・・?」  
はぁはぁと息をきらし、涙をながしながら自分を睨む妹の姿に月は愕然とする。  
「さゆ・・・何をいってるんだ・・僕は・・」  
「ごめん・・出てって・・・宿題しなきゃなんないから・・」  
「粧裕」  
「出てってってば!!!!!」  
「粧裕!!!!!」  
 
月は声を荒げると粧裕の肩をつかみ、ベッドに押しつけた。  
「・・・お・・にちや・・」  
「どうしてだ・・?」  
月は息をあらげながら、怒ったように呟く。声とは反対に、今にも泣き出しそうな顔で粧裕を見つめる。  
「どうして、そんなこと言うんだよ・・・・?」  
(嫌いだなんて・・・)  
「ほんとに、そう思ってるのか・・・・?」  
「お兄ちゃん・・・・・・」  
 
(違うよ。)  
本当は、好きで好きでたまらない。粧裕は、肩をおさえられながらも、月の視線からのがれるようにくびをそらした。  
「粧裕・・・僕は・・・」  
(僕は・・・粧裕を愛してるんだ・・・。)  
実の妹を愛しているなんて、認めたくなくて、自分の気持ちに嘘をついていた。  
だが、今はっきり認める。自分は粧裕を愛している。  
(粧裕に嫌われるくらいなら、死んだほうがマシだよ)  
 
「・・・・お兄ちゃん・・?」  
自分の肩を抑える月の手が震えているのに気づき、粧裕は顔をあげ、月を見た。  
瞳をうるませながら、切なそうに自分をみつめる月に、粧裕は胸が高鳴る。  
 
「僕は・・・」  
 
粧裕が好きだ、そう言えたらどんなに楽だろうか。月は唇をかみしめ言葉ごと飲み込むように唾を飲む。  
そして、粧裕に覆いかぶさるようにしてぽすっとベッドに頭を埋めた。  
「・・・・ヒドイこと言うなぁ、粧裕。僕のこと、嫌いだなんて」  
「・・・・・・・・。ごめんなさい。受験だしさっ・・イライラしてたの・・・」  
 
「はは・・粧裕も受験のことちゃんと考えてたのか。意外だな」  
月が喋るたびに、粧裕の耳元に息がかかる。それだけで、頭がおかしくなりそうだった。  
「さゆ・・・」  
ゆっくりと、さりげなく月は粧裕の首筋に唇を寄せる。  
「く・・くすぐったいよ・・お兄ちゃん」  
「僕のこと嫌いだんて言ったから、くすぐりの刑だよ」  
「ん・・・はぁ・・だめだって」  
首元で優しく、月が囁くと粧裕は甘いため息を漏らして悶えた。  
艶っぽい声に、月は理性を失いそうだった。  
思わず首筋に唇を這わせようとして、ぐっとこらえる。  
 
「ライトー!!!!!!」  
「!!」  
 
その時、ミサが自分を呼びながら階段をあがってくる音が聞こえた。  
はっと体をおこしたと同時にドアが開く。  
 
「ライト?さゆちゃん?」  
「あははははははは!!!!!!」  
とっさに、粧裕の大声が響く。  
 
「なっ何!?」  
ミサは目を丸くする。  
見ると、月は粧裕をつかまえてわき腹をくすぐっていた。  
「なにやってるのライト・・」  
「ひぃっーお兄ちゃん、やめてよあはははは」  
「ああ、ミサ。粧裕がちっとも勉強してなくて雑誌ばっか読んでたからさ、おしおき。」  
「はぁ・・・。」  
ぽかんとその様子をしばらく見つめていて、ミサがハッと我に返る。  
 
「だめよー!!粧裕ちゃんいじめないでっ」  
そういってミサも粧裕のベッドに飛び込む。  
「わっミサ!!」「ぎゃっミサさん!」  
「粧裕ちゃんのカタキ!!えいっこちょこちょ〜っ」  
そういってミサは月のわき腹をつかむ。  
「残念。僕は効かないんだ」  
「えーっ!つまんなーい!!そんじゃ粧裕ちゃんにこちょこちょ〜」  
「えっミサさん!?意味わかんな・・・ぎゃっやめてお兄ちゃんあはははは!!」  
「いいぞミサ、もっとやれ」  
「うりゃうりゃ♪」  
「ぎゃっははははっは!!!」  
 
(・・・・もう、どうでもいいや。)  
 
バカ笑いしながら、粧裕の目から涙が落ちる。  
こうやって笑っていると、辛いことも吹っ飛んでいきそうだ。  
(ミサさんと付き合っていても、お兄ちゃんは私に優しくしてくれる。私はミサさん好きだし、こうやって三人仲良く遊んでるほうが幸せなのかもしれない。  
 ・・・・・それにしても。)  
 
「つーか二人ともいい加減にやめてーーーーっアヒャヒャヒャヒャ」  
「ゴルァーっ!あんたたち!うるさいわよーっ」  
いつまでもやまぬ大騒ぎに、下の階で幸子が叫んでいた。  
 
 
◆◆◆◆◆◆  
 
あの日以来、粧裕は月のことを深く考えないようにしてきた。  
ミサは頻繁に遊びにくるが、月がいないとわかってても粧裕に会いにきたりするので、ミサとはますます仲が良くなっていた。  
 
それでも、月がミサと部屋で二人っきりでいるときはどうしても気になってしまう。  
(あーあ。テレビもおもしろくないし)  
ふう、とため息をつき二階のほうを見上げる。  
(気になるよなぁ・・・・)  
一度考え出すと、とまらない。  
(そういえば、ミサさんが家に来だす前にホテルがなんたらっていってたのも、ミサさんと一緒に行ってたってこと・・・!?  
 ホテルでミサさんと二人っきりってことは・・・・・・)  
 
「あーっ!!!!やめやめ!!」  
粧裕はそう言って立ち上がり、ペチペチと顔を叩く。  
「そーいやあの時、お兄ちゃんに言われたっけなー。粧裕もがんばれとかなんとか。」  
・・・一体なにをがんばればいいんだか。  
ブツブツと文句をいいながら、そばにあったミルキーを三つ、口に放り込む。  
いつも常備している、のり塩ポテチョップがないときは粧裕は延々とこれを食べている。  
 
「うーんおいしい。お父さんの言ってた『甘党の上司』さんにお礼いわなきゃね。もうなくなってきたからまたくれないかな〜」  
 
実は、その「甘党の上司」は粧裕が受験生ということと、いつもポテチョップばかり食べているから、ということでミルキーが何袋もつまった箱を  
送りつけてきたのだ。  
 
粧裕はさして甘党でもないが、舐めていると頭が冴えそうなので勉強するときなどに食べているうちに、ハマってしまったようである。  
 
「あ、お父さんで思い出した。着替え、届けにいくように言われてたんだ。」  
今日は幸子もでかけている。月はミサと取り込み中だし、自分が行くしかない。  
「あーあ、めんどいなぁ。お父さん、今行ってもいるのかなぁ・・」  
粧裕は携帯を取り出し、総一郎にかける。  
 
『なんだ、粧裕か。』  
「あ、お父さん?あのさ、着替え、持ってくんだけどそっちにいるの?誰かに預けたほうがいい?」  
『ああ、すまんな。こっちにはいるが、電車でくるのも面倒だろう、松田があがりだから迎えに行かすよ』  
「えっほんとー?やったぁ」  
素直に喜ぶ娘の声を聞き総一郎は松田に電話をかわる。  
 
『もしもし粧裕ちゃん?30分くらいしたら迎えに行くから!』  
「あっ松田お兄ちゃん!てゆうか松田お兄ちゃん運転できるんだ?」  
『もう〜ひどいなぁ粧裕ちゃんってば。安全運転だから安心して〜』  
『どーだかなー。お前本部で一番運転荒いくせに』  
隣で相沢が茶々をいれる。  
『いやだなぁ、それは逃走車を追ってるときだけでしょー普段は安全運転ですよ』  
「あの〜松田お兄ちゃん大丈夫なの?」  
『あはは大丈夫大丈夫!じゃ、用意しててネ♪』  
「はーい!」  
 
そう言って電話を閉じる。  
「松田お兄ちゃんかー久しぶりだなぁ。」  
以前家に来て以来、会うことはなかったのだがメールや電話はちょくちょくしていた。  
松田のメールは微妙に変なのだ。  
誰も使わないようなへんてこりんな絵文字を意味なくつかったり、誤字脱字が多かったり。  
内容も不思議なものだったりと、本当に刑事なのかと何度も疑問に思ったくらいだ。  
 
とにかく、会うのは一ヶ月ぶりくらいになる。  
粧裕は早速二階へと急いだ。  
 
月の部屋は閉まったままだ。ミサの声がかすかに聞こえる。  
「お兄ちゃん〜あたし、今から『デート』してくるからー!!!」  
わざとらしく強調しながら閉じられた扉に声をかける。  
途端、こけるような音がしてあわただしくドアへ向かう足音が響く。  
ガチャっと開いた先には月が焦ったような顔をのぞかせている。  
 
「さゆ!!今なんて言った!?」  
「だからぁ、デート」  
「ハァ!?」  
 
「えーv素敵〜!おめかししていかなきゃ☆」  
必死の形相の月にも気づかず、ミサが無邪気に騒ぎ立てる。  
「さゆちゃんさゆちゃん、ミサがメイクしてあげるよ!!」  
「いや、ミサお前がやるなって」  
ミサの本気モードのメイクを知っている月があわてて止める。  
「だいじょーぶだって!ケバくしないから!」  
「それなら・・まぁ・・って違う!デートなんて・・誰とだ?」  
月があわてて粧裕に詰め寄る。  
「もう〜うるさいなぁ・・・松田お兄ちゃんだよ、お父さんの着替え持っていくのに迎えにきてもらうだけよ」  
(なっ・・・またアイツか)  
アイツは危うい、月はそう直感的に見抜いていた。ああいうタイプが一番なにをしでかすかわからないのだ。  
 
「もうすぐ松田お兄ちゃんくるから、用意しなきゃ」  
「さゆ・・・」  
「粧裕ちゃん、おめかしおめかし♪そうだ!ミサ今日撮影でいろいろ服使ったの持って来てるからなにかかすよ!!」  
「ぎゃっホント〜?みせてみせて♪」  
「粧裕!ミサの服なんて似合わないからやめろって・・」  
「だいじょーぶよライト、普通のやつもあるからvささ、お着替えお着替え!!」  
そういってミサは粧裕が着ていたタンクトップを捲りあげて脱がそうとする。  
「わっミサ!!!こんなところで」  
「ぎゃー!ミサさん!お、お兄ちゃんの前で・・」  
月は顔を真っ赤にしてあわてて後ろを向く。粧裕も恥ずかしそうにめくられた場所を隠した。  
「えー兄妹なんだから別にいいじゃん〜。ライト何赤くなってるの!?私のパンツみても動じないくせに・・・」  
「・・・お前は常に見せてるようなもんだろ。・・とにかく、さゆ、自分の部屋で着替えろ」  
「う、うん」  
「ま、いっか!よーしスタイリストミサ頑張っちゃうぞ〜☆  
 
15分後、粧裕とミサが部屋からでてくる。  
「きゃー粧裕ちゃん可愛い〜似合う〜!見てみてライトー!」  
「はいはい・・・」  
月がやれやれと言ったかんじで腰をあげドアをあける。  
 
「・・・・・。粧裕・・・?」  
「お、お兄ちゃん。に、似合うかな?」  
 
恥ずかしそうにミサの後ろから顔を出す粧裕の顔は、どこか大人びていた。  
「ナチュラルメークで仕上げてみましたー☆」  
(ああ、メイクか・・・どうりで・・)  
いつもグロスくらいしかしなかった粧裕がフルメイクをしたのは始めてみた。  
だいぶ印象が変わるもんだな、と月は感心した。  
「服も可愛いでしょ?」  
ミサはそういって後ろに隠れている粧裕をひっぱりだす。  
「なっ・・・!ミサ、スカート短すぎるんじゃないか!?」  
でてきた粧裕をみておもわず声をあげる。  
肩紐をリボン結びするタイプの黒のキャミソールに、ピンクのひらひらしたティアードミニスカート。  
 
「こっ・・こんなに肩も脚も出して・・・」  
「やだ、ライト、年寄りみたいだよー。いいじゃんいいじゃん!若いんだしさ!」  
ミサがケラケラと笑い飛ばす。  
「下いって髪もやってあげるよ〜いこいこ!」  
「わーいうれしい!」  
 
月にはおかまいなしといったようすでミサが粧裕の手をひく。  
粧裕が階段をおりるたびにヒラヒラとスカートが舞い、そのたびに太ももがチラチラと見える。  
(あんな格好で他の男とでかけるなんて・・・。だめだ!絶対にだめだ!)  
あわてて二人のあとを追う。洗面所ではミサがコテをつかって粧裕の髪を巻いていた。  
 
「ちょこっとクセづけするだけだから大丈夫だよー」  
「わー、なんかパーマかけたみたいになってる」  
「・・・・粧裕!お前本当にそんな格好で行くのか?」  
「・・・どうして・・?へん・・?」  
不安げに、上目づかいで月の顔をみつめる。  
「変なわけないだろ・・むしろとても可愛いよ」  
言ってしまって、思わず口をおさえ赤くなる。  
 
いつになく素直にそういわれて、粧裕は戸惑った。  
「あ・・・アリガトウ」  
「変なライト。ほんっとにシスコンなのね」  
「シスコン・・ちが・・」  
実際そうなのだが、他人に言われるとなんだか否定したくなる。  
 
『ピンポーン♪』  
そうこうしているうちに、玄関のチャイムが鳴った。  
「あっ松田お兄ちゃんだ!」  
「なっ・・・まずい!」  
松田にミサを見られるのはまずい。  
「粧裕ちゃんのカレシ、きたの?あたしもご挨拶に・・」  
「ばか、彼氏なんかじゃないよ。それにあいつは捜査本部の刑事だ。今出るのはマズイ。ミサは隠れておいてくれ」  
月は洗面所にミサを残しドアを閉め、玄関の方へと向かう。  
 
「さーゆちゃん♪迎えにきたよー」  
ドアごしから松田の軽い声がする。  
「はーい!!今あけるから待って〜」  
ガチャ、とドアをひらくと松田がひょっこりと顔を出す。  
「粧裕ちゃん、お待たせ・・・って・・・」  
そう言って松田は目の前の粧裕を上から下へジロジロと見つめると、あからさまに顔を赤らめた。  
「また一段と可愛くなっちゃって・・・・」  
「はい?」  
 
松田がぽつりと呟いたのが聞き取れなかったのか、粧裕がきょとんと松田を見る。  
「ん?いや、可愛いな、って言ったの」  
顔を赤らめながらもまるで躊躇することもなく、松田がさらりと言い放つ。  
「えっほんと?」  
「ほんとほんと。すごーく可愛い。」  
「どのくらい可愛い?」  
「ん〜もうそこらのアイドルより可愛いよ」  
ニッコリと素直に松田が答える。  
「ぎゃっホント!?実はねー、お兄ちゃんの彼女の・・・」  
「粧裕!!!!!」  
月があわてて声をかけると、粧裕はしまったと言った様子で口をおさえ、月を上目遣いで見上げる。  
(あ、そうだった。ミサさんのことはナイショだったんだ)  
「やぁ、月くん!!」  
今気づいたというように松田が月に声をかける。  
「どうも・・・」  
せいいっぱい無愛想に、挨拶をするも松田はまるで月の態度に気づかない。  
「じゃぁ、行って来るね、お兄ちゃん」  
「粧裕ちゃん、いってらっしゃーい!!!」  
「!!」(あのバカ・・・!)  
振り向くとミサが洗面所のドアからタオルで顔を隠すようにしながらのぞいていた。  
あわてて月がミサのもとへむかう。  
 
「?あの子は・・・?」  
松田がチラリと洗面所へ目をやる。  
「ああ、イトコのおねえちゃん!!お風呂あがりみたいでさ!」  
それを聞いてあまりジロジロ見るわけにもいかず、松田は外へ出た。  
「じゃ、いこうか粧裕ちゃん」  
「うん!」  
 
「さゆ!あまり・・・あまり遅くなるんじゃないぞ!?いいな!」  
出てこようとするミサを必死におさえながら、月が必死に訴える。  
 
「はぁ〜い♪」  
月の気持ちも知らず軽く返事をして粧裕はでていった。  
バタン、とドアがしまると、月は力が抜けたように粧裕が出て行ったほうをぼうっと見つめた。  
「なかなかカッコイイお兄さんじゃない!!!!優しそうだしさ・・粧裕ちゃんとも超お似合い!」  
ミサが興奮したようすで騒ぎ立てる。  
「何言ってるんだよ・・・それよりミサ、母さんももうじき帰ってくる。今後の計画を話し合わないと・・・。」  
「はいはーい♪お部屋へレッツゴー!」  
月はとりあえず、粧裕のことは考えないことにした。  
粧裕のことを考えだすと冷静に物事が判断できなくなるからだ。  
 
◆◆◆◆◆◆  
 
外には、シルバーのスポーツカーが止まっていた。  
「どうぞ、粧裕ちゃん」  
松田はドアを開け、粧裕を助手席に迎える。  
「ぎゃっカッコイイ車〜これ松田お兄ちゃんの車〜?」  
「うん、最近買ったのに相沢さんのせいでタバコ臭くなっちゃてるけど・・ゴメンネ?」  
「平気平気〜私結構タバコの匂い好きなんだよ。大人〜ってかんじ」  
「え、そうなの〜?」  
じゃぁ僕も吸おうかな、と言い出しそうになって、あわてて口をひっこめる。  
(いくらなんでも単純すぎだぞ、僕)  
つい、思ったことをなんでも素直に言ってしまう。松田はそんな性格だった。  
松田は上着をぬぎ後部座席に放り込むと、ネクタイを緩めた。  
助手席をみると、粧裕がシートベルトをしめていた。  
思わず笑みがこぼれる。  
「・・・・?どうしたの?松田お兄ちゃん」  
「いや、この車の助手席に女の子乗せるの、はじめてだし。てゆうか前の車にも女の子乗せたことなかったけど」  
そういって心底嬉しそうにニコニコとハンドルを握る。  
「よかたな〜、お前。こんなに可愛い女の子に助手席に乗ってもらえて。」  
松田はまるで友達に話すように車に語りかけた。  
そんな松田を見て、粧裕は微笑む。  
(松田お兄ちゃんの、こういうところが好きなんだよなぁ・・・・)  
 
 
 

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