夜髪・・・いや夜神月と名探偵が傍目には親しげな様子で頭脳戦を繰り広げていた頃のお話である。
その日のLは何故か饒舌だった。
「私の知り合いに発明家がいるんです」
「へぇー。すごいね」
夜神少年は、さも感心したように頭を振って見せた。
Lは夜神少年の頭部をしげしげと眺めながら、チョコレートを頬張った
「それで……今世紀最大の発明をしたんですが、発表を諦めたんです」
「へぇー。何で?ていうか、何の発明?」
ごっくんと喉を鳴らし飲み物ごとチョコレートを飲み下すと、Lはゆっくりと口を開いた。
「毛生え薬です」
「毛?・・・毛だって?!」
夜神少年はサラサラの髪の毛を乱して興奮した。
世界のめーたんてーLは、春の蓬のようにフッサフサの髪を傾け、夜神月の頭部から目を逸らした。
「加齢による脱毛にも対応した完全な毛生え薬です。ですが危険なので封印しました」
夜神少年は早鐘のような動悸を抑えた。
(・・・落ち着け、こっ・・・これは罠だ!)
「危険?爆発でもするのか?でもせっかく研究したのに……勿体ないじゃないか。売れば大儲けだろう」
「知りませんか?世界的秘密結社・光頭会の過激派の事を。
命が幾つあったって足りませんよ。それに世界中のカツラメーカーの放った刺客。育毛剤メーカーも……彼は誰にも知られないようにデータを消し去りました、とさ」
まるで架空の話のように語り終えるとLは底意地の悪い目つきで少年を見上げた。
「ですが、私は知っているんです。ココに」
コツコツと指先を頭部に突き付けた。
夜神少年は既にLが何事かを挑んでいる事に気付いていた。
狼狽した少年の甲高い声が響いて、冷静そうな声が答える。
「へっ……へえ!でも竜崎には用が無いね。フサフサだし!?」
「そうです。私には用がありません」
「ぼっ僕にも用が無いね。勿体ないなあ!」
「そうですか?」
「何だ。僕の父さんを知っているだろう。フサフサだ!」
「どうでしょう?祖父、祖母、母方・・・」
夜神月は激昂の余り椅子を蹴り倒して立ち上がった。
それでも笑い話で済ませるべく狂気を含んだ凶暴な笑顔を作った。
「ははははは。僕がツっ……ツッ…ツルピカになった時は頼むよ、竜崎!」
Lは意味深に笑みを浮かべると目の前の容疑者の毛筋一つの動きすら見逃さないように、目を剥いた。
「そうですね、それまでは宝の持ち腐れですね」
夜神少年は貴重な頭皮の毛細血管がプッチンと切れる音を聞いた。
明くる日も夜神少年は洗面所の鏡に映る自分を見ながら、いっそ丸坊主にしてしまおうかと思い悩んでいた。
(駄目だ、こいつ・・・薄い。早く何とかしないと・・・
そうだ。Lに毛生え薬の調合法を書かせてから消す、これでいいじゃないか!)
毛生え薬。
世紀の大発明、夜神月の救世主への絶望が彼の狂気を加速させたのかどうかは、定かでは無い。
終