(大学に行き始めてから、お兄ちゃん、なんか変わっちゃったな…)
いつも自分に目を掛けてくれていた兄の、ほんのわずかな変化も粧裕は見逃さなかった。
以前は自分だけが月を独占していたというのに、最近の彼は誰か別の人を想う時間が確実に増えている。
その兆候は、彼が受験をする少し前から続いていたが、大学に入ってからは確信に変わった。
(彼女でも、できちゃったのかな…。ううん、そんなはずない。)
粧裕は兄よりも後に入浴するようにして、彼の制服のにおいをかいだり、
また月の留守中は部屋を詮索して(ドアに仕掛けをされて以来入らないようになったが)、
彼の自慰の痕跡から女性と接触しているかどうか入念にチェックしていた。
(なのに、…誰が私とお兄ちゃんの間に割り込んでるっていうの?!)
粧裕は昔月からもらった人形の首を、ねじりきるような勢いでギリギリと締めあげる。
今までも彼女がいなかったというわけではないし、女性と性的な関係を持ったことも知っているが、
それでも誰かに傾倒することはなかった。
だからこそ粧裕は平静を装っていられたし、小説の『男の最後の女になることのほうが難しい』という一説を胸に、最終的には月が自分を選ぶことを想像しながら、性的接触を持った女たちに同情する余裕さえあったのだ。
兄の前では従順で、たまにやんちゃなそぶりを見せて子供らしさを演出してきた。
勉強もわざとできないふりをして、あのプライドが高く負けず嫌いの兄の妨げにならないようにした。
甘えてみたり、反発したり、兄に世話を焼かせて彼の父性を満足させてきた。
学校では結構もてるほうだったが、兄だけを想い、純潔を守ってきた。
(それなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのに!!!!)
たまらなくなって、人形を抱きかかえながらベッドに倒れ込む。
今までと同じように、兄は自分をかわいがってくれている。しかしそれだけでは足りない。
兄から自分のことを考える時間を奪った女が憎くてしかたなかった。
憎悪は止まらない。せめてどんな女か確かめたい。
そして…できることなら消してやりたいと思う。
そのためには…
その日彼女は、頭の中で顔も知らない女をなぶり殺しにしながら床についた。