日が昇らないうちにベッドからそっと抜け出す。  
隣の部屋で眠る両親に気づかれないように、足音をたてないように。衣擦れの音すらも。  
カーテンの薄い隙間から、青く染まり始めた空が覗く。  
粧裕は一瞬その色に見惚れて、それから憎々しげに目を細めた。  
 
朝が来なければ。  
ずっとお兄ちゃんと一緒に抱き合っていられるのに。  
 
ベッドには兄が粧裕に背を向けて寝ていた。いや、寝ているというのは嘘だ。  
兄はおそらく起きている。息をつめて、朝が来るのを待っている。  
兄は馬鹿だ。勉強は出来るが、こういうことに関しては全くの馬鹿だ。  
こうして妹を抱いておいて、朝が来れば全てがまたリセットされると思っている。  
 
粧裕はおかしくなって、フフ、と笑いを漏らした。  
それは空気がわずかに震える程度のものであったが、月にとっては脅威になるものであることを粧裕は知っていた。  
「おやすみ、お兄ちゃん」  
 
吐息だけで呟くと、粧裕はそっとドアを開けて自分の部屋に戻った。  
 
妹が居なくなった部屋に日が差し込みはじめる。  
月は目を開けた。明るい朝日の中、全てがモノクロにしか見えなかった。  
「…くそっ」  
行き場のないいらだちに、月は歯噛みした。  
 
 
「大学に遅れるわよ、早く食べなさい」  
「ああ。父さんは?」  
「もう出かけたわよ」  
「最近お父さん働き過ぎで心配だよー」  
いつもと同じ朝。リビングで繰り広げられる平和な、そして平凡な団欒。  
月は寝起きでジャージのまま朝食を摂っていたが、粧裕はもう制服に着替え、髪もセットされていた。  
「お兄ちゃん、最近寝坊気味なんじゃない?」  
悪戯な笑顔で兄に話しかける。しかし、月はその瞳が笑っていない事に気づいている。  
「あら、粧裕もそう思う?もっと言ってあげて頂戴」  
「…なんか夜遅くまで起きてるみたいだし?なんかやらしー」  
「いいかげんにしろよ。…大学のレポートが大変なんだ」  
堪らず睨み付けそうになって、あわてて自分を抑える。  
いけない。いつも通りの兄を装わなければ。  
それはつまらないプライドだったが、それさえも崩れてしまったら、  
何もかも取り返しのつかない事になってしまいそうで、月は恐ろしかった。  
 
粧裕は月の応答に、フーンと興味なく呟いてテレビに目を移した。  
「あ、占い始まっちゃう」  
チャンネルを変えられたブラウン管は、次々くだらない言葉を垂れ流していく。  
「魚座の運勢。恋愛トラブルが起こりそう。家族に相談すると解決の糸口が見つかるかも  
 …だってさ、お兄ちゃん。遠慮せず相談してね?」  
じゃ、行ってきまーす。そういって粧裕は走っていった。  
 
その後ろ姿を、今度こそ月は隠しもせず睨み付けた。  
 
この世で一番愛している。それと同時に殺したいほど憎らしい。  
相反する二つの気持ちが同時に在る。そんな矛盾を、月は粧裕のせいで知った。  
 
 
コチコチと時を刻む音が静かな部屋に響く。  
時計の針が1時を回る頃、粧裕は音も立てず部屋に入り、月が横になっているベッドに滑り込んだ。  
「おにいちゃん…」  
粧裕の甘えた声が始まりの合図だった。  
 
月は何度もやめようと言った。こんな事は狂っている。  
しかし、いくら言っても粧裕は「お兄ちゃん」と呟くばかりで話にならなかった。  
力づくで拒めば、泣きそうな目をして性器に舌を這わせた。  
いや、自分は最初から本気で拒む気などなかったのかも知れない。  
 
月は粧裕と身体を重ねている時、いつも自分の気持ちが自分でわからなくなった。  
そして、行為が終わった後で後悔するのだ。朝をじっとまって、悪い夢なんだと思いこむしかなかった。  
 
「ん…おにいちゃん、考え事しちゃだめ」  
夢中で月の性器を口に含んでいた粧裕は、それを口から出して不機嫌に言った。  
「今は私だけ見て」  
そういうと、ペロリと筋を舐めあげる。その刺激に月は息を詰めた。  
「私で感じてくれてる…?あ、ん!」  
粧裕の手は自然に自分自身を慰め始めた。兄の欲望を口で受け入れながら、その熱を感じたくて堪らなかった。  
月は粧裕の頭を撫でてやる。そうすると、粧裕は気持ちよさそうにピクリと震えた。  
「あ…ぅ、んんっ」  
徐々に自分を慰める事に夢中になり始める。月は慌てて粧裕を引っ張り上げ、そのままの勢いでベッドに押しつけた。  
そのまま口付けて声を塞ぐ。  
粧裕の部屋を挟んで隣には、両親の寝室があった。声を出されては感づかれてしまう危険があった。  
 
舌を絡めながら、手探りで枕元にあるタオルをたぐる。  
掴んだそれは、髪を拭いたもので少々濡れていたが無いよりはましだった。  
「…っは、」  
「はぁ、あ…」  
荒々しい口づけから一旦解放する。  
「さゆ、これで声抑えろ」  
言うと、タオルを素直に受け取って口元にあてた。  
 
その目が、これからされる行為への期待に濡れているのが、暗闇の中でもわかった。  
 
粧裕は自分から足を開く。  
そこはもう十分に濡れてはいたが、月は入り口の回りを一撫でし、つぷりと指を入れた。  
「ん、んん!!」  
感じきっているそこは、指一本の刺激では満足できないのか強く月の指を締め付けた。  
粧裕は淫らに腰を揺らす。  
「も、はやく…!おにいちゃん、の、いれて…っ」  
タオル越しにそう囁かれて、月ももう我慢出来なかった。  
ず、ず、と少しずつ粧裕の中に入っていく。  
奥へ奥へと誘い込むように粧裕の中は蠢いた。全て入れ終わると、ふ、と月は息をついた。  
「動くよ」  
独り言のように呟いて、律動を始める。  
強く奥を突けば、タオルを強く握りしめて粧裕は声を我慢した。  
「ん、んん!!あん、あ、あ」  
「…っ、」  
最後はギュッと目を閉じて、粧裕の首筋に顔を埋めたまま果てた。  
その瞬間粧裕の中がギュッとしまって、妹もイったのだとおもった。  
 
そしてまた、月は布団の中で一人、朝を待った。  
 
 
「…何?私もう帰りたいんだけど」  
放課後。夕日の射す体育館裏。全くベタな展開だ。  
粧裕は、目の前でモジモジしているクラスメートを冷ややかな目で眺めた。  
「え…っと、その、さ」  
最近やけに馴れ馴れしかった男だ。  
告白するならさっさと言って欲しい。…さっさとふってあげるから。  
粧裕は昨晩の兄との行為を思い浮かべる。  
優しく身体に触れる兄の手。自分の名を切なげに呼ぶ唇、掠れた声。  
そして、イク瞬間の切なげな表情。  
全部、全部私が引き出したの。…そんなお兄ちゃんの感情を全部。  
ジワリと身体の奥が濡れるのを感じて、粧裕は目を伏せ唇を舐めた。  
「夜神、俺お前のこと好きなんだ。つ、付き合ってよ」  
ひっくり返った声に意識を引き戻される。そうだ、今告白されてたんだっけ。  
粧裕はトマトのようになって俯く男を改めてみた。  
そこそこ顔はいいが…全く比べモノにならないと思った。  
綺麗で格好良くて優秀な私の兄。  
「ごめん。私好きな人いるんだ」  
表面だけすまなそうな色を滲ませ言う。  
「じゃあね」  
背を向け帰ろうとする。と。  
 
腕を掴まれ抱きつかれた。  
 
頭が真っ白になり、鳥肌がたった。  
触らないでよ。お兄ちゃんが触った身体に触るな。  
 
気づいたら殴っていた。頬を抑え尻餅をつく男を一瞥して走ってそこから去った。  
早く家に帰りたいと思った。いや、兄に会いたい、会って抱きしめもらいたかった。  
 
そしてその声で名前を呼んで。  
 
その晩、兄は帰ってこなかった。  
 
粧裕はずっと兄の帰りを待っていた。  
兄のベッドに寝ころんで、何度も何度も自分を慰めた。  
目を閉じて布団に顔を埋めると兄の匂いがして、抱きしめられている気がした。  
想像の中で、兄は優しく、時に荒々しく自分に触れた。  
(おにいちゃん、おにいちゃん…!)  
何度も兄を呼んだ。手をのばした。  
しかし、その手は虚しく宙をかいただけだった。  
 
朝早く戻ってきた月を、粧裕は彼の部屋で出迎えた。  
兄の体からは仄かに甘い香りがした。  
 
その香りに気づいた瞬間、目の前が赤くなって、そこで粧裕は意識を手放した。  
兄が憎くて、それでも愛しくて、涙が出た。  
 

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