夜神総一郎。
数十年前は彼もまだ若かった。
たまたま覗いた部室での会話の切れ端が彼の胸に刺さった。
「幸っちゃん、告白されたんだって」
「え?恋人が出来たんでしょ?」
「学生結婚したって聞いたけど……」
口々に別の事を言う口さがない雀ども。
今はくたびれた主婦然としている幸子もその頃は若く、清楚で近寄りがたい雰囲気さえ醸し出していた。
股の緩い女、小難しい理論で武装したガチガチに頭の固い女ばかりの大学内で彼女を好ましく思うのは自分だけだと思っていた。
今も鋭い眼光に目の前のヤク中ファッションの女がどいた。
食堂へ場所を移しても貧乏揺すりが止まらない。
何を確かめ何をすべきか。
嫉妬と混乱の中かえってぼーっと枯れ葉を眺めていると背後から肩を叩かれた。
振り返るとそこには幸子が居た。
「夜神くん、こんなところでどうしたの?」
心配そうに、だが優しい眼差しで彼を見つめている。
「さ、幸子さんっ?!」
総一郎の顔が瞬時に真っ赤に染まり、その次の瞬間真っ青になった。
「だいじょぶ?」
「ああっ」
頭の中はあの噂を問いただしたい気持ちで一杯だったが、口から出たのは総一郎自身にも意外な言葉だった。
「そ、そうだ。デートしませんか?」
キョトンとした様子も可愛らしくて総一郎は眩しそうに幸子を見たが、傍目にはガンを飛ばし脅しているようにも見えた。
「いいよ。今日は珍しい事ばっかり」
幸子は意味深な一言を付け加え微笑みながら承諾した。
その後数度デート、
思いあまった総一郎が幸子を自分の一人暮らしの部屋で押し倒す。
1977年、生真面目な総一郎は当然童貞である。
勢いで幸子を押し倒したものの、流れるような華麗なSEXなどできるわけはないのだった。
とりあえず、幸子の胸を揉む。と同時にキス。
キスをしていれば、照れた顔を見られずに済むし、なにより彼女の柔らかな
唇の感触が、総一郎は好きでたまらないのだった。
「私の事・・・好き?」
「ああ、好きだよ」
掌の下で、ふにゃっと柔らかい乳房が潰れる。と同時に幸子の小さな唇から
甘い吐息が漏れる。総一郎の中で、ずっと心に秘めていた言葉が飛び出す。
「好きだ。結婚しよう」
真面目すぎるのかそれゆえに性欲も募り気味なのか、よりによって彼は
プロポーズと初体験を一緒くたにして済ませようとしていた。
「嬉しい・・・っ」
幸子もあまり気にせず喜んでいる。緊張で舞い上がっているのか。
性急に幸子のブラウスを外す総一郎の手が震えている。
・・・彼のこんな表情、私しか知らない。
二枚目の彼がふと見せる狼狽を見るのは、幸子の密かな愉しみだったりするのだ。
「でも、お部屋が明るくて恥ずかしいの」
「あっ、ごめん。気が付かなくって」
総一郎はあたふたと部屋の明かりを消した。
窓から一筋差し込む街灯の光に、総一郎の切れ味鋭い横顔が照らされる。
これから、本当に誰も知らない彼の姿を、私だけが知るのね・・・。
自分の初めての表情も、相手に見られるという事を忘れ、幸子はときめいた。
くそまじめで、エロ本はもちろんピンク映画も見た事のない総一郎は、
そこから先、何をどうしていいかわからなかった。
こんな事なら、友人にストリップ鑑賞に誘われた時、ついていけばよかった。
せめてブルーフィルムぐらい見ればよかった・・・悔恨に歯がみする。
本当は幸子の乳首を口に含んで舌先でつついてみたい。
今まで保健体育の人体断面図でしか、女性器を見た事がないので、
正面から見た女性器というのがどういう状態なのか、じっくりと観察し、弄り回してみたい。
しかし、そんな事をして愛くるしい幸子を傷つけてしまうような事があったら
後悔してもしきれない。
股間の滾る肉棒は、収まるべき肉の鞘を探して脈打っている。
総一郎の我慢はもう限界に達していた。迷いのたがが弾け飛ぶ。
幸子のショーツを一気に引きずり降ろした。
幸子は緊張で体を強張らせている。
「総一郎さん」
耳をくすぐるような声音に総一郎は自分の性急さを少々恥ずかしく思ったが、そのまま幸子の上に抱き付いてしまう。
「幸子さん」
「幸子でいいわ」
抱き合っているとガチガチに強張った肩が弛緩していく。
「ごめんなさい、ちょっと重い…」
「あ!すみません」
体重をかけないように腕の下に敷くと幸子が総一郎の首筋に手を回した。
初めて見るような優しい表情で総一郎を見つめる。
ぽかんと見つめる総一郎を引き寄せると幸子は唇を重ねてきた。
幸子とのキスはさっき総一郎が淹れた渋すぎる緑茶が香るような気がした。
結局幸子との接合には都合六時間かかってしまった。
初体験どうしで、とにかく挿入する場所が分からない。
それらしき穴があったはいいが入らず、幸子が痛みを訴える。
総一郎は保健体育の断面図に憎悪を感じた。
途中から痛みのせいか涙を浮かべた幸子にギリギリと陰茎を捻り込んでいく。
「うっ…ん……」
ほんの少しめり込んだ所で幸子にキスをする。
泣きそうな顔も可愛らしくてエロティックで泣きながら下を向く幸子を無理に顔を上げさせてはへたくそなキスをした。
初めての痛みに涙ぐむ幸子だったが、総一郎にぎゅっと抱きしめられると
拒絶できなくなる。
いつかは体験する事。同じするなら自分を大切にしてくれる人と・・・。
そう思うと、ぎくしゃくしつつも必死に愛してくれる彼に、捧げるのが一番だと思えるのだ。
受け入れる姿勢はあられもなく両脚を開いた形となり、恥ずかしい。
でも、彼が満足してくれるまではがんばらなくっちゃ。
耐える幸子の目尻からこぼれる涙を、総一郎が指先で拭う。
「ごめん・・・」
「いいのよ。私、結構幸せな方だと思う」
心の底から、幸子はそう感じていた。
先端が収まった段階で、いよいよ我慢がきかなくなる総一郎。
振り幅を大きくしてしまうと、まだまだ狭い幸子の肉襞に負担がかかってしまう、
とわかっていながら、本能で腰が前後動するのを止められない。
ああ、これじゃまるでケダモノじゃないか――。
自己嫌悪に陥りつつも、両腕は自然と幸子を逃すまいと抱きすくめる。
制御しようにも、もう無理だった。熱くぬるついた肌に包み込まれる感触に魅了され、
総一郎は息を荒げて幸子を貫いた。
幸子の可憐な体が、びくん、と弓なりに反りかえる。
「あぁっ!」
「・・・好きだ・・・っ」
絞り出すような声と同時に、総一郎は果てた。
体の痛みを堪え、手早く身支度をし、血で汚れたシーツをつまみ洗いする幸子。
その後ろ姿はなんとも華奢で、少女っぽくて、総一郎の罪悪感は募るばかり。
男として、責任を取らねば。一生彼女を守り通し、世界一幸せにする。
そう心に誓った。
やがて二人は名実共に夫婦となり、1986年、待望の子宝に恵まれる。
初めての出産に耐え抜いた幸子は、テンションあがりっぱなし。
「この子は新世界の神になるかもしれないわ!ありきたりじゃなく、凝った名前にしましょう」
結果、大輔・達也・健太・拓也・・・あたりが標準とされた時代に、えらく突飛な名前の少年、
「月」と書いてライトが誕生する事となる。
なお、幸子は出産を機に5kg!9kg!12kg、と体重が増加していくわけだが、
家族を守り、職務に邁進する総一郎にとって、そんなの些細な事だから気にしないのだった。
――完――