京子は恋をしていた。それは久しぶりの恋だった。  
はぼ一目惚れとも言えるそれ。大学の入学式、壇上に上がった彼に抱いた一方的な恋心。  
隣に座る親友は「アンタの趣味はおかしい」と笑ったけれど、  
そんな言葉など気にならない程に、もう京子は遠く見える奇人とも言える人間に夢中だった。  
 
 
「あんたさー、なんで流河君に話しかけないの?」  
学食の喧噪に紛れる友人の不満げな声。京子は困ったように返す。  
「だって…見てるだけで満たされるっていうか」  
「なにそれ。もっと近づきたいとかないの?  
 好き好き言ってるだけじゃ始まんないよ?」  
ただでさえあんた奥手なんだから。そう言って友人はペットボトルの茶を口に流し込んだ。  
奥手。その言葉に京子は思いを巡らせる。  
確かに端から見れば、見ているだけで満足なんて恋のうちにも入らないのかもしれない。  
しかし、本当に流河は見ていて飽きないのだ。  
ちょっと挙動不審なところがまた堪らない。  
「好きなんだけど、なんていうか観察しがいがあって」  
「意味わかんない…それってホントに好きなの!?」  
「大好き」  
即答すると、ため息をついた。そして突然京子の腕を引いて立ち上がる。  
「ちょっと、まだ食べ終わってない…」  
トレーに残る食べかけのエビフライに気を取られる。  
「どこ行くの?」  
聞いても友人は応えず足を進めた。時折道行く学生に何かを聞いている。  
「もうそろそろ着くわ」  
その目は据わっていて、空恐ろしいものを感じた京子は、それに従うほか無かった。  
 
「この子、流河君の事が好きなの」  
 
講堂前の石垣に、例の座り方でしゃがみ込みクリームパンを食べている彼。  
…パンを囓ったところで、動きが止まっている。  
「そういうわけで京子、がんばりな」  
ポン、肩をたたく友人を京子は呆然と見つめた。  
「…え?」  
なにか爆弾発言を落とさなかったか、我が友は。  
「ちょ、ちょっと待ってよぉ、何言って…!」  
去ろうとする友人の服を思いっきり引っ張り非難の声をあげた。  
「はっきり言ってねぇ、アンタの流河君観察日記聞かされるの、もう限界なのよ!!  
 これからは流河君自身に聞いてもらいなさい!!」  
「そそそそんな!!」  
手を振りほどかれ、京子は遠ざかる友人の背を虚しく見つめるしかなかった。  
 
恐る恐る振り返ると、流河は今だパンを囓ったままの姿で固まっていた。  
 
「あ、あの、流河君これはその…!」  
京子は真っ赤になりながら弁明をはじめる。流河は思い出したようにクリームパンを再び咀嚼しだした。  
「なにいってんのかなあの子!おっおかしいよね、あはは…」  
流河をまともに見ることができない。どんな形にしろ、好きな人に好きだと言ってしまった事に変わりはないのだ。  
「私が流河君好きだなんて、とんだ勘違い…」  
だんだん声が小さくなる。  
じっと自分を見つめる流河の視線に居たたまれなくなる。  
頭のどこかで、友の声がこだました。  
『好き好き言ってるだけじゃ、はじまんないよ!?』  
 
だってしょうがないじゃない。こういう性格なんだもん。見てるだけで幸せなんだもん。  
今ここで、すすす好きとか言っちゃったら、その幸せもなくなっちゃうじゃない。  
あ、なんか泣きたくなってきた。  
 
「ほんとにごめん…じゃ、また講義でね」  
本気で涙が出そうになって、京子はくるりと背を向けた。  
そう、このまま何もなかったことにすれば、また変わらない明日がくる。  
流河のちょっとした動作にドキドキして、それを友達に話して。で、はしゃぐ。  
…やっぱり大学生とは思えない恋愛かも…。  
ドンヨリと影を背負いながらそのままトボトボと歩き始めると、ボソリと呟きが聞こえた。  
「ちょっと待って下さい」  
聞き違えるはずがない。  
例えパンを口の中でモグモグさせていたからと言って、京子が聞き違えるはずもなかった。  
流河の声。  
(え、え、何!?なんで??)  
半ば頭に血を上らせながら振り向くと、流河は言った。  
 
今度こそ、京子は憤死するかと思った。  
 
「セックスしてみますか?」  
 
目の前の流河は、脇のビニール袋からチョココロネを取り出してパクリとかぶりついている。  
まだ日中だというのに、頭上でカラスがアホーと鳴いていた。  
 
*****  
 
「なにかご不満でも。私のことが好きなんでしょう」  
「だ、だって…だって…」  
「セックスは相性を見るのに最高の方法です。一度試してみる価値はあると思いますが」  
「流河君…もっとモラルのある人だと思ってた…ううう」  
「よくそう言われます。…そんな辛気くさい顔をしないでください。  
 それにここまで付いてきたあなたにも責任があります」  
違う違う!呆然としていた私を引っ張り込んだのは流河君じゃない!  
そう言いたかったが、頭の機能がうまく働かない。  
そんな京子を尻目に、テレビでもつけましょうかと言って流河はプチ、とテレビの電源を入れた。  
 
『あぁん!あん!いいっ!!いくぅぅ!!あん!』  
 
途端、スピーカーから流れ出すあられもない声。  
「やだっやだやだ消して!いやーーー!!!!」  
「いいじゃないですか、余興ですよ」  
そして真っ赤になってリモコンを奪い取ろうとする京子をひらりとかわし、自分のシャツの中にストンと落とした。  
「まあそう焦らず。見たくないなら、私のシャツの中に手を入れてリモコンを取って下さい」  
(…鬼!)  
 
 
もうどれぐらいこうしているだろう、両手で耳を塞いだ京子はそっと隣を盗み見た。  
流河は変わらず、ベッドの上で膝を抱えてテレビをジッと見つめている。  
そのテレビから流れてくるハシタナイ声は、微かに京子にも聞こえきて心臓に悪い。  
京子はテレビに背を向けたままギュッと目をつぶった。  
(なんでなんでなんで)  
 
どうして自分は今、好きな男の子とラブホテルになんているんだろう…。  
 
よくよく考えれば男とベッドの上で二人きり、なんて人生初の経験だ。  
(べ、ベッド…)  
カーッと顔に血が上るのが自分でもわかった。  
(もしかしたらこれはかなりヤバイ状況なんじゃ…)  
 
京子はようやく気づいた。  
セックスしてみますか、と流河は言ったのだ。  
なんだか色々ショックなことがありすぎて(例えば流河が「セックス」という単語を口にしたとか、  
エッチなビデオを現在進行形で鑑賞しているとか。とにかく京子は純だった)忘れていたが。  
流河はセックスするために京子をラブホテルに連れ込み、今こうしてベッドの上にいるのだ。  
 
ざざざ、と一気に血の気が引く。早く帰らなければ。流河は好きだが、それとこれとは話が別だ。  
京子はとにかく帰る事を伝えようと振り向いた。  
 
「ギャ!!」  
振り返って京子は蛙が潰れたような声をあげた。  
すぐそこに流河の顔があったのだ。鼻先がつきそうな程近くに。  
 
「人の顔を見て驚くなんて相手に失礼ですよ」  
「ひー」  
「ひーとか言わないでください。傷つきます」  
 
(いやー!)  
京子はズリ、と後ろに後ずさった。  
すると流河もそれに合わせて間合いを詰めてくる。  
ジリジリと遂に京子は壁際まで追いつめられた。  
(も、もうだめ…!)  
半泣き状態で流河を見上げる。  
 
すると流河は更に顔を近づけて言った。  
「そんなに私とセックスするのが嫌ですか」  
(!)  
もしかして助かるかも!京子はブンブンと頭を縦に振った。  
「なにもそこまで力一杯頷かなくても。  
 …わかりました」  
「ほ、ほんと!?」  
「ただし私の出す問題に正解したら、です」  
「うん!うん!」  
京子はほっとため息をついた。  
こう見えても天下の東大生なのだ。大体の問題になら答える自信がある。  
「それでは問題です」  
 
「五秒以内に、今流れているアダルトビデオの展開を予想し実行して下さい」  
 
「…は?」  
京子は本当に一瞬意識が飛んだ。何を言っているんだろうか目の前の男は。  
そして不覚にも、声を出すことも出来なかった。  
「…よん、さん、に、いち…。不正解ですね」  
相変わらず流河は、無表情に、抑揚なくしゃべり続ける。  
「ちなみに正解は私が今から実地で教えましょう」  
 
 
明日私は生きているんだろうか。  
真っ白な頭の片隅で、そんな心配だけ浮かんで消えた。  
 
 
「あ、キスはしないので安心して下さい。  
 今はまだ相性を見る段階ですので」  
言うが早いか、流河は京子のスカートの中に頭を突っ込んだ。  
「ぎゃーーーー!!!」  
その行為に、ぼうっとしていた京子は我を取り戻す。  
およそ女らしくない悲鳴をあげながら暴れ始めた。頭に血が上りすぎてどうにかにりそうだ。  
流河の肩を足で必死で押しやり、ばたつかせる。  
バコッ。  
必死の抵抗が功を奏したのか、どうやら流河の頭にヒットしたらしい。  
流河は額をさすりながら、ズルリとスカートの中から顔を出した。  
目は見開いたまま、痛そうに唇を尖らせている。そして憮然と言い放った。  
「仕方のない人ですね」  
「りゅ、流河君がこんなことするから…!」  
「そんなことより、もういい年なんですからクマがプリントされた下着を身につけるのはやめてください。  
 気分が盛り下がります」  
「……!!」  
京子は怒りと羞恥のあまり口をパクパクさせた。  
何を履いたって人の勝手だ、それにこんな事態に陥るなんて誰が予想出来ただろうか。  
「どうせ脱ぐんですから関係ないといえば関係ないですか。  
 ああ、早くしないとビデオがどんどん先に進んでしまいますね、すみません」  
そう言ってテレビ画面を横目でチラリと見て、今度こそ本気で流河が覆い被さってきた。  
「や……、いた」  
腕を強く掴まれてベッドの上に押しつけられる。  
どうにかして逃れようとするがその力は思いの外強くて動かす事も出来ない。  
そうこうしているうちにプツプツとブラウスのボタンが外されていく。  
「もうあきらめてしまいなさい」  
 
「あ!」  
京子は慌てて口を押さえた。  
流河が唐突にベロリと乳首を舐めたのだ。  
(あ……あ…)  
視界に入る光景を直視出来ない。  
はだけられた胸元、白いブラジャーは上に押し上げられて、流河がそこを唇で弄んでいる。  
ざらりとした舌が、焦らすように乳首の周りに円を描く。  
「う、ぁ、あん!」  
鳥肌がたって声が濡れる。  
(や、やだ、変な声出ちゃった)  
必死で唇を噛みしめていると、流河がニヤリと笑いながら顔をのぞき込んできた。  
「初めてですか?」  
流河の唇が少し濡れていて、恥ずかしさに目を彷徨わせると、もう一度聞いてきた。  
「初めてですか?こういう行為は」  
たまらず頷く。きっと今自分は目も当てられないぐらい情けない顔をしているに違いなかった。  
 
「気持ちいいんでしょう。顔に似合わず淫乱ですね」  
耳元で囁かれて思わず息を飲む。耳に空気の震えが直に伝わってきて、息が上がった。  
「ほら、もうこんなに」  
「ひゃ、あ!」  
プクと勃ちあがった乳頭を親指で押しつぶされる。  
そのまま乳房は手のひらに包まれ、柔らかく揉みしだかれた。  
羞恥に京子はパサパサと髪を振り乱した。頭を振ったら涙までこぼれてきて、ますます情けなく思った。  
 
もはやこれが夢なのか現実なのかもわからない。  
ただわかるのは、流河が何か恥ずかしい台詞を言っているということと、  
自分が、あまりにも淫蕩な声をあげているということだけだった。  
 
腕で顔を覆い隠そうとすると、カシャ、と眼鏡が音をたてる。  
それにも構わず、そのまま腕を顔に押し当てていると、流河は京子の腕を掴んで言った。  
「眼鏡、曲がりますよ」  
その手で眼鏡が外されるのが、目を強く閉じていてもわかった。  
(………)  
次は一体なにをされるのかと固まっていると、一向に彼が動く気配がない。  
薄く目を開けて動向を伺うと、元々大きい目を更に丸くして流河はボソリと呟いた。  
「こういうありがちな展開は嫌いです」  
「…?う、わっ」  
乱雑に、眼鏡を京子の顔に掛け直す。  
「なんだか腹が立ってきました」  
「え?え?」  
「あなたが悪いんですよ」  
 
もはや流河はビデオの事など忘れているようだ。その眼は京子しか捉えていなかった。  
 
「やっ、あ、ひゃっ」  
赤い舌が身体のありとあらゆる所を責め立てる。  
まるで砂糖菓子を味見するように、邪気のない舐め方をするのが逆に恥辱を煽った。  
「ひ!」  
胸元から腰に掛けて舌が移動して、思わず息が止まった。  
ボサボサの髪が腹をくすぐってむず痒い。  
ちゅ、と音をたてて唇を離すと流河は言った。  
「ちょっと我慢して下さいね」  
「え…あ、んん!」  
太股の付け根あたりを彷徨っていた流河の手が、意志を持って動いた。  
人差し指が秘裂を割って差し込まれ陰核に触れる。  
初めての感覚に、京子は戸惑う。  
「あ、あ、」  
思わず流河の頭を抱き寄せると、可笑しそうに肩を揺らすのがわかった。  
「濡れてますよ」  
「そんなっ、あ、いや、う」  
優しく触れてくる指先に感じきって、甘い喘ぎを止めることが出来ない。  
卑猥な水音がやけに響いている気がして耳を覆いたくなった。  
「先に言っておきたいんですが」  
「実は処女を扱うのは初めてなので、正直あなたを気持ちよくさせる自信がありません。  
 もちろん努力はしますが」  
「ひ…っ」  
話している間も、手は休むことなく愛撫を続ける。  
前後不覚に陥りそうな京子は、まともに言葉を返すことも出来なかった。  
その様子に流河はため息をつくと京子の中から指を離して、今だ着たままだったシャツを脱ぎ捨てて言った。  
「もうそろそろ挿れたい、という事をいいたかったんですが。いいですか」  
 
「い、いたいいたいいたい!!!」  
「ちょっ…もう少し力を抜いて下さい…私も痛い」  
「も、無理…抜いて…っ」  
「それこそ無理な話です。とにかく落ち着いて」  
は、は、と喘ぐように息をする。  
 
こんな恥ずかしい格好をさせられた挙げ句、痛い思いをするなんて…  
 
再び暴れたために眼鏡がズレて、流河の顔すらぼんやりとしか見えなかった。  
「とにかく、出来る限り優しくしますから」  
 
少しずつ入れて、落ち着くまで待つ。ひどく時間のかかる行為だったが、それを繰り返した。  
時折痛みのあまり引きつるように息を吸うと、子供をあやすように、大きな手が京子の背を撫でた。  
「やっと…全部入りました…」  
そう言われて、京子の身体からも緊張が抜けた。  
流河はそのまま、京子の首筋を甘く吸ったり舐めたりしている。  
「……」  
流河の肩に腕を回した。抱きしめるまではいかないものの、初めて自分から流河に触れた。  
そして思った。  
いつもキャンパスで眺めていた人が、今自分の腕の中にいる。  
瞬間、不思議な感覚に襲われた。京子の中が甘く疼く。  
 
「あっ!」  
そして突然動いた流河に、声をあげてしまった。  
「りゅ、りゅうが、く、あ、あ!」  
「……っ」  
始めこそゆっくりだった律動は、どんどん激しさを増す。  
京子はその動きについていけず、翻弄されるばかりだ。  
「あっ、んっ!や、あん!も、やだ」  
拳で背を叩いて訴えても、流河は無視を決め込んでいる。  
顔を京子の首筋に埋めたままだから、その表情もわからなかった。  
「……ん、っ」  
時折漏らされる吐息が、耳をくすぐった。  
掠れた流河の声に、また京子の中が疼く。  
「あ、きゃ、あっあっ」  
気づけば腰を動かして快感を追っていた。  
「……出します…っ」  
「ひゃ…っ」  
イク直前に流河は自身を抜いて、京子の腹の上で果てた。  
京子も流河にしがみついて、絶頂を迎えていた。  
 
 
 
流河は荒い息を吐いてヘタリと京子の上に倒れ込む。  
鼓動が伝わってきて、京子は目を閉じた。  
意識が飛びかける。  
(……あたし、流河くんと…し、しちゃったんだ)  
改めて認識して、顔が赤くなる。  
(始めは嫌だと思ってたけど…好きな人が初めてだったわけだし…よかったのかなぁ)  
そこまで思って、自分がとんでもなくイヤラシイ人間に思えてきて恥ずかしくなった。  
また早まった心音を、流河に悟られてはいないか不安になった。  
 
「思い出しました」  
京子の胸に顔を横たえていた流河が突然そう言って起きあがったので、つられて京子も半身を起こす。  
流河の声はもういつも通り抑揚のない声に戻っている。  
 
「思い出したって、何を?」  
「アライグマに似てるんです」  
 
 は?何故今アライグマ。  
 
「あなたの事です。  
 最中、ずっと思っていたんですが射精したら忘れてしまったので、思い出していたんです」  
「……」  
「そう、慌てているところなんて、洗っていた餌を落としたアライグマの動作そのもので驚きました」  
「……」  
「どうかしましたか」  
「……流河君なんて」  
「はい」  
 
「ウーパールーパーに似てるくせに…」  
「……」  
「……」  
空気が、瞬く間に凍り付く音がした。  
 
 
「京子、ほんっと昨日はごめんね、許して、この通り!」  
どんよりとした空気を纏う京子の前で、親友が手を合わせて謝っている。  
「…なんの事だったっけ…」  
「…ほんとにごめん。怒ってるよね、私が勝手に流河君にあんなこと言っちゃって」  
あんなこと?ああ、あのことかぁ、と、遠い昔を思い出すようにウンウンと頷いた。  
「あれからどうしたの?メールも返ってこなかったし…」  
すまなそうにしているものの、その言葉の裏には興味が見え隠れしている。  
あれから…  
そう、あれから大変だったのだ。何故かウーパールーパーについて言い合いになって、  
話しているうちにどこが可愛いのか互いに意見が食い違って、京子があの間抜け面が堪らないと言えば流河は…  
いや、とにかく大変だったのだ。  
結局、最後は流河が勝手に帰ってしまって、女一人でラブホテルから出るという恥ずかしい事態に陥ってしまった。  
完全なケンカ別れだった。  
しかも原因はなんだかよくわからない生き物の話題…。  
(流河君て…へんなところで意地っ張り…)  
ため息をついて教室の外を見遣る。  
 
しかし、もっと重症なのは自分だと思った。  
あんな事をされても、一人ラブホテルに置き去りにされても。  
 
この両目は懲りずに流河を追っているのだ。  
今、この瞬間も。  
 
「京子…あんた、大丈夫!?」  
親友が顔をのぞき込んできたが、講堂前の石垣に座り込んでパンを頬張る彼を見続ける。  
その時。  
「!」  
「わっ」  
突然立ち上がった京子に友人は驚いたようだった。  
「ごめん、用事思い出したから帰る!」  
「え、ちょっとぉ、あの後どうしたのか教えなさいよ!」  
なにやら騒いでいるのを無視して、京子は階段を駆け下りた。  
 
流河が。  
こっちをみて一瞬笑って手招いたのだ。京子が見逃す訳がなかった。  
 
肩で息をして流河の前に立つ。彼はクリームパンを黙々と頬張っている。  
ごくりと口の中のものを飲み込んでから、彼は話し出した。  
「もっと脱がし易い服は無いんですか」  
「え?」  
「あなたの好む服装は、はっきり言って脱がしずらそうなものばかりです」  
「……」  
「それと、下着に動物のプリントは今後一切やめるように」  
「……」  
「なにを突っ立てるんです?」  
 
京子は呆然としていた。振られるとばかり思っていたからだ。  
なんだか可笑しくなって吹き出した。  
そうだ、流河に常識が通用しない事ぐらい自分が一番知っていたはずだ。  
入学以来ずっと彼を見ていた。  
一人でくすくす笑う京子を訝しげに見て、再び流河は口を開いた。  
「それともう一つお聞きしたいことが」  
「何?」  
「教えて下さい。あなたの名前…知らないんです」  
 
…名前も知らないのにあんなことしたの  
そんな視線を送ると、流河が気まずそうに目を逸らす。  
なんだか前途多難だ。  
−でも、今までよりもっと近くで流河君を観察できるなら、それでもいいかも。  
 
「…京子。京子っていうの」  
はっきりとした声で伝える。  
 
これでやっとスタートラインだ。  
 

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